ブラック・ブレット9 Träume 開幕、北陸奪還戦   作:鏡之翡翠

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「やっと来たみたいやな」と大阪エリア陸軍少佐の屋島(やじま)(つかさ)は、上空を見上げながら言った。灰色の空の彼方(かなた)に、黒点(こくてん)のようなシルエットが視認できる。増援を乗せた旅客機だ。

 屋島はすぐさま無線で管制塔(かんせいとう)に連絡を取る。「あれはどこの民警や?」

『北海道エリアからの増援ですね』と返答があった。『続けて大阪エリア、そして東京エリアの民警が到着予定です』

「人数は?」

『合わせて九〇〇人ほどかと』

 屋島は空港の敷地内に目をやる。

 待機中の輸送車両は、大阪エリアから持ち込んだ七三式大型トラックが二〇台ほどと、各エリアのものが約一〇台ずつ。一台に二〇人前後運搬できると考えると、一度に輸送できる人員は一三〇〇人を優に超える。

十分(じゅうぶん)やな」

 とはいえ、ここから続々と増援はやって来る。小松(こまつ)空港から金沢(かなざわ)駅までは片道三〇キロ程度。往復でだいたい二時間は見込んでおいた方が良い。

 お出迎えは、丸一日かかると思っておいた方が賢明(けんめい)だろう。

「まずは第一陣をまるっと送迎(そうげい)するで。各エリアの担当者にも連絡取っとき」

 屋島はテキパキと指示を飛ばすと、強張った肩と首をゴキゴキと鳴らして(ほぐ)す。

「はあ……全く、スケジュールがカツカツ過ぎるで。もうちょい余裕持って動きいや」

「そっちにとっては昨日今日の話かもしれないが、作戦本部にとっては八年越しの悲願なんだ。前のめりにもなるだろうさ」

 屋島の後ろから声が掛かる。

 振り返ると、野戦服姿の男がこちらに歩み寄ってくるところだった。四〇代半ばほどの、屋島(やじま)と同年代ほどの兵士だった。

「お前らはそれで()えんか? 汗水血液流して戦ってたんは、作戦本部の腰抜け共やなくて、先遣隊の方やろ? ちょっとくらいは休みたいと思わへんのか? なあ、小田桐(おだぎり)――」

「残念ながら、俺達の想いも本部と一緒さ。一刻も早く結末を見届けたい」先遣隊の副隊長である小田桐は、人を食ったような笑みと共に肩を(すく)めた。「そして一日でも早くこの戦場から逃れたい。北陸奪還は、先遣隊(俺達)の悲願でもあるのだからな」

「そーかい。ずいぶんとワーカーホリックになってしまったもんやなあ」

「お前こそ。俺達がいなくなってから、相当昇進したみたいじゃないか」

「はんッ」屋島は不快そうに鼻を鳴らしてみせる。「俺が本気で出世したかったと思ってるんか? いなくなったお前らの代わりに無理矢理働かされたせいや。俺は無難に過ごしたかっただけやねん」

「……悪かったな」

「本気で申し訳なく思っとるんやったら、(ぼう)青いタヌキにでもお願いして、時間巻き戻してくれや」

 屋島が吐き捨てると、小田桐は苦笑しつつ、「無茶を言うな」とかぶりを振る。

 屋島もそれ以上追求する事はせず、「……もう、お前と須永(すなが)しか残ってないんやな」と寂寥(せきりょう)を含ませた声色で呟いた。「本当、馬鹿な事したもんや……。いったい何が不満やった? 確かに斉武(さいたけ)はくそッたれの地獄に落ちるべきクソ野郎や。……けど、あの時、本当に全てを投げ捨ててでも立ち向かわなきゃならなかったんか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「…………どうだろうな。今となっては、俺も何が正しかったのか決めあぐねているよ」

「須永はそれについて何か言っとったか?」

「……いいや」小田桐は消え入りそうな声で返答する。「ただ……一つ言える事は、須永の中には、今も折れない太い(しん)が通ったままという事だ」

「要するに今も変わらず馬鹿のままって事やな」

 屋島はスリングで肩に掛けた六四式小銃を背負い直すと、遠くを見るように目を細める。

 先ほどまで豆粒ほどの大きさしかなかった旅客機の輪郭が、はっきりと視認できるようになっていた。

 地上にいるにも関わらず、上空から鳴り渡るエンジンの爆音が、大気を震わせて鼓膜(こまく)へ届く。

 一層強い風が吹き(すさ)び、吹雪(ふぶき)が勢いを増していく。早く仕事を終わらせて、屋内に避難したくてしょうがなかった。

「……小田桐(おだぎり)

