伝説のTS美少女ポケモン吟遊詩人はサトシストッパーになるようです   作:GT(EW版)

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 日間1位になれた記念に感謝のサトシ視点です。


タケシのパラダイス

 ポケモンマスターを目指し、旅を続けるサトシ。

 

 仲間たちと共に歩んだこれまでの旅路は数々の出会いと別れをもたらし、その1つ1つがポケモントレーナーとして彼を成長させてきた。

 

 そんな彼の当面の目標はポケモンリーグのセキエイ大会。

 

 マサラタウンからカントー地方を一周し、舞い戻ってきたトキワシティ。最後のジム戦となったトキワジムへの挑戦は、何故かジムリーダーの代理としてロケット団の2人と1匹が立ちはだかることとなった。

 

 そのジム戦で繰り広げられたのは、ポケモンの受けたダメージがトレーナーにも届く違法バトルリングによるポケモンバトルデスマッチ!

 

 普段のロケット団とは違う、本来のリーダーから預かったという強力なポケモンたちを操る理不尽な戦いに傷つきながらも、サトシは決して諦めなかった。

 そんな彼の姿には、今までサトシを見下していたライバルのシゲルも息を呑むほどであった。

 

 そして激闘の果て、サトシは見事勝利を飾り、最後はいつものようにピカチュウの電撃で吹っ飛ばしたロケット団の手から最後のジムバッジ「グリーンバッジ」をゲットしたのだった──。

 

 

 

 ──なお、デスマッチで受けた身体のダメージは一晩寝たらあっさり完治したのがマサラタウンのサトシである。

 

 その回復力に「ええー……」と軽く引いているカスミと「サトシならそんなもんだろう」と平然と受け止めるタケシ。「チョキプリイイィィ」と今日も元気な末っ子のトゲピーと共に、ピカピィーと苦笑するピカチュウとサトシの冒険はまだまだ続く。続くったら続く──。

 

 

 

 

 これはそんな彼らがサトシの故郷であるマサラタウンに向かう足で、1番道路の何処かを渡っていた時の一幕である。

 

 「久しぶりにママや博士たちに会える!」と年相応のワクワクを胸に歩いていたサトシは、ふと今歩いているその道がかつて自分がピカチュウの手綱を物理的に、ゴム手袋を着けた両手で握りながら歩いていた道であることを思い出す。

 今は手綱もゴム手袋も着けていないし、ピカチュウとは当たり前に肩や頭に乗っかってくれる仲である。

 それが最初の一歩だったなぁと笑い合いながら、サトシは今のピカチュウと共に当時を思い出し、感慨に浸っていた。

 

 また、当時の何もかもがポケモントレーナーとして落第点だった彼を知るカスミも、この時ばかりは「あんたもあの頃よりは、マシになったかもね」とトゲピーを抱き抱えながら言った。

 普段はまだまだ未熟なところが多いサトシに対して辛辣な物言いをすることもある彼女だが、彼の成長ぶりを最初期から実感していたのもまた彼女である。あまり褒めるとすぐに調子に乗るからと普段は褒めることもないが、彼女としては生意気な弟を見るような……そんな関係だった。

 

 そしてそんな彼らのことを年長者として、少し引いた距離で見ているのがタケシである。

 その心の内では「あのジム戦を子供の喧嘩のように申し込んできた、あのサトシがなぁ……」と彼の前に最初に立ち塞がったジムリーダーとして、彼がついに8つものジムバッジを揃えた事実に父親目線の感動を抱いていた。タケシ自身もまだ15の若さであるが、それはそれとして。

 

「ピカ?」

 

 事が起こったのは、その時である。

 

 

 ──あかいほっぺ きいろのシャツ……

 

 

 旅の一行が三者三様の感慨に浸り、そんな彼らにトゲピーが不思議そうに目をパチクリしていた時──どこからともなくささやかなメロディーが聴こえてきた。

 

 最初に反応したのは長い耳を持つ見た目通り、最も聴覚に優れたピカチュウである。「ピカピ、ピカチュウ〜」と何かが近くにいることをサトシに伝えたピカチュウは、彼の肩から軽やかに飛び降りるとその音が聴こえる方へと走り出す。

 

 

 ──くさのうみを はだしのまま はしゃいでおどって ころんだこと

 

