ブラック・ブレット9 Träume 開幕、北陸奪還戦   作:鏡之翡翠

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第二章 開幕、北陸奪還戦
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 意識を覆い隠していた濃霧(のうむ)が徐々に晴れていく。

 自身の脳が覚醒した事を、しばらくの間自覚できなかった。

 ずいぶんと長い事夢を見ていたような気がする。脳裏に焦げつくほど鮮明に残された最後の記憶から、今の自らの現状を探ろうとする。

 眼前に(たたず)む、額狩(ぬかがり)高校の詰襟(つめえり)に身を包んだ、線の細い少年。

 こちらを(さげす)むような薄ら笑いを(にじ)ませ、ぞんざいな口調で無慈悲な決定事項を告げる。

 ――「略式(りゃくしき)ですが、ここであなたの処刑を()り行います。失敗者には死を」

 その瞬間、胸に湧き上がる激情。

 直前の戦闘による負傷など意識の彼方(かなた)へ追いやるほどのアドレナリンが分泌(ぶんぴつ)され、目の前の執行者(しっこうしゃ)を迎え撃つために臨戦(りんせん)態勢へ移行する。

 そして始まる死闘――いや、違う。

 無意識が都合良く改竄(かいざん)しようと記憶を、歴然(れきぜん)たる事実が強引に()じ伏せてくる。

 あの時行われたのは、単なる粛清(しゅくせい)でしかなかった。

 圧倒的強者が、敗北を(きっ)した弱者の尊厳を()し折るための、余りにも単純でつまらない儀式だった。

 超振動デバイス――『ヴァイロ・オーケストレーション』を搭載(とうさい)した腕。

 そこから繰り出される必殺の掌底(しょうてい)が、心臓に炸裂し、生命維持に必須の臓器をノータイムで破裂させる――。

 ――…………。

 記憶は、ぶっつりと、そこで途切れていた。

 そこまで思い出し、なぜ自分は今もなお意識を保っているのだろうかと疑念が湧く。

 

 

「――ようやく起きたのね。もう目覚めないかと思ったわ」

 

 

 未だ暗闇のさなかにいる自分に、何者かが呼びかけてきた。

 外部からの情報を受け取り――そこでようやく鹿嶽(かたけ)十五(じゅうご)は、自身の体がベッドか何かに横たわっている事に気づく。

 ゆっくりと(まぶた)を開くと、殺風景な天井と、無機質な蛍光灯(けいこうとう)の光が網膜(もうまく)に飛び込んでくる。毛細血管を熱するような感覚を覚えながら、少しだけ目を細めて情報を遮断(しゃだん)する。

 全身の筋肉に指令を送り、上体を起こしていく。

 それだけで生身の肉体部分が悲鳴を上げそうになった。

 カーボンナノチューブ製のナノ筋肉や、自己修復バラニウム合金の脊椎(せきつい)が、かろうじて体を動かし、激痛と共に起き上がる事を許容する。

「……なぜ、お前がここにいる」干上がったように(ひび)割れる喉の筋肉を無理矢理震わせる。「あの世に行ってまで見たい顔ではなかったはずだが」

「そんな戯言(ざれごと)を吐けるなら、施術は文句のつけようもないくらいに上手くいったみたいね」

「施術……だと……?」

 十五の目の前には、簡素なパイプ椅子に腰掛けた少女がいた。

 色素の薄い髪に、白地のワンピース、頭には星形の紋様(もんよう)が散りばめられた、大きな麦わら帽子を被っている。

 小学校高学年から中学一年生ほどの見目(みめ)をした少女は、胸の前で抱えた(くま)のぬいぐるみの頭を()でながら、「あんたの脳、一部はもう完全に死んでるから」と言った。「代わりに詰め込まれてるのはバラニウムで作られた代替組織。ちなみに水風船よろしく間抜けに弾けた心臓も、人工のものに置き換えられてるから」

「……そういう事か」と十五は得心いったように溢す。「つまりは俺もお前も――組織に生かされたのだな? ハミングバード――いや、久留米(くるめ)リカ」

「ご名答、ソードテール。ポンコツになった言語野(げんごや)の心配は、もうしなくて良さそうね」

 そう言ってワンピースの少女、久留米リカは腰を上げて立ち上がる。だが、その動きはどこかぎこちなかった。四肢の筋肉が十全に機能していないかのように、小刻みに痙攣(けいれん)している。

「ハミングバード、お前……」

「当たり前でしょ。出血多量と(あわ)せて、眉間(みけん)に銃弾撃ち込まれたのよ。……弾頭が貫通しなかったおかげで死は(まぬが)れたけど、その代わり、小脳の損傷で平衡感覚を多少失ったわ」

