選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
結果、季節の整合性のため彩南高校の夏休みは本作では七月ということになりました
謎の声との邂逅から二週間ほどが経ったある日。
それからは特段変わったことも──謎の声が再度接触してくることも──なく、以前と同じ様な日々を過ごしていた。
強いて変わったことを挙げるとすれば、それは──。
「おー、またなんか考え込んでんのか?」
横合いからかかってきた声に思考を浮上させ、声を返す。
「……まぁ、色々とね。
顔を上げた先には、ストローを咥え、紙パックのジュースを口元からぶら下げたツインテールの少女──ナナがいる。
「お前、メアの言ってた通りだナ」
「メアが?」
「ああ。「リクくんはすっごい面白いんだけど、考え込むと周りが見えなくなっちゃうのが玉に瑕」って」
変わったことと言えば、噂の転校生──ナナ・アスタ・デビルークと友達になった、ということくらいだろうか。
彼女との出会いは──なんて、特別な語りをするほどのものでもない。
よくある話だ。俺と彼女の接点は紛れもなく「メア」……つまり、共通の友達がいるということだけなのだから。
メアが俺と彼女を引き合わせ、友達の友達であった俺と彼女はそれによって友達となった……何だか友達という言葉がゲシュタルト崩壊しそうだが、要はそういうことである。
彼女のほうもさっぱりとした性格で、最初こそ「ナナさん」と呼んでいたのだが、すぐに「メアのことも呼び捨てなんだからアタシもナナでいいぞ!」と言ってくれたのだ。
──メアは、「私の時はそんな素直に呼んでくれなかったのに!」とかなんとか言っていたが。
と、ナナと話している時にふと思い出す。
(そういえば、モモさんって結城先輩とただごとならぬ感じだったし、ナナは何か知ってるのかな)
「お~い、また考え事か?アタシが目の前にいるのにいい度胸だナ?」
またしても考え込んでしまっていたようで、にやにやと少しからかうような表情──ちらりと特徴的な八重歯がのぞいている──のナナが目の前で手のひらを振っている。
「いや、ごめん。ちょっとね。本当に申し訳ない」
「お、おう。そんなに畏まられても困るんだけど……。チョーシ狂うな、おい」
俺が謝ると、ナナは「予想外」とでも言わんばかりの表情を浮かべ、自身のツインテールを指先でいじりながら視線を泳がせる。
しかし、すぐに整理がついたようで、こちらを見ながら再度口を開いた。
「ま、いいか。で、何考えてたんだ?」
「うん。ナナ、結城先輩って知ってる?結城リト先輩」
俺がそういうと、ナナは「げっ」と短く声をこぼし、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
まるで「あんなヤツの話、なんで聞きたいんだ?」とでも言わんばかりだ。
「あんなヤツの話、なんで聞きたいんだ?」
というか言った。
「なんて言うか……この間、ちょっとすごい場面を目撃しちゃって。学外の友達も知り合いみたいで、どんな人なのかなって」
「あんなケダモノの話が聞きたいなんて……もしかしてリクもケダモノなのか!?」
「ケダモノとはまた……穏やかじゃないね」
まぁ確かに、仰向けでスカートに頭を突っ込むさまは獣欲に溢れていると言えなくもないのかもしれないけれど。
「というか、どんな人か聞いただけなのにそんな反応になるって結城先輩は本当にどういう人なの?」
「あいつは……姉上の優しさにつけ込むケダモノだ!この間だって朝からモモと……その……いやらしいことしてたんだぞ!姉上というものがありながら!」
「うーん、ナナ。聞いたのは確かに俺だけど、もう少し落ち着いたほうが──」
思った以上に結城先輩に思うところがあるらしく、マシンガントークが止まらないナナ。
クラス中──もっと言えば廊下にも響きかねない声量で結城先輩への愚痴をぶちまけている。
「だいたい、モモもモモだ!あいつは仮にも──仮にも!姉上の婚約者って立ち位置なのに、なんであいつがすり寄ってるんだよ」
「ナナ、ナナ」
「それに、モモだけじゃないんだぞ!あいつはことあるごとにパンツに頭を突っ込み、ブラをずらして胸を揉んで──」
明らかな下ネタ──本人にそのつもりはなくても──の話題に、クラスの男子がこちらを見ているのがわかる。
これ以上は、ちょっと。
「ナナ!」
思ったよりも声が大きくなってしまったようで、ナナがびくり、と肩を跳ねさせてこちらを見る。
