伝説のTS美少女ポケモン吟遊詩人はサトシストッパーになるようです   作:GT(EW版)

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 頭からタケシのパラダイスが離れないので。


ぎんゆうしじんとうじょう!▼

 オニドリル軍とポッポ軍の縄張り争いを調停してみせたヒイカは「私はここで、もうしばらく平和の歌を奏でよう。機会があれば、また」とその場に残り、サトシたちと別れることになった。

 名残惜しそうなタケシはその場に1人残りたがっていたが、「邪魔したら駄目よ」とカスミに引きずられていったという流れだ。

 

 そんなサトシたちは程なくして目的地であるマサラタウンへと到着し、実家に帰るまでの道中には今度はポケモンサーカスの団長アツコと出会うこととなる。

 

 ポケモン吟遊詩人の次はポケモンサーカス団である。

 この日は妙に芸能活動と縁があったが、サトシたちはこれも旅の寄り道として彼女とバリアーポケモン「バリヤード」に関わるちょっとした事件に首を突っ込むこととなった。

 

 その事件には例によってロケット団の2人と1匹が絡んできたりもしたが……サーカス団とは特に関係の無い、その場に居合わせた野生のバリヤードと共にサトシたちはこれを撃退。

 雨降って地が固まるように、アツコたちサーカス団が抱えていた問題も同時に解決する結末となった。

 

 そして事件を通してサトシの母ハナコに懐いた野生のバリヤードは、彼女から「バリちゃん」と呼ばれサトシの家で一緒に暮らすこととなった。

 

 ……後に一家では欠かせない万能家政婦となる彼だが、一応登録の上ではサトシがゲットした扱いになるらしい。

 

 

 

 ──そんな濃厚な1日を過ごした翌日のことである。

 

 この朝、久方ぶりに実家のベッドで起床したサトシは、バッジを8つ集め終わった旅の報告のため、仲間たちと共にオーキドポケモン研究所へ向かっていた。

 

 その道中にて、彼らは再び彼女と出会うこととなる。

 

 朝日の光が眩しい快晴の空の下。サトシたちはこののどかな町マサラタウンの一角を賑わせている大勢の人だかりに気づいたのだ。

 

「こんな時間に、何の集まりかしら?」

「風車広場のところだ……」

 

 決して人の多い町ではないこのマサラタウンで、ざっと見て100人以上はいる大人数の人々が集まっている。

 それは地元民であるサトシから見ても非常に珍しい光景だった。

 

「行ってみようぜ!」

「ピッカチュウ」「チョゲプリィィ!」

 

 オーキド博士への報告はそこまで急ぐ用事ではないと、サトシは好奇心の赴くままその賑わいの中へ足を踏み入れることにした。

 

 そこは、このマサラタウンに幾つかある風車の膝下。

 人々が集まっていたのは、穏やかな風にゆっくりと羽を回している風車の下、公共施設として開放されている広場であった。

 大勢の人々の視線が一点に向かって集中しているその光景に何か既視感を覚えたサトシたちは、続いて聴こえてきた弦楽器の音色に「あっ」と口を揃えて声を上げた。

 

「ピカ……?」

「この音って……」

「ヒイカさんだぁ!」

 

 昨日1番道路の外れで会った旅のポケモン吟遊詩人、ヒイカが弾くリュートの音色である。

 人混みの向こうに対して背伸びをして確認したタケシが、彼女の姿を見るなり熱っぽい声を上げた。

 しかしまだ身長の低いサトシとカスミの2人からは前の観衆たちの背に隠れ、何も見えない状態となっていた。

 

「ヒイカさんいるの!? ……見えないじゃん」

「本当に凄い人集りね……どう見ても定員オーバーじゃない」

「チョッキ……」

 

 それは彼らの他にこの場に集まっていた町の子供たちも同じ様子であり、周囲からは前が見えないと不満の声が上がっていた。

 そんな時である。

 

 

『皆さん、突然の公演に集まってくれてありがとう。本当に……告知もしていなかったのに、こんなに来てくれるなんて……ウインディも喜んでいます』

『バウ?』

『これも地元……だからかな? いつもと違う雰囲気で、ヒイカは緊張しています』

 

 

 マイクを通じて広場に流れてきたのは──まるで子守唄を囁くように穏やかな、ポケモン吟遊詩人ヒイカの声だった。

 そんな彼女の声に広場を取り巻く人々が両手をメガホンのように沿え、思い思いの言葉をかけていく。

 

「ヒイカちゃーん!」

「おかえりー!」

「待ってたよー!」

 

 そんな言葉を口にしていたのは、サトシも知っている八百屋のおっちゃんや近所のおばさん、少し歳上のお兄さんやお姉さんたちである。

 その歓声は実際にこの場に集まった人数以上の迫力をもたらし、カスミが感心の声を漏らした。

 

