選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
「は~い!ヤミさん、いらっしゃ……い……?」
扉を開けて出てきたのは、黒茶色のロングヘアをした……小学生?
この子が美柑さんなのかな。
あどけない顔立ちや背丈は確かに小学生のそれだが、纏っている空気はそこらの大人よりよっぽど大人びてる。というか、随分とエプロン姿が板についているなぁ、この子。
「美柑、どうかしましたか?」
「どうかした……っていうか、こっちのセリフっていうか……。ヤミさん、その人が?」
彼女の視線が、俺の顔と、ヤミさんの手を何度も往復している。
……そういえば、まだ繋いだままだった、気がするなぁ……。
「ええ、リクです。リク、彼女が美柑です」
ヤミさんは美柑さんの様子に気づいていないのか、そのまま俺の紹介を始めてしまう。
これは、言ったほうがいいのか、悪いのか。悩ましいところだ。
「初めまして、成瀬凌空です。結城さんのことは、ヤミさんからたまに聞いてます」
「え、あ、はい。ご丁寧にどうも。私のことは、気軽に美柑って呼んでください。口調も、そんなに堅くしなくても大丈夫ですよ」
「ん、じゃあ、お言葉に甘えて。俺のこともリクでいいよ、美柑さん。同じく、口調も軽くて問題なし」
それにしても、本当に小学生なのか?この子。そこらの同級生よりよっぽどちゃんとしてるな。いくら女性のほうが成熟が早いとは言え……。
「その……ところでリクさん。
「実は俺もよくわかってなくて……やっぱりやめたほうがいいと思う?」
「ヤミさんが嫌じゃないならいいと思うけど……どうなんだろう」
「二人とも、どうかしましたか?」
ヤミさんの声を受けて、美柑さんと目を見合わせる。
──もしかして、気づいてない?
──ははは、そんなまさか。……あり得るね。
──こんなヤミさん初めて見ました。
無言でいる俺と美柑さんを流石に不審に思ったのかヤミさんが美柑さんの視線を辿る。
つまり、その先にあるのは。
「っ!ち、違いますよ美柑。これは、リクを連れてくるために仕方なく」
ようやく手を掴んだままだったことを思い出したのか、ぱっ、と弾かれたように俺の手を離しながら美柑さんへ釈明をするヤミさん。
「え~、でもそれにしてはしっかり握ってなかった?」
「そんなことはありません」
「そうかな~。リクさんはどう思います?」
「う~ん、ノーコメントで」
「うわ、ズルい」
「大人はズルいものなのです。まだ高校生だけど」
そんなことを話しながら、家の中へと入る。
「二人はどうして仲良くなったんですか?」
「たい焼き屋の前で困ってるのを助けたのが最初かなそれからまぁ……色々あって今の感じに。美柑さんは?」
「私は、銭湯に行ってる時にヤミさんを狙った殺し屋がやってきてその時に──」
殺し屋、か。この子も中々に強かというか、波乱万丈な人生を送っているらしい。
「美柑さんも、中々大変なんだねえ」
「ま~、それなりには。あ、でもヤミさんと友達になれたのは、すっごい嬉しかったよ」
ね、とヤミさんのほうへ顔を向ける美柑さん。
対するヤミさんも満更ではなさそうに──わかりにくいが──微笑んでいる。
「あ、そういえばリクさんってお料理するんですよね?」
「まあ、人並みには」
「もしよかったら、一緒に作りませんか?今日はヤミさんに地球の料理を教えるって約束で呼んだんです」
「それは──」
いいね、と言おうとしてちらり、とヤミさんの顔を見る。
ここで俺が混ざっても、多分ヤミさんは何も言わないだろう。でも、会ったばかりの俺が二人の仲を邪魔する、というのも憚られる。
──今日のところは、お断りするか。
「いや、折角のお誘いだけれど、今日のところはやめておこうかな」
「え~、ヤミさんから聞いて楽しみにしてたのに……。もしかして、気を使ってます?」
「そんなこと……あるかも?ないかも」
「む、そうやって煙に巻こうとするの、ちょっとどうかと思いますよ」
口先を少し尖らせてそういう様子は、年相応に幼さを感じる見た目だ。
会ったばかりだが、どうにもこの子とは波長が合うというか……。
