選ぶこと、選ばないこと   作:思い出

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数多のラブコメにおいて主人公が鈍感である理由を身をもって痛感しています


#33 Sunlight ~掴み取ったもの~

 あんなとんでもないことがあったとしても、時は止まらず世界はまわっていくもので。

 

「昨日はすみませんでした」

「いいっていいって」

「私のせいでご迷惑をおかけしました」

「元のヤミちゃんに戻ってよかったよ~」

 

 翌日の学校では、ヤミさんが至る所で頭を下げている光景を目にすることになった。

 何度も律儀に頭を下げるたびに長い金髪がサラサラと揺れ、どこか申し訳なさそうに背中へ張り付いている。

 まあ、やらかした範囲と彼女の性格を考えれば気持ちはわからなくもないが、あれはダークネス──もっと言えばネメシス──のせいなんだし、そこまで気にする必要もないと思うのが俺の本音だ。

 謝られているクラスメイト達も細かい事情はともかくヤミさんのあれは本心ではなかったと理解しているようで、笑顔で「気にしないで」と言ってくれているのがせめてもの救いか。

 

「あれ、何見てるのリクくん」

 

 背後からぴょこんと顔を出したメアが、俺の視線を追うように覗き込んでくる。

 

「あ、おはようメア。いや、あれ」

「お姉ちゃん?」

 

 肩に顎を乗せたメアが、俺の顔の動きに追従するように首を動かす。体重を預けてくる心地よい重みとともに、ふわりと甘いお菓子の匂いが漂った。

 その間も、ヤミさんは通りがかった生徒に対して謝罪を続けている。

 

「わ、凄いね。みんなに謝るつもりなのかな」

「それはわからないけど……そのくらいの勢いはありそうだね」

 

 行く先々の廊下で出会う生徒全員に謝罪する勢いのヤミさんを二人で眺める。

 

「話しかけないの?」

「それが──」

「あー、二人ともおはよう!」

 

 メアの疑問に答えようとした時、背後から声がかかった。振り返ってみれば、小さくなってしまったララ達が立っている。

 

「おはよう、みんな」

「おはよう、リク。昨日は大変だったみたいだな……俺、何も出来なくて」

「おはようございます、先輩。仕方ないですよ。地球人には無理です」

 

 どうやらリト先輩も昨日の顛末はある程度把握しているらしい。まあララ達と一緒に暮らしているのだから当然と言えば当然か。

 

「ところで、何の話をされていたんですか?」

「え、リクくんがなんでお姉ちゃんに声かけないのかなって」

「確かに。なんでだ?」

「それが……、ちょっと見ててください」

 

 言って、ちょうどこちらに向かって歩いているヤミさんへ手を振る。視界内のため、当然すぐにヤミさんが気付いたかと思えば──。

 

「あ、逃げちゃった」

「と、言うわけで」

 

 一瞬で顔から湯気が出そうなほど赤くなり、パッと顔を背けて逆方向に歩き出してしまうヤミさん。どういうわけか──まぁどう考えても昨日のアレ──俺の顔を見るとすぐにこうなってしまうため、今日は一度も話が出来ていないのだ。

 

「まぁ落ち着いたら話もできるんじゃないかと。別に嫌われてるわけではないだろうし」

「一体昨日はナニをしたんですか?リクさん」

「秘密」

 

 俺としては──気恥ずかしいことに違いはないが──言っても構わないのだけど、ヤミさんが秘密にしている以上勝手に喋るのもまずいだろう。

 そんなことを考えながら会話を続けるも、なにやらナナがずっと静かなことに気づく。

 

「ナナ?」

「……つまで

「ナナちゃん?」

「いつまでくっついてんだ!お前ら!」

 

 ぴんとツインテールを逆立たせて俺の腰ほどの高さしかない位置からナナが吠える。

 威嚇するように爪先立ちをしているその様子は、小さくなってしまった体も相まってとても可愛らしいものなのだが。

 

「あたしがおかしいのか!?ここ学校だぞ!」

「え~? ナナちゃん嫉妬~?」

「メア!」

 

 メアはと言えば全く悪びれる様子もなく、むしろ楽しそうに笑ってわざとらしく背後から腕を回してくる。

 

「ナナ、そんなに大声出してはしたないわよ?」

「学校でひっつくのははしたなくないのか?」

「本人同士が納得してればいいんじゃないかしら?」

 

 モモがちらりとこちらを見ながらそう言うと、その視線を追ってナナが俺のことを睨みつけてくる。

 その瞳には怒り──ということにしておく──がありありと浮かんでおり、「そんなわけないよな?」と訴えかけてきているようにも見えた。

 

「……まあ、ナナが正しいよね」

「えー!」

「えーじゃない!」

 

