名もなき孤児が将軍様に拾われまして   作:せっせこパパイヤ

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諸事情により、文字数が少ないです


第九話「目撃」

数日前のあの夜、例の侍女は城を抜け出した。だが、それきりだった。

 

翌日からの彼女は、日常に溶け込んでいる。朝に起き、務めを果たしている。表面上は、何も変わらない。

 

しかし今夜。再び、あの子供が動いた。月が中天にかかる頃、侍女は城を抜け出したのだ。

 

眞に注意されているはずだ。──本当に言っているならば。

 

なのに、おめおめと。この子供は本当に──いや、それほどまでに、何かをしているということか。

 

私は音もなく後を追った。

 

侍女は城下町を抜け、草原を駆ける。迷いのない足取りだ。既に1、2回は通っているのだろう。

 

やがて森の手前で立ち止まり、懐から地図を取り出した。

 

私は崖の上から見下ろす。月明かりに照らされた地図には、赤い×印が複数書き込まれていた。

 

「...地図は読めるようですね」

 

独り言が風に乗る。どこで覚えたのかは分からない。もしかすると、侍女たちの教育の一環としてあるのかもしれない。

 

侍女は地図を懐にしまい、森へ足を踏み入れた。私も崖から静かに飛び降り、距離を取る。

しばらくして、森の奥から気配が湧いた。スライム、三体。侍女の足が止まる。

 

私は一瞬、助けようと思った。だが、やめた。

 

侍女が逃げようとしない。ここに魔物がいることがわかっていたかのように、背負っていた木刀一本を取り出した。

 

──もしかすると、赤い×印は魔物の出現場所を意味しているのかもしれない。

 

スライムたちが一斉に襲い掛かる。戦いが始まった。

 

荒々しい。型も何もない。ただ力任せに木刀を振り下ろし、一体目のスライムを叩く。ゼリー状の体が揺れ、凹むだけだ。

 

侍女が舌打ちし、もう一度叩きつける。二度、三度。スライムの核が僅かに軋んだ音がした。

 

だが、二体目が横から体当たりを仕掛ける。侍女は咄嗟に飛び退くが、足を取られて転びそうになる。バランスを崩しながらも、木刀を横に薙ぎった。当たらない。完全に空振りだ。

 

──まだ、戦いなれていない。

 

三体目が背後から迫る。侍女が振り向いた瞬間、体当たりを食らって地面にたたきつけられた。

 

だが、立ち上がった──。

 

泥にまみれ、息を荒げながら、それでも木刀を握りなおす。その目には、退く色がない。

侍女は一体目に再び向かっていく。無茶苦茶な踏み込みだ。だが、その速度は速い。木刀を何度も、何度も叩きつける。五度目で、スライムの核が砕け散った。

 

即座に二体目へ向き直る。だが、体当たりをまともに受け、再び転倒。それでも起き上がり、木刀を振るう。力任せに、必死に。

 

二体目の核が割れた。

 

侍女はよろめきながら、最後の一体と対峙した。全身泥だらけ、服は破れ、息は限界まで上がっている。

 

三体目が飛び掛かる。侍女は木刀を渾身の力で叩きつけた。鈍い音。木刀が折れた。

 

だが、侍女は止まらない。折れた木刀を投げ捨て、スライムに蹴りを入れた。一度、二度、三度。スライムが弾け、核が露わになる。侍女はそれを踏みつけた。一度では足りず、何度も、何度も踏みつける。核が完全に砕け散るまで。

 

スライムが霧散した後も、侍女は残骸を踏み続けていた。荒い息を吐きながら、ぼろぼろの姿で、ただ踏みつける。

 

やがて力尽き、侍女はその場に膝をついた。

 

私は息を呑んだ。

 

荒々しい。野性的だ。技術など欠片もない。だが、あの執念は本物だ。打ちのめされても、何度でも立ち上がる。その姿には、確かに──何かがある。

 

まだ形にならない原石。磨けば、いや磨けばもったいない。私にそう思わせる何かが。

 

否定したかった。この娘の夢を、無謀だと切り捨てたかった。だが、今この瞬間にも「期待」という感情は膨らんでいる。

 

私は静かに侍女の前に姿を現した。

 

侍女が振り向いた。泥、汗と血にまみれた顔に、驚愕が浮かんだ。

 

「まこっ──か、影様...?」

 

か細い声が、夜の森に響いた。

 

私は無言で侍女を見下ろす。侍女は立ち上がろうとして、よろめいた。膝に力が入らないようだ。それでも必死に立ち上がり、私と向き合う。

 

「何をしているのですか」

 

問いかけに、侍女は一瞬言葉に詰まった。だが、すぐに視線を、私を真っすぐ見つめた。

 

「当然、強くなるためです」

 

「私が断ったというのに?」

 

「はい」

 

侍女が頷いた。

 

「影様に刀を教えていただけないのなら、自分で強くなるしかありません。魔物を倒して、強くなります」

 

その声には、迷いがなかった。

 

私は侍女を見つめる。ぼろぼろの姿。折れた木刀。泥にまみれた着物。それでも、その目は真っすぐだ。

 

諦めていない。いや、諦めるつもりなど最初からないのだろう。

 

私は小さく息を吐いた。

 

「明日、ヤシオリ島に来てください」

 

侍女の目が見開かれる。

 

「え......」

 

「夜明けとともに。遅れたら知りません」

 

それだけ告げると、私は踵を返した。

 

「影様!本当にいいんですか!」

 

私は足を止めた。しばらく沈黙してから、静かに答える。

 

「私は何も約束していません。ただ、来てくださいと言っただけです」

 

再び歩き出す。侍女の返事は聞こえなかった。そして、その場に崩れ落ちる気配がした。疲労か、安堵か。おそらく両方なのだろう。

 

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