「リク、私は気にしません。美柑にも、リクの料理のことは話してあります。何を気にしているのですか?」
「そうですよ。私も、リクさんの腕前見てみたいし」
ここまで言わせて、なお断るのはむしろ失礼か。
「それじゃあ、ご一緒させてもらおうかな」
「はい、よろしくおねがいしますね、リクさん!あ、二人の分のエプロン持ってくるので、ちょっと待っててください」
そう言って、家の奥へと引っ込んでいく美柑さん。
入れ替わるように、リビングと思わしき部屋から二人の人影が出てくる。
「あれ?リクじゃん。なんでいるんだ?」
「や、ナナ。俺にも説明が難しいんだけど……まあ色々あってお邪魔してる」
出てきたのはナナと、ナナによく似た女性。親子、にしては年が近すぎるし、多分この人が『姉上』なんだろう。
「あれ?ナナ、知ってるの?」
「ああ、姉上にはまだ話してなかったな。こいつはリク。転入してできた二人目の友達なんだ!」
「え~!もう友達できたの?すっごいね!」
「だろ!」
まさに天真爛漫、という言葉がぴったり似合う印象を受ける彼女は──家の中なのだから当たり前かもしれないが──極めてラフな格好をしており、正直目のやり場に困る、というのが素直な感想だった。
「初めましてリク!私ララ、よろしくね!」
ずずい、と近寄り手を差し出してくるララ先輩。
こういうところは、ナナにそっくりだな。──いや、ナナが似てるのか。
「よろしくお願いします、ララ先輩」
手を握り、挨拶を返す。
「ナナの友達なんでしょ?ララでいいよ~!」
「ん。じゃあ、改めてよろしく、ララ」
「お前、ホント物怖じしないのナ……」
ナナが呆れたような、感心したような声を上げる。一方でララは素直に喜んでいた。
と、そんな様子を見ていた時、服の裾がくい、と引かれた。
「プリンセスと随分仲がいいのですね?」
「まあ、クラスメイトだしね」
「そちらもそうですが……いえ、何でもありません」
──で、何しに来たんだ?美柑に料理を習うために……。え~、料理?私もやりたい!え、ララも料理できるの?ううん、できないよ──
そんな感じで四人で話していると、二階から人が降りてくる音が聞こえた。
「気分転換にコーヒーでも飲みましょうか、リトさん」
そう言いながら降りてきたのは、いつぞやの茶髪の先輩──結城リト先輩と、モモさんだった。
二人はヤミさんの姿を見るなり酷く驚いた様子を見せ、露骨に後ずさる。
「お邪魔してます、結城リト」
「お邪魔しています、先輩」
「や、ヤミ!てか、どうして包丁!?……それにお前は?」
流石に一言二言話しただけの後輩のことは覚えていないか。
まあ、当たり前だ。
「どうも、結城先輩。彩南高校1-Bの成瀬です。モモさんとは、クラスメイトだよね」
言いながら、モモさんへ目線をやる。すぐに補足をしてくれるのかと思いきや、何やら考え事をしていたらしく一瞬反応が遅れた。
「……?あ、ええ。成瀬さんは同じクラスメイトなんです、リトさん。でも、なんで成瀬さんがこの家に?」
「ええと、俺にも説明が難しいんですけど、ヤミさんが──」
と、説明をしようとしたその時。エプロンを取りに行っていた美柑さんが戻ってくる。
「ヤミさん、リクさん。エプロン持ってきたよ」
──はい。これ、兄のお古なんですけど……すみません。
そんなことを言いながら手渡されたエプロンを身に着ける。恐らくは中学生辺りの家庭科で作ったであろうそれは、大事にされているようで古臭さこそあれど物の状態は良いようだった。
そんな様子を見ていたモモさんがおずおずと言った様子で美柑さんに声をかける。
「み、美柑さん。お二人はここで何を……?」
「ん?今日はね、前々からの約束でヤミさんが泊まりに来てくれたの。リクさんも、ヤミさんの話を聞いて会ってみたかったから、無理を言って連れてきてもらったんだ。それで、今から地球の料理を教えてあげようと思って」
「美柑に地球文化のことを尋ねたら、料理を薦められました」
なるほど、そういう事情だったのか。……なんで俺まで今初めて知ってるんだろう。本来は最初に知っておくべきなのでは?