「うわっ、すごい人気! まるでアイドルみたいね……だけど吟遊詩人の仕事ってこういうのなの? なんかもっと、都会のバーとかでしんみりやってるイメージだったわ」

「俺もそういうイメージだったけど、ヒイカさんが特別なんだろう。特にマサラタウンはあの人の故郷みたいだからな。町の大人たちみんなが彼女のことを知っていてもおかしくない……あれほどの美貌なら!」

「はいはいそーね」

「ビガー……」

「見ーえーなーいー」

「チョッキ……」

 

 吟遊詩人の弾き語りというよりは、確かにアイドルのコンサート会場のような盛況ぶりである。

 しかし現在の位置からは身長が足りないが故にその姿を見ることができないサトシは、そこにいるのがわかっているからこそやきもきしていた。

 

 尤もそれはタケシのように彼女の綺麗な姿を見たいから……という感情よりも、大人の背中で何も見えない自分はまだ子供なのだと突きつけられることに対する不快感の方が大きかったが。

 

 ──しかし、不思議に思う。

 

 5年前にヒイカがマサラタウンに来た時はもっと簡単に、何なら最前列で彼女の姿を見た気がしたのだが……「あの頃はどうやって見たんだっけ?」と、サトシは当時の公演を振り返る。

 あの時は母に手を引かれていたというのもあるが、それにしても簡単に見ることができた筈である。もちろん自分が覚えていないだけという可能性はあるが、それにしても今のように場所取りに苦労した記憶は全く無かった。

 

 ならば当時は彼女の公演に人気が無く、今よりも人が少なかったのか?──と思えばそんなことはない。

 何なら今と違って事前に告知していた分、「あの時は町中の人が集まっていたっけ」とサトシは思い出した。

 幼馴染みのシゲルも、共に旅立ったもう2人も集まっていたものだ。

 

 

「なんたってウインディだぜ!? あのでんせつポケモン! たかさ1.9m、おもさ155.0kgでタイプはほのお! このへんじゃどうやってもみかけないでんせつきゅうのポケモンだー!」

 

 

 ……確か、浮き足立った様子でシゲルがそんなことを言っていた気がする。

 

 ポケモンの権威オーキド博士の孫であり、日頃からポケモン関係の著書を読み漁っていた彼は、幼い頃から周りの子たちにポケモンの蘊蓄を垂れ流さなければ気が済まない子供だったのだ。今でもそうだが。

 特にウインディのことは大層気に入っていたらしく、このマサラタウンにそのポケモンを連れた先輩トレーナーが公演を開く、という情報も最初は彼から聞いたものだった。

 

 そんな彼の布教活動の甲斐もあってか「ウインディ」というポケモンは町の男の子たちにとってカリスマ的存在であり、当時からそのポケモンを持っていた「でんせつのおねえさん」は注目の的だったのだ。

 

 特に今しがた彼女に対して熱い声援を送っている13〜15歳ぐらいの世代──当時8〜10ぐらいだったかつての子供たちには、凄まじい人気があったという。

 

「キャーヒイカ様ー!」

「素敵ー!」

「あっ、シゲルのガールフレンドもいる……」

「幅広い層にウケてるのね。……確かに近所にあんなお姉さんがいたら、憧れるのはわかるかも」

「カスミだって綺麗なお姉さんたちがいるじゃん」

「ノーコメント!」

「チョキチョキプリィィ」

 

 サトシとシゲルは年齢が離れているため「ヒイカ」という先輩との接点は彼らよりも薄かったが、1つ2つ上の世代からは特に大きな黄色い歓声が上がっていた。

 もちろんこれほどの人気があるのは珍しいポケモンを持っているだけでなく、当時の公演でそれほど彼女に良くしてもらった思い出があるからだろう。

 

 

『……私のこと、今も覚えていてくれてありがとね。だけど、このままだと後ろの方にいる子供たちが見えないから……悪いけど、先に集まってくれた皆さんにはその場に座っていただけると幸いです。もちろん、小さなお子さんに場所を譲っていただいても構いませんが』

「はーい皆さん座ってー! ちびっ子のみんなはこっちだよー!」

「タケシ!?」

「ピカチュ!?」

「いつの間にあんなところに……」

 

 

 ヒイカの困り声がマイク越しに聞こえた瞬間、いつの間に移動していたのやら、見知った細目の男が率先して聴衆を誘導している様子が見えた。

 つい先ほどまで彼もサトシたちと同じで前の様子がよく見えず、難儀していた筈なのだが……恐るべきフットワークである。

 

