ブラック・ブレット9 Träume 開幕、北陸奪還戦   作:鏡之翡翠

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 口の端から白い息が洩れる。呼吸する度に冷えた空気が肺に入り込み、内臓の粘膜を()てつかせるようだった。

 保脇(やすわき)卓人(たくと)は、ぶるりと身震いしつつ、外套(がいとう)ごと体を()き抱く。上空を見上げるが、一面に広がるのは彩度(さいど)のない雲海(うんかい)だけ。絶え間なく降り落ちてくる雪の欠片(かけら)だけが、かろうじて光を反射して(にぶ)く輝いているのみだ。

 保脇がいるのは、連合軍の拠点となる金沢駅より、北西に四キロメートルほど離れた地点だった。雪と瓦礫(がれき)に埋もれた旧市街地。そこにあったもっとも高い建物の屋上に陣取り、周囲の警戒を行なっている。

 地上からは銃撃音が途切れる事なく響いている。

 戦車や装甲車が、雪面に(わだち)を刻みながら走り回り、ガストレアの残党を地引網漁(じびきあみりょう)よろしく追い立てる。砲撃に伴う轟音が空気を震わせ、次いで異形達の断末魔が(とどろ)く。

 ――僕らがやってた事がお遊びに見えてくるよ……。

 人類の敵たるガストレアにさえ同情が湧いてしまうほどの一方的虐殺(ぎゃくさつ)

 それを行なっているのは、つい先日現地入りしたばかりの東京エリア自衛隊の精鋭部隊だった。

 どうやら自分が自衛隊を追われてから、兵器開発は相当なレベルで進んでいたらしい。

 戦闘用の車両は、保脇の良く知る一〇式戦車や、九六式装輪(そうりん)装甲車ではなく、近未来的な外観を持つモデルへと更新されており、地上を駆け抜ける歩兵ですら、雪原迷彩仕様の『外骨格(エクサスケルトン)』を装着している。

 それに反して、銃火器については、ほとんどの隊員が制式装備の八九式五. 五六ミリ小銃を使用しているようだ。

 どれだけ肉体を補助する最新装備が出てこようとも、さすがに自らが背中を預ける得物は、使い慣れたものが好ましいのだろう。

 歩兵部隊が一糸乱れぬ統率された動きで包囲網を張り、ステージⅢクラスのガストレアの一団を囲い込む。

 間髪を容れず、それぞれが構える八九式小銃が火を噴いた。

 五. 五六ミリバラニウム弾の弾幕が一斉に展開され、ガストレアの巨体へと喰らいついて動きを阻害する。

 部隊の指揮官らしき男性隊員が合図をすると、隊員達は引金(ひきがね)を絞ったまま後退していく。

 すぐさま後方から爆音が鳴る。

 戦車の一二〇ミリ滑腔砲(かっくうほう)から放たれたバラニウム徹甲弾(てっこうだん)が飛来し、ガストレア達の強靭(きょうじん)外殻(がいかく)を紙屑のごとく引き裂いた。さらに装甲車の重機関銃がひと繋ぎの銃声を打ち鳴らし、一二. 七ミリ弾の豪雨(ごうう)が降り注ぐ。

 瞬く間に肉片へ変えられていくガストレアの一団を、保脇は黙ったまま(なが)める。

 ――自衛隊は、第三次関東会戦で相当な損害を被ったとは聞いていたけど……。

 ――精鋭部隊単位でなら、もう立て直しは済みつつあるって事か。

 そもそもの隊員の頭数は、未だに足りていないのだろうが、そこは兵器の質で補っていくつもりなのだろうか。

 かつての古巣に対して想いを()せていると、地上に展開されていた部隊に動きがあった。

 クリアリングを済ませた歩兵隊が、次の作戦地域へと移動していく。

 保脇は嘆息した。

 装備にものを言わせた制圧作戦は、自衛隊の圧勝だ。真っ白いキャンバスの上には、色とりどりの血液や臓物(ぞうもつ)がぶち撒けられ、濃密な血臭(けっしゅう)が屋上にまで立ち昇ってくるようだ。