そんな考えが頭に浮かんだが、今更言っても詮無き事なので、すぐに頭から追い出す。
というか。
「えっ……と、流石に泊まるのはヤミさんだけ、だよね?一応の確認なんだけど」
「あはは、流石にそこまでは言いませんよ」
「え?」
二人が同時に口を開き、お互いの顔を見合わせる。
これはもしや。
「もしかして、二人で決めてなかった感じ?」
俺がそう呟くと、モモさんが何やら引きつった笑みを浮かべながらこちらへ声をかける。
「い、いやいやぁ。流石に急に泊まるというのは、成瀬さんにもご都合があるでしょうし」
「そうだよヤミさん。ていうか、もしかして連れてくるのも言ってなかったとかじゃないよね?」
「い、いえ。そんなことは」
そんなことはある。
「リクは泊まりたくないのですか?」
「ん、俺がどう、というよりホスト──美柑さんや結城先輩に聞くべきだね、それは」
俺がそう言うと、じっと美柑さんのことを見つめるヤミさん。
何やら、視線に圧力がかかっているような気がしなくもない。
「えっ、私!?うーん……。まぁ、あと一人くらいなら増えても……寝るのはリビングになると思うんですけど、それでもいいですか?」
おっと、流れが変わったぞ。
「み、美柑さん!お客様をリビングで寝かせるなんてそんなこと。無理に泊まっていただかなくてもいいのではないですか?」
モモさんが必死に美柑さんを説得しようとする。
次いで、「そうですよね、リトさん」と結城先輩に声をかけるのだが。
「え、成瀬泊まるのか?美柑がいいなら俺はいいけど……成瀬はいいのか?うち、かなり騒がしいと思うけど」
「リトさん!?」
それでいいのか、結城先輩。この家には美少女が大勢住んでいて、俺とあなたは殆ど初対面の男子生徒なんだぞ。
いや、もちろん変なことをするつもりは毛頭ないのだけれど。
「ええと、ホストに聞くべきと言った俺が言うのもなんですが、本当にいいので?一応、ほぼ初対面だと思うんですが……」
「まあそうだけど、美柑やヤミが連れてきたなら大丈夫だろ。それに、正直この家に男が俺だけっていうのは結構……」
そう呟く結城先輩は、どこか背中が煤けて見える。……どうやら、苦労しているらしい。
「リク、美柑と結城リトもこう言っているのです。何を躊躇っているのですか?」
「や、ヤミさん。殿方と言うのはみだりに女性の家に泊まったりしないものですよ」
「あなたには聞いていません、プリンセスモモ。どうなのですか、リク」
ヤミさんがこちらを見据えて問いかけた。じっと、こちらを見つめる深紅の瞳に吸い込まれそうな錯覚を受ける。
ここで断ることは簡単だ。ぶっちゃけ無理やり連れてこられたわけだし「用事がある」とかの言い訳をするまでもなく、俺が断ればヤミさんは納得してくれるだろう。
しかし、なあ。
未だこちらを見つめるヤミさんを見る。彼女がここまで我儘──これを我儘と言っていいのかは微妙だが──を言ったり、自分の欲を出すのは、それなりに長い付き合いの中で初めてだ。
正直、嬉しいというのが素直なところ。
(まあ、家主である結城先輩に問題がないのなら、泊まるくらいはいいか)
帰ってほしそうな──いやまぁそれが当然の反応なのだが──モモさんには申し訳ないと思うが、そこは結城先輩に免じて許してほしい。許可をくれたのは彼なのだし。
「いや。そこまで言ってもらえるなら、お世話になろうかな。すみません、ご面倒をおかけします。結城先輩、美柑さん」
「いやいや!いいっていいって。ヤミの友達なんだろ?それにお前、何かいいヤツっぽいし」
「ふふ、じゃあお礼はリクさんの料理でいいですよ」
「ありがとう。お礼になるかはわからないけど、その程度でいいのなら」
謝罪とお礼をするも、まるで気にした様子のない二人。おいおい、いい人すぎないか?