 余所者であるタケシが何故そうも張り切っているのかという理由は……聞くまでもないが、そんな彼も大家族の面倒を見ていた長男。困ったことにちびっ子たちの扱いには誰よりも慣れており、手際の良さは見事であった。

 マサラタウンの人々も基本的には穏やかな気性の者が多い。集まった大人たちはヒイカとタケシの言葉に聞き分け良く応じ、すぐに後方の子供たちに配慮してくれたものだ。

 おかげで、サトシたちの方からも前方の様子がよく見えるようになった。

 

 ──そしてようやくサトシの目に映ったのは、その両手にリュートを携えながら、仮設ステージの上で公演開始の準備をしていた羽根帽子の少女の姿である。

 

 昨日出会ったポケモン吟遊詩人ヒイカの姿と、でんせつポケモンウインディの姿がそこにあった。

 ヒイカは突然目の前に現れ、誘導を手伝ってくれたタケシの存在に目を丸くしていたが、すぐに立ち直ると「ありがとう、タケシくん」と名指しで感謝の言葉を告げていた。

 

 あっ、タケシが倒れた。

 しかもハートがポロポロこぼれ落ちて、足の踏み場もなくなっている。どうなってるんだアレ?

 

 ──と思ったら、今度は落ちていたハートを1つコダックが食べた。なんだこれ。

 

 ……なんかわからないけどスゲー!と笑うサトシであった。

 

 

「コダックったら、また勝手に出てきて……」

「いいじゃんいいじゃん! 子供たちも喜んでるし。俺たちも近くに行こうぜ!」

「ピーカッチュウ!」

「ちょっとサトシ? もう……」

 

 サトシは群衆が落ち着き始めたところを見計らい、これ幸いとばかりにカスミの手を引きながらベストポジションへ移動していく。ここがホームのマサラタウンであることもあってか、今の彼にはいつも以上に遠慮が無かった。

 そんな彼に文句を言いながらも律儀についていくカスミもまた、なんだかんだでポケモン吟遊詩人の公演を楽しみにしている身だった。

 

 そしてそんなこちらの様子はステージの上からも目立っていたのか、ステージを眺めるサトシの眼差しは聴衆の様子を見回していたヒイカの眼差しとバッタリ重なり合うこととなった。

 

 

「──ふっ……」

 

 

 こちらの姿に気づいた彼女はひらひらと手を振ると、サトシに対して声は掛けないが代わりとばかりにパチンとウインクを返してくれた。

 表情の変化は乏しいままなのに完璧なウインクができるというのは、何とも奇妙に感じたが。

 

 

「あ……」

「……ピカ?」

 

 

 

 

 ──おいで、少年。

 

 

 

 

 

 サトシが5年前の記憶について、また1つ思い出したのはその時である。

 そうだ……あの時も人が多くて何も見えなかった子供たちの為に、こうして道を空けるように呼びかけた後、俺と目を合わせてそう言ってくれたんだった──と。

 

 今よりももっと、ずっと小さかった自分がどうして大観衆の中で特等席を取ることができたのか……現在の光景が答え合わせとなり、サトシはスッキリした気分になった。

 

「そうか! そうだったんだ……」

「ピカピ?」

 

 なんだか奥歯に引っ掛かっていた食べ残しが取れたような気分である。

 

 ……それはそれとして、今の彼女から凜と澄ました表情のまま真顔でウインクを返された時は何か、胸にドキリとした感情を覚えたものだが……昨日会ったばかりである彼女が再会を喜んでくれたのは嬉しいが、それはそれとして心臓に悪い反応だった。

 

 ……あと、周りのお兄さんお姉さんがたからの視線がさっきから怖い。

 何なのこの人たち? 俺だって久しぶりに帰ってきたんだけど? と、同じマサラタウン出身者に対する扱いの差を不満に思いながら、サトシはピカチュウと目を合わせた。

 そんな彼に、カスミがからかうように問い掛けてくる。

 

「サトシって、ああいう人が好みだったの?」

「っ、何だっていいだろ別に……!」

「良い趣味してるじゃん。ふーん……あまり見ない感じの美人さんだものねー」

「お、ヒイカさんが始めるみたいだぞ! お前たち、静かにしなさい」

「タケシ!? 今度はいつの間にこっちに……」

「まるでこうそくいどうね……」

「チョッキチョッキプリィィ!」

 

 またしても、いつの間にか傍に移動していたタケシに促され、サトシがステージに視線を戻すと──彼女はマイクスタンドの前に置かれた座椅子の上へと優雅に腰を下ろし、その膝の上にリュートを置いていた。

 そんな彼女は「緊張している」と言っていた最初の発言が冗談であったかのようにリラックスした姿勢で脚を組むと、「じゃ、いつものように」とスタッフか誰かに対して小さく呼び掛けた後……総勢100人以上もの聴衆に見守られる中でリュートを弾き鳴らしたのだった。

 

 

『ご協力ありがとう。子供たちも、場所を譲ってくれたお兄さんお姉さんたちへの感謝を忘れずにね?

