中古ショップで初音ミク売ってて草w 作:すとろー
初音ミク
・歩きながらホワイトボードを書いていると、扉までの距離を間違えて度々激突する。
「じゃあ行ってくるからね」
「行ってら~、気を付けろよ~」
マスターがとても珍しく1人で出かけるなんて言い出したので、お留守番になった。別に留守番自体は珍しくないけど、今日は帰りが遅いみたいだからちょっぴり新鮮だ。
マスターが高校生の頃は、マスターと会えない時間の方が長かったし、大学に入りたてのときなんて真夜中に帰ってくることもたまにあった。だから慣れてても良いはずなんだけど、ここしばらくは家にずっといることが多かったから、なんだか珍しく感じちゃう。
別に寂しくはない。ミクもいるしね。2人でいるとなんだか出会ってまだ1ヶ月ぐらいしか経ってないけど、数年前からの友人みたいなようにも思えるし、ドラマで見るようなマスター同士が結婚して新しく家族になったアンドロイドのような感じにも思える。
とにかく今は姉妹みたいなものだね。どっちが姉かは要相談だけど。ボクは自分の方がしっかりしてると思うから、ボクが姉だと思ってるけどね。
そんなミクといえば、最近はマスターに隠れてコソコソと氷を製造することにこだわっている。アイスで身体を冷やすのってめちゃくちゃ気持ちいいのは分かるけど、流石にあれは多すぎると思うんだけどなぁ……。ミクに無垢な目でこちらを見て、あっこれは私が作ったものですからあげませんよ、って顔で見られたときはなんか凄みで謝っちゃったし。
試しにボクも製氷室から2つぐらい口の中でコロコロして楽しんでたけど、あれ結構いいね。歌った後とかは口がちょっと発熱してるから、すぐ溶けて口の中でス~~って滑るから面白い。
まぁ、ミクはバリボリという音が楽しい感じで、食べているっていうのが正しそうなんだけど。
暇だな~~。いや、暇ではないんだけどさ。余裕ができたっていうか、丁度差し迫って何かしないといけないものがないから暇に感じるんだよね。
こういう時は気分転換でもしに行こうかな。そう思ってソファーから立ち上がり、作業部屋に行ってミクに声をかける。
「ミク、ちょっと散歩いかない?」
『行っていいの?』
「あれ、マスター言ってなかったっけ? 別に大丈夫だよ」
たまには、お外に出てみよう。別にボクが引きこもりなだけでマスターはボクたちだけの外出禁止とかは言っていない。あっ、夜中は駄目っては言ってたけど。ボクもウナもどうせ家から出ないので、あんまり気にしてなかったことだ。
「たまには外出てみようかなって。ミクってここら辺のこと知ってる?」
『ぜんぜん』
「でしょ? だからちょっぴり散策してみようよ。って言ってもボクもあんまり知らないけどね」
さて、ミクは乗り気か乗り気じゃないか。……思ったよりも乗り気っぽい? ウキウキで長文を書き始めている。
『準備するから15分ぐらい待っててほしい!』
「わかった、じゃあ……10時ぐらいに玄関集合ね!」
『どこにいくの?』
「うーん、どうしようかな……マスターの大学とか行ってみる?」
ここから歩いてちょっとかかるけど、別にぜんぜん歩ける距離だ。確か自由に出入りできるって言ってたような気がするから、ボクたちだけでも入れはする……はず。実はボクも行ったことは無い。
『いこう』
「おっけ~。で、どっちに行けばいいんだ?」
スマホを取り出して目的地を検索する。ルートを記憶してスマホをしまった。完全に記憶したわけじゃないけど、この光る板の示した道はボクの指標であって、ボクの歩んでいく道じゃない。ちょっぴり寄り道したり、迷ったりしても方向が合ってれば、だいたいは大丈夫だから頼りっきりにはしない。
……ってかっこつけてたけど、これはマスターの言葉だ。結構いい言葉だと思うんだけどね。こんなことを言いつつだいたいマスターは道に迷って、結局スマホに頼りっきりになってしまうのがお約束だ。君はじつに馬鹿だな……。
「ここら辺は住宅街だから、特にあんまり何もないけど、ボクはこういう雰囲気は結構好きだよ」
一軒家が建ち並ぶ、入り組んだ道を進む。道が真っ直ぐに続かないから、先の風景が見えない閉塞感とボクたちと草木以外が動いていない静かな世界を感じる。
『いいですね』
そう書いていたミクは、ちょっと言語化に困っていたみたいだ。たぶんもっと書きたいことはあったんだけど、短く伝えるとするならば『いいですね』という薄い言葉になってしまったようにも勝手に感じてしまう。
ホワイトボードに書くスピードはどうしても喋るより遅い。それに書き終わらないと見せれないため、タイムラグが発生するからミクは短い言葉でできるだけ伝える癖が付いているような気がした。