……さっきから視界の端でちらちらと見えるこちらを射殺さんばかりに凝視──笑顔で、と言うのが更に怖い──しているモモさんのことは、気にしないようにしよう。
「はい!じゃあ、料理するよ!ほら、ヤミさん」
美柑さんがぱん、と手を叩いてそう宣言し、ヤミさんの手を引いてキッチンへと向かう。
それに連れられるように、俺も後をついていくのだった。
◇
「それで、何を作るの?」
「今日は鶏肉が安かったから、メインは唐揚げにしようかなと。あとは付け合わせに煮物とサラダかな。漬物があるから、それも」
「……美柑さん、失礼だけれどホントに小学生?」
「む、本当に失礼ですよ」
「いや、そうだね。申し訳ない」
いやでも、俺が小学生の頃はこんなしっかりしてなかったよ。というか、下手をしなくても
「じゃあ、せっかくだし揚げるのは俺がやるよ。ヤミさんと美柑さんはサラダと煮物をお願いしてもいい?」
「はい、それでいきましょう。じゃあ、ヤミさん。ほら、包丁はこうやって持って──」
そう言ってヤミさんの手を取り、包丁の使い方を教えていく美柑さん。その光景はとても笑ましく、眺めていたくなるものだが俺も仕事をしなければならない。
「とりあえず下処理かな」
いいながら、皮目へフォークをプスプスと刺していく。全体に満遍なく軽い穴を空けたら、次は食べやすい大きさへカットしていく。
「ナー、リク。なんで刺したんだ?」
「味付けにもよるけど、今から普通に漬け込むとちょっと味が染みるのに時間がかかるからね。穴を空ければお肉が柔らかくなるし、味が染みるのも早くなるんだ」
「へー。お前ホントに料理できたんだ」
「……ひょっとして嘘だと思われてた?」
いつの間にか横に立っていたナナと話しながら処理を続ける。
「いや、思ってた以上に手際がいいからびっくりしただけで、嘘とか思ってたわけじゃ……」
「うう……ナナは俺のことを見栄っ張りの嘘つきだと思っていたんだね……」
「や、ちょっ、ちが!違うぞ、そんなこと思って──」
「まあ、ナナがそんな人じゃないっていうのはわかってるけど」
「──ない……。……お前なぁっ!」
があっ!とナナが気炎を上げる。打てば響くように返してくれるナナとの会話は、ノリが男子と似ているので非常に気が楽だ。まあ本人に言ったら怒られそうだけど。
(とはいえ、似てるのは会話のノリだけだけど……)
と、横に立つナナの恰好をちらりと確認する。先ほども思ったが──家なのだから当たり前だが──ララと同じように非常にラフな格好で、心臓に悪い。しかも近い。何故だ。
そんなことを考えていると、隣から「ダン!」と力強い音が聞こえた。
──や、ヤミさん!野菜はそんなに力強く切らなくても大丈夫だよ──
──すみません美柑、つい──
どうやら、あちらもあちらでなかなか波乱万丈らしい。
「美柑さん、味付けはどうするの?」
「え、え~っと……うん!リクさんの味付けでいいですよ。食べてみたいので!」
「そんなに期待されても……一般的な味付けだと思うけどなぁ」
ただの男子高校生の料理に何故そこまで……。ヤミさんは一体美柑さんに何を吹き込んだのだろうか。ちょっと不安になってくるな。
「まあ、無難に行くか」
「ブナン?」
「大体の料理はもう完成された比率があるからね。創作料理とか、ちょっと冒険したい時でもなければそれに沿って作れば誰でも美味しく作れるんだ」
「誰でも……って、アタシにもか?」
「もちろん。料理は慣れの部分も大きいけど、どちらかと言えば科学みたいなものだからね。レシピを見て分量を間違えなければよっぽど変なものは出来上がらないはずだよ」
へー、と、キャンディーを咥えながらどこか気の抜けた声を上げるナナ。
「もしよかったら、今度何か作ってみる?」
「へ!?あ、アタシが?」
「うん。今日は無理だけど、興味あるなら付き合うよ」
言いながら、鶏肉に下味をつけていく。ビニールに入れた一口大の鶏肉と、醤油に酒を大さじ二ずつにすり下ろした生姜とニンニクと二欠片。適当に済ませるならこれでいいんだけど、あんなに期待された手前これだけというのもどこか味気ない。
「美柑さん、柚子胡椒ってある?」
「冷蔵庫のポケットにありますよ」
聞いて、冷蔵庫を開き柚子胡椒を取り出して小さじ二で入れてそれぞれを揉みこむ。
「よし、こんなとこかな」
鶏肉と調味料を入れたビニールを水を張ったボウルに沈めて空気を抜き、口を縛る。