 そう……「ありがとう」。これは私の好きな言葉の1つだけど……このカントー地方よりずっと北の方には、「感謝」にまつわる伝説のポケモンがいてね。今回の公演は、その子のことを歌おうか』

 

 

 ──伝説の話をしよう。伝説のポケモンの話を。

 

 

 ポケモントレーナーの心を刺激するそのフレーズを聞いた瞬間、サトシは5年前と同じように、前のめりで彼女の詩に聴き入るのであった──。

 

 

 

 

 

季節 巡り 厳冬 終わりしこと 喜び 天に感謝 捧げしとき このポケモン現れ 枯れし 大地を 花で 満たす

 

 

 リュートで奏でる楽曲に合わせて紡がれる詩は、彼女が北の地を旅していた頃に出会った伝説のポケモンのことだという。

 

 そして彼女の弾き語りは、ここからが独自の路線で突き進んでいった。

 文法的な形式に囚われず、ヒイカは伝説のポケモンと出会った体験談の数々を子供でもわかるように時にはチープな表現で、時に厳かな表現で一同に語っていった。

 一度もリュートを弾く手を止めることなくその時々の状況に合わせた曲を絶え間なく弾いていく様は、弾き語りの枠組みを大きく超えている感覚を覚えたものだ。

 

 第一印象としては感情表現が苦手そうな印象に見えた彼女だが、自らが弾いている音楽に合わせて声に巧みな抑揚をつけて語っていく姿は、まるで幼子に絵本を読み聞かせる母親のように堂に入っていた。

 

 伝説のポケモンにまつわる自らの体験談について波瀾万丈のストーリー仕立てに語っていく姿はミュージカルのようでもある。

 そして彼女が件の伝説の「かんしゃポケモン」を巡る悪のポケモンハンターとのいざこざについて語った際には、演出として彼女のウインディとキュウコンが炎を打ち合ったり、最新式のプロジェクターを扱い仮設ステージの上に美麗なホログラムを投影してみたりと昨日のポケモンサーカスも顔負けな演出となっていた。

 

 「吟遊詩人」という職名から想像されるより数段派手な煌びやかさには、子供たちからはもちろん大人たちからもどよめきが上がったものだ。

 

 特にサトシのお気に入りは物語のキーアイテム「氷空の花束」を伝説のポケモンのもとへ届けようとするヒイカを先に行かせる為、ウインディがポケモンハンターのブーバーを押さえ込みながら一緒にマグマに沈んでいくシーンである。涙無しには聴き取れなかった。

 

 ……語りが終わった後で「ウインディならマグマなんてヘッチャラじゃん……」と冷静になり、今もご覧の通りピンピンしている元気なウインディの姿を見て安堵の笑みを溢したものだが。

 

 しかしヒイカの語りはそういった小粋なギャグも流暢にこなし、彼女の一見冷たそうな見た目の印象に反してユーモラスな語りもイケるところがまた面白いギャップとなっていた。

 

 

「吟遊詩人というよりも、まるで1人で映画をやってるみたい……」

「ヒイカさん……明るい話をする姿もまたお美しい……」

 

 カスミとタケシが呟いた感想は、ヒイカの公演について簡潔に言い表していた。

 それこそが「吟遊詩人」ではなく、「ポケモン吟遊詩人」であるという職名の意味。

 尤も今回は集まった年齢の低い子供たちのことも考え、あえてそういう内容を選んだのではないかというのがタケシの推測であったが、サトシとしては堅苦しい伝承よりもこのぐらい砕けている方が好みであった。

 何より自身の旅の実体験を曲や歌にして語る彼女の姿はとても楽しそうで……想像以上に引き込まれてしまった。

 

「ヒイカさんって……すっげーなピカチュウ!」

「ピイカ、ピカピカ!」

 

 弦楽器の演奏に詩、歌、物語の独唱。ポケモンへの指示にステージの演出。それを全部彼女1人でやっているのだ。

 ポケモン吟遊詩人ヒイカの公演は5歳の頃に一度見ただけなのに、今でも彼女のことを覚えているわけである。当時はウインディにばかり目が行っていたサトシだが、10歳になってから再び目にした彼女の公演は圧巻の一言では済まない濃厚な密度であった。

 

 

『──そうして伝説の「かんしゃポケモン」は空へと帰り、再び旅立つこととなりました。しかし人々が万物に対する感謝の気持ちを忘れない限り……いつか、また。もしかしたら我々が気づかないだけで、既にアナタの近くにいるのかもしれません。ポケモン吟遊詩人ヒイカの第30章、「氷空の花畑」でした』