「何だ?」

 怪訝(けげん)そうにこちらを見やるかつての同僚に対し、屋島は言葉を選びながら言う。「……頼りにさせてもらっても()えんやな?」

「もちろんだ」と小田桐は迷いなく答えた。「必ず領土を取り戻し、共に故郷(こきょう)へ帰ろう」

「ああ……そうやな」屋島は表情を隠すように、小田桐から目を背けた。

 ――何が「帰ろう」や……。

 ――本気でそう思ってる奴が……そんな目するかいな……。

 屋島は気づいていた。

 小田桐の双眸(そうぼう)には、もはや未来に対する展望など微塵(みじん)も宿っていない事に――。

 

 

 

 大阪エリア軍がガストレアを制圧し、機能を復旧させた小松空港ではあるが、さすがに崩壊した建物までは短期間で直せない。旅客機から建物内への連絡通路は、未だ崩落したままである。

 したがって、到着した民警達は、機体に繋げられた階段から直接滑走路へと降ろされる事となった。

 白黒の世界は大勢の人間でごった返し、降り積もっていく雪に体を冷やされながら、迷彩服の兵士達に誘導されて輸送車へ振り分けられていく。

「ねえ、おじちゃん。何で皆こんなに騒いでるの? 雪なんて別段(べつだん)珍しいものでもないのに……」冷めた様子で問いかけてくる(めい)は、周囲の状況が本気で理解できていないようだった。

 耳を澄ますまでもなく、辺り一帯からは子供達の甲高い声が聞こえてくる。絶え間ない降雪(こうせつ)に浮き足立つイニシエーター達を、彼女はどこか興醒(きょうざめ)めした様子で(なが)めていた。

 そんな少女を見て、溝渕(みぞふち)斉賀(さいが)は、辟易(へきえき)したように息を吐く。

 ガストレア大戦以前から何十年も日本で暮らしていた身からすれば、彼女の疑問は的外れも良いところなのだが、その年齢を(かんが)みれば無理もない話だろう。

 彼女――斉賀の姪である宝多(たからだ)郁未(いくみ)は、産まれてこの方、外の世界を見た事がない。故郷である北海道エリアを飛び出してきたのは、今回が初めてだった。

 斉賀は、喧騒(けんそう)の中で一際騒がしい一角を見やる。

 自分達と同タイミングで到着した東京エリアの民警の一団だった。大きな髪留(かみど)めが特徴的なツインテールの少女が、(うさぎ)よろしくピョンピョンと飛び跳ねている。彼女のプロモーターと思しき黒づくめの少年が、困ったように相棒を嗜めながら、「こら延珠(えんじゅ)ッ、風邪引くだろうが」と琥珀(こはく)色のコートを着せようと躍起(やっき)になっていた。

(わし)らとっちゃあ当たり前の光景でも、あの子らにとってはそうじゃない」と斉賀(さいが)は言った。「特に東京や大阪なんて、滅多に雪なんて降らん。郁未(いくみ)が初めて北海道エリアから出てきたのと同じだ。きっと、あの子達の目に写っている景色は何もかもが初めてなんだろう」

「私にとっては見慣れた景色」

「今はな」

 郁未(いくみ)のつまらなさそうな反論に、斉賀は短く答える。

「未知の体験なんて、そこら中に転がっとる。腐らずに世界を広く見る癖をつけろ」

「……別に、私はガストレアを殺せるなら、それで良い」そう言って、()れ草色のマウンテンパーカーのファスナーを首許(くびもと)まで上げる。身の(たけ)ほどもある弓袋(ゆみぶくろ)を背負い直し、もう片方の手で荷物の入ったボストンバッグを担いだ。後ろの方で結わえた灰色の髪を揺らしながら、我先にと自衛隊の輸送車両めがけて歩いていく。