これであとはニ十分から三十分ほど漬け込めばあとは揚げるだけだ。
「へえ、成瀬、随分と手際がいいんだな」
「あ、結城先輩。ありがとうございます。料理は好きなので。食べるのも作るのも」
妹の様子を見に来たのか、リトでいいよ、なんて断りながら結城──リト先輩がキッチンに現れる。
そのまま美柑さんの方へ行くのかと思いきや、意外にも俺に話しかけてきた。
「今日はありがとうな。お陰で美柑も楽しそうだ」
「え、いや、お礼を言うのは俺の方ですよ。ヤミさんが連れてきたとはいえ、ほぼ初対面にも関らず家に上げてもらったうえ宿泊まで」
「まあ、確かに最初は「誰だよ!?」って感じだったけど、ヤミも美柑も懐いてるみたいだし、それに今話して思ったけど、やっぱりいいヤツっぽいし」
「先輩は──」
「うん?」
「──随分と、お人よしですね」
俺がそう言うと、リト先輩は「お、お前……結構言うなぁ」と少し驚いた目でこちらを見る。
別に、悪い意味じゃない。むしろ褒めてるのだ、
「誉め言葉ですよ。そうやって素直に人を信じられるの、凄いと思います」
「そ、そうか?」
「そうですよ」
俺みたいな特殊な事情もなしに、極めて異常な状況を受け入れられるのは才能と言ってもいいだろう。
このおおらかさが、ララやモモさん、他にも噂の人たちが惹かれるポイントなのかもな。
「ところでリト先輩、あちらでモモさんがこちらを見ていますが、放っておいていいんですか?」
「え?あ、やば!わりぃ成瀬、本当にありがとうな」
「リクでいいですよ」
おう!と声を残し、リト先輩はリビングへ戻っていく。
結局、美柑さんたちに声をかけなかったけどいいのだろうか。まあ、別に何か危険なことをしているというわけでもないし、取り立てて部外者が口をはさむとこでもないか。
そんなことを考えながら、味がしみこむのを待つ。
の、だが。
そういえば、さっきからナナが随分と静かなことに気づく。
「ナナ?」
「へっ!?あ、ああ。なんだ?」
「いや、急に黙ったからどうしたのかなって……」
「い、いや。なんでもないゾ!」
なんでもないって風ではないけど……。そんなことを思っていると、リビングからララが突撃してきてナナに飛びついた。
「へへへ~、ナナは嬉しかったんだよね~!」
「あ、姉上!?」
「ねーリク、ナナに料理教える時、私も一緒に見てていい?」
「え、うん。もちろん構わないけど」
「姉上!アタシはまだやるとは……決めて……」
「やらないの?」
「う……。そうは、言ってない……ケド」
ララの指摘に、目を泳がせてそう答えるナナ。
その煮え切らない態度に思うところがあったのか、ララがずび!とナナのことを指さして言った。
「もー、ダメだよナナ!やりたいならはっきり「やりたい」って言わないと!」
「や、やりたいだなんてアタシは一言も」
「嘘!やりたいって顔に書いてあるもの!お姉ちゃんにはお見通し!」
そう言われたナナは頭を抱えて俯いたかと思えば、がばりと顔を起こして気炎を上げながら吠えた。
「あー!もう!そうだよ、やりたいよ!リク!アタシに料理教えてくれ!」
「……うん、それはもちろんいいんだけど、そんなに吠えなくても……」
「うっさい!」
「あ、待ってよナナ~!」
うっさい!とだけ言い残したナナは、顔を真っ赤にしてリビングへ戻ってしまう。ララも、それを追うようにしてキッチンを去った。
先ほどまで酷く賑やかだったキッチンに一瞬の静寂が訪れる。
「随分と楽しそうでしたね、リク」
「あ、ヤミさん。そっちはどう?」
「後は煮込み上がりを待つだけで特に問題ありません。美柑が付いていますから。そちらは……プリンセスナナと随分盛り上がっていたようですが」
「うん。今度料理を教えることになってね」
俺がそう言うと、ヤミさんの二つに結った髪がぴくり、と動いた……気がした。
「へえ、それはいいですね。私は美柑に教えてもらっているので必要ありませんが」
「なんか怒ってる?」
「何故ですか?怒りを感じる理由がありません」
いや、どう見ても怒ってるよね。顔こそ無表情だけど明らかに怒ってるよね。
どうしたものか、と考えていると、片付けが済んだのか濡れた手を拭きながら美柑さんがこちらへやってくる。
「ふぅ~。あれ?ヤミさん、リクさん、どうしたの?」
「なんでもありませんよ、美柑」
「……リクさん?」
いったい何事?という目線を寄越す美柑さん。いや、俺にも何が何だかさっぱり……。
──ヤミさんに何かしたんでしょ?