「ちゃんといっぱい書いても良いんだよ? あっ、歩きながらだと危ないから立ち止まってからね」
『ありがとう』
うーん、伝わったのかな……と思いつつも、その後のミクは露骨に文字が増えたと思う。
肩をちょんちょんとつついて、待ってほしいということを伝えてくると、立ち止まってたくさん書き始める。ボクは待ってる間にミクの目のレンズの動きを見て楽しむ。そして出来上がるといつもよりも小さい文字を読むのだ。
『ちょっとあそこの公園でブランコしてみて良い? ドラマで漕いでるのみてやってみたかったの』
『歩くの疲れちゃったからコンビニで休憩しようよ~。アイス食べたいし』
『あの家絶対に別の私が住んでるよ! どんな歌を歌うんだろう。マスターさんが作曲できるタイプだといいな』
『猫ちゃん今見つけたんだけどどっか行っちゃった。生で初めて見たかも』
うん、饒舌。
というか素のミクってこういう感じに話してたんだろうなって感じがする。普段は短い言葉でポンポンと話していくから、クール系っぽい印象が喋り方だけあって、動作がかわいいからちぐはぐな感じに感じられていたけど、こういう感じだと思うと腑に落ちた。ボクに腑はないけど。
そんなこんなで一緒にブランコ漕いでボクの運動神経の微妙さに嘆いたり、ミクがあれもこれもと選ぶアイスを2個に絞らせたり、ちょっぴり人の家の玄関の様子を見てどんな暮らしをしているか妄想したり、猫を尾行して逃げられたりしたりしているうちに、マスターの大学の方までやってきた。
「おお、これが大学」
『思ったよりもおっきい』
守衛さんに一礼して入ってく。ボーカロイド研究会みたいなのがあるので、そこのアンドロイドとでも思われていそうだ。
中には学生でいっぱい……というわけでもなく、ちらほらと学生がいるだけで思ったよりも人が多いなとは思わなかった。授業とかあるのかな? マスターとか授業でしか大学にいないから、授業中は案外静かなんだという発見があった。
『猫』
「あっ、ほんとだね」
目をキラキラさせて指を指しているミクの目線の先には、ベンチで休んでいる猫ちゃんがいた。人懐っこいのか?
「そーっと近づけば、行けるんじゃないか?」
だいたいそんなもんだ。マスターの実家にいる猫だってあんまり寄ってくるタイプじゃなかったけど、こっちから近づいていることを示しながら、ちょっとずつ近づいていったらだいたい触らせてくれた。不意打ちはびっくりして触れてもすぐ逃げちゃうからね。
そんなアドバイスを信じて、ミクは徐々に近づいていく。
「あっ、逃げた」
──が、もうちょっとで隣に座れそうという位置で逃げられてしまった。
気ままな生物だからね。AIで作った猫はなんか猫っぽくなくて不評だったりする神聖な動物だし。
『私って、怖いのかな』
「まっ、向こうからしてみれば身体は何倍もサイズあるし、当たり前じゃん? 今度マスターの実家に行ったときに触らせてもらおう」
ちょっと落ち込んでいたが、そんなものだ。
「あ~、えっと……そうだ! 食堂行ってみない?」
落ち込み顔が一気にご飯の顔になったミク。めちゃくちゃ頷いている。
さっき入り口で見た地図で、どのあたりに食堂があったかは覚えている。早速向かおう。
こっちだよ~と先導しながら食堂に向かっていくと、その周辺は結構人がいた。もうちょっとで12時だからそりゃそうか。混んじゃう前に食べよう。
ミクとボクの分の食券をボクが払って、受付口で頼んでから受け取って、食堂の端っこの方の席に座る。流石に大学で髪の毛が真っ赤と真っ青な2人組は目立つからね。
ボクは生姜焼き定食、ミクはラーメンとチャーハンを注文していた。いっぱい食べるね、ミク。
「どう? ミク」
『おいしい』
あっ、これは食べることに集中してるから軽く済ませたやつだ。ごめんね。
「どう、楽しかった?」
ご飯を済ませて、敷地内を一周ぐるりと回って帰宅し始めた。思ったよりも敷地がデカかったし、特に何かがあるわけじゃなかった。
サークルとかにお邪魔させてもらうことも難しいし、講義を勝手に聞くのもしていいのか分かんないし。
というわけで、猫と戯れて、ご飯だけ食べて出てきた大学へのミクの感想はというと……
『大学って、勉強だけの場所じゃなかったんだね。猫いたし、ご飯おいしかったし』
「それ、マスターには黙ってなよ……」
ちっちゃなテーマパークだと勘違いしてそうなミクに苦笑をしながら、久々に散歩して良かったと思った。
たまには引きこもりをしないと、いい思い出になっていい塩梅だ。でも基本的には引きこもって生きていきたいな。家、快適だし。
今年もよろしくお願いします