選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
黒咲さんをメアと呼ぶようになってから少し経ち、名前で呼ぶことにも慣れてきたある日。
いつものように隣に座っているメアととりとめもない会話を繰り広げていると予鈴が鳴り、クラスメイト達がめいめい席に着く。
そこまではいつも通りだったのだが、何やらクラスの様子がおかしい。
「メア、今日って何かあるの?」
「え、なんで?」
「なんか、教室の空気が浮ついてるというか、いつもと違う感じがね」
「転校生が来るらしいよ。しかもプリンセス♪」
「転校生……はわかったけど、プリンセス……?」
プリンセス……素直に考えるならお姫様なわけだけど、何故そんな人がこんな高校に……?
というか、本当にお姫様なのか?メアが勝手に言ってるだけの可能性もあるか。
そんなことを考えていると、がらり、と音を立てて教室のドアが開かれ、担任の小川先生が入ってくる。
その後ろには、おそらく噂の転校生であろう見覚えのない二人の人影が続いている。
二人が教室に入ってきた瞬間、ざわめきがピタリと止んだ気がした。
誰もが見惚れるような、整った顔立ちの二人の少女。
特徴的なピンク色の髪をしていて、一人はツインテールに、もう一人は肩口にかかるかどうかという程度のショートボブにしている。
そして何よりも特徴的なのが、腰辺りから
「尻尾……?」
「どうしたの?リクくん」
「いや、あの尻尾、どう見ても本物にしか見えなくて」
なんかうねうね動いてるし。
「あれ、リクくん知らないの?」
「知らないって?」
「あの二人、宇宙人なんだよ。デビルーク星人って言って、尻尾も本物!学校でも結構噂になってたと思うんだけど」
「二年の先輩に宇宙人がいるって噂、本当だったんだ……」
二年生にいるとんでもない美人の先輩が宇宙人、という噂は聞いていたけど、まさか本物の宇宙人とは。
(まぁでも、
まさか転生などというオカルトだけでなく、宇宙人という神秘にも出会うことになるとは、果たしてこれは運がいいのか、悪いのか。
男としては、美少女──それも超がつく──とクラスメイトになれる、というのは嬉しいものだが。悲しいかな、男というのはいくつになっても単純なものなのだ。
そんな風に物思いに耽っていると、いつの間にか二人が口を開いていた。
「ナナ・アスタ・デビルークだ!よろしくな!」
「モモ・ベリア・デビルークです。よろしくお願いしますね」
二人が挨拶をすると一瞬の沈黙の後、割れんばかりの──野太い、と注釈が付くが──歓声がクラス中に響き渡る。
(男は単純、とは言ったけれど……)
とはいえ、高校生ということを考えるとこの反応も仕方ない……本当に?いや、うん。きっと仕方ないことなのだろう。
熱狂する男子生徒と、それに少し引いている女子生徒を後目にぱちぱちと拍手をしながら二人のプリンセスを眺める。
ふと。ボブカットの少女──モモさんと目が合った気がした。彼女は俺の方を見て、可憐に、しかしどこか意味ありげに微笑んだ……ような気がする。
(気のせいか。彼女とは何も接点ないし)
偶々、クラスを眺めてる時に目が合ったとかだろう。
そう結論付けようとした、その時。
ずずず、と二の腕のあたりに、氷を押し当てられたような悪寒が走った。
恐る恐る隣を見ると、メアがニコニコとこちらを見つめている。
「プリンセスに見惚れてたの?」
「男はいつでも美少女が好きなのさ」
「ふ~ん?」
何やら意味ありげに間延びした返事をしながら、脇腹をつんつんとシャーペンでつついてくるメア。
「くすぐったいんだけれども」
「知~らない♪」
結局、くすくすと笑いながらもつつくことはやめてくれなかった。
◇
「げ、ちょっと血が染みてる」
昼休み。いつもであれば大体の場合教室で弁当を食べている俺なのだが、今日に関しては中庭へと足を延ばしていた。
なんのことはない。教室は未だ転校生である二人──というより、主にモモさん──に対して凄まじいまでの熱狂を見せており、少しばかり居心地が悪かったためだ。
「さて、ベンチは空いているのかな──って?」
中庭にいくつか設置されているベンチ。幸いなことに、一つを除いて使っている人はいなかった。
