選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
「──美柑、私もこの
「お薦め……、そうだ!料理なんてどうかな?料理なら私も毎日やってるから教えてあげられるし!折角だから夜ごはん一緒に作って泊まっていきなよ!……地球独自の文化か、って言われるとちょっと微妙なとこだけど」
「料理……いいですね。リクも、料理が好きなようでしたし」
「リクさん……って、ヤミさんがよく話してる?」
「そんなには、話していません」
「え~、そう?まあいい──ううん、そうだ。ヤミさん、そのリクさんも一緒に呼べないかな?」
「リクをですか?」
「うん。折角だし、会ってみたいなって」
「わかりました。何とかして連れていきましょう」
「あはは……お手柔らかにね?」
そんなことを私の親友──ヤミさんと話したのが数日前。
そして、今日がその約束の日当日。
私はヤミさんと噂のリクさんが来るのを、今か今かと待っていた。
既にキッチンの準備は万端で、後は二人を迎えるだけ。
少しそわそわしながら待っていると、ピン、ポンとチャイムが鳴った。
「は~い、ヤミさん、いらっしゃ──」
扉を開いた先にいたのは、想像通りヤミさんと、多分リクさんと思わしき男性。
ただ、想像通りじゃなかった部分が一つ。
……
「──い?」
「美柑、どうかしましたか?」
不思議そうにヤミさんが尋ねてくる。
え、これって私がおかしいの?
「どうかした……っていうか、こっちのセリフっていうか……。ヤミさん、その人が?」
思わず、視線が男性の顔としっかりと握られている手をちらちらと往復してしまう。
「ええ、リクです。リク、彼女が美柑です」
紹介された男性──リクさんは、少し悩んだ様子を見せた後に自己紹介を始めた。
同じように、私の自己紹介を返す。
……なんだか、リトとは全然違う感じ。大人びてるっていうか、落ち着いてる?
でも、やっぱりどうしても気になってしまう。
「その……ところでリクさん。
「実は俺もよくわかってなくて……やっぱりやめたほうがいいと思う?」
「ヤミさんが嫌じゃないならいいと思うけど……どうなんだろう」
「二人とも、どうかしましたか?」
そんなことを言うヤミさんに、思わずリクさんと顔を見合わせてしまう。
もしかして、気づいてないのかも。リクさんは「そんなまさか」みたいな顔してるけど、今のヤミさんならあり得るんじゃ……。
すると、黙ってしまった私たちを不審に思ったのかヤミさんが私の視線を辿った。
当然、その先にあるのは──。
「っ!ち、違いますよ美柑。これは、リクを連れてくるために仕方なく」
わー、本当にこんな言い訳する人っているんだ。
「え~、でもそれにしてはしっかり握ってなかった?」
「そんなことはありません」
「そうかな~。リクさんはどう思います?」
「う~ん、ノーコメントで」
さっきまでヤミさんに手を握られてたのに、全然慌ててる様子がない。
やっぱり二人って『そういう』関係なのかな。
「うわ、ズルい」
「大人はズルいものなのです。まだ高校生だけど」
そんなことを話しながら、二人を家の中へ案内する。
ついでに二人の出会いを聞いてみたけど、思ったより普通みたい。
……逆に、普通だから普通じゃないのかな。ヤミさん的には。
そんな話をしていると、ヤミさんが以前にこぼした言葉を思い出した。
『料理……いいですね。リクも、料理が好きなようでしたし』
そう言えば、リクさんも料理が得意なんだっけ。……気になる。
聞いちゃおうかな。
「そういえば、リクさんってお料理するんですよね?」
「まあ、人並みには」
「もしよかったら、一緒に作りませんか?今日はヤミさんに地球の料理を教えるって約束で呼んだんです」
「それは──」
そこでリクさんは一旦言葉を切るとちらり、とヤミさんのほうを窺って、再度口を開いた。
「いや、折角のお誘いだけれど、今日のところはやめておこうかな」
……これは。
「もしかして、気を使ってます?」
「そんなことは……どうだろう?」
「む、そうやって煙に巻こうとするの、ちょっとどうかと思いますよ」
これは……ちょっと強敵かも。でも、本当に遠慮しないでいいのにな。ヤミさんも、リクさんがいたほうが嬉しいだろうし。
「リク、私は気にしません。遠慮することはありませんよ」
ヤミさん、ナイスアシスト!
「そうですよ。私も、リクさんの腕前見てみたいし」
「……それじゃあ、ご一緒させてもらおうかな」
よし!
「はい、よろしくおねがいしますね、リクさん!あ、二人の分のエプロン持ってくるので、ちょっと待っててください」
そう言って、一度家の奥へエプロンを取りに戻る。用意しておいたのはヤミさんの分だけだから、急いでリクさんの分も出さないと。
でも、リトは料理しないから男性用のエプロンが……。いや、一つあった。ちょっと古いけど……まあ使えなくはない、かな?