興奮しているようで、こちらの言葉が届いていない様子だったナナを止めるためとはいえ、びっくりさせてしまったようだ。
「大きな声をだしてごめんね。確かに聞いたのは俺だけど、もう少し落ち着いた話が聞きたいかな」
「う……悪い」
ヒートアップしていた自覚はあるのか、ばつの悪い顔をして謝罪をしてくるナナ。
まぁ、正直言って
「それに──」
「それに?」
「女の子があまりそういう話を大声でするのはちょっと、ね」
俺の言葉を聞いたナナは一瞬で顔を真っ赤にすると──。
「うっ、うるさい!どんな話をしようがアタシの勝手だろ!」
「それは、まぁそうだけど」
う~ん、余計なお世話だったかな。それを抜きにしても、ちょっと気障すぎるセリフではあったけど。
「……ありがとう」
「え、ごめん。ちょっと聞こえなかった」
「なんでもない!」
顔は赤いまま、つんとそっぽを向いてしまうナナ。しかし、どこかへ行く様子はないということは話はしてくれるということなのだろうか。
しかし、俺から声をかけるのは憚られるな、などと考えているとしびれを切らしたのかナナがこちらを向く。
「それで!」
「う、うん」
「もっと落ち着いた話が聞きたいんダロ?」
「いいの?」
「はぁ……ま、確かにアタシもちょっと興奮しすぎたからな」
軽い溜息をつきながら頬を掻くナナ。
「じゃあ、お互い様ということで」
「……」
俺がそういうと、ナナは無言のままジトっとした目線をこちらへ向けてくる。
「なにか?」
「なんでもないっ!……で、リトのことだろ?」
「と言っても、大体はさっき言った通りなんだケド……」と言いながらナナは言葉を続けた。
「さっきの話を聞く限りだと、結城先輩はその……だいぶ女癖の悪い人みたいなんだけど」
「ああ。姉上とかモモとかはあいつのこと気に入ってるみたいだけど、アタシにはさっぱり理解できないな」
「でも、その二人が気に入るってことはただのダメな人ってだけじゃないんじゃないの?俺はその二人のことはあまり知らないけど、ダメな人のことを気に入る人なの?」
その言葉を受けて、ナナはバツの悪そうな顔をしてこちらを見る。
「う……ま、まぁちょっとは優しいところもあったり、なかったり……。あぁ~!もう!とにかくあいつはケダモノなんだよ!」
わしゃわしゃと頭を掻きむしりながら再度大きな声を出すナナ。
どうやら結城先輩とやらは、セクハラ癖があるのは確かだけれど根っからの悪人、というわけではないらしい。
(いや、どんな人?セクハラしてるのにいい人っていうのは……)
結局、よくわからない人、という結論に落ち着いてしまう。
やはり、人づてに聞いた話だけでその人を判断しようとするのが間違いなのだろう。
「もう!あいつの話はいいだろ!別の話しようぜ」
「別のってどんな?」
「そうだな……。じゃあ、お前の話とか」
そう言いながら、ナナは空になったジュースを机に置き、ずいっと顔を近づけてくる。
──近い。長い睫毛や、特徴的な八重歯がはっきりと見えるし、紫の瞳はまっすぐとこちらをとらえて離さない。
正直、心臓に優しくない距離だ。
「俺の?」
「ああ。メアから話はよ~く聞いてるけど、こうして二人だけで話すのってなんだかんだで珍しいからナ!」
「俺の話なんてたいして面白いものでもないと思うけど……」
「それを決めるのはアタシだろ?」
カラカラと笑いながらそう告げるナナ。
それを言われてしまえば、俺から言えることは何もない。
俺は観念して、残りの休み時間をナナとの雑談に費やすのだった。
◇
「じゃーな!リク!」
「リクくんまたね~」
放課後。手を振りながら別れの挨拶をするメアとナナへ手を振り返して見送ってから、少し考える。二学期に入ってから暫く経ち、
薔薇色、とはいかずともそれなりに充実した高校生活と言えるのではないだろうか。
きい、と椅子を後ろへ傾け、窓の外の空を眺めた。八月に入り夏真っ盛りといった様子の空は青く、日は高い。今日は特に雲も少なく、絵の具を垂らしたような鮮やかな青が広がっている。
ぐい、と背を伸ばすと、授業で凝り固まった体が解されていく感覚がした。
「う~ん、気持ち、いい」
平和であると、考え事をする余裕が生まれてしまう。そして、今一番気になることと言えば。
「ヤミさん、だよなぁ」
謎の声に啖呵を切ったはいいものの、あの時言った通り俺にできることなどたかが知れている。
精々が彼女の友人として、彼女を一人にしないように隣にいることぐらいだ。
それなのに、最近はそれすらも出来ていない。と、いうのも何故かヤミさんと会えないのだ。