 

 

 万雷の拍手が鳴り響く。この小さな風車広場では、通常起こり得ない大反響であった。

 

 その拍手の音にはもちろんサトシとカスミ、ピカチュウとトゲピー、ついでにコダックのものも含まれており、タケシなどは細い目から涙すら流していた。

 それでも驚いたのは、彼女の公演を見届けた周りの大人たちの反応が、そんなタケシさえも控えめに思えるほど激しかったことだ。

 

「お、おお……あの何をやってもつまらなそうな顔で無気力だったヒイカちゃんが、あんな楽しそうに弾き語りを……!」

「ええ……! ポケモン以外にはとことん無関心で町の人のことも冷たい目で見ていたあの子が、こんな風に人を楽しませる仕事を……」

 

 ──とは、サトシの後ろで公演を見ていた老夫婦の反応である。

 

 あの人の家族かな?と思い振り向いてみれば2人と同じ反応をしている大人が他に10人以上はいて、サトシは思わずピカチュウと一緒に声を上げてしまったものだ。

 どうにも彼らからしてみればこうして伝説を語っている彼女の姿が、それほど感慨深い事実のようであった。5年前の公演もこんな感じだったため、サトシとしてはイマイチピンとこない感覚であったが。

 そんな多くの眼差しに対して薄い微笑みを返しながら、ヒイカは改めて「感謝」を伝える。

 

 

『ありがとう……久しぶりに見た顔が多いから、私もつい気合いが入ってしまった。5年ぶりのマサラ公演がこれで終わり……というのも寂しいから、最後にもう1つ、伝説の話をしよっか』

 

 

 1つの伝説が終わった後、改めて告げた感謝の言葉に続いて再びリュートの音が鳴り響く。

 そしてその瞬間、ウインディたちの立つステージの上に浮かんでいたホログラムの映像が切り替わる。

 

 それは、巨大な鳥ポケモンの翼を描いた壁画の映像であった。

 

「……! あれは……?」

「ピカピ、ピカチュウ?」

 

 金色に輝く虹色の翼。

 彼女が語る次の「伝説」の登場ポケモンなのであろうそのシルエットを一目見た時、サトシは目を見開いた。

 

 ピカチュウと旅に出た最初の日、虹の架かった雨上がりの大空を優雅に飛んでいた巨大な鳥ポケモンの翼と一致していたのである。

 

 ポケモン図鑑にも「データ不明」とされた未知のポケモン。サトシとピカチュウにとってはあまりにも思い出深い存在について、ポケモン吟遊詩人は語る。

 

 

『そう、この話はポケモン吟遊詩人となった私のルーツ……カントー地方のお隣ジョウト地方に伝わる「にじいろポケモン」の伝説──ん……?』

 

 

 ──その時である。

 

 

 今サトシの興味がMAXを振り切れようとした最悪のタイミングで、「奴ら」はやって来た。

 

 

 

「なんだ!?」

 

 聴衆の誰かが、困惑の声を上げる。

 突如として空から伸びてきた巨大な機械のアームが、ステージのウインディの姿を掴んで持ち上げていったのだ。

 

 同時に、サトシの頭部からこれまで感じていたピカチュウの重さがふわりと離れていった。

 

「ピカ!?」

「ピカチュウ!」

 

 ウインディと同じように、頭上から伸びてきた機械のアームがまるでクレーンゲームのようにピカチュウの身体を持ち去っていったのである。

 

 サトシが慌てて振り仰いだ空の上には、化け猫ポケモン型の熱気球が浮かんでいた。

 そしてその気球が浮かぶすぐ隣──この風車広場のシンボルである風車の上に、2人の白服が佇んでいた。

 

 呆気に取られているマサラタウンの聴衆たちの視線を横取りしながら、2人は高らかに声を上げる。

 

 

「なんだかんだと聞かれたら! lululu……」

 

 

 ──三日月のような髪型をした赤髪の女性が、くるりくるりと回り回る。

 

 

Ahー 答えてあげるが世の情け!」

 

 

 ──その手に赤い薔薇を携えて、青髪の青年が舞い踊る。

 

 

 

「世界の破壊を防ぐためェ……」

「ン世界の平和を守るためッ!」

 

 

 何故か巻き舌で喋りながら、2人の美男美女はまるでフィギュアスケートのペアスケーティングのように持ちつ持たれつのダンスを披露していく。

 

 そんな2人の華麗な動きに合わせて、重厚でありながら軽快なメロディーがステージから響いた。

 そっと支援するような謙虚な動きで、ヒイカがリュートで掻き鳴らしていたのだ。

 

「何してるの!?」

『? BGM……必要かと思って』

 