なのに、何故俺がこんな素っ頓狂な声を上げたのか。
それは当然、そのベンチに座っている唯一の人物──全身を黒一色のドレスに身を包んだ一人の少女が原因だった。
艶やかな金髪をさらりと揺らし、ぺらぺらと無心で本を読んでいるその姿は、まるで一枚の絵画のようで。
そこだけが世界から切り離されたような、静謐な空気を放っている。
……これでもか、というほどに堆く積み上げられているたい焼きの山がそのすぐ横になければ、だが。
と、いつまでも見てるのもあれか。
「ヤミさん」
「…………リク?」
俺がそう声をかけると、本に集中していた彼女がこちらを向き、深紅の瞳が俺を射抜いた。
ヤミさん──彼女との出会いは、それなりに唐突で、それなりに平凡なものだったと今にして思う。
まぁ、ぶっちゃけて言えばたい焼き屋の前で困っていた彼女に助け舟を出しただけなのだが。
今と同じように──出会った頃はまだ肌寒かったが──常軌を逸する数のたい焼きを買おうとしていた彼女だが、その時はうっかり財布を忘れてしまっていたらしく無表情ながらもどこか気落ちした雰囲気を醸し出していた。
そこまでであればただの可哀想な出来事なのだが、その時の俺は何を思ったか──流石に同じ量は無理だったが──たい焼きの料金を肩代わりして、一緒に食べることにしたのだ。
(今にして思えばだいぶナンパ男のそれだったな……)
幸い、と言うべきか、彼女はそうは取らなかったらしく、その日は素直に一言「ありがとうございました」とだけお礼をもらい別れた。のだが。
その後もちょくちょく同じたい焼き屋の前だったり、図書室だったりで顔を合わせることになった結果、今ではそこそこに仲もよく話をしてくれるようになったのだ。
「リク、何故ここに?」
「今日は外でお昼を食べようかなって」
「お昼……その手に持っているものですか?」
「うん」
そう言って手に持ったお弁当を顔の横に掲げる。さて、どこに座ろうか。
そんなことを考えていると、自らの横をぽんぽんと叩きながらこちらを見るヤミさんと視線がぶつかる。
「座らないのですか?」
「ん、いいの?」
「……?はい」
読書の邪魔になるだろう、と別の場所で食べようと思っていたのだが、本人からお許しが出たということでベンチに腰を下ろす。
早速とばかりに持ってきていた弁当の蓋を開け、食事を始めた。
「……リク、その食事はあなたが?」
ふと、ヤミさんが隣から声をかけてくる。
「え?ああ、うん。料理は好きだからね。食べるのも作るのも」
「……なるほど、見事なものですね」
「ありがとう。お礼と言っては何だけど、もしよかったらおひとついかが?」
と、言ってから気づく。当然だが、俺の弁当は俺が食べるために作り、持ってきたものだ。
それの何が問題なのか?つまり、この弁当は一人用ということで。
「と、思ったけど。箸が一つしかないし、ヤミさんも嫌だよね。ごめん、忘れて」
そう前言を撤回したのはいいのだが……。
「……」
「ええと……?」
彼女は納得がいかないのか、もしくは単純に俺が発言に責任を持っていないとでも言いたいのか、どこか冷たい眼差しをこちらに向けている。
そんなに見られても、ないものはないのだ。
「そんなに食べたかったの?」
「……っ!そ、そういうわけではありません。その言い方では、まるで私の食い意地がはっているようではないですか」
「まるで、というか」
と言葉を切り、すぐ横にあるたい焼きタワーへ目をやる。
食い意地がどうの、とは言わないが、かなりの健啖家であることに間違いはないのではないだろうか。
とはいえ、年頃の少女に対してそれを口に出して指摘するのは流石にデリカシーがなさすぎる。
「いえ、なんでもないです」
「……箸があればいいのですよね」
「え、まあ、そうなるのかな」
もしかして、今から売店なりコンビニなりに行って割りばしでも調達してくるつもりだろうか。
俺の弁当なんて、そこまでして食べるようなものでもないのだけれど……。
そんなに食べたいのなら、また今度ヤミさんの分も作って持ってきたっていいのだし。
「あのヤミさん──」
それを伝えようと口を開いた時、にわかには信じがたい光景が目の前に広がった。
端的に言うと、
…………なに、これ?
