選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
──そこに居合わせたのは、本当に偶然だった。
彩南高校へ転入した初日。昼休みとなり、『とある目的』の為にクラスを抜け渡り廊下を歩いていた時のことだ。
リトと違い、下心丸出しで質問攻めをしてくる男子たちに辟易とし、脳内で愚痴をこぼしていたモモの目に留まったのは、リトのことを
(な、なんですかあれ……ただ事ならぬ雰囲気じゃないかしら……)
途中までは普通だった。読んでいる本の話や、たい焼きの話など、ただの知り合い──にしては、少し距離感が近すぎる気もしたが、まあ許容範囲内であった。
問題は、件の男子生徒がお弁当を広げた後である。
ヤミが彼のお弁当に興味を示した──まではいい。
しかし、その後に二言三言話したかと思えば、ヤミは唐突に髪先を箸に
モモにとってはまさに青天の
(あ、あの男子生徒……確か同じクラスにいた……成瀬さん、だったかしら?あのヤミさんとどういう関係なのかしら……)
成瀬のことはよく覚えている。自己紹介をした時に、明らかにクラスの中で浮いた反応を返していた男子生徒として。
下心しかない男子生徒とは違い、校内の情報収集に使えるのでは、と思っていたのだ。
と、そんなことを考えている間にも、ヤミはお弁当をつつき、成瀬はそれをまるで当然とでも言わんばかりに自然体で受け入れている。
いや、どう考えてもおかしいでしょ。モモはそう思った。
(あの二人、もしかして『そういう』関係なのかしら……。いいえ、そうでなくとも相当に親しい間柄なのは確実。それは……)
それは、困る。モモの脳内を占めていたのはその思考が全てだった。
ヤミは
それこそが、モモの考えた
と、いうのに。既に親しい男子生徒がいる、という状況はモモにとって非常に都合が悪い。
(ここで眺めていても埒が明かないわね。元々ヤミさんと話をする予定だったのだし、ここは少し探りを入れてみましょうか)
思いを決めたモモは、渡り廊下から一歩足を踏み出し、声を出す。
ゆっくりと、聞き取りやすく、それでいて親しみやすい。そんな声を。
「ヤーーミさん♬」
しかし、返ってきたのは完全なる『無』であった。こちらへ視線を寄越すことすらない完全な静寂である。
これには流石のモモも、笑みを浮かべたまま固まった。
別に好かれている、などと思いあがるつもりはなかったが、まさか返事すら返してもらえないとは思ってもいなかったのだ。
「あの、ヤミさん?」
再度呼びかけるも、やはり返事はない。
呼びかけられた側であるヤミは、黙々とお弁当を口に運んでいる。
(む、無視……?私より、そのお弁当の方がよっぽど大事だとでもいうの……?)
モモが内心で打ちひしがれていた時、横合いから声がかかる。
「えっと、デビルークさん。どうしたの?」
声をかけてきたのは当然、この場に残る最後の一人である男子生徒──成瀬である。
モモが声のした方へ目をやると、肩口で綺麗に切り揃えられた黒髪と、そこから覗く琥珀色の瞳がモモを見つめていた。
(あら、結構いい人じゃないですか。リトさんほどではないですけど♡)
ヤミに無視され続けたモモにとって、成瀬の助け舟は極めてありがたいものだった。
というか、ぶっちゃけ結構心に来ていたので普通に嬉しかった。
「あら、あなたは確か同じクラスの……」
「成瀬凌空です。よろしく、デビルークさん」
名前は知っていたが、別にそれを教える義理もない。
「そんな。折角同じクラスですし、よろしければお気軽に『モモ』と。デビルークですと、お姉さまやナナとも被りますし」
にこにこ、と笑みを浮かべながら告げるモモ。
名前で呼ぶ、と言うのは関係構築の第一歩である。ここで、
(成瀬さんとヤミさんが会う機会を減らせば、後はリトさんが何とかしてくれるはず……)
仮に成瀬がモモにとって嫌いな相手であればこの手段は使えなかったが、幸いなことにそうではない──むしろ好ましい部類だった──ことが功を奏した。
「ん、それもそうだね。よろしく、モモさん」
(やはり、他の男子生徒とは少し違いますね。まぁ、こちらとしては気疲れしないのでいいですけど)
『モモ』と気安く呼び捨てにしない──されたとしても、こちらから提案した手前文句など言わないが──ことや、他の男子のようにがっついてこないことはモモ的にはポイントが高い。
とはいえ、これ以上話を続けるよりも先に、解決しなければいけない問題がある。それは当然──。
「その、ところでヤミさんは……?」
ヤミである。なんとこの殺し屋、未だに弁当を食べているのだ。
え、そんなに美味しいの?私もちょっと食べて……いやいや、そんなのはしたないわよモモ。
そんな葛藤などいざ知らず、成瀬は飄々と「食べる?って聞いたらこうなっちゃった」などと答える。
そのまま、成瀬が「というか──」と言葉を続けた直後。
ようやく食事を終えたのか、ヤミが顔を上げた。
「おや、プリンセスモモではないですか。何故このような場所に?」
どの口が、というような言葉がモモの喉元まで出かかったが、何とか押しとどめる。
「……いえ♡せっかく彩南高校に転入したので、同じ宇宙人同士仲良くなりたいな、と思いまして」
「私と友人関係になりたいと?」
「はい♡」
(
そんな思いとともに友達宣言を申し込んだモモであったが、返ってきた返事は無情なものだった。
「いえ、結構です。募集はしていませんし、友人なら間に合っているので」
ピキリ、とモモが固まった。
「さ、先ほどの様子からしてもしや、とは思っていましたが……。やはり、
「ええ、リクと美柑がいれば特に問題はありません」
その言葉を聞いた時、モモの脳内にかつてない衝撃が走る。
(親しい、とは思っていたけれど、まさか
このままではまずい。そう思いながら口を開くモモ。
「み、美柑さんはわかりますが、何故この方まで……?」
問われたヤミは、少し落ち着かない様子でちら、と成瀬の方を一瞬見ると、すぐに目線をモモに戻して答える。
「リクは……良いパトロンです。本の趣味も合いますし、結城リトのようにえっちぃこともしてきません」
「だ、そうです」
だ、そうです。じゃないんですよ。モモはキレた。
(まるで他人事のように、この人は……!)