 ナナがメアの腕──には届かないので、手を掴んでぐいぐいと引っ張る。メアの方も口では文句を言いつつも大人しく従い、背中から離れていった。

 それにしても。

 

「大変だよね、デビルーク人って。いつまでそのままなの?」

「さぁ?一時的に力を使い切っちゃっただけだから、ちゃんと食べて寝てればすぐに治ると思うけど、どれくらいかかるかはわかんないな」

 

 俺の疑問に対し、「銀河大戦で赤ちゃんにまで戻っちゃったパパよりはマシだよ!」などと言いながらララがあっけらかんと答える。……そんなに軽くていいんだろうか、若返るって。

 

「まぁ俺のせい──ではないかもしれないけど、責任の一端は俺にもあるんだし。何か困ったことがあったら言ってよ」

「大丈夫大丈夫!リトもいるし!」

「えっ!?お、俺?」

 

 ララから急に名指しされたリト先輩が驚いて慌てている。それを見たララが笑って、同じようにモモも微笑んだ。

 その隣では、何やらメアがナナのことを肩車──何故?──している姿が目に入る。

 

 みんな、昨日あんなことがあったとは思えないほどに平和で──。

 

 本当に、元に戻ってよかった。

 

 ──心から、そう思った。

 

 

 それは、それとして。

 

「結局話せないままに放課後になってしまった」

 

 放課後。三人で中庭のベンチに座りながら話を続ける。

 

「ヤミのやつ、凄い避けっぷりだったな」

「ナナちゃんたちにはわざわざお詫びの牛乳持ってきたのにねえ」

 

 そう。昼休み、わざわざ小さくさせてしまったお詫びということで大量の牛乳を持ったヤミさんがナナとモモ、それからララのところへ謝りに来たのだ。

 もちろん俺もその場にいたのだが、会話はおろか視線すら合わせることなくヤミさんはすぐに去ってしまって。

 

「あれは重症だね、お姉ちゃん。何したのリクくん?」

「だから秘密だって」

「えー!私あんなに頑張ったのに?」

 

 メアが口先を尖らせながらじとりとこちらを見る。確かにメアのおかげで何とかなったといっても過言ではないけれど……。

 

「でもダメ」

「ケチ!」

「ケチって……」

 

 駄々をこねるメアを見てナナが呆れたように呟いた。が、すぐに思い出したかのように声を潜めてこちらを見る。

 

「な、なぁ。そういえばあの時、凄いこと言ってなかったか?」

「すごいこと?」

「その……メアがリクに……言ったって」

 

 ちらちらと俺とメアの顔を交互に見ながら、おずおずと言った様子で聞いてくるナナ。

 それを受けたメアがさも当然のことのようにあっけらかんと「言ったよ?だって本当だもん」と答えた。

 

「なっ!そ……そうか」

 

 驚いたナナがベンチからずり落ちそうになるほど身を乗り出した。

 その様子を見たメアは面白そうに笑って「でもリクくんには「知ってる」って言われちゃった!」と続ける。

 

「知ってる!?」

 

 驚きのあまりナナがぐりんとこちらを見た。……こうやって客観的に聞くと相当酷い答えを返しているな、あの時の俺。

 そんなことを思い返していると、ナナがこちらを見て何やらもごもごと口を動かしている様子が目についた。

 

「じゃ、じゃあ……その、あたしのことも……な、やっぱなんでもない!」

 

 小声で何やら喋っていたナナは、途中で言葉を切るとぷいと顔を背けて牛乳を飲みだしてしまう。

 それを見たメアがからかいながら頬をつついている。怒ったナナが同じようにメアをつついた。

 

 

「じ、じゃあな!」

「またねーリクくん!」

 

 未だにどこかぎこちないナナにそれをからかっているメアと別れて帰路につく。以前と比べて日が落ちるのも随分と早くなり、あたりは既に夕闇が包んでいる。どこからか鈴虫がリンリンと鳴く声が聞こえた気がした。

 

「結局今日は話せずじまいか」

 

 まあ、気長に待つしかないか。そんなことを一人呟きながら歩いていると。

 

「そ、そんなに話したかったんですか」

 

 淡い夕闇を切り裂くように、見慣れた金色がひとつ。

 街灯の光を吸い込んで自ら発光しているかのように鮮やかに揺れながら、じっとこちらを見つめていた。

 

 

「……」

 

 電柱の陰からおずおずと出てきたヤミさんは、先ほどの一言を発したきり喋ろうとせず無言のままじっとこちらを見つめている。

 対する俺も、同じようにヤミさんの深紅の瞳を見つめている。

 

「……」

 

 そのままずっと見つめていると、ぴくりとヤミさんの髪が動いた。しかし、それでもヤミさんは喋らずにこちらを見つめている。

 ……猫みたいでちょっと面白くなってきたな。

 