「そもそも、お前は爆弾で木端微塵(こっぱみじん)になったんじゃなかったのか」

 十五の記憶が確かならば、ハミングバードこと久留米リカは、『ブラックスワン・プロジェクト』隠蔽作戦の際、東京エリア第六区のマンションで里見(さとみ)蓮太郎(れんたろう)及び紅露(こうろ)火垂(ほたる)と交戦し、返り討ちに遭っている。

 エレベーター内での戦闘を経て行動不能に追い込まれたリカは、自身のぬいぐるみに仕込んでいた爆発物を起爆――自分諸共(もろとも)、標的を道連れにしようとした。

 それが巳継悠河(ダークストーカー)櫃間(ひつま)篤郎(あつろう)から受けた報告の全てだった。

「顔に出てるわよ」とリカは(さげす)むように笑った。

「……俺の知らないところで何があった?」

「ダークストーカーよ」リカは平坦(へいたん)な声音で告げる。「あいつ……爆弾に繋がったタイマーが起動する前に、私をエレベーターから引き()り出したのよ。警察を騙すための死の偽装は、その辺にあった適当な死体をグチャグチャにしてエレベーターの残骸に詰め込んだみたい」

「あいつが……!? とてもじゃないが信じられない……!」十五は首を横に振る。

 あの作戦に派遣された十五とリカ、そして悠河(ゆうが)は同じ組織のエージェントではあったが、決して(こころざし)を同じくする仲間などではなかった。

 第一世代型機械化兵士――『新人類創造計画』を超えるために立ち上げられた『新世界創造計画』。

 その産物である十五達、第二世代型機械化兵士の本懐(ほんかい)は、自らの有用性を組織に示す事だった。

 同じ計画によって生み出された同期達は、いわば蹴落(けお)とすべき競争相手。死の(ふち)で手を差し伸べるなど、もってのほかだ。

「……信じられないのは私も一緒よ」リカの瞳に影が落ちる。「今となっては問い詰める事も叶わないわ」

 ぴくりと、十五の目許が動く。「何だって?」

「ダークストーカーも、あとついでに櫃間篤郎も――あの件に関わってた五翔会のメンバーは、私とあんた、それからネストを残して全員死んだわ」

 あっさりと言い放たれた事実に、十五は側頭部をハンマーで殴られたような衝撃を覚えた。

「そんな……櫃間さんが……ッ!?」

「そっちを始末したのはネストだけどね。ダークストーカーの方は、里見蓮太郎との一騎討ちで敗北して死んだって」

「じゃあ……計画は……!? 『ブラックスワン・プロジェクト』は……!?」

「とっくに凍結されてるわ。余った抗バラニウムガストレアは、『欠乏運用計画(デフェクト・プラネン)』の廉価版共が消費し切ったみたいだけど」

「ギレスベルガーの造った失敗作共か……」どうやら自分が寝ている間に、何か大きな計画が動いていたらしい。

 自分の意識とは関係なく、あの尊大な態度を崩さない和服姿の廉価版機械化兵士の顔が浮かんでくる。

 継麻(つぐま)貞蔵(ていぞう)

 欠乏運用計画(デフェクト・プラネン)により生み出された初の複数能力搭載型(ハイブリッド)

 自らが拾ってきた『呪われた子供達』の双子にも施術を受けさせ、かつて例のない三つの能力を扱うイニシエーター産機械化兵士を統率していた男。

 廉価版でありながら、十五やリカと同じ二枚羽根(ばね)にまで登り詰めた異端者だった。

 根拠はないが、リカの言う廉価版機械化兵士は継麻の事なのだろうと当たりをつけた。

 それを裏づけるように、リカは肩を(すく)めながら言う。「その継麻も死んだわ。里見蓮太郎に固執する余りに独断専行――最期はイニシエーター諸共、警察の特殊急襲部隊(SAT)に殺された」