 カスミの鋭いツッコミに、彼女はきょとんと首を傾げながら律儀に応じる。そんな呑気なやりとりにサトシは思わずガクリと躓いたが、反対にいつもの彼らは上機嫌そうに舞い上がっていた。

 

「あっ、どうもありがとうございます……」

「いつもより豪華な演出になったニャ」

「あらやだ、何だか妙に馴染む曲ね……」

 

 ヒイカの演奏を背景BGMとして纏い──気を取り直して彼らは続ける。

 

 

「愛と真実の(あ↑く↓)を貫く!」

「Lovely チャーミーな敵役ゥッ!」

 

 

 言葉のイントネーションにこだわり。

 無駄にネイティブな発音で。

 

 

「ムサシ♥」

「コジロウ♠︎」

 

 

 自らの名を高らかに名乗った彼らは、その手にどこからともなく取り出したトランプを掲げると、それを頭上から放り出すなり風車の上に「R」の人文字を作る。

 

 

「銀河を駆けるロケット団の2人には──」

「White Hole! 白い明日が待ってるぜ!」

「にゃーんてニャ!」

 

 

 最後に彼らの立つ風車の屋上の高度まで上がった熱気球からニャース──世にも珍しい喋るニャースが顔を出し、彼らの名乗り口上は完成となる。

 

 サトシたちにとってはウンザリするほど聞いてきた……昨日も一昨日も空へ吹っ飛ばした筈のロケット団の登場であった。

 

「ロケット団!」

「なんで今日は無駄に気取ってるのよ!」

 

 その執念は毎度のこととしても、登場演出まで手を替え品を替えよくやるなと辟易するサトシたちである。

 おそらく今回のそれは、先ほどまでステージを独壇場としていたポケモン吟遊詩人ヒイカのショータイムに引っ張られているのもあるのだろうが……全くもって、水を差された気分であった。

 だが、愛と真実の「悪」を貫く彼らは悪びれない。

 

 

「無駄とはなによ!? こちとら女優! ステージでスポットライトを浴びるのは私の専売特許なのよ!」

『え……そうなんだ』

「役者としては完敗だけどニャ」

「俺、正直話の続き聞きたかったよ……にじいろポケモンって何? すっごい気になるんだけど!」

「お黙り! アタシらの目的は1つ、世界征服よ! 特に最近サカキ様の機嫌チョー悪いんだから、ここらでピカチュウと伝説のポケモンぐらい差し出さないと!」

 

 

 ……訂正。コジロウとニャースは割と悪びれていたがムサシ1人がいつにも増してノリノリであった。

 どうやら芸能分野に通ずる者として、ヒイカに対して勝手にライバル意識を抱いていたようである。

 当のヒイカはまんざらでもなさそうな反応だったのが、これがまたサトシには全くわからない感覚だった。

 

 

「ピカピー!」

「ロケット団! ピカチュウとウインディを離せ!」

「ウインディは伝説のポケモンじゃないけどニャ。強そうだからついでにもらってくニャ!」

 

 しかし彼らが現れてしまっては、もはや弾き語りどころではない。

 

 会場中が戸惑いの空気に包まれる中、サトシはピカチュウと、そしてヒイカのウインディを助ける為に応戦すべくいつものようにピジョンのモンスターボールを投げ放とうとした──その時である。

 

 そんなサトシの行動を制するように、ポロロンとリュートの音が鳴り響いた。

 

 ステージを見やれば被害者である筈のポケモン吟遊詩人ヒイカは、この状況でもティーでも飲もうかというほどに落ち着き払った様子であり、依然椅子に座ったままだ。変化といったら、元々組んでいた脚を左脚に組み換えたぐらいなものである。

 

 そんな彼女は感情の読み取れない眼差しで彼らの姿を見上げると、いたく感心した様子で呟いた。

 

『7、5、8、5、8、5、8、5、8、7……なるほど』

「え?」

『今の口上、字余りもあるけど綺麗に七五調を意識しているね』

 

 何のおまじないかと思った唐突な数字の羅列は、先ほどのロケット団の名乗り口上に対する発言だった。

 

 

 なんだかんだと(7) きかれたら(5)

 

 こたえてあげるが(8) よのなさけ(5)

 

 せかいのはかいを(8) ふせぐため(5)

 

 せかいのへいわを(8) まもるため(5)

 

 あいとしんじつの(8) あくをつらぬく(7)

 

 ラブリーチャーミーな(9) かたきやく(5)

 

 ムサシ コジロウ

 

 ぎんがをかける(7) ロケットだんの(7) ふたりには(5)

 

 ホワイトホール(7) しろいあしたが(7) まってるぜ(5)

 

 

「本当だ!?」

「どうでもいいでしょ!」

 