自分がどれだけ重要な立ち位置にいるのか理解していないのだろうか。何をそんなに落ち着き払っているんだ。そんな思考がモモの脳内を支配していた、その時。
「う、わわわわ!よ、よせ!どうしたんだよ猿山!」
校舎の方から一人の男子生徒──結城リトが走ってくる。
すぐさまその様子を確認したモモが声をかけた。
「あら、リトさん?どうしたんですか?」
「モモ!あいつら、いきなり襲ってきて……」
「え!?」
あいつら、とリトが指さした先では、見覚えのある生徒──リトのクラスメイト達だ──が、生気を失った様子で口からよだれを垂らし、焦点のあっていない目をこちらに向けている。
「フ、ヒヒ……」
「ハァ……」
「な、なんですかあなたたち!」
いくらなんでもおかしい。モモはそう思った。
確かに猿山と呼ばれている男子生徒は非常に下品かつ性欲に忠実で、リトさんから離れてほしい人間No.1ではあるが、ここまでおかしな人間ではなかったはずだ。
(何者かに操られている?でも何故?)
「猿山たち、さっきまでは普通に話してたのに急に……」
(リトさんにもわからない……いったい誰が?)
周囲を取り囲む男子生徒たちを警戒しながら、思考を走らせるモモ。
「ミ……」
「み?」
「み、見つけたァ……金色の闇ィ……!」
狙いは、ヤミさん!?
そんなモモの驚愕もよそに、操られた男子生徒たちがヤミ──そして、その近くにいたモモと成瀬、リトの元へと殺到する。
「オレらとォォォ、遊ぼうぜェェえァァ!」
「リク!」
「リトさん!」
モモの判断は早かった。男子がこちらへ向かって来るや否や、リトを自身の元へと引き寄せ、抱きかかえるようにしてその場を離れる。
ちら、とヤミの様子を見ると、そちらも同じように成瀬を抱えて飛んでいる姿が目に入った。
(まあ。緊急事態とは言え、あのヤミさんが男性とあそこまで密着するなんて……。やはり、先ほどの言葉は嘘ではなかったようですね)
しかし、その思考も横合いから伸びてきた腕によって中断させられる。
当然、ただ操られただけの人間に捕まるようなモモではなく、リトのことを──何故か──自身の股下へと転がしたモモは、最小限の動きで腕を避け、スカートのポケットからコンパクト型の機械を取り出した。
(リトさんの前であまりはしたない姿は見せたくないのですけど……致し方ないですね)
迷いのない指先で機械を操作したモモは、前後同時に伸びてきた腕をしゃがみ込むことで回避し、それと同時に機械を持っている手を地面へと押し当てる。
静寂の後、何本かの花が大きな音をたてて咲き誇り、操られていた男子生徒たちに巻き付いていく。
やがて、全ての男子を拘束したことを確認したモモは立ち上がり、スカートの汚れを払いながらリトを助け起こした。
「もう大丈夫ですよ、リトさん」
「モモ、これって……」
「お忘れですか?植物と心を通わせる私の
モモのスカートの中身を直視する姿勢になっていたせいか、どこか落ち着かない様子のリトをにこにこと眺めながらそう告げるモモ。
と、その時。
地面に倒れ伏している一人の男子生徒の口がひとりでに開き、男のようで女のよう、としか言いようのない不思議な声が辺りに響いた。
『やはり……誰一人息の根を止めていないか……。地球で牙を抜かれたという噂は本当だったらしいな』
「…………。……何者ですか」
『
(ヤミさんの過去を知る人……?一体、何の目的でこんなことを……)
声とヤミの問答を聞きながら、相手の目的を考える。
ヤミの抹殺──は、あり得ない。ヤミのことを少しでも知っているのなら、こんなことをあと百回繰り返したところでかすり傷一つ負わせられないということは、考えるまでもなくわかるだろう。
で、あるのなら。
(目的はヤミさんの
ヤミの様子を窺えば、謎の声の話にどこか思うところがあるのかいつもの無表情以上に感情の読めない顔で、倒れた生徒を見つめている姿が見える。
『甘い夢など──』
このままでは少しまずいのでは。でも私ではヤミさんをどうすることも──。
「そんなことはないよ」
(この声は……成瀬さん!?)
