ブラック・ブレット9 Träume 開幕、北陸奪還戦 作:鏡之翡翠
二〇三一年一二月一一日。
ついにこの日がやってきた。
見渡せば視界の隅々まで
具体的には、各エリアの民警を北陸の拠点へと送り込むために手配されたチャーター機の中に――だ。
窓際の席に座っている蓮太郎は、
安全な空の旅を確約された乗客達は、
無理もないだろう。ガストレア大戦後に産まれた彼女達にとって、県境を
それは当然、蓮太郎の相棒も例外ではなく――。
「見るのだ蓮太郎っ! もうモノリスがあんなに小さくなってるのだ!」横の席に座る
彼女が動く
「…………」こんな密室内で犯罪者のレッテルを張られる訳にはいかない。蓮太郎は必死でポーカーフェイスを維持しながら平静を装う。
すると――
「……へいボーイ。こいつはどういう事だよ? 聞いてた話と全然違うじゃねえか」背後から
「だからそれで間違ってねえだろ」と蓮太郎は気怠げに返す。「俺と延珠、ティナ、それから
「ファッキン! 問題だらけだッ、くそッたれが!」
「兄貴うるさい。周りの迷惑も考えて」
「ちッ、全くとんだ貧乏クジだぜ……!」
蓮太郎の真後ろには、今回の作戦に参加するにあたり、協力を
黒のカーゴパンツにフィールドジャケット、顔には
片桐民間警備会社の片桐
妹に注意された直後だからか、玉樹は不本意そうに声を
延珠の隣に腰掛けるティナは、
蓮太郎は密着する延珠を引き剥がしつつ、「仕方ねえだろ」と言い捨てる。「第三次関東会戦の時とは違うんだ。いくら北陸の作戦拠点の医療設備が充実していようと、
「……っ、そりゃまあ、そうだが……」
「アンタんのとこの社長って、確か
弓月の
今しがた蓮太郎が言及した通り、金沢駅跡に整備された作戦拠点には、各エリアから最先端の医療設備が集められているだろうが、それはあくまで『ガストレアとの戦い』を想定したものとなっているはずだ。要するに、戦闘によって負った外傷治療のためのものでしかない。
戦場の最前線に立つのは、健康体の人間。この前提が崩される事は、まずないだろう。
体の不調を押して戦いに出ている者も
「木更さんは万が一の時に足を引っ張りたくないんだってよ。だから今回は不参加だ。……つーか、そもそもの話として、関東会戦の時に戦ってたのがおかしかったんだよ。木更さんの立ち位置は本来、非戦闘員のはずなんだ」
蓮太郎を毛嫌いする玉樹とて、さすがに納得せざるを得なかったらしい。腕を組んで
その代わりに、「他の連中はどうなんだよ?」と問うてきた。
「どうってのは?」
蓮太郎が問い返すと、玉樹は少しだけ罰が悪そうに首を捻る。
「実力の事だっての。そっちの新入り二人については一回顔は見てるが、実際に戦ってるとこは見た事がねえ。あっちのペアに至っては、プロモーターもただのJKだろうが」
そういえば、と蓮太郎は数ヶ月前の出来事を思い出す。
行動を共にしていた
「飛行機に乗り込む前にも言ったけど、藤沢さん達の事は信用してくれて良い」と蓮太郎は念を押すように言う。「あの騒動の時に一緒に戦った俺が言うんだ。それ以上の説明が必要か?」
現在のリカルドと里緒のペアのIP序列は、四一〇〇位というミドルクラスよりも少し上程度だが、それはペアの結成直後だからに他ならない。蓮太郎の見立てでは、正当な評価を下されれば一〇〇〇番代は硬いと思っている。
「……そんじゃあJKの方は?」
「それは……」蓮太郎は言い淀む。所在なさげに、通路を挟んだ反対側の席にいる
ちなみにリカルドと里緒は、
元傭兵の男は、自身の立ち位置をわきまえているからか、玉樹が何を言っても口を挟む様子はない。
「……正直、未知数だ」と包み隠さず答える。「序列通りの実力なら、はっきり言って戦力としては頼りない」
「序列に見合わねえ力を持ってる可能性は?」
「ないだろうな」と首を横に振って否定する。「立ち振る舞い一つとっても、『やれる側』だとはとてもじゃないが思えない。
同意を求めると、玉樹は神妙な面持ちで
協力を要請するに当たって、玉樹達には、あらかじめ香帆からの依頼の詳細は伝えてある。だから彼女達が単なる戦闘員ではなく、依頼主兼護衛対象である事も知っている。
それを踏まえた上で、玉樹にはどこかしら納得できないところがあるらしい。
声をひそめながら、玉樹は告げる。「分かってんのかボーイ。
「…………分かってる。もしもの時は、俺が責任を取る」
「そういう事を言ってるんじゃねえよ」サングラスの奥から煌めく眼光が、真っ直ぐとこちらを射抜く。
たじろぐ蓮太郎に対し、玉樹は
「相応のリスクを負ってでも、あのJKの願いを叶えてやる意味があるのかって訊いてんだ」
「それは……」
「東京エリア
玉樹が言っているのは、蓮太郎が
「気に食わねえが、オレっち達にはどうしようもできねえところで、悪意って奴は
「…………」
玉樹が何を言わんとしているかは分かる。
抗バラニウムガストレアの証拠を得るために、第六区にある解剖医のマンションに乗り込んだ際は、ハミングバードとの戦闘で住民が犠牲になった。
一般人や従業員を惨殺したのは、五翔会の刺客達だ。
だが、無実を証明するために行動した事がきっかけで、蓮太郎は間接的に大勢の人間を死なせたとも言える。その根本の原因が五翔会にあると言っても、心情的には簡単に割り切れるものではない。
本来なら負わなくて良いはずの責任や負い目。
それを背負うだけの覚悟と意味が、果たして本当にあるのかと問われているのだ。
「蓮太郎……」
「……里見」
延珠とリカルドの視線が、こちらへと注がれる。
玉樹の言い分はもっともだ。おそらく彼はかつてと同じように、自らの背中を――命を、蓮太郎に預けるに足るかを見極めようとしているのだろう。
であれば、中途半端な返答はすべきではない。
だから、蓮太郎は短く告げた。「――志咲や、彼女の親戚に罪はないだろ」と。
もう二度と味わってたまるかと誓った。
それと同時に、絶対にこの
「志咲のお兄さんは――
「何の代償も払わずに、全部手に入れるつもりだってのか?」
玉樹が低い声で
「……………………」玉樹はしばし口を
ぼすんっ、と背もたれに乱暴にもたれかかると、自分の顔を手で覆いながら、「気に食わねえが、気に入った」と溢した。「
「……助かる」
玉樹はそれ以上何か言う事もなく、わざとらしくイビキを掻き始めた。話しかけるなという意思表示だろう。
弓月を見やるが、彼女は苦笑しながら肩を
蓮太郎は自席に座り直すと、小さく笑いながら延珠の頭をぽんぽんと叩いた。
空の旅は、もうしばし続く。