「え、ええ……っと……。手品かなにか?」
「?リクにも伝えていたはずですが。私は
無表情なのにどこか自慢げ、というある意味とても器用な表情をしているヤミさんを後目に、記憶の奥底を掘り返す。
……言われてみれば、確かに言っていたしそれっぽいものも見た覚えがある。
当時はあまりにも一瞬だったのも相まって夢か、あるいはそういうトリックかドッキリとでも思っていたけれど。
思わず「あれって本当だったんだ」と口から出そうになったが、何とか喉元で押しとどめた。
正直、「そういう」お年頃なのだとしか思っていなかったが、宇宙人のクラスメイトに星々を股にかける殺し屋とは、どうやらこの世界は俺が思っている以上に愉快なことになっているらしい。
(この分だと、ひょっとしたら幽霊だとか超能力者だとかまでいそうだな)
「では、いただきます」
そんなこんなで、俺の弁当に
「ふむ、これは」
「お味のほどは?」
「おいしいです」
「それは、よかった」
どうやら我が弁当はヤミさんのお眼鏡にかなったらしい。彼女はひょいひょい、と続けていくつかのおかずを口に運んでいるが、その様子を見てしまうと「一つと言ったのだけど」とはとてもではないが口に出せなかった。
(まぁ、食材も俺に食べられるよりは美少女に食べられた方が嬉しかろう)
お腹が空くようであれば売店でパンでも買うか、などと考えていたその時。
「ヤーーミさん♬」
中庭に声が響く。甘ったるいような、ある意味で
呼ばれたヤミさんは、食事に夢中なのか、あえて無視しているのか返事を返さない。
「あの、ヤミさん?」
声の主は、困惑したように呼び掛けている。しかし、ヤミさんの反応はない。
これはまずい、と声をかけた。
「えっと、デビルークさん、どうしたの?」
声の主──モモ・ベリア・デビルークさんに。
俺が声をかけると、少し固まっていた彼女はこちらへ視線をやり、すぐににこやかな笑顔を浮かべて言葉を返す。
「あら、あなたは確か同じクラスの……」
「
「そんな。折角同じクラスですし、よろしければお気軽に『モモ』と。デビルークですと、お姉さまやナナとも被りますし」
にこにこと、人好きのする笑みを浮かべながら話すデビルークさん。
……そういうタイプか。
「ん、それもそうだね。よろしく、モモさん」
やはり王族ともなれば、処世術の一つや二つ、あるいは百や二百程度は当然のように身に着けているのだろう。
文字通り、『住む世界が違う』のだから。
別にそれで不快に思ったりなどはしない。それが彼女にとって必要なことなのだろうし。
「その、ところでヤミさんは……?」
「うん、俺の弁当、少し食べる?って言ったらこうなっちゃった。というか──」
モモさんはヤミさんと知り合いなの?と続けようとした時、食べ終わったのか
「おや、プリンセスモモではないですか。何故このような場所に?」
「……いえ♡せっかく彩南高校に転入したので、同じ宇宙人同士仲良くなりたいな、と思いまして」
「私と友人関係になりたいと?」
「はい♡」
にこにこ、と笑みを絶やさず、終始
対するヤミさんは変わらずの無表情で、何を考えているのかは読み取れない。
「いえ、結構です。募集はしていませんし、友人なら間に合っているので」
ちら、とこちらに視線を向けながらそう断るヤミさん。
彼女に友人、と思われているらしいことは素直に嬉しいが、モモさんのほうはそういうわけにもいかないらしく。
「先ほどの様子からしてもしや、と思ってはいましたが……やはり
「ええ、リクと美柑がいれば特に問題ありません」
そうはっきりと口に出して言ったヤミさんが信じられないのか、少し唖然とした表情で俺の方を見るモモさん。
「み、美柑さんはわかるけれど、何故この方まで……?」
「リクは……良いパトロンです。本の趣味も合いますし、結城リトのようにえっちぃこともしてきません」
「だ、そうです」
パトロン、というのはイマイチよくわからないが、ヤミさんがそういうのなら彼女の中ではそういう関係なのだろう。
というか、結城先輩って本当に『そう』なのか?噂は当てにならないのが常だけど……。
微妙な沈黙が場を包む。
そんな時、遠くの方から男子生徒の悲鳴が響いた。
「う、わわわわ!よ、よせ!どうしたんだよ猿山!」
声の方へ目を向けると、茶髪の男子生徒が複数の男子生徒に追い回されている姿が見える。
というか、こっちに向かって──。
「あら、リトさん?どうしたんですか?」
同じように様子を視認したモモさんが声を上げる。
リト、ということは、あれが噂の結城先輩なわけか。
そんな呑気なことを考えているうちに、結城先輩とそれを追う男子生徒の集団がこちらへとやってくる。
「モモ!あいつら、いきなり襲ってきて……」
「え!?」
俺とモモさん、ヤミさんの三人があいつら、と結城先輩が指さした先の集団へ目をやる。
「フ、ヒヒ……」
「ハァ……」
「な、なんですかあなたたち!」
「うーん、どうみても"まとも"じゃないね」
目の焦点はあっておらず、よだれをたらし、呂律の回っていない様はまるで出来の悪いホラー映画みたいだ。
「猿山たち、さっきまでは普通に話してたのに急に……」
「ミ……」
「み?」
「み、見つけたァ……金色の闇ィ……!」
焦点のあっていない瞳でヤミさんの方を見る男子生徒たち。
狙いは先輩じゃなくてヤミさん!?
