ブラック・ブレット9 Träume 開幕、北陸奪還戦   作:鏡之翡翠

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 二〇三一年一二月一一日。

 ついにこの日がやってきた。

 見渡せば視界の隅々まで幾人(いくにん)もの民警ペアが確認できる。一般旅客機にこれだけの戦闘員が搭乗(とうじょう)する機会など、そうそうないだろう。

 蓮太郎(れんたろう)達は今、雲の上にいた。

 具体的には、各エリアの民警を北陸の拠点へと送り込むために手配されたチャーター機の中に――だ。

 窓際の席に座っている蓮太郎は、頬杖(ほおづえ)を突きながら窓の外を見やる。尾翼(びよく)と、轟音を鳴らすジェットエンジン、そして旅客機を護衛するために随伴(ずいはん)する航空(こうくう)自衛隊のF-15戦闘機が視認できる。二〇ミリ機関砲と空対空ミサイルを備えるベテラン機体は、空棲(くうせい)ガストレアの脅威(きょうい)などものともしないだろう。

 安全な空の旅を確約された乗客達は、(みな)思い思いに過ごしている。プロモーター達のほとんどは席をリクライニングして眠っているが、イニシエーターの少女達は、表情を好奇心に染め上げて沸き立っている。

 無理もないだろう。ガストレア大戦後に産まれた彼女達にとって、県境を(また)ぐ旅など中々経験できるものではない。彼女らの多くが、初めての体験に高揚(こうよう)を隠せないでいるのだ。

 それは当然、蓮太郎の相棒も例外ではなく――。

「見るのだ蓮太郎っ! もうモノリスがあんなに小さくなってるのだ!」横の席に座る延珠(えんじゅ)が、蓮太郎に被さる形で強引に身を乗り出し、目下の景色を見てはしゃぎ立てている。

 彼女が動く(たび)に、長いツインテールが蓮太郎の顔を叩き、小さくとも柔らかい感触が体を()でる。

「…………」こんな密室内で犯罪者のレッテルを張られる訳にはいかない。蓮太郎は必死でポーカーフェイスを維持しながら平静を装う。

 すると――

「……へいボーイ。こいつはどういう事だよ? 聞いてた話と全然違うじゃねえか」背後から(にじ)み出す恨みがましい呼びかけが、蓮太郎の首筋を鷲掴(わしづか)みしてきた。「オレっちは『天童民間警備会社』が参戦するからって事で、仕方なくアジュバントに合流してやったんだぞ」

「だからそれで間違ってねえだろ」と蓮太郎は気怠げに返す。「俺と延珠、ティナ、それから藤沢(どうざわ)さんと里緒(りお)。外部の協力者もいるけど、それ以外は全員ウチの戦闘員だ。何が問題なんだよ――片桐(かたぎり)(あに)

「ファッキン! 問題だらけだッ、くそッたれが!」

「兄貴うるさい。周りの迷惑も考えて」

「ちッ、全くとんだ貧乏クジだぜ……!」

 蓮太郎の真後ろには、今回の作戦に参加するにあたり、協力を(あお)いだ社外の民警ペアが鎮座(ちんざ)していた。

 黒のカーゴパンツにフィールドジャケット、顔には飴色(あめいろ)のサングラスを掛けた、くすんだ金髪のアラサー男性。そして(かたわ)らには、男と同じ金髪の少女。共通の趣味でファッションを選んでいるかのような、黒エナメルの服にチョーカーとブーツというパンクな出立ち――。

 片桐民間警備会社の片桐玉樹(たまき)と、妹の弓月(ゆづき)だった。

 妹に注意された直後だからか、玉樹は不本意そうに声を(おさ)えながら、「何で(あね)さんがいねえんだよ? かと思えば、そっちの寝ぼすけガールは参加してるしよ」とティナの方を指差す。

 延珠の隣に腰掛けるティナは、(ふくろう)の因子由来の夜型特性のためか、絶賛尋常(じんじょう)でない眠気に襲われている最中だ。というより、すでに屈してしまっている。ブランケットを掛けて、自前のアイマスクをしたまま寝息を立てている。

 蓮太郎は密着する延珠を引き剥がしつつ、「仕方ねえだろ」と言い捨てる。「第三次関東会戦の時とは違うんだ。いくら北陸の作戦拠点の医療設備が充実していようと、()()()()が来る事までは想定されてねえだろ」

「……っ、そりゃまあ、そうだが……」

「アンタんのとこの社長って、確か透析(とうせき)が必要なんだっけ?」

 弓月の(げん)に、蓮太郎は慇懃(いんぎん)に頷く。

 木更(きさら)は持病の糖尿病のせいで腎臓(じんぞう)の働きが弱く、定期的な血液透析が必要だ。東京エリア内にいれば、かかりつけの医療機関で適切な処置を施せるが、そこから一歩外に出ればそうはいかない。