「あったあった。うん、埃も被ってないし、大丈夫そう」
シンプルなキャラクターが描かれた、少し小さなエプロン。
確か、リトが中学生の時に裁縫の授業で作ったんだっけ。
「あの頃は……今よりもうちょっと家事もやってくれてたと思うんだけど……」
少し懐かしくて、くすりと笑みがこぼれる。
「と、そんなことより早く戻らなきゃ」
二つのエプロンを手に持って、少し早足でキッチンに戻る。
「ヤミさん、リクさん。エプロン持ってきたよ。はい、リクさん。これ、兄のお古になっちゃうんですけど……」
「いや、押しかけたのはこっちだから。ありがとう、美柑さん」
どう考えても無理を言っているのは私たちだと思うんだけど……お人よしな所はリトにちょっと似てるかも。
そんなことを考えていると、いつの間にかキッチンにいたリトとモモさんからどうして二人がいるのかを聞かれたので、お泊りのことと料理をする約束をしていたことを伝えた……んだけど。
「えっ……と、流石に泊まるのはヤミさんだけ、だよね?一応の確認なんだけど」
……あ、そういえば。というか、ヤミさんその辺りの説明、もしかしてなにもしてなかったの?
いくらリクさんがいい人で、ヤミさんの友達でも初対面の男の人を泊めるのは流石にマズいよね。
「あはは、流石にそこまでは言いませんよ」
私がそう言って断ったのと同時に、ヤミさんが「え?」と疑問符を上げた。
「もしかして、二人で決めてなかった感じ?」
その声を聞いたリクさんが少し困ったように口を開く。
続いて、モモさんが焦ったように「流石に泊まるのは……」と声を挟む。
「というかヤミさん、もしかして連れてくることも言ってなかったとかじゃないよね?」
私がそう聞かれたヤミさんは「そんなことはありません」なんて答えたけど……どうにも怪しい。
……あっ、リクさんが「え、聞いてなかったけど……」みたいな顔してる。
「リクは泊まりたくないのですか?」
「それを決めるのは、俺じゃなくて美柑さんや結城先輩だね」
それを聞いたヤミさんが、じーっと私の顔を見つめてくる。
……視線が、レーザーになってそうな勢いで。
その勢いに負けて、思わず「寝る場所がリビングになっちゃうけど大丈夫?」と泊まる前提の答えを返してしまった。
「み、美柑さん!お客様をリビングで寝かせるなんてそんなこと。無理に泊まっていただかなくてもいいのではないですか?」
それはそうだ。そうだけど……。
(うぅ~、ヤミさんのあんな顔初めてみたんだからしょうがないじゃん!)
リトに至っては何も考えずに私がいいならいいけど、なんて言っちゃってるし。いや、私も人のことは言えないけど……。
そんなことを思っていると、リクさんが「本当にいいんですか?」とリトに確認を取っているのが聞こえ、少し後に「それじゃあ、お世話になります」と遠慮しがちに口にした。
そうして、リクさんも泊まることが決まって料理が始まったのでした。
◇
「それで、何を作るの?」
エプロンをつけながらそう聞いてくるリクさん。……リトのエプロンのはずなのに、リトより似合ってる……。
っと、違う違う。
どうでもいい思考を頭から追い出して、今日の献立をリクさんに伝える。と、驚かれた。
……そんなに、らしくないかな。らしくないよねえ。
(だから違う!)
リクさんが唐揚げ担当を申し出てくれたので、私はヤミさんと一緒に煮物とサラダ、味噌汁を作ることに。
ヤミさんの手を引いて、一緒に具材を切っていく。
「じゃあ、まずは大根から。ほら、手は猫の形にして──」
言いながらお手本を見せて、ヤミさんにやってもらう。
「うん、その調子!それが終わったら、次は人参切ってみようか」
恐る恐る、といった様子で切っているヤミさんの隣で、同じように具材を切っていく。
ちら、とリクさんの様子を見ると、なんだかナナさんと楽しそうに話しながら手際よくお肉の下処理を行っている。
(わあ、本当に料理できたんだ。手つきが淀みないや)
ちらほらと聞こえてくる会話から見るに、ナナさんと随分と仲がいいみたい。モモさんとクラスメイトって言ってたし、ナナさんとも同じクラスなんだろうしそれで仲がいいのかな。
なんて呑気なことを考えていたのがいけなかったのだろうか。
突如として、「ダン!」という大きな音がヤミさんの手元から響いた。
「ひゃ!や、ヤミさん!野菜はそんなに力強く切らなくても大丈夫だよ!」
「すみません美柑、つい……手が滑りました」
そう言い訳をして野菜を切るのを続けるヤミさん。でも──。
(リクさんとナナさんが話す度に髪の先がぴくぴくしてる……)
視線や体は頑なにあっちに向けないけど、意識は向いているのがわかる。
そんな時、背後から「ダン!」とまな板を叩く音が響いているのに、リクさんは呑気に味付けの相談をしてきた。
(違います、リクさん。今は味付けよりもヤミさんのことを気にしてほしいんです!)