 そんなことを思っていたのがバレたのか、ヤミさんはなにやら目を細めてこちらを睨むと「……なんですかその目は」と恨みがましく呟いた。

 

「ん。ごめん、つい」

「何が”つい”なのかは気になりますが……まぁいいです」

 

 ヤミさんも言葉を発したことで緊張が解れたのか、見つめ合っていた場所から隣へ体を移して一緒に歩く。街灯に照らされた影が伸びた。

 

「その……」

 

 ちらりと横目でこちらを窺いながらヤミさんが口を開いた。

 

「昨日は……ありがとうございました」

「どういたしまして、でいいのかな。正直、気にしないでって言いたいけど」

「そうはいきません。けじめはしっかりとつけなければ」

 

 真剣な声色で話しながら歩くヤミさん。

 しかし、その後に小さく「彩南(このまち)は、変な人ばかりですが」と少し笑いながら続けた。

 

「それには同意かな」

 

 はっきり言っておおらかとかそういうレベルじゃないと思う。

 宇宙人のお姫様から謎のロボットの大暴走、宇宙の殺し屋姉妹まで受け入れているのは度量が広いというのか、何も考えていないというのか。

 そんなことを考えながら歩いていると、ふと隣から視線を感じる。見てみれば、またしてもヤミさんが何やらじとりとした視線をこちらへ寄越しているのが見えた。

 

「ええと、どうかした?」

「……いえ。変な人筆頭が何を、とか思っていません」

「言ってるねえ」

 

 失礼な。俺ほどまともな人間はいない……なんて胸を張るつもりはないが、少なくとも彩南(このまち)の中では常識的な感性をしている方だと思う。

 転生してることを除けば、だが。

 

「まあ、周りから見たら変でも、俺にとってはこれが普通だから」

「リクは昔──というほど前に出会ったわけでもないですが──からそうですね。私が変身(トランス)兵器だと知っても友人だと」

「そうだっけ」

「そうでした」

 

 そんな話をしたような気もしないでもない。でも、俺にとってヤミさんは兵器だ殺し屋だという前に()()()()()()()。そして、それは俺に限った話でもないと思う。

 

だから、私は……

 

 ぼそり、とヤミさんが何かを呟いた。しかし、その声は小さく聞き取れない。

 

「ごめん。なんて言ったの?」

「……なんでもありません」

「え、そう?」

「はい」

 

 と、その言葉を最後に会話が途切れてしまう。二人で並んで歩く音と、リンリンという鈴虫の鳴き声だけが響く。街灯によって伸びた二つの影がゆっくりと近づいては離れてを繰り返した。

 

 そんな風に、心地よい沈黙の中で歩くこと数分。ふと、一つの疑問が湧いて出る。

 

 ──そう言えば、ヤミさんってどこに住んでるんだろう。宇宙人だし、戸籍もないだろうし、ララ達みたいに居候してるわけでもなさそうだ。

 

 気になるけど、聞いていいのかな。これでもし「野宿です」とか言われたらどうすればいいんだろう。放っておける自信はないが。

 なんてことをちらちら見ながら考えていたのが伝わってしまったのか、怪訝な表情をしたヤミさんが「どうかしましたか?」と聞いてくる。

 

「いや……ヤミさんってどこに住んでるのかなって思って。ナナ達みたいに居候とかしてるわけでもなさそうだし」

「……ああ、リクには教えていませんでしたか。私は自前の宇宙船を持っているので、そこに住んでいます」

「へえ、宇宙船」

 

 しかも自前の。

 

「宇宙船?」

「はい。それがなにか?」

 

 なにか?というか。

 

「なんていうか、そう言うの聞くと本当に宇宙人なんだなってちょっと実感しただけ。宇宙船って、どんな感じなの?」

「どんな……と言われても、特に変わったものではないと思いますが」

「俺から……というか、地球人からしたら宇宙船ってだけで変わってるけどね」

「そういうものですか」

 

 そもそも普通の──という言い方もおかしいが──宇宙船だって写真や映像でしか見たことがないのだ。本物の宇宙人が使っている宇宙船。気にならないといえば嘘になる。

 

 なんて考えていると、不意に腕の裾を掴まれた。見れば、ヤミさんがちらりと上目遣いでこちらを見ながら口を開いている。

 

「その、もし興味があるなら……み、見てみますか?」

「見てみるって、ヤミさんの宇宙船を?」

「そ、そうです」

「でも、それってつまり──」

 

 ヤミさんの家に行く、ということと同義なのではなかろうか。

 

 ──しかも、昨日の今日で。

 

 日も沈みかけ、夕方から夜へと変わりゆく路地の上。顔を赤くしながら裾を掴んでいるヤミさんを見て、俺はそんなことを思った。




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