「警察に? そんな馬鹿な」余りの話の突拍子のなさに、十五は目を丸くする。「いくら連中が失敗作と言えど、ただの人間ごときに負けるはずが――」

「――残念だが事実なんだよなあ、それが」

 十五とリカの会話を寸断するように、医務室の扉が乱雑に開け放たれた。

 わざとらしく靴音を鳴らしながら入室してきた男を視界に収め、十五とリカは(そろ)って顔をしかめる。

「……フッケバインか」

「何だよ堅苦しいなあ。任務外でコードネームで呼ぶんじゃねえよ。俺にはちゃんと烏丸(からすま)臥恫(ふどう)って名前があるんだからさあ」

 トレンチコートに(そで)を通した二十代半ばほどの青年は、大仰(おおぎょう)な動きで首を振る。それと同時に、パーマのかかった長髪が左右に揺れる。

「それより、どういう事だ」と十五は食ってかかる。「俺が意識を失っている間に何があったッ?」

「はッ、失敗作がキャンキャン()えてんじゃねえよ。鼓膜が(かゆ)くて仕方ねえ」

「廉価版共と一緒にするなッ。俺とお前は共に『新世界創造計画』の第二世代だろう!」

「……へーえ。くくくッ、そうかいそうかい。お前、まだ知らされてなかったんだな」

 含みのある笑いと共に、臥恫(ふどう)は十五を(あわ)れむように()めつけてくる。その視線に練り込められた感情が、どこか不気味でしょうがなかった。

 臥恫はワンピースの少女の背後に回ると、「ほら、リカちゃん。良い加減教えてやれよ」とスカートの(すそ)に手を掛ける。嫌がるリカなど気にも留めずにスカートをたくし上げ、年頃の少女の白い太腿(ふともも)と下着を露わにさせる。「――お前らのどうしようもない現実って奴をさ?」

「……クソ野郎が」とリカが顔を背ける。

 十五は瞠目(どうもく)した。

 リカの大腿部(だいたいぶ)には、十五の腕にもある見慣れた刻印があった。五翔会(ごしょうかい)構成員の証である星形の刺青(いれずみ)――その五つの頂点の内、二つには複雑な意匠の羽根が描かれている――はずだった。

 そう。

 リカの肌に刻まれた刺青からは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。レーザー治療などの高度な医療行為ではなく、外科手術によって無理矢理除去されたらしく、皮膚は(いびつ)に引き()っている。

 痛々しい手術(こん)を目の当たりにし、その直後、十五の脊髄(せきずい)を高圧電流のような直感が貫く。

 とっさに自身の腕を見やり、絶句する。「……ッ」

 同じだった。そこに残されていたのは、星形の象形(しょうけい)と、無様な傷跡だけ。元々あった羽根は、自らの預かり知らぬところで、もがれ尽くされてしまっていた。

「理解したか?」臥恫(ふどう)嘲笑(ちょうしょう)が室内に反響した。「お前達はすでに一枚羽根よりも下――奴隷よりも、家畜よりも価値のないゴミになったのさ。自分の立ち位置を把握したんなら、良い加減口を慎めよ?」

「…………――っ!」

「ちなみに立場だけじゃないぜ。お前らはすでに機械化兵士としても、名実共に失敗作になったんだ」

「何……!?」

「察しが(わり)いなあ。リカちゃんが親切に教えてくれてただろうが。鹿嶽(かたけ)、お前の心臓は悠河(ゆうが)クンにぶち壊されて、血流が止まった脳は一部が壊死(えし)したんだぜ。言葉通りの絶体絶命からの九死(きゅうし)に一生。さあ、ここで問題だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「…………嘘だ」事態を理解するにつれて焦燥感(しょうそうかん)が湧き上がる。「嘘だ嘘だ嘘だッ! そんな事ッ……! この俺がッ!」

「はははッ! ようやく理解したかよ! そうさ! お前らを救ったのは、お前らが失敗作だって嘲笑(あざわら)い続けた『欠乏運用計画(デフェクト・プラネン)』さ! お前らはとっくに廉価版機械化施術で、廉価版機械化兵士(失敗作)になっちまってんだよ!!」

久留米(くるめ)ッ!」と十五は、(すが)りつくようにリカへと視線を注ぐ。否定して欲しかった。全てが嘘だと言って欲しかった。

 だが、そんな十五の淡い期待を打ち砕くように、リカは苦い顔でかぶりを振った。「……私も内臓のほとんどをバラニウム製のものに詰め替えられてるわ」

「そん、な……」

「まあ、そう肩を落とすなよ。お前ら二人は、フルスペックの機械化能力と廉価版能力の複合化に成功した初めての検体だ。(ぜろ)枚羽根とは言え、簡単に処分される事はねえ。そこだけは喜べよ」

 臥恫はそう言うと、もう十五達に用はないとばかりに医務室の扉を蹴り開けた。

 そうして、こちらを振り返る事もせずに言う。

「絶望に打ちひしがれんのは勝手だが、生き残ったからには働いてもらうぜ。ネストがお呼びだ。俺と『スクイドオクトパス』が回収した『ソロモンの指輪(ゆびわ)』の出番が、ようやくやって来たみたいだからなあ」

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