 他の地域では、先んじて現地入りした各エリアの軍や自衛隊が、掃討作戦を行なっている。

 この調子で行けば、今日中には駅周辺の安全は確保されるだろう。

 すでに簡易モノリスは設置済み。磁場の外にいるガストレアのほとんどは、まず拠点(きょてん)への侵入は叶わない。

 僅かに滞留(たいりゅう)している残党を刈り尽くせば、速やかに、仮初の陣地としての体裁が整えられる手筈(てはず)だ。

「…………」保脇は双眼鏡(そうがんきょう)を手に取り、遠方を見据(みす)える。ここからだと日本海に面する大野(おおの)川と、そこに合流する浅野(あさの)川が良く見える。

 さらに視線を滑らせていくと、奪還目標の一つである金沢港(かなざわこう)跡地があった。

 埋立地(うめたてち)特有の直線的な河畔(かはん)の内側は、広大なコンテナヤードとなっており、無数の海上コンテナが積み上がったままとなっている。ワンハイラインズやコスコシッピング、SITCといった中華系の船会社が所有するコンテナが大多数を占めており、かつての日本が大陸と密接な関係にあった事を連想させる。

 栄華(えいが)残滓(ざんし)とでも形容すべき光景を前に、保脇(やすわき)は今日何度目かも分からない溜息を()いた。

 それと時を同じくして、背後から()びた金属音が聞こえる。

 振り向くと、屋上への出入口となる鉄扉(てっぴ)を開けて、夜戦服姿の男性が現れたところだった。

「お疲れ様、保脇さん。そろそろ交代の時間だよ」柔和な笑みを浮かべているのは、レンズの(ひび)割れた眼鏡(めがね)を掛けている益子(ますこ)敏生(としき)だった。

 彼はこちらに近づいてくると、両手に携えていたマグカップの片方を寄越(よこ)してくる。立ち昇る湯気と一緒に、珈琲(コーヒー)の香ばしい匂いが鼻腔(びこう)をくすぐる。

 そっけなく礼を言って受け取ると、「もう、ここはほとんど終わったみたいだけどね」と階下へ向けて(あご)をしゃくる。

 益子は地上を覗き込むと、「……うわあ」と唖然(あぜん)とする。「さすがは自衛隊。圧倒的だ……」

「連中を見ていると、数日前まで命を懸けて戦っていたのが馬鹿らしくなるよ」

本当(ほんと)だね」と益子は相槌(あいづち)を打つ。

須永(すなが)隊長達は?」

 保脇が問うと、益子は肩を(すく)めて、「似たような感じさ」と言った。「もうすぐ片がつくって」

 須永と小田桐(おだぎり)の両名は、大阪エリアから来た陸軍と空軍と共に共同作戦に当たっている。

 保脇は鼻を鳴らす。「それなら『玄関』の心配はしなくて良さそうだね」

 自らの上官が出向いているのは、ここから南西方向にある小松空港(こまつくうこう)跡地だ。

 この大規模軍事作戦を決行するためには、大量の戦闘員の輸送が必須となる。船舶(せんぱく)やヘリだけでは、改めて説明するまでもなくキャパシティが足りない。

 各エリアから民警(みんけい)達を乗せた航空機を迎え入れるためには、空港の存在は必要不可欠だ。

 したがって、小松空港の奪取は連合軍にとって急務であり、現状もっとも戦力が充実している大阪エリア軍に白羽の矢が立ったという訳だ。

「とは言っても」と保脇は怪訝(けげん)な顔をしながら、「良く協力する気になったもんだね。隊長や副隊長にとっては、自分達を裏切った組織だろう? 大阪エリアの軍は」と溢した。

「……思うところが全くない訳じゃないはずだよ」と益子(ますこ)は歯切れ悪く言う。

「僕なら、とてもじゃないが手を貸そうなんて思えない。たとえ下で戦ってる連中が死にそうになっても、喜んで見殺しにしてやれる。――まあ……あの戦力差じゃあ、そもそもそんな機会は訪れそうにないけどね」