「オレらとォォォ、遊ぼうぜェェえァァ!」
叫ぶなり、よだれを垂らしながら飛び掛かってきた猿顔の男子は、両手を組んで勢いよく振り下ろす。
「リク!」
「リトさん!」
ヤミさんとモモさんが同時に叫び、モモさんは結城先輩と、ヤミさんは
直後、先ほどまで俺たちが座っていたベンチが、いとも容易く真っ二つに粉砕される。
「これは……ちょっと人間技じゃあないね」
「明らかに様子がおかしいです。何者かに操られているのでしょう」
そう言いながらも、俺を下ろすことなく四方八方からの攻撃を捌き続けるヤミさん。
……宇宙一の殺し屋、というのは伊達でもなんでもなく本当なんだな、と酷く場違いな思考が脳裏を過ぎった。
しかし。
「ヤミさん、俺を抱えたままというのは邪魔だろう。どこかその辺に転がしておいてくれ、受け身くらいはとれる」
「そうしたいのは山々ですが……なかなかその隙が……ッ!」
その時、死角から伸びてきた来た腕を避け損なったヤミさんの動きが止まる。同時に、俺の体が地に落ちた。
どうやら服を掴まれたらしいヤミさん。当然、服は段々と腕の方へズレて伸び……。
──まっずい!
「シッ!」
思わず、と言った風に拳が出る。幸い、彼らはヤミさん以外眼中になかったらしく、俺の素人のようなパンチでも逸れることなく当てることができた。
当てることは、だが。
「う~わ、まるで効いてない」
殴られた男子は衝撃で吹っ飛びはしたものの、まるで効いた様子を見せずに立ち上がった。
「これは……本格的にマズいかも?」
こうしている間にも、ヤミさんに男子生徒たちがどんどんと群がっていく。
こうなったら破れかぶれとはいえ突撃するくらいしか……と思ったその時。
「えっちぃのは…………キライです!」
ヤミさんの声とともに、
何が起こったのかはさっぱりだが、ヤミさんがなにかしらをしたのだろう。
嵐が収まったころには、操られていたらしい男子生徒たちは皆地面に倒れ伏し、目を回していた。
「ヤミさん、大丈夫?」
「はい。体に問題はありません。…………それよりも、その……」
無事だ、と言いながらも何かを言いたそうに口ごもるヤミさん。
「……み、見ましたか……?」
顔を赤くしながら胸元を隠し、そう聞いてくるヤミさん。その様子は非常に可愛らしいものではあるのだが……。
「ごめん、ヤミさん。少しだけ」
そう言って頭を下げる。はっきり言って不可抗力もいいところだが、こういう場面においては大体の場合男が悪い、と古来より決まっているのだ。
それに、見てしまった俺より、見られてしまったヤミさんの方が恥ずかしいだろう。
「う……む……わ、わざとでは……ないのです、し」
赤い顔のままそう口ごもり、何とか返事をしてくれるヤミさん。
しかし、はたから見ても無理をしているのはまるわかりで。
「そう言ってもらえると嬉しいけれど……。今度、何か埋め合わせをさせてほしいな。俺にできることならなんでも」
「それは……考えておきます」
「うん」
と、話をしていると背後から轟音が鳴り響く。
驚いて振り返ると、なにらや巨大な植物──何故か花の中心に口がある──が「キシャー!」と鳴きながら複数の男子生徒を締めあげて拘束していた。
そして、結城先輩は何故か地面に仰向けになり、モモさんのスカートの真下に頭を突っ込んでいた。
「…………なんで?」
「結城リト……やはりえっちい人間ですね……!」
ヤミさんが軽蔑した眼差しを向けている。やはり結城先輩は『そういう』人なのだろうか。
モモさんが嫌がっている様子がないのが唯一の救いかもしれない。
そんなことを考えていた時、地面に倒れている男子生徒の口から声が響いた。
『やはり……誰一人息の根を止めていないか……。地球で牙を抜かれたという噂は本当だったらしいな』
男のような、女のような。若者のような、老人のような。そんな矛盾した声色。
「…………。……何者ですか」
『
「…………」
無言で倒れている男子生徒を睨みつけるヤミさん。
煽るように、声の主は言葉を続ける。