喉まで出かかったその言葉を飲み込み、私は引きつった笑顔で「リクさんの味付けでいいですよ」と返すのが精一杯だった。
「美柑、次は──、美柑?どうしました?」
「え、あ、なんでもないよ」
「野菜は切り終わりました。次はどうしますか?」
え、もう!?と思って野菜を見ると、いつの間に済ませたか、綺麗に切り揃えられた野菜達がざるの上に乗せられていた。
……明らかに形が崩れているいくつかは、リクさんに食べてもらうことにした。
「じゃあ、次は煮込んでいこうか。煮込み料理は順番が大事でね──」
まず最初に大根や人参を入れて、砂糖といった調味料を加えていく。
「美柑、何故この順番なのですか?」
「食材によって火の通り方が違うから、それを計算して入れてあげないと形が崩れちゃったり、溶けちゃったりするの」
「なるほど、奥が深いですね……」
興味深そうにうなずくヤミさん。よかった、落ち着いたみたい。
「後はアクっていう、うん、これ。この白いのを取ってあげたら、落し蓋をして煮込みあがりを待つだけだよ。煮込みは私が見ておくから、ヤミさんはリクさんの様子を見てもらっても──」
──あー!もう!そうだよ、やりたいよ!──
「──……いい、かな?」
「そうですね。随分と楽しそうですし」
それだけ言うと、ヤミさんは音もなくリクさんの方に向かっていく。
リクさん、タイミング悪すぎ……。リトとは違うって思ったけど、こんなところは似てなくていいのに。
とはいえ、洗い物や煮物を放置して私まであっちに行くわけにはいかないので、手早く使った調理器具の洗浄を済ませて、コンロを弱火にしてから二人の元に向かう。
のは、いいんだけど……。
「あれ、二人ともどうしたの?」
おかしい。ヤミさんが向かった時よりさらにツンツンしてる。
何があったんですか?とリクさんに目線で訴えるも、何が何だか、と言った視線を返された。
(そんなわけないでしょ)
多分、リクさんが何かしたんだろう。リトとは違って落ち着いてるみたいだけど、女の子の相手はあんまり得意じゃないのかな。
でも、このままだとちょっと空気が……。そうだ。
「そういえば、リクさんとナナさんたちってお友達なんですか?」
そう言ってリクさんと会話を続ける。
リクさんがナナさんの名前を呼ぶ度にヤミさんがピクピクしてるけど、そこはもう少し我慢してもらおう。
クラスの話になった……、今!
「あ、そうだ。じゃあ、ヤミさんも転入してみたら?」
その言葉を受けたヤミさんが、訝し気に答える。
「私も……ですか?」
「うん!きっと楽しいよ!」
「……楽しい、ですか」
悩んでいる様子のヤミさんに、モモさんが「私のクラスにはまだ空きがあるみたいですし、いいんじゃないですか?」と後押しをするも、まだ煮え切らない。
「リクは、どう思いますか」
リクさん、お願い!と思ったら。
「う~ん……。俺は、そういうのは他人の意見よりも「自分がどうしたいか」が一番大事だと思うな」
リクさんがそう言うと、ヤミさんが明らかに落ち込んだ様子を見せる。
もう、リクさん!今はそんな考えじゃなくて──。
「でも、俺個人としてはヤミさんがクラスメイトになってくれると嬉しいな」
お、落として上げるとは……やるじゃない、リクさん。
ヤミさんも、見るからに嬉しそうだし。いや、表情は変わってないけど。
そんなことを考えていると、ピピピ、とタイマーの鳴る音が響いた。
どうやらリクさんが漬けていた唐揚げの漬け時間が終わったみたいで、話しながら唐揚げを揚げていくリクさん。
その話は、私にもちょっと思うところがあるもので。
(自分がどうしたいか、かぁ)
私。私は……なにがしたいんだろ。
家事をやってるのは、私がやるしかないからで、リトの面倒を見てるのだって兄妹だから当たり前で。
じゃあそれがやりたくないのにやってるのか、と言われればまたそれも違うわけで……。
パチパチと、油の中で弾ける泡を見つめる。
泡は生まれては消え、また生まれては消えていく。
(よく、わかんないや)
いつか、私にも譲れない『やりたい』が見つかるんだろうか。リクさんは、どんな『やりたい』を持っているんだろう。
そんな風に考えがぐるぐる回って、思考が袋小路に入って──。
「ほら、揚がったよ」
目の前に差し出された熱々の唐揚げと、白い湯気。
その熱さで、ふっと現実に引き戻された。
はい、と差し出された唐揚げを一つつまんで口に運ぶ。
普段の自分とは違う、他の人が作った料理。舌に慣れない柚子胡椒の味付けは、ピリリと味を引き締めていて。
(とりあえずは、ヤミさんと
私の親友と、その親友の唯一の男友達。
もう少し知ってみたいと、そんな気持ちが湧いていた。