 ──ひかるバッジ ならべながら こころつないで ねむったこと

 

 

 声が聴こえる──人の声が穏やかなリズムと共に、そよ風に乗って運ばれてくる。

 そのリズムに好奇心を刺激されたピカチュウは、花の香りに誘われる虫ポケモンのように自然と足が動いていた。

 そして「どうしたんだピカチュウ?」と追いかけるサトシたちは──鳴り響く弦の音色と共に、神秘的な光景を目の当たりにした。

 

 

 ──わすれないよ きみとのエピソード

 

 ──かぞえきれない“たからもの”

 

 

 そこはこの1番道路の外れ。

 野生ポケモンたちが跋扈する茂みの向こう。

 

 辺りには大勢のオニスズメやポッポたちが留まっている木々があり、その下の草むらにはコラッタの他にキャタピーやビードル等小さな虫ポケモンたちがかわりばんこに顔を出している。

 こうも数種類の野生ポケモンたちが一カ所に集まるのは珍しい……とタケシが驚くが、さらに驚いたのは彼らの間には縄張り争いのような剣呑とした様子が微塵もなく、ここに集まった全てのポケモンたちの目が一ヶ所に注がれていたことだった。

 

 

 ──どこまでもたかく はばたいていこう キラキラあこがれの ほしをおいこし

 

 ──まっさらなあさが めをさましたら

 

 ──でかけよう あのばしょへ

 

 

 誰かがそこで、歌っていた。

 

 近寄ったサトシたちの存在にも気づかず、とても集中した様子のポケモンたちの視線の先には──大樹の木陰の下で、弦楽器を弾いている1人の女性の姿があったのだ。

 

 

 ──ゆうやみにそまる おおぞらをごらん ピカピカあたたかい ほしがわらうよ

 

 ──あたらしいかぜが よんでいるから きみとあるいていきたい

 

 

 それは、緑の中の演奏会。

 

 大樹の下で丸くなっている大型の赤いポケモンのお腹に背中を預けながら、1人の女性が弦楽器を引いていた。

 また、芝生の上に両脚を崩した姿勢で座っているその膝の上には、オレンジがかった九尾の白いポケモン、キュウコンが頭を置いて横たわっている。

 彼女を前後から挟むような状態で眠っている2匹のポケモンの姿からは、心からリラックスしている様子が見て取れた。周囲の野生ポケモンたちの姿も、心なしかそんな彼女らの尊い光景を見守っているように見えたものだ。

 

 

 ──どこまでも つづくみちを……

 

 

 弦楽器──リュートのリズムに乗せて歌う女性の声はこの場に流れているそよ風のように静かで心地良く、しかし心の奥に染み渡るような強い響きを感じるものだった。

 サトシたちは思わずその光景に足を止めると、「綺麗な声……」と、カスミがその歌声に聴き入りうっとりとした声を漏らした。ピカチュウも「ピカピカ……」と同意を返し、普段は好奇心旺盛なトゲピーもこの時は「チョケ……」と静かに聞き入っている。

 

 そしてタケシは──何か、その細い目の奥に熱いモノを感じている様子で小刻みに震えていた。

 

 口では「なんてお美しい……」と呟いていたが、彼が今美しいと感じているのは歌や楽器の音色だけではないだろう。流石に付き合いも長いのでサトシには彼が今何を考えているかが手に取るようにわかったが、サトシ自身もその歌声に同様の心地良さを感じているのは確かだった。

 同時に何か……心に引っ掛かるものを感じたが。

 

 思い思いの感想はあれど、今は3人はただ彼女の演奏を邪魔しないように、野生ポケモンたちと共に聴衆に徹していたのだった。

 

 

 

 

「……以上、ポケモン吟遊詩人のヒイカがお届けしました」

 

 

 演奏が止まった後、女性はリュートを弾いていたその手を離すと、自身の膝を枕にしていた眠っていたキュウコンの横面をポンと撫でる。

 するとキュウコンはすぐに目を開けて頭をどかし、おもむろに立ち上がった彼女の足下にポジションを変えながら、サトシたちの方へとその目を向けた。キュウコンの特徴である赤い眼差しは、こちらに対して「なんだお前ら?」と警戒しているようであった。