──いや、気づいたらこうで。
──そんなわけないじゃん。
どうやら美柑さんの中で俺の有罪は確定しているらしい。理不尽だ、再審を要求する。なんて、ふざけていられる状況でもなさそうで。
「……」
未だにヤミさんは──見た目こそ普段通りだが──怒りのオーラを身に纏っている。
しかし、何で怒っているのかがさっぱりわからない。
「そういえば、リクさんとナナさんたちってお友達なんですか?」
「え、ああ、うん。ナナとは友達で、モモさんは……」
友達、と言っていいのだろうか。一応クラスメイトではあるけど。
「まぁ、友達、と言えなくもない、かな?でも、なんで急に?」
俺が「ナナ」と言う度にヤミさんの髪がピクピクしているので、できればあまり刺激したくないのだけれど。
「ナナさんたちが転入したクラスが、リクさんのクラスなんですよね?……あ、そうだ。ヤミさんも転入してみたら?」
「私も……ですか?」
「うん!学校に通えば料理以外の地球の文化をより深く勉強出来ると思うし……何より楽しいよ、きっとね」
「…………楽しい……」
美柑さんが示した『転入』に対して、思いの外好意的な感触を示しているヤミさん。
ヤミさんが学校……、と想像してみたけど、意外と今と変わらない気もする。強いて言えば、行けば会える場所が増えるくらい?
「ヤミさんが転入……、素晴らしいですね♡美柑さんもこう仰っていますし、少し考えてみてもよろしいのでは?幸い、私たちのクラスにはまだ空きがあるようですし、あの校長に言えば即OKでしょうね♪」
いつの間にか背後にいたモモさんも、内心の読めない声色で転入を薦めている。
「そうですね……リクはどう思いますか?」
「う~ん……。俺は、そういうのは他人の意見よりも「自分がどうしたいか」が一番大事だと思うな」
「……そう、ですか」
俺の答えが気に入らなかったのか、少しむっと──いや、しゅんと?──した空気を出すヤミさん。でも、俺の答えはまだ終わってない。
「ただ、その上で言うとヤミさんがクラスメイトになるのは凄い嬉しいね。実現したら、だけど」
「そ、そうですか」
「あ、あはは。私も、ヤミさんと同じクラスになれると嬉しいですよ♡」
「はい。ありがとうございます、プリンセスモモ」
その時、ピピピ、という音がキッチンに響きわたる。どうやらセットしておいたタイマーが鳴ったようだ。
「まぁ、さっきはああ言ったけど俺の言葉は俺の気持ちにすぎない。最初に言った通り、ヤミさんがどうしたいか、が一番大事なところだと思うよ。それさえ裏切らなければ、後悔はしても納得はできる」
「納得、ですか?リクさん」
「そ。やりたくもないのに「こうしたほうが」とか「こっちの方がいいから」とかで行動してする後悔と、自分で「こうしたいから」って理由で行動した結果の後悔は全然違うんだ、美柑さん」
漬け込んでいた唐揚げを取り出して、衣をつけながら美柑さんと話をする。
「成瀬さんにも、そういう経験がおありで?」
興味深そうにモモさんが問いかけてくる。
「まあ、程々にありますよ。モモさんだって、生きていればそういうこともあるんじゃないですか?」
「それは……そうかもしれませんね」
なんだかしんみりしてしまった。別に大したことはないのだし、そんな気にするような言葉じゃないのだけど……。
うん、よし。
「さて、丁度一回目の唐揚げも揚がったことだし、三人とも良かったら味見する?」
わざとらしく明るい声を出しながら、小さく切り分けてつまようじを刺した唐揚げを三人に差し出す。
揚げたての唐揚げは薄い湯気を立てており、自分で言うのも何だがとても美味しそうだ。
……三人とも遠慮しているのか、取る気配を見せないので、自分で一つつまんで口に運ぶ。
「うん、美味しい。味も偏ってなさそうでよかったよ」
すると、俺に触発されたのか。あるいは、気持ちを切り替えたのか、三人もそれぞれ楊枝をつまみ、唐揚げを口に運ぶ。
「……おいしいです」
「ん~、柚子が効いててピリっとしてる。自分じゃない味って新鮮かも」
「思いの外さっぱりしてるんですね」
「ん、満足してもらえたみたいで何より。それじゃ、どんどん揚げていきますかね」
後悔はしても、納得できる生き方を。
そして願わくば、最期は笑って──。