 斉賀も、自身のガンケースと荷物を持ち直すと、「待たんか」と姪を追いかける。

 郁未(いくみ)に並ぶと、斉賀は努めて(おごそ)かな口調で切り出す。「……何度も言うが、分かっとるな、郁未。(わし)らは今回、他の民警とアジュバントを組んで自衛隊の指揮下に入る。いつものように突っ走っていれば処罰(しょばつ)の対象になるぞ」

「大丈夫だよ。自分の役割くらい、ちゃんと理解してる」

「……チームを組む子達とも上手くやれるな?」

「当たり前。……もう、子供扱いしないでよ」

 不満そうに目を細める郁未だが、斉賀は真剣そのものといった顔で、「心配そのものだから言っとるんだ」と言った。「お前に何かあったら、儂は妹に顔向けできん」

「自分の面倒くらいは自分で見れるもん」なおも食い下がる郁未。

「そういう台詞は、朝自分で起きて学校に行けるようになってから言ってほしいもんだ」

「……っ!」と郁未の(ほお)が上気した。触れてほしくないところを突かれたかのごとく、顔が羞恥(しゅうち)に染まる。「ふんっ、もう知らないっ」とそっぽを向く。「おじちゃんなんか大嫌い」

「ははっ、そんな事言って良いのか?」してやったとばかりに斉賀(さいが)の口許が吊り上がる。「悪い子には、今朝()ったばかりの鹿肉はやらんぞ」 

 間髪容れず、郁未(いくみ)の首がぐるりとこちらを向いた。「……ずるい」と口を()()()に引き結び、斉賀をむっつりと(にら)み上げてくる。

 思わず吹き出しそうになりながら、「分かった分かった」と肩を揺する。「昼飯はこれでシチューを作ってやる。だから、ちゃんと儂の言う事を聞けるな?」

 目を輝かせて、ヘッドバンキングよろしく、ぶんぶんと首を振る姪を諌めていると、前方から声が掛かった。大阪エリアの軍人か、他エリアの自衛隊員かは分からないが、声を張り上げて輸送車に搭乗(とうじょう)するよう促している。

 ようやく斉賀達の順番が来たらしい。

 指示に従いながら、郁未を伴って輸送車に乗り込む。車はすぐに走り出した。

 

 

 

「やあ、屋島(やじま)さん。お疲れ」

 ()れ馴れしく手を振りながら近づいてくる大学生のような青年を前に、屋島はあからさまな舌打ちを返す。

 腑抜(ふぬ)けた顔立ちと、それを際立たせる染めた茶髪。およそ戦いに出るための装いとは思えない、ファッション性重視のダッフルコートにワイドシルエットの泥染めジーンズ。

 さすがに(くつ)は、天候に合わせたスノーブーツを()いていたが、傍目(はため)から見れば、完全に観光に来ただけの世間知らずの青年だった。

 垂水(たるみ)瑛都(えいと)

 仮に初対面で、彼が民警の中でも上澄みに位置する三桁台の上位ランカーだと言われても、信じられる人間はそういないだろう。荒くれ者共揃いのプロモーターの中で、軟弱(なんじゃく)とも言える青年の風貌(ふうぼう)は、余りにも浮いていた。

 とはいえ、第三者が感じるだろう彼への印象は、あながち間違いでもない。

 瑛都自身に鬼神のごとき実力がある訳ではない事は、決して短くない付き合いから、すでに把握している。

 この青年が国際イニシエーター監督機構(IISO)から九〇八番という(くらい)を授かるに至った理由は、まさに彼の隣に存在していた。

「その態度は何よッ! アタシ達を呼びつけたのはアンタでしょ! 誠意ってもんはない訳ッ!?」

 長身の瑛都(えいと)とは対照的に、明らかに同年代と比較しても低身長と思われる少女が甲高く(わめ)き立てる。鋭い目つきの中に(たた)えられた瞳が、敵意()き出しで屋島を睨んでくるが、どうにも迫力や威厳(いげん)に欠ける。感覚としては、産まれたばかりの小動物にじゃれつかれていると形容するのが正しいかもしれない。

 瑛都とお揃いのダッフルコートの(すそ)から伸びる華奢(きゃしゃ)な両脚は、厚手のタイツとボア素材のブーツで覆われており、赤毛のセミロングはツインテールに纏められ、より彼女の子供っぽさを印象づけているようだった。