 女性はその様子を見て、遅れてサトシの存在に気づく。

 

 

「おや……新しい聴衆だね。こんにちは」

「あっ、こんにちは!」

「すみません! 勝手に聴いてしまって」

「いいよ。気まぐれな風が、私の声を運んでしまったのだろう」

「とても良かったです! あたしたちもポケモンたちも、みんな聴き入ってました」

「ピカ!」「チョキチョキプリィィ!」

 

 

 偶然にも聞き届けることとなった先ほどの演奏を口々に讃えると、彼女の目つきが僅かに緩む。

 木陰から立ち上がったことでサトシたちの目に初めて見えた女性の姿は、思っていたよりも若く見えた。サトシやカスミよりは年上だが、おそらくタケシとはそう変わらないぐらいだろう。……タケシもあれで思っていたより若い枠ではあるが。

 しかしまだ少女と言える風貌でありながら演奏していた時の姿が大人の女性に見えたのは、その身に纏う淑やかな雰囲気がそう感じさせたのかもしれない。

 

 青と白を基調とした礼服のような装いは男装の麗人としても通用しそうな雰囲気があったが、色白で華奢ながら確かに起伏のある体つきには日頃鈍感と言われることが多いサトシでも一目で女だとわかる。

 それ以前に、先ほどまでキュウコンに枕にされていた下半身の装いが色白な太ももがまぶしいミニスカートだから──というのも大きいだろうが。脚の大部分が紺色のニーソックスに覆われているため肌面積自体の露出は少なかったが、そよ風にたなびく蒼銀色の長い髪も合わされば、性別を見間違えることはあり得なかった。

 

 そんな女性もとい、少女と対面したサトシは(カスミには無い雰囲気だよな……)とナチュラルに失礼な感想を抱くと、当のカスミから心を読まれた眼差しで睨まれ慌てて目を逸らす。

 

 弦楽器の少女は足下のキュウコンの口から受け取った羽根帽子でその口元を一瞬だけ隠した後、後ろから掻き上げてまとめた蒼銀色の髪の上にそれを被った。

 そんな彼女は水晶のように透き通った涼やかな眼差しで改めて一同を見やると、小さな声で呟いた。

 

 

「そっか……もうそんな時期か」と──。

 

 

 その発言を聞き逃さなかったサトシは「ん? 何のこと?」と問い質そうとした瞬間──サファリゾーンのケンタロスよりも猛烈な勢いで前に出てきたタケシが、片膝をつくなりどこからともなく取り出した花束を彼女に差し出していった。

 いつもの発作である。

 

 

「自分、ニビシティのタケシと言います。ニビシティではジムリーダーをしていましたが……故あって自分探しの旅に出て、地方中を巡る日々を過ごしてまいりました。これまでの旅路は長く険しく自分の未熟さを痛感する毎日でありましたが、その全てを乗り越えなければならない試練と思い、岩の……そう、岩の如き信念で歩み続けることができました。そして今、これまでの旅の意味がわかりました! この自分探しの旅は、全て風の導きと共にあったのだと……! 長い試練を乗り越えた先に、貴女という素敵な女性と出会う為にあったのだとおおおおおお!?」

「はーい今は自分を探す前に人の迷惑を考えましょうね~」

 

 

 今回はいつもよりちょっと長めだったな……と熱の入った彼の口説き文句にソムリエのような感想を抱きながら、サトシはカスミから制裁される彼の姿を苦笑して眺めていた。

 これも初めての光景ではないが、耳を引っ張られるまでの制裁は意外とあまりなかったかもしれない。

 

 だがそれ以上に物珍しいと思ったのは──タケシが口説いた相手が困惑しながらも花束を受け取り、少しだけ口元を緩めていたことだった。

 

 

「……ありがとうね。だけど私は、キミの望みに応えられるような素敵なレディーではないから……それに、キミならいつか必ず、私なんかよりずっと素敵な女性と結ばれる筈だよ」

 

 

 そう言って花束を鞄に入れながら微笑む彼女の姿はとても儚げで、しかしタケシの気持ちに対して誠実に応えているようであった。

 そんなタケシに対する今までに無い反応には、カスミも一瞬呆気に取られながら「……あれ? もしかしてもしかする感じ?」と引っ張っていた手を離したほどである。急に手を離した反動でタケシはすっころんだ。