まぁ連絡先を交換しているわけでもないし──そもそも携帯を持っているのかすら知らない──どこそこで会おう、と約束をしているわけでもない。
ヤミさんの気が向いた時に会いに来たり、この前みたいに偶々見かけた時に話をしたり、と言った程度の関係なので、少し会わないくらいならよくあることなのだが──。
「影も形もない、って言うのは、ちょっと初めてかも?」
独り言が、誰もいない教室に吸い込まれて消える。
何気なく、窓の下──中庭にある、あのベンチの方へ視線を落とす。
当然、そこには黒いドレスの少女も、たい焼きの山も見当たらない。
「お腹空かせてないといいんだけど」
ふと漏らした、そんな独り言。
それに返事をしたのは、誰もいないはずの空間──窓の外だった。
「なるほど。リクが私をどう思っているのか、詳しく聞かせてもらう必要がありそうですね」
にゅ、とでも擬音が付きそうな勢いで、俺が眺めていた窓の
黄金の髪がさらさらと重力に従って垂れ下がり、その隙間から真紅の瞳がこちらを覗き込んでいる。
「…………わあ」
人間、本当に驚くと大声を出すことも出来ないんだな。そう思った。
◇
「それで、何か言いたいことはありますか?」
窓から教室へ入り、トン、と音すら立てずに軽やかに床へ降り立ったヤミさん。
その身のこなしは流石と言ったところだが、何やらオーラらしきものを発しながら腕を組んでこちらをじとりと睨みつける様には、かなりの威圧感を感じる。
心なしか、トレードマークとも言える綺麗な金髪も重力に逆らいうねうねと動いている気がした。
気まずい沈黙が教室を包む。
「……え~っと、……元気だった?」
「ええ、はい。お腹を空かせることもなく、元気でしたが」
言いたいことはそれだけですか?とでも言わんばかりの圧力を感じる。
……まずい。かなり、怒っていらっしゃる……?
やはり、女性の食事量をあれそれと揶揄するべきではないのだ。例えそれが友人であっても。否、友人だからこそ、そういうことを言うのは控えるべきだったのだ。
それも、本人がいないところで言うなど……。
まずは謝罪、だな。
「元気なら、良かった。さっきは申し訳ないね。独り言の上、失礼なことを言った」
「む……。わかれば、いいのです」
「そうか、許してくれるのなら嬉しいね」
どうやら分かってもらえたようだと、ほっと一息ついたのも束の間。
「しかし、独り言であれを言うということは、私のことを『そう』認識しているということではないですか?」
……だって君、実際たくさん食べるじゃないか。そう言えたらどんなに楽なのだろう。
別にたくさん食べることは悪いことじゃないし。俺はむしろおいしそうに食べてくれる人の方が好きだし。
いや、そういう問題じゃないのは分かっているが。
「どうなんですか?」
言いながら、ヤミさんが再度こちらをじろり、と見つめる。
何故かこちらに向けられた髪が、鎌首をもたげる金色の大蛇のように見えた。
「え、ええと……」
どうしよう。何を言ってもダメな未来しか見えない。だってそう思ってるのは事実なわけだし……。
そうこうしている間にもヤミさんの髪はじりじりと距離を詰めてきている。まるで、この髪がそっちに行った時がタイムリミットだぞ、とでも言わんばかりだ。
「お……」
「お?」
「美味しいご飯は、誰だってついついたくさん食べちゃうよね~、なんて」
「……」
あ、だめそう。
そんなことを思った直後、ごうと風が捩れる音がして、額にかつてない衝撃が訪れた。
「いッッッッ!!!」
「……はぁ、色々と言いたいことはありますが、とりあえずはそれで済ませてあげます」
「それは……どうも……」
正直、あまりの痛さにそれどころでは無い。
めちゃくちゃに痛いのに、それが我慢できるギリギリであるのも余計にタチが悪いと言える。
「そんなことよりもリク、今日この後は暇ですか?暇ですね?」
「いった……。え、ああ、うん。特段予定はないけれど」
「それはよかったです。まぁ、予定があってもキャンセルしてもらうつもりでしたが」
中々に横暴なことを言う。
「そうまで言うってことは、なにか大事な用事でも?」
「美柑のことは以前話しましたね?彼女にあなたを紹介すると言いましたので」
「へえ紹介……。紹介?」
「はい」
──紹介。
「誰を?」
「あなたを」
「誰に?」
「美柑に」
なるほど、なるほど。
「なんで?」
美柑さん、はわかる。よくヤミさんの口から出るヤミさんのもう一人の友達で、何でも料理が得意だったり頭がよかったり、非常識な周りに振り回されている健気な子なのだとか。
でも、なんでその美柑さんと俺が?