「せっかくクリスマスの予定も立ててたのに! アンタのせいで瑛都とのデートがおじゃんになったら、どう責任取ってくれるのよッ!?」

 騒ぐイニシエーター――世良(せら)陽毬(ひまり)露骨(ろこつ)にシカトすると、屋島は瑛都へ視線を合わせる。「物資の搬入は済ませてる。拠点に着いたら、N9−13区画に向かい」

「助かるよ、屋島さん」

「軍お抱えのお前らやからこその待遇やぞ」と屋島は念を押すように言う。「与えた分はきっちり働いてもらうで」

「はは。僕が屋島さんの期待を裏切った事――今までに一度だってありましたか?」

 瑛都が不敵な笑みを滲ませると、屋島はわざとらしく舌を打つ。

 この一年弱ほどの付き合いを通して、数え切れぬほどの借りを作ってきてしまった身として、屋島は反論できる言葉を持ち合わせていなかった。

「ちょっとお! アタシを無視して話を進めないでよ!」憤慨(ふんがい)した陽毬(ひまり)が、掴み掛かってきそうな勢いで(まく)し立てる。

 屋島は呆れ返りながら、「おい性犯罪者。良い加減、そこの幼女黙らせてくれんか」と赤毛の少女を指差す。「うるさくて敵わんわ」

「うーん……。怒ってる陽毬も、これはこれで良いんだけどなあ……」と瑛都(えいと)は困ったように笑う。

「契約解消と豚箱行き、どっちが良え?」

 屋島が詰めると、優男はやれやれといった様子で頭を掻き、相棒の前でしゃがみ込むと、自然に目線を合わせる。

 そのまま流れるように異性狙い撃ちの柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべると、少女の紅潮(こうちょう)した(ほお)を優しく撫で上げる。

 びくっ、と少女の瞳孔(どうこう)が開かれ、飛び上がりそうになる。構わずに、吐息が掛かりそうなほどに顔を近づけ、真っ赤になった耳許へと(ささや)く。「陽毬(ひまり)、あとで二人きりの時間を取ろう。僕が果たして誰の所有物なのか――たっぷりと教えてはくれないかい?」

「はっ、はひっ」と口をパクパクとさせる陽毬。

 そんな彼女に対して、瑛都(えいと)は追撃を仕掛けるかのごとく、優しく息を吹きかける。

 全身に電流を注ぎ込まれたかのように、陽毬の四肢がより一層痙攣(けいれん)し、辛抱たまらずといった様子でバターン! と仰向けに倒れ込んだ。幸福の絶頂にいるかのような表情と共に、ぐるぐると目を回したまま、半分気を失っている。

 瑛都は変わらぬ顔のまま屋島の方を振り返り、「これで良いかな?」と問いかけてくる。

 思わず屋島は頭を抱えた。

 この男を裁けない日本の法律に辟易(へきえき)とする。

 それと時を同じくして、屋島の部下が運転する小型装甲車が到着する。降車してきた若い兵士は、眼前の状況を見て困惑したが、屋島が上官命令で無理矢理退かせた。

「目障りや。早よ行け」シッシッと不快(ふかい)げに手を振って、瑛都らに乗車を(うなが)す。

「ありがと」と青年は意に介した様子もなく、相棒をお姫様抱っこの要領で持ち上げると、矮躯(わいく)を後部座席に横たわらせる。「この車は借りといたままで良いの?」

「アホ。あとで回収しに行くに決まってるやろ」

「そうなの? 残念」

 瑛都が運転席に乗り込み、()さったままのエンジンキーを回す。先ほどまで駆動していたためか、装甲車はすぐに小気味良い始動音を鳴らした。

「ま、期待しといてよ」と瑛都の口許に自信に満ちた笑みが浮かぶ。「屋島さんの昇進にも繋げてあげるからさ」

「求めてないって言ってるやろうが」

 屋島の反論が聞こえているのかいないのか、瑛都はヒラヒラと手を振りながら、小型装甲車を発進させる。

 他の民警達を乗せた七三式大型トラックの一団に紛れると、すぐに車の姿は見えなくなった。

 一人残された屋島は、肺に溜まった疲れた空気を一気に吐き出す。周囲の気温のせいで、湯けむりのごとき真っ白な溜息が溢れた。

 かつての同僚達の顔を思い浮かべ、消え入りそうな声で呟く。

「…………俺も苦労してるんやで。ほんまに……」

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