 

 尤も「であれば!」と秒で復帰し再び前傾姿勢で接近しようとしたタケシの顔面には、彼女を守るように前に出たキュウコンが繰り出したネコパンチならぬキツネパンチが突き刺さったものだったが。

 

「こら」

「コンッ!」

 

 タケシの求婚を阻止したキュウコンは、彼女に暴力を咎められると「別に……」といった態度でそっぽを向くが、サトシとしては今のはタケシが悪いなと冷静にそう思った。

 カスミはもちろん、おそらくは殴られた本人であるタケシも同じ思いだろう。それどころか仰向けに倒れた彼を上から「大丈夫?」と覗き込んできた彼女に対し、顔を赤くしながら立ち上がったタケシはブリーダーの血が騒いだのか「うーむこのキュウコン……トレーナー思いの良いポケモンだなぁ」と賞賛する始末である。

 この切り替えの早さには羽根帽子の少女も「えー……」と苦笑いだった。

 

 

「私は……ヒイカ。旅のポケモン吟遊詩人だよ」

 

 

 気を取り直して行った彼女の自己紹介に、サトシたちは改めて名乗り返す。

 

「俺、マサラタウンのサトシ! コイツはピカチュウ!」

「ピッカ!」

「ハナダシティのカスミです! ……ポケモン吟遊詩人? 歌手の人じゃなかったんですか?」

「そんな畏れ多い。歌も好きだけど……私の仕事は、この世界の伝説を語ることだから」

「ふーん……伝説って?」

「あっ、その子ってトゲピー?」

「チョキチョキ!」

「えっ」

 

 ポケモン吟遊詩人──今しがた初めて聞いた職業に3人が驚く中で、当の本人の興味はサトシの質問に答えるよりもカスミが抱いているタマゴのような可愛らしいポケモンに向いていた。

 トゲピー……先日サトシたちが訪れたグランパキャニオンで拾ったタマゴから孵ったばかりの赤ちゃんポケモンである。

 本来はこのカントー地方に分布するポケモンではなく、ポケモン図鑑をバージョンアップしたことで初めて名前が明らかになったまだ謎の多いカスミのポケモンに対して、彼女──ポケモン吟遊詩人のヒイカはどこか懐かしいものを見るような目で見つめていた。

 

「この子のこと、知ってるんですか?」

「……まあね。世界を旅回っていれば、風が新しい出会いを運んでくれるから」

「?」

「わかります! 旅には数々の未知な出会いがありますからね!」

 

 吟遊詩人として世界を旅回っているという彼女が語るには、世界にはまだまだこのカントー地方に広まっていないポケモンがたくさんいるのだという。

 

 その言葉を聞いて「ポケモンは本当は全部で何種類いるんだろう?」──と過ぎったサトシの疑問については、ヒイカは人差し指を己の唇の下に当てて「んー……」と長考した後、サトシの目を真っ直ぐに見据えて言った。

 

 

「知りたい?」

 

 

 羽根帽子の下から覗くクリスタルカラーの瞳に見つめられた瞬間、心臓にドキリとした鼓動をやんわり感じながらサトシは考える。

 

 逆に問い返されたその言葉に対する、彼の返事は1つだった。

 

 

「……いや、やっぱりいいよ。自分で知りたいから!」

「ピッカチュ!」

 

 

 外の地方のポケモンについて知っているという彼女の話にはつい前のめりになってしまったが、改めて考えてみるとやはり、名前も声も知らないポケモンたちのことは実際に会って知りたいのが本心であった。

 

 そんな彼の返答に何を感じたのだろうか、吟遊詩人のヒイカは一見冷たそうな表情の中に綻んだ笑みを浮かべた。

 

 

 ……あれ? この顔、どこかで……

 

 

 そんな彼女の表情に、サトシは妙な既視感を覚える。過去に一度、どこかで同じ顔を見たことがあるような……そんな既視感だ。

 それはポケモンマスターを目指して始めたこの旅のどこかではない。もっとずっと前の記憶。

 過去を振り返り、あれでもないこれでもない……と訝しむ態度を隣のカスミに「失礼でしょ」と諌められながらも──サトシはかつて自分が受けた衝撃と同時に、その記憶を思い出したのだった。