 わざとらしく残念がると、手にしていたマグカップに口をつける。

 安っぽい苦さのする液体が、味蕾(みらい)を刺激する。いつも通りの酷い味だ。

「ところで保脇さん」益子は、一段高く作られている屋上の(へり)に腰を下ろすと、保脇を見つめる。正確には保脇の頭部を――だ。「ずいぶん伸びたね、髪」

 保脇の色素の薄いブロンドヘアは、ここに来た当初よりも格段に長くなっていた。肩の位置よりも下まで伸びた髪は、うなじの辺りで一纏(ひとまと)めにされており、およそ戦場に身を投じる男性に相応(ふさ)わしい容貌(ようぼう)ではない。

「そろそろ切ろうか?」と益子は左手の人差し指と中指で、ハサミのジェスチャーを見せてくる。

 しかし保脇は首を横に振り、「……前も言っただろう、願掛けさ」とそっけなく返す。

「良い加減、その『願掛け』の意味とやらを、ボクらにも教えてくれたって良いんじゃないかい?」

「ただの個人的都合だよ。改まって教えるほどのものじゃない」

「残念。ちゃんと整えたら、良い見た目になるのに。ほら、保脇さんって男性の割に髪綺麗だし」

「やめてくれ、気色悪い」

「他意はないよ。ただの職業病さ」

「元美容師(びようし)としての腕を振るいたいんだったら、眞壁(まかべ)のとこにでも行ってくれ。ちょうど彼女の相棒のトリミングの時期じゃないか」

「いやいや、だから犬は専門外なんだって」

「こんなところにいる連中なんて、人間も獣も同じようなものだよ。……僕も含めてね」と保脇は自嘲気味に(うつむ)く。それから、もう会話は終わりだとばかりに立ち上がり、「それじゃあ、あとは頼んだよ」と鉄扉の方へと歩いていく。

 屋内に退避(たいひ)し、階下へ続く階段の踊り場へ出ると、寒さはいくらかマシになった。

 両手に()めていた手袋を脱ぐと、右手の親指部分を強く握り締める。すでに肉も皮も骨も消え失せ、シリコン製の代替物と化したそれを。

「……――づううッ、ゔゔああ……ッッ!」

 傷はとっくの昔に塞がっている。痛覚を感じる指本体は、今ごろ東京エリア外周区のどこかで腐り果てているだろう。

 だが――虚空(こくう)を起点に全身へ広がるそれは、まさしく痛みそのものだった。かつて、放たれた弾丸によって吹き飛ばされた親指は、今もなお保脇に耐え難き苦痛をもたらし続けている。

 指の付け根が鬱血(うっけつ)するほどに力を込め、あの日、自身の体を傷物にした少年の相貌(そうぼう)を思い浮かべる。

 ――「失せろ、そして二度とティナに近づくな。拒否するならば、上官反逆罪により貴官(きかん)をこの場で射殺する」

 銃口と共に突きつけられる(おぞ)ましく冷え込んだ声音。

 保脇の命になど、塵芥(ちりあくた)ほどの価値も見出していない冷徹な表情。

 これまで死に物狂いで積み上げてきたキャリアを、一瞬にして打ち崩す無慈悲極まる宣言。

 その全てが、ここに至るまで、保脇の心臓に粘っこく纏わりついて離れてくれない。

「……里見(さとみ)ッ、蓮太郎(れんたろう)……ッ!!」(よど)んだ怨嗟(えんさ)に満ち満ちた声が、喉の奥から()り上がってくる。「ようやくッ。ようやく僕はここまで来たぞッ……!」

 自分から全てを奪い去っていった、忌々(いまいま)しき黒衣の少年。

 保脇(やすわき)には揺らがぬ確信があった。

 あの少年は必ずここに来る。東京エリアを代表する戦力として、大勢の人間の期待を背負って――。

 だから耐え続けた。

 もう二度と元には戻らぬほどに精神が壊れ、回復の見込みなしと見做(みな)され、あの補佐官――天童(てんどう)菊之丞(きくのじょう)から、『国家元首(聖天子)への反逆罪』という建前(たてまえ)の元、全ての人権を剥奪(はくだつ)されて未踏査領域(みとうさりょういき)へと追放されても。

 死と隣り合わせの日々を、泥に塗れながら足掻(あが)き、そして今日(こんにち)まで生き延びてきた。

「さあ準備はできているぞ里見蓮太郎ッ」保脇の口許に、引き裂くような笑みが浮かぶ。「僕が味わった苦しみを、今度はお前が味わう番だッ」

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