突然割り込んだ声に驚きを隠せないモモ。それもそのはずで、その声の主は先ほどまでヤミに抱かれ、ただ守られていただけの成瀬であったからだ。
『……貴様は?』
「初めまして、名前も知らない誰かさん。俺は成瀬凌空。ヤミさんの友達だ」
『私の言葉に割り込むとは、死にたいのか?』
「死にたくはないかな」
『なら、黙って──』
「死にたくはないけど、友達が貶められてるのを見過ごすくらいなら、死んだ方がマシだ」
『そこの金色の闇は、ただの殺戮兵器だ。人間のように友情を育み、ぬるま湯の中で生きることなど出来はしない』
謎の声に一歩も引かずに舌戦を繰り広げる成瀬。
「知らないの?実存は本質に先立つ。全ての存在は、生まれた時は真っ白だ。『どう在りたいのか』。その心さえ持てれば、誰だって何にだってなれる」
『人を簡単に殺せる力を持っていてもか?』
「使い方次第、じゃない?俺はさっきその力で助けてもらったよ」
(誰だって、何にだってなれる……)
正直、綺麗事だとモモは思った。人は生まれからは逃れられない。ヤミは兵器である自分を受け入れるしかないし、モモも第三王女である自分を受け入れて生きるしかない。
でも。
(──もし、本当にそうなれたのなら……って!何言ってるの私!リトさんというものがありながら……!)
モモはぶんぶん、とかぶりを振って一瞬だけ脳内に浮かんだ考えを即座に追い出す。
そんなことをしているうちに、成瀬と謎の声の会話も終わりを迎えたようだった。
『忘れるな、金色の闇。君の
──君の
その声を最後に、威圧感も、謎の声もぱったりと止んでしまう。
「今の、なんだったんだ?」
「わかりませんが……警戒するに越したことはないかと。ああ、リトさんのことは私が命に代えてもお守りするので、ご安心ください♡」
「も、モモ……。気持ちは嬉しいけど、そんな簡単に『命に代えても』とか、言うなよ」
「あら、じゃあ、もしもの時はリトさんが守ってくださいね♪」
「う……おう!お、俺にできることなら、だけど……」
赤面しながらもまっすぐとモモのことを見据え、そう宣言をするリト。対するモモも、微笑みを浮かべながらリトのことを見つめていた。
「っと、それよりもヤミと、もう一人いた男子は?」
「ああ、そういえば……」
リトの声掛けで、二人の存在を思い出したモモは、周囲へ視線を巡らせる。
二人の姿はすぐに見つかった。それは当然だ。二人ともそう遠くない位置にいたのだから。
問題だったのは、その二人の恰好だった。
「リク、リク。その、もう敵もいないのですし、手を離して……リク?」
その光景を目にした時の、モモが受けた衝撃は筆舌に尽くしがたいものだった。
今日だけでどれだけ驚かされればいいのよ!とよくわからない憤慨をしてしまう。そのくらいまでに、衝撃的だったのだ。
だって。
あの、金色の闇が。
(男性に手を握られて、振りほどきもせずに赤面してる、なんて!?)
リトも信じられないのか、「これって夢か?」とでも言わんばかりの驚いた表情で二人とモモの顔を交互に見つめる。
しかし、そんな二人の驚愕をよそにしびれを切らしたヤミが「リク!」と大きな声を上げた。
それによってようやく手を握ったままだったことに気が付いたらしい成瀬が慌てて手を離すと、二人の間に何とも言えない微妙な空気が流れる。
「あ、あらあら……。まさか、あのヤミさんが殿方との接触を許すなんて。これは中々に……驚きの光景、ですね?」
「……うるさいですよ、プリンセスモモ」
「ふふっ、お邪魔しちゃってごめんなさいね?」
「誤解を招く言い方はやめてください」
どこが誤解なんですか、どこが。そんなことを言いたくてたまらないモモであったが、それを言ったが最後、どのような惨劇が巻き起こるかたまったものではないと、必死に堪える。
(こうなってくると、いくらリトさんでも難しい……いいえ。リトさんなら、時間さえあればきっと何とかしてくれるはず……!ならば、私にできることは……)
そんな風に心を新たにしたモモは、にこにことした笑みを浮かべたままに未だ茫然としているリトを伴い二人へ話しかけるのだった。