 

 

「あーっ!? あの時のウインディのお姉さん!!」

 

 

 そうだ、間違いないっ!と。サトシは記憶のパズルが綺麗にハマり、声を上げる。

 その声が目覚ましとなり、後ろの大樹の下からのそりと起き上がった赤いポケモン──「ウインディ」が彼女のもとへ歩み寄ってきた瞬間、サトシの抱いた疑念は確信に変わった。

 

『ウインディ、でんせつポケモン。ガーディの進化形。昔から多くの人を虜にした美しいポケモン。飛ぶように軽やかに走り、大昔にはとある武将とともに戦い、国を治めたという伝説が残されている』

「へぇ〜……ウインディがでんせつポケモンって、そういうことだったんだー」

「色んな場所で活躍した伝説が、昔から語られているな。トキワシティのポケモンセンターにも、伝説の鳥ポケモンと一緒に絵画が飾られていただろう? 昔はこの辺りでも伝説のポケモンとして神聖視されていたらしい」

 

 サトシの声に反応してポケモン図鑑から鳴り響いた紹介文とタケシによる注釈の中、サトシは目の前のでんせつポケモンと今から5年前──故郷のマサラタウンで会ったことを思い出す。

 

 その懐かしさについ嬉しくなったサトシは、昔の友人と再会したような喜びに笑みながら彼女とウインディに訊ねた。

 

 

「5年ぐらい前に、マサラタウンに来てたよね!? 俺、あの時ウインディに触らせてもらったんだけど……覚えてる?」

「む……サトシ、お前、このお姉さんと会ったことがあるのか!?」

「5年前……って言うと5歳の頃じゃない。最近あったこともよく忘れるのに、そんな前のことよく覚えてるわね」

「わかる! わかるぞサトシ! 綺麗なお姉さんとの思い出は何年経っても色褪せないからな……!」

「……はぁ……」

「ビガー……」

 

 

 10歳の少年にとって、5年もの時間は非常に長い。

 それこそ5歳の頃のサトシの体感では、5年後に自分のポケモンを持って旅に出るまでの時間が果てしなく長いものとして感じていたものである。

 故にあの頃から忘れてしまった出会いの記憶は数多くある──が、それでも夢にまで見たポケモンと触れ合えたあの瞬間は、今も色褪せていなかった。

 あくまでもポケモンの存在から紐付けられた記憶ではあるが、だからこそ「ウインディ」という特に印象的なポケモンを持っていた歳上トレーナーの存在をサトシは憶えていた。

 

 そしてそのように詰められた当のヒイカはと言うと……大声を上げたサトシとは対象的に、どこかしんみりと言うか、しっとりした反応で返した。

 

 

「覚えてるよ。ハナコさん……キミのママにはお世話になっているし、私にとってもキミは数少ない同郷の後輩だから」

 

 

 だったらもっと反応してくれたらいいのに……と内心不満に思いながらも、それでも自分のことを憶えていてくれたことが嬉しくなり、サトシは笑う。

 そんな彼に対して、ヒイカは手元の弦楽器をポロロンと鳴らしながら、サトシに対して「バウ!」と再会の挨拶を交わすウインディに続いて口を開いた。

 

 

「……大きくなったね、サトシくん。元気そうで良かった」

 

 

 表情の変化が乏しく抑揚の無い態度には、かつては同級生たちが怖がっていたことを思い出し、その姿を見てなおのことサトシは目の前の人間が「やっぱりあの時の伝説のお姉さんだ!」と喜ぶ。

 「伝説のお姉さんって……」とカスミがその覚え方に苦笑する中で、彼女はふふっと穏やかに笑んだ。

 そういった見る者が見れば楽しんでいる様子がわかる笑い方もまた、あの時と同じだとサトシは感じ、首を傾げるピカチュウの横でタケシは何か言いたげな感情を噛み締めながら1人震えていたのだった──。

 

 

 

 5年ぶりにポケモン吟遊詩人のヒイカと再会したサトシは、かつて彼女がマサラタウンでその歌声を披露してくれたこと、ウインディと一緒に子供たちと遊んでくれたことを仲間たちに紹介する。彼女と会ったのはほんの短い間ではあったが、その間でも弦楽器に興味を持った子供たちにリュートの弾き方を手取り足取り教えてくれたり、とても親切な人だったと語る。