「詳しいことは後で説明しましょう。早く行かないと約束の時間に遅れてしまいます」
そう言うなり、俺の手を取って歩き始めるヤミさん。小さくて冷ややかな手が、強引に俺を引いていく。
その足どりはいつもより早く、どことなくそわそわとしている様子が伝わってくる。
「ええと、その美柑さんは俺が行くって知ってるの?」
歩きながら質問をする。ヤミさんは、こちらを見ることなく答えた。
「はい。リクのことは……まあ、それなりに美柑とも話しています。そうしたら」
「そうしたら?」
「美柑があなたに会ってみたい、と」
ふむ。一体ヤミさんが俺のことをどんな風に話しているのかはかなり気になるところだ。
「どんな話をしたの?」
「それは……料理が上手く、本の趣味がいい、など」
「ほかには?」
「…………普通が好きなのに、自ら普通から遠ざかっていく、でしょうか?」
「そんなことは……ないと思うけど」
別に、好き好んで変なことに首を突っ込む趣味はない。
「私と、ゆ、友人になっている時点で、その言葉には無理があります」
「何が普通かは、その人次第じゃない?」
俺にとってはヤミさんはただの友達なわけだし。
俺がそういうと、ヤミさんは黙り込んでしまう。
「ヤミさん?」
「……なんですか」
「いや、急に黙ってどうしたのかな、と」
「なんでもないです」
「いや、でも」
「なんでも、ないです」
なんでもないというわけではなさそうだけど……。
まあ、どこか悪いとかいうわけではなさそうだし、本人がそう言っているなら追及するのもよくないか。
そんなことを話していると、住宅地にある二階建ての一軒家の前へたどり着く。
結局、手は繋いだままだったわけだけど……。
ちらり、とヤミさんの顔を窺うも、相変わらずの無表情で何を考えているのかは読み取れない。
(まあ、嫌だったのなら自分から振りほどくか)
「着きましたよ」
どうやらこの一軒家が目的地らしい、と表札を確認すると『結城』の文字。
「結城……」
「どうかしましたか?」
「いや、ほら。この間会った──会った?先輩。結城リト先輩だっけ?あの人と同じだなって」
「ええ。美柑は結城リトの妹ですから」
結城先輩の妹……。なのに健気でいい子?ということは、やはり結城先輩もいい人なのだろうか。
いや、どうせ今から会うんだろうし、そこで判断すればいいか。
「あと、この家には以前会ったプリンセスモモをはじめとするデビルークのプリンセスたちも居候していますので、そのつもりで」
ナナとモモさん、あと噂の『姉上』もいるのか……。
「ヤミさん」
「なんですか?」
「そういうのは、もうちょっと早く教えてほしいかな」
流石にびっくりしてしまうので。
「す、すみません。その、楽しみで、つい」
「ん、や。怒ってるわけじゃないし、謝らなくても」
「そう言ってもらえるとありがたいです」
そう言って、家のチャイムを鳴らすヤミさん。やがて、扉の向こうからトタトタと歩く音が聞こえてくる。
そして「今開けます~」という声と共に、扉が開かれた。