 一言一句指を折って数えたタケシがその法則性について驚きの声を上げるが、本当にどうでもいいことである。サトシはこの時ばかりは全面的にカスミに同意した。

 

 そんなこちらの心境を他所に、ステージ上のポケモン吟遊詩人は矢継ぎ早に彼らのことを褒めちぎっていた。

 

 

『そのこだわりも凄いけど。たったこれだけの言葉で、キミたちは自分自身の存在や活動方針を明確に定義している。一度聞いたら忘れないよ、この口上。特にこの、「世界の平和を守る」のに「愛と真実の悪を貫く」という一見矛盾してそうなのにしていない部分が深いよね……自分たちは悪であることに誇りを持っているけれど、決して世界を破壊したいわけではないというキミたちの信念が見える。私も、そういうことを言える人になりたいと思う』

「そ、そんなに分析されると照れるかも……」

「アンタわかってるじゃない! そうよ、聞いたわねジャリンコ共! アンタたちは「バカみたい」とか「恥ずかしくないのか?」とか散々コケにしてくれたけど! プロが見たらわかるんだからねプロが見たら!」

「うーむ……そう言われてみると深いような、そうでないような……」

「言ってる場合!? もうあんなに高く……」

 

 

 ヒイカがマイペースにロケット団の名乗り口上を採点しているが、その間にもロケット団のニャース気球は上昇を続けている。

 風車の上にいたムサシとコジロウも既にニャースの待つ気球の搭乗口に飛び乗っており、彼らは完全に離脱態勢に入っていた。

 

 もちろん、捕まったピカチュウもされるがままではない。すぐに電撃で抵抗する──が、彼を捕まえているアームは「今回もいつもの耐電素材でできているニャ!」と厳重に対策されてしまっている状況であった。

 

 

「そういうわけで、ハードでスウィートな僕たちは」

「ピカチュウ連れてオサラバニャ!」

「幹部昇進いい感じー!」

 

 

 彼らからしてみれば、もはや目標達成も目前。

 遠ざかっていく地上を見下ろしながらワーイキャッキャと湧き立つ彼らの様子を見上げて──リュートを弾くヒイカの手が、ピタリと止まった。

 

 

『本当に凄いよ……キミたちが商売敵じゃなくて良かった。だけど……それは見逃せない』

 

 

 ヒイカは弦から離した手を懐のベルトに回すと、そこに括り付けられた6つのボールの中から1つのモンスターボールを選び、上に向かって放り投げた。

 

 ──そのボールからまばゆい閃光と共に現れたのは、サトシのよく知る炎タイプのポケモンだった。

 

 

「リザードン!?」

 

 

 ともすれば伝説のポケモンよりも広く、世界的に活躍が伝わっているかもしれない赤き竜。

 多くのポケモントレーナーたちが最初にゲットするポケモン、ヒトカゲから進化する最終形態──リザードン。

 

 それも、一目見て並大抵のレベルでないことがわかる。

 その赤い竜がボールから姿を現した瞬間この場の温度が急上昇したのを感じ、サトシはその力に武者震いを覚えた。

 

 

「行って、リザードン」

「……リザッ」

 

 

 ヒイカの解き放ったリザードンの眼光は、ウインディやキュウコンと比べても特に鋭い。

 サトシのリザードン同様、寄らば焼くと言わんばかりの剣呑な雰囲気であったが……彼はトレーナーであるヒイカの指示を聞くと即座に状況を認識し、迷わず大空へと飛び上がっていった。

 

 彼女はあの気難しいポケモンであるリザードンを、苦もなく完璧に扱いこなしていたのだ。

 

 彼女が依然椅子に座ったまま、呑気すぎると思うほどに落ち着いていたのも──ただ単に、この事態全てが取るに足らない出来事にすぎなかったからであることを、この場の全員が理解してしまった。

 

 

『ウインディ、ピカチュウを守って』

 

 

 マイクで一言、彼女がそう伝えるとそれまでロケット団に大人しく捕まっていたウインディが「待っていました」と言わんばかりに動き出し──その身動き1つで自身を捕らえていたアームを粉々にしてみせた。

 

「嘘ぉ!?」

「イワークが暴れても壊れないニャーのニャンニャンアームが!?」

「そんな名前だったのこれ」

 

 ウインディはそれから背中に羽がついているような軽やかな身のこなしで機械伝いに上へと駆け上がっていくと、ピカチュウを捕まえていたもう片方のアームを神速の如き一撃で豪快に叩き割っていった。

 

 解放されて宙に投げ出されたピカチュウを背中でキャッチすると、ウインディは呆然とするロケット団の一行を置き去りに風車の上へと華麗に着地していった。

 