 見た目は物静かで少し冷たい雰囲気があるヒイカだが、周囲のポケモンたちへの態度を見ればその性格が今も変わらず優しい人であることがわかった。

 

 そして驚いたことに──彼女が先ほどまでしていた演奏も、この場の野生ポケモンたちの争いを鎮めるために行ったものなのだと彼女は語った。

 

 

 ヒイカの話によると、この辺りは元々ポッポとピジョンたちの縄張りだったのだが、トキワ方面から自分たちの縄張りをさらに拡大しようとしたオニドリル率いるオニスズメ軍団に襲われ、現在睨み合いの状態にあったらしい。

 

 お互いの生存権の為に争い合うのは自然界の常。とはいえここのところオニドリルが行っている手当たり次第の過剰な侵略行為には周辺一帯から苦情の声が相次いでおり、それに対して「流石に見ていられなかったから……お互い、痛々しくて」と語るヒイカは調停役として介入し、今は彼らの間に立って話し合いの場を整えていたとのことだ。

 

 

「話し合いって……ヒイカさん、コイツらの言うことわかるの?」

「いや、全然。だけどポケモン同士は違う。不思議なことに、姿形は全然違くてもポケモン同士はお互いの言葉がわかるみたいだからね」

「オニスズメの群れと、ポッポたちの群れを話し合わせたんですね」

「なんてお優しい……しかし、大丈夫でしたか? そのオニドリル、かなりの暴れん坊だったみたいですが」

「大丈夫。キミたちが来る前に、オニドリルとの交渉は済ませたから。……少し手荒だったけど」

 

 

 彼女がそう語ると木陰の裏から這うように出てきたのは、羽のところどころが焦げ付いた1匹のオニドリルの姿だった。

 

 はじめは話し合いなど聞く耳持たずとばかりに襲いかかってきたのだが、ウインディが身を挺して「話し合い」に持ち込んでくれたらしい。

 そんな彼女の話にサトシが「それ、話し合いじゃなくてバトルじゃない……?」と素直な指摘をする後ろで、タケシとカスミが苦笑していた。

 

「クェー…… !? クワァァァァッ!!」

「うわっ!? なんだ!?」

「ピカピカ!?」

 

 まるで川の中に落ちたようなシワシワな風貌になっていたオニドリルだったが、そんな彼はどういうことか、サトシの姿を見るなり焦げた翼を広げ、声を上げて荒ぶりはじめた。

 明らかにサトシという個人を認識して敵意を向けているその様子から、不審に思ったピカチュウが身を乗り出して話を聞く──と、真相はすぐに明らかになった。

 どうやらこのオニドリル、サトシが旅に出て間も無い頃に石を当てて怒らせたオニスズメから進化したポケモンらしい。その事実を、ピカチュウが「ピカピカ、ピーカチュウ」と身振り手振りのジェスチャーで教えてくれた。

 

「えっ、あの時の……?」

「それはサトシが悪いな」

「何やってんのよあんた……」

「ピィカ……」

 

 それはかつてはピカチュウが言うことを聞かなかったためにサトシが1人で野生のポケモンをゲットするしかなく、ポッポだと思って投げつけた石ころが運悪くオニスズメに当たってしまった──というのが当時の流れである。

 故にピカチュウにも少なからず遠因があり、何ならかつては撃退の為に電撃で返り討ちにしてやった身でもあるため……彼もまた、気まずそうに目を逸らすばかりだった。

 

 

「……これも、伝説だね」

 

 

 ポローンとリュートを鳴らし、ヒイカが呟く。そんな彼女の言葉に微妙な顔をするカスミとキュウコン。

 それはサトシにとってマサラタウンを出てから体験した初めての思い出であり、あの時一緒にオニスズメたちを撃退したことから始まった彼らの信頼関係を語る上でも外せないエピソードであったが……今にして思えば、見方が変わる部分もあった。

 だから。

 

「そっか……あの時はコイツの方が被害者だったよな……本当は……」と反省し、サトシは深々と頭を下げる。

 

 そう思えるようになったのは、これまでの旅で「自然と人間の共生」というものを彼なりに学んできた成長の1つでもあるのかもしれない。

 