 今しがた蓮太郎が言及した通り、金沢駅跡に整備された作戦拠点には、各エリアから最先端の医療設備が集められているだろうが、それはあくまで『ガストレアとの戦い』を想定したものとなっているはずだ。要するに、戦闘によって負った外傷治療のためのものでしかない。

 戦場の最前線に立つのは、健康体の人間。この前提が崩される事は、まずないだろう。

 体の不調を押して戦いに出ている者も皆無(かいむ)ではないだろうが、当然それは自己責任。本人達も承知(しょうち)の上で、個人で用意した薬などを持ち込んで戦いに(のぞ)んでいるはずだ。

「木更さんは万が一の時に足を引っ張りたくないんだってよ。だから今回は不参加だ。……つーか、そもそもの話として、関東会戦の時に戦ってたのがおかしかったんだよ。木更さんの立ち位置は本来、非戦闘員のはずなんだ」

 蓮太郎を毛嫌いする玉樹とて、さすがに納得せざるを得なかったらしい。腕を組んで(うな)りながらも、これ以上この話題について言及する事はしなかった。

 その代わりに、「他の連中はどうなんだよ?」と問うてきた。

「どうってのは?」

 蓮太郎が問い返すと、玉樹は少しだけ罰が悪そうに首を捻る。

「実力の事だっての。そっちの新入り二人については一回顔は見てるが、実際に戦ってるとこは見た事がねえ。あっちのペアに至っては、プロモーターもただのJKだろうが」

 そういえば、と蓮太郎は数ヶ月前の出来事を思い出す。

 天秤宮(リブラ)騒動の折、蓮太郎達が勾田(まがた)大学にある(すみれ)の研究室兼霊安室に集まっていた時の事だ。

 行動を共にしていた聖天子(せいてんし)を連れ戻しにきた聖居(せいきょ)の人間と一触即発の状況になった際に、蓮太郎達の救援に来たのが片桐兄妹だった。会話こそ交わさなかったものの、確かにそこでリカルドと里緒は片桐兄妹と顔合わせしている。

「飛行機に乗り込む前にも言ったけど、藤沢さん達の事は信用してくれて良い」と蓮太郎は念を押すように言う。「あの騒動の時に一緒に戦った俺が言うんだ。それ以上の説明が必要か?」

 現在のリカルドと里緒のペアのIP序列は、四一〇〇位というミドルクラスよりも少し上程度だが、それはペアの結成直後だからに他ならない。蓮太郎の見立てでは、正当な評価を下されれば一〇〇〇番代は硬いと思っている。

「……そんじゃあJKの方は?」

「それは……」蓮太郎は言い淀む。所在なさげに、通路を挟んだ反対側の席にいる香帆(かほ)千都世(ちとせ)に目線を送る。こちらの気配に気づいた香帆が呑気(のんき)に手を振ってきて、思わず頭を抱えそうになった。

 ちなみにリカルドと里緒は、席数(せきすう)の都合でそれぞれ別の場所に座っている。リカルドは弓月の横、里緒は香帆達と一緒だ。

 元傭兵の男は、自身の立ち位置をわきまえているからか、玉樹が何を言っても口を挟む様子はない。

「……正直、未知数だ」と包み隠さず答える。「序列通りの実力なら、はっきり言って戦力としては頼りない」

「序列に見合わねえ力を持ってる可能性は?」

「ないだろうな」と首を横に振って否定する。「立ち振る舞い一つとっても、『やれる側』だとはとてもじゃないが思えない。玉樹(たまき)、たぶんアンタも同じ考えだろ?」

 同意を求めると、玉樹は神妙な面持ちで首肯(しゅこう)する。

 協力を要請するに当たって、玉樹達には、あらかじめ香帆からの依頼の詳細は伝えてある。だから彼女達が単なる戦闘員ではなく、依頼主兼護衛対象である事も知っている。

 それを踏まえた上で、玉樹にはどこかしら納得できないところがあるらしい。

 声をひそめながら、玉樹は告げる。「分かってんのかボーイ。物見遊山(ものみゆさん)で行く訳じゃねえんだぞ。関東会戦の時ほどの地獄が広がってるなんて言うつもりはねえが、戦場で足手纏い抱えて戦えるほどの余裕があると本気で思ってんのか?」