『そう……君の本質は闇。兵器として作られ、殺戮以外に生きる価値のない存在。分かっているのだろう?そんな君が地球人と仲良くできるはずがない』
「……ッ!」
ヤミさんがぐっと拳を握りこみ、その表情が歪んだ……
実際のところはわからない。ただ、俺がそう思ったってだけで。
『甘い夢など──』
「そんなことはないよ」
気づけば、思わずヤミさんの手を掴み、口をついて声が出ていた。
『……貴様は?』
「初めまして、名前も知らない誰かさん。俺は成瀬凌空。ヤミさんの友達だ」
『私の言葉に割り込むとは、死にたいのか?』
「死にたくはないかな」
『なら、黙って──』
「死にたくはないけど、友達が貶められてるのを見過ごすくらいなら、死んだ方がマシだ」
『そこの金色の闇は、ただの殺戮兵器だ。人間のように友情を育み、ぬるま湯の中で生きることなど出来はしない』
自分の言っていることこそが唯一の真実なのだ、と言わんばかりに語る謎の声。
「知らないの?実存は本質に先立つ。全ての存在は、生まれた時は真っ白だ。『どう在りたいのか』。その心さえ持てれば、誰だって何にだってなれる」
『人を簡単に殺せる力を持っていてもか?』
「使い方次第、じゃない?俺はさっきその力で助けてもらったよ」
沈黙が場を包む。俺も、声の主も、誰もが声を発することなく時間だけが過ぎていった。
そして。
『ク、ハハハ……!面白いな、地球人。この私にそこまで言ったのだ。覚悟は、できているのだろうなァ……?』
声とともに、威圧感を高める謎の声。
覚悟、と言われても。
「覚悟は、ないかな」
『ハ?』
「言ったでしょ?俺はただのヤミさんの友達で、ただの地球人。そんな俺にできることなんて、たかが知れてると思わない?」
『……ハァ……つまらん、興が削がれた』
声がそう言うなり、感じていた圧が霧散する。
『まぁ、いい。今日のところはここで終わらせてやろう、金色の闇。だが忘れるな。君の
──君の
その言葉を最後に、二度と謎の声が響くことはなかった。
どうやら本当に撤退したらしい。
ふう、と息を吐く。今更になってどっと疲れが押し寄せてきた感じだ。
……というか、さっきの俺、かなり恥ずかしいことを言っていたのでは?
いやでも、友達が貶されているのを見ているだけと言うのは流石に……。
「──ク、──リ──を離──」
しかし、もっといいやり方もあったんじゃないだろうか。
ヤミさんのことをよく知りもしないのにあんな偉そうに言うのはまずかったかな。
「リク!」
「うわぁはいごめんなさい!」
「いえ、そこまで謝らなくてもいいのですが……。と、いうか、ですね。その、手を……」
手?と自分の手へ視線をやり、今どんな状況だったのかを思い出す。
謎の声に反論をする際に俺はヤミさんの手を握ったわけで。
そして、それを離した記憶もないわけで──。
「ご、ごめん。つい」
「いえ、その、驚きはしましたが……。私のため、というのは……わかっています、ので」
慌てて手を離し、距離を取る。
思ったよりも強く握ってしまっていたようで、少し赤くなった手首をもう片方の手で擦るようにしながらヤミさんはそっぽを向いてしまった。
怒ってる……わけではない、と思いたい。
「あらあら……♡」
そんな俺たちの様子を見て、楽し気な声を上げる人物が約一名。
モモさんだ。彼女は興味深そうに俺とヤミさんを交互に見ると、口元に手を当ててくすくすと笑みをこぼす。
「まさかあのヤミさんが、殿方の接触を許すなんて。これは中々に……驚きの光景ですね?」
「……うるさいですよ、プリンセスモモ」
「ふふ、お邪魔しちゃってごめんなさいね?」
「誤解を招く言い方はやめてください」
いつもの調子を取り戻しつつあるヤミさんが、鋭い視線でモモさんを牽制する。
一方、地面に転がっていた結城先輩もいつの間にか起き上がっており、状況が飲み込めていないのか「え?え?」と俺たちを交互に見ていた。
一瞬の静寂。
どこからか烏が一羽飛び立ち、カア、と鳴いた気がした。