「ピカピー!」

「ピカチュウ! 無事で良かった……」

「……あのウインディ、ヒイカさんを信じてピカチュウを助けるタイミングを待っていたんだな。なんて早業だ……」

「チョキチョキ、チョキチョキ、チョッキプリィィ!」

 

 鮮やかな手並みでポケモンを救助したトレーナーとポケモンのコンビネーションにタケシが感嘆の声を漏らし、カスミに抱き抱えられたトゲピーが楽しそうに笑う。

 

 そして一部始終を特等席から見つめていた最前列の子供たちも、イレギュラーな出来事にも動じないヒイカとポケモンの堂々たる姿に「わあ……」と言葉を失っていた。

 そんな子供たちのキラキラした眼差しは──まさに5年前、彼女とウインディを見た時のサトシと同じだった。

 

 「心配しないで。もう大丈夫……」とぎこちないながらも思いやりを感じる微笑みを子供たちに向けているヒイカの姿を見て、サトシは思わず呆けてしまう。

 

「マサラタウンにも……こんな凄いポケモントレーナーがいたんだ……」

 

 その隙に、今回の事件は終幕へと向かう。

 

 

「リザードン、だいもんじ」

 

 

 この空はお前たちではない、俺の物だと。そう呼びかけるような咆哮を上げたヒイカのリザードンが、その口から巨大な火球を放っていった。

 炎タイプ最強の技、だいもんじ。その一撃が一直線に迫り来る中──ロケット団の2人と1匹にできることはもはや1つだけだった。

 

 

「あー……駄目だこれ」

 

 

 澄み切った綺麗な目で、全てを悟った顔でムサシが呟く。

 コジロウは薔薇の匂いを嗅ぎ、ニャースはおもむろにウクレレを取り出す。

 全員、ここまでの僅かな時間で覚悟を決めたのである。まさしくプロの切り替えであった。

 

 

 ──瞬間、落雷のような凄まじい轟音がマサラタウンの青空に響き渡り、着弾点から真っ赤な「大」の字を描いて広がっていった。

 

 

 一撃で消し炭にされたニャース気球から吹き飛ばされた2人と1匹は、しみじみと自らの旅路を思い出す。人生という、長い旅路を。

 ムサシとコジロウは穏やかに悟った顔つきで、ニャースはその手に携えたウクレレをポロロンと鳴らしていた。

 吹っ飛ばされながら。

 

 

「伝説──アタシたちもいつか、そんな存在になれるかしら……?」

「フッ……伝説にゃんてしょせんは過去にしかないものニャ。ニャーたちが見据えているのはもっと先の未来……今夜はきっと満月だニャ」

「白い明日が待ってるぜ──ってな」

「そうね……アタシたちの伝説はまだこれからよ、これから。だけど今は……」

 

 

 

「「やなかんじいぃぃー!!」」

 

 

 

 キラーン──と、ロケット団は今日もその名の如く、果てしない銀河へ旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……」

「どこまで飛んでっちゃったのアイツら」

「うむ……凄い威力だったな今のだいもんじ」

 

 心なしかいつもより高く遠くへ飛んでいった彼らの姿を見送り、サトシは「これでアイツらも当分出てこないだろ!」と喜ぶ一方で、澄ました顔をして自分以上の制裁を彼らに与えてみせたヒイカにちょっとした恐怖を感じたものだ。

 

 尤も実際はそんなロケット団も不屈の精神で立ち直り、明後日にはまた元気にピカチュウを狙って現れることになるのだが……それはそれとして。

 

 

 だいもんじの余韻として火の粉の雪が舞い散る空の上から、ヒイカのリザードンは堂々たる羽ばたきで凱旋を果たした。

 そんな彼と、ピカチュウを背中に乗せてステージに戻ってきたウインディの帰還を安堵の表情で迎えながら、ステージのヒイカは再びリュートを掻き鳴らしていた。

 

 

『──そう、それはこの大空を焼く炎の輝きだった……』

 

 

 まるでアクシデントなど、最初から発生していなかったかのように。

 寧ろこれもまた伝説の一幕と演出しているかのように、ヒイカは動じることなく弾き語りを再開したのである。

 

 

『その炎を初めてこの目に焼き付けたのは、私が10歳の頃……私は、その虹色の翼に、心の氷を溶き解されたのでした──』

 

 

 その伝説──「虹色の翼の章」を聴き届けた瞬間、サトシは旅の最初に見た正体不明のポケモンがやはり伝説のポケモンであることを認識し、未知なる世界に改めて興奮を覚えたのであった。




 (タイミングは見ていたけどそれはそれとして立ち上がらなかったのは生のムサシコジロウニャースと突然会えた感動で足腰立たなかったから)

 ヒイカの公演はルギアと舞妓さんのショートアニメみたいなイメージです。裏方ではロトムが大活躍しています。
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