「…………分かってる。もしもの時は、俺が責任を取る」

「そういう事を言ってるんじゃねえよ」サングラスの奥から煌めく眼光が、真っ直ぐとこちらを射抜く。

 たじろぐ蓮太郎に対し、玉樹は躊躇(ためら)わずに言い放つ。

「相応のリスクを負ってでも、あのJKの願いを叶えてやる意味があるのかって訊いてんだ」

「それは……」

「東京エリア()いては、今の日本にドス黒い暗部がある事は、今さら説明されるまでもなく知ってる事だろうが。テメエだって過去に巻き込まれてんだろ」

 玉樹が言っているのは、蓮太郎が五翔会(ごしょうかい)()められた時の『ブラックスワン・プロジェクト』隠蔽事件の事だろう。あの時、蓮太郎は追手(おって)として差し向けられた片桐兄妹とも交戦している。

「気に食わねえが、オレっち達にはどうしようもできねえところで、悪意って奴は渦巻(うずま)いてる。どんだけ警戒してようが、巻き込まれる時は巻き込まれちまう。その度に何の関係もない連中に助けを求めてたら――どうなっちまうかくらい想像できねえ訳じゃねえだろ?」

「…………」

 玉樹が何を言わんとしているかは分かる。

 冤罪(えんざい)を被せられ、逃亡していく中で、蓮太郎は幾人もの無関係な人間を巻き込んだ。

 抗バラニウムガストレアの証拠を得るために、第六区にある解剖医のマンションに乗り込んだ際は、ハミングバードとの戦闘で住民が犠牲になった。

 司馬(しば)重工本社ビルでソードテールと交戦した時は、スタッフに多数の死傷者が出た。

 一般人や従業員を惨殺したのは、五翔会の刺客達だ。

 だが、無実を証明するために行動した事がきっかけで、蓮太郎は間接的に大勢の人間を死なせたとも言える。その根本の原因が五翔会にあると言っても、心情的には簡単に割り切れるものではない。

 志咲(しさき)香帆の願いを聞き入れるために動く事によって、今度は蓮太郎(れんたろう)や、その周りの者達が被害を(こうむ)るかもしれない――。玉樹が言っているのは、要するにそういう事だ。

 本来なら負わなくて良いはずの責任や負い目。

 それを背負うだけの覚悟と意味が、果たして本当にあるのかと問われているのだ。

「蓮太郎……」

「……里見」

 延珠とリカルドの視線が、こちらへと注がれる。

 弓月(ゆづき)が、「ちょっと兄貴、さすがに言い過ぎじゃないの」と兄へと食ってかかるが、玉樹(たまき)は意に介さず、「どうなんだよ」とさらに詰め寄ってくる。

 玉樹の言い分はもっともだ。おそらく彼はかつてと同じように、自らの背中を――命を、蓮太郎に預けるに足るかを見極めようとしているのだろう。

 であれば、中途半端な返答はすべきではない。

 だから、蓮太郎は短く告げた。「――志咲や、彼女の親戚に罪はないだろ」と。

 (いわ)れのない罪をなすりつけられ、大切な人達と引き剥がされる苦しみは、自分自身が一番良く分かっている。

 (おぼろ)げな光さえも見えないトンネルを()い進み続ける煩悶(はんもん)は、筆舌(ひつぜつ)に尽くし難い。

 もう二度と味わってたまるかと誓った。

 それと同時に、絶対にこの艱難辛苦(かんなんしんく)を他人に経験させたくはないとも思った。

「志咲のお兄さんは――安斎(あんざい)(まこと)は、かつての俺だ」蓮太郎は断言するように言う。「自ら抗う力もなく、助けてくれる仲間もいないまま、六年間も死地で身も心も(けず)り続けてきた。……そんな理不尽、あって良いはずがないだろ。俺は罪なき人々を、身勝手な都合のために消費しようとする五翔会を許さない。だから必ず安斎さんを助け出す。もちろん先遣隊の尽力も絶対に無駄にはしない。北陸エリアは必ず取り戻す。それが俺の覚悟だ」

「何の代償も払わずに、全部手に入れるつもりだってのか?」

 玉樹が低い声で(たず)ねるが、蓮太郎は臆した様子もなく頷いて見せた。「俺は、それができるメンバーを集めたつもりだ」

「……………………」玉樹はしばし口を(つぐ)んだあと、観念したように頭の後ろを掻く。「……オーケイ。お前の言い分は良く分かった」

 ぼすんっ、と背もたれに乱暴にもたれかかると、自分の顔を手で覆いながら、「気に食わねえが、気に入った」と溢した。「(あね)さんがいない事は多目に見てやる。せいぜいオレっちを失望させんなよ?」

「……助かる」

 玉樹はそれ以上何か言う事もなく、わざとらしくイビキを掻き始めた。話しかけるなという意思表示だろう。

 弓月を見やるが、彼女は苦笑しながら肩を(すく)めるだけだった。

 蓮太郎は自席に座り直すと、小さく笑いながら延珠の頭をぽんぽんと叩いた。

 空の旅は、もうしばし続く。

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