 

「ごめんなオニスズメ……オニドリル」

 

 

 石を当てたことは本当に、全面的に悪かったと謝る。

 そんな彼にはオニドリルも怒りのドリルくちばしでも浴びせようかという勢いであったが……いつの間にか傍らに無言で佇んでいたウインディの姿を一瞥するなり、彼はそのくちばしをケッと収めることとなった。

 あれならばピカチュウに聞いてもらわなくてもわかる。多分、「……ったく、気ィつけろよッ!」と言っているんだろうとサトシは理解した。

 

 

「オニドリル?」

「過ぎたる怒りの炎も、穏やかな音楽を聴いていれば大抵は鎮まるものさ。そう思ってお気に入りの歌を歌ったのだけど……彼には効いたみたいだね」

「……いや、これはあなたのウインディにビビってるんじゃ……」

 

 

 ともかくサトシに対する怒りは別としても、ポッポたちへの無闇な侵略行為をやめるようにという説得は無事果たされることとなった。

 

 そんな彼らの対話の場には石を投げた償いとしてサトシと、かつてはポッポの群れの1匹だったサトシのピジョンも手伝うこととなったが──昼前までにはヒイカの調停が功を奏し、オニスズメの群れはオニスズメの縄張りへ、ポッポの群れはポッポの縄張りへとそれぞれの棲み分けが成立することとなる。

 

 戦って追い払わなくても、違うポケモン同士でも仲良くできるんだ……と感激するサトシたちの前で、ヒイカは言った。

 

 

「……今回の横槍は、たまたま上手くいっただけだよ。自分の存在を証明する為には、どうしても戦わなければならない時がある。それは、私たち人間だってそう」

 

 

 どこか哲学的に、己の行った行動を余計な「横槍」と卑下し……そう言いながら吟遊詩人のヒイカは、再び木陰の下に腰を下ろすと立てた片膝の上に弦楽器リュートを置いて調律を行い始めた。

 その際に捲れ上がったスカートから太ももの部分が際どいことになっていたが……直後、彼女のもとへ擦り寄ったウインディが上手い具合にサトシたちの視線から隠してくれていたという余談である。

 

 

「ん……ふふっ、どうした? 今日はなんだか、2人とも甘えん坊だね……」

 

 

 ヒイカはそれを知ってか知らずか何食わぬ顔をしながら、うつ伏せに寝転んだウインディの頭を優しく撫でていく。

 それからスカートを整え直した後、この場で最初に会った時と同じ姿勢になった彼女がその手で再びメロディーを奏でていった。

 

 

あるきつづけて──どこまでいくの?

 

 

 それは先ほどと同じく穏やかな歌声だったが……どこか物悲しい感じもする、心に沁み入るような音色だった。

 

 

「かぜといっしょに……歩いていく。綺麗な言葉だけでは飾れない世の中だけど、それでも生き続けなければならないのが生命なんだ。だから他の誰かにも、自分のできる範囲ぐらいは優しくしてあげないとね」

 

 

 そう言いながらまた膝枕をしに来たキュウコンの頭を、苦笑した様子で見下ろしていく彼女の姿は──少しでも触れればかすれて消えてしまいそうな……そんな儚い幻のように感じたものだ。

 

 思えばサトシがこの時の彼女にはポケモンバトルを申し込む気にならなかったのも、そんな彼女の姿が弱々しく見えたからなのかもしれない。

 

 

 ──だからこそ、この場で一度別れた後にマサラタウンで再会した彼女の力の一端を見た時の衝撃は、サトシのトレーナー人生の中でも非常に忘れ難い体験となったのである。

 

 

 彼女との再会はこの日──サトシのママがバリヤードのバリちゃんという新しい家族を迎えた出来事の後で、思っていたよりも早く訪れたのであった。

 

 




 1回の出番でリザードンとピジョットの離脱フラグを阻止……ワンターンツーキルゥ……

 前話では怒涛の誤字指摘ありがとうございます。しかしワイルドボルトが連発してる部分は俺のドータクンの原文リスペクトなので直す気はないのですまない……
 かつての定型が通じない時代になってきたのを感じますが伝説は語り継いでいくスタイルなのですまない……
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