続々と到着していく輸送車両を気の抜けた顔で見つめながら、足許に控えている犬の背中を撫でる。
金沢市を横断するように流れる犀川の向こう岸からは、絶え間なく車両が押し寄せてくる。荒廃した旧市街地にぽっかりと空いた空白地帯――そこに整備された間に合わせの駐車場へトラックが接車されると、幌が開いて、ぞろぞろと増援の民警達が降りてくる。
画一的な格好の自衛隊とは違い、やはり民警達の格好はバラエティに富んでいる。
M65風のモッズコートに身を包んだ大柄な男性の隣には、ゴシックなケープコートを羽織った黒髪の少女が佇む。
彼らの周囲にいるのはアジュバントを組む予定の仲間だろうか。傍らには黒スーツのような学生服姿の少年と、兎を思わせる雰囲気のツインテールの少女。そして金髪にパンクファッションが特徴的な男性と少女。どう見てもただの女子高校生にしか見えないプロモーターもいるし、なぜかプロモーターを伴わずに行動している緑ドレスにレザージャケットの少女もいる。
違う場所を見やれば、猟師のごとき服装の壮年男性や、アウトドアに出向いてきたようなマウンテンパーカー姿のイニシエーターが闊歩する。
少し離れたところには、ブラウンのパイロットジャケットを着た白人男性が確認できた。
今回の作戦は日本の軍事組織のみで敢行されるため、海外諸国からの応援はないはず。おそらくは帰化人だろう。
とはいえ、日本人ばかりの集団のさなかに、彫りの深い顔立ちが紛れているのは、いささか目立つ。当然とばかりに彼の周りは、奇異の視線で埋め尽くされていた。
男に付き従っているのは、シャギーブルゾンとフレアジーンズというカジュアルな格好をした少女だ。こちらの方は日本人らしく、年相応の幼い顔立ちが特徴的。飴色のロングヘアをポニーテールに結わえ、風に靡かせながら歩く姿は、整った目鼻立ちと合わせてどこか人形のような印象を与えてくる。
「綺麗な子だあ……」無意識に所感が口を突いて出る。眞壁恵は、思わず自身の髪に手を触れていた。
焼け焦げた植物のような彩度の低い髪。物資不足に伴う、最低限の手入れしか成されていなかったため、恵の髪質は同年代の彼女らと比較しても酷く見窄らしい。ガサガサに乾き切って、潤いのなくなった頭髪は、さながら獣の体毛のようだった。
外から来た彼らを見ていると、いかに自分が汚穢のごとき存在なのかを突きつけられる。
とっくの昔に手放したはずの羞恥心が、閉ざされた心の蓋をこじ開けて這い出てくる感覚だった。
「羨ましいか?」と一緒にいた安斎慎が問いかけてくる。彼は瓦礫でできた背もたれに体を預けながら、味気のない保存食にかぶりついているところだった。到着した民警達の事など眼中にもない様子だ。実際、安斎は彼らを一瞥すらしていない。
「……ちょっとは」それは確かに本心ではあった。しかし、こうも思う。「でも――私にとっては、感じる幸福の多寡は環境には左右されないんじゃないかとも思います」
「どういう事だ?」
「私の求めるものは、私の元故郷にはないって事ですよ」
確かに、モノリスの内側にいる彼女らは、自らを対ガストレアにおける戦力として差し出す事で、様々な恩恵を受けられる。
衣食住を始め、滞らない侵食抑制剤の供給、そして生命の保証――。
自らの主人となるプロモーターが常軌を逸した『赤目』への差別心を持っていれば話は変わってくるが、『呪われた子供達』への待遇としては、これ以上のものはないだろう。
しかし――
「私が仙台エリアを追放された理由は、安斎さんも知っているでしょう?」
恵の問いかけに、安斎は、「まあ、な……」と気弱な返事をして天を仰ぐ。
「……私は、もうあそこには戻りたくない。たとえ、戻れる大義名分ができたとしても。絶対に――」
彼女の心境の変化を感じ取ったのか、マロンが頭を擦り寄せてくる。
恵は優しく愛犬をさすりつつ、「私は、これからも先遣隊の皆といたいです」と言った。「可愛い服なんて着れなくても良い。変わり映えのない保存食しか食べれなくても良い。柔らかいベッドで寝られなくても良いです。抑制剤が満足に供給されなくても、たとえ毎日が死と隣り合わせだったとしても――私にとっての幸せは、確かにここにありますから」
「その話……須永隊長には話したのか?」
安斎が神妙な面持ちで問うてくるが、「いえ」と恵は首を横に振る。「何でですか?」
「……いや、別に何でもない」
「?」
彼の態度に何か煮え切らないものを感じたが、特にそれ以上深掘りはせずに視線を切る。
「――安斎さんはないんですか? 故郷への未練は」
不意の問いかけに、安斎が息を飲んだ。
今度は自分が訊ねる番だとばかりに、恵は言葉を重ねていく。「気になってたんです。安斎さんは、普段から余り自分の事を話そうとしないですから。東京エリアにいた頃は、まだ大学生だったんですよね?」
「……ああ、そうだな。一九の時だったよ、警察と聖居の連中に捕まったのは」そこまでは恵も知っていた。もっとも、この事は安斎自身からではなく、益子から聞いたのだが。
五〇人近くいる先遣隊の面々の内、五年以上生き残っている者は、須永、小田桐、益子、そして安斎のみだ。
そして益子と安斎は、従軍経験もない正真正銘の元一般人――。
この滅亡に王手をかけられた世界において、当たり前の社会生活を送る事を選んだ人間だった。
美容師免許を取って日々働いていた益子はもちろんの事、安斎も本来なら大学を卒業して、大戦以前から続く『何の変哲もない社会』という奴に身を投じていくはずだった。
その道を、ある日、突如として断絶させられた。命を賭した戦いに身を置く覚悟など微塵もしていなかった人間が、有無を言わせず戦乱の真っ只中に放り込まれたのだ。
恵や須永、小田桐とは違う。彼らには、故郷に捨て置いてきた日常が確かに存在したはずなのだ。
「……ちょうど恵くらいの歳だったかな」と安斎は感慨に耽るように切り出した。「俺の実家……東京エリアの第九区の新塚町ってところにあるんだけど、ちょうど、その隣が親戚の家だったんだ。昔から家族ぐるみの付き合いがあって、妹みたいに俺を慕ってくれる子がいた」
恵は閉口したまま、続きを促す。
「その子……志咲香帆っていうんだけど、本当に可愛い奴でさ。ずっと俺の後ろを着いてきては、『将来は慎お兄ちゃんと結婚する!』なんて言ってたっけ」
「仲、良かったんですね」
「ああ。……けど、俺は彼女を裏切ってしまった」と安斎は色のない目で虚空を見つめる。「香帆は最後まで俺の事を信じてくれてたのに……俺はついぞ自分の無実を証明する事ができなかった。ガストレアを操って内地に引き入れようと画策したテロリスト――俺に残った俺を表す言葉はそれだけだった」
「…………」
「俺を大学まで進ませてくれた両親にも恩返しはできなかったし、香帆に対しても、最後の言葉を交わす事さえできなかった。故郷への未練なんて、いくら言葉を尽くしても足りないくらいにあるさ」
「……ごめんなさい、嫌な事訊いちゃいました」
「気にするな。ここに送られた連中なんて、だいたい似たような事情抱えてるだろ」
先遣隊は、国家を貶めようとした者達の終着地点――。
死すらも生温い生き地獄を味わせ、苦しみの果てに命を朽ちさせるための大義名分。
恵も含め、ここにいる者達は分かっていた。
元々、領土奪還など単なる建前なのだ。その実態は、国にとって都合の悪いテロリストや政治犯を秘密裏に処分するための流刑地でしかない。
だが――その現状を実力で捩じ伏せたのが須永だった。彼は幾人もの犠牲の果てに、ついにこの夢物語を実現一歩手前のところまで持ってきた。
拠点を囲うための携帯用モノリス一〇〇〇枚の設置。周辺のガストレア殲滅。
装備が十全に揃った正規軍でさえ不可能とされた、まさに机上の空論。
それを、元一般人が大多数を占める先遣隊という非正規部隊がやってのけた。
日本各地から戦力が集結するこの光景は、間違いなく須永二朗が作り出したものだ。
「――俺達にできるのは、須永隊長に恥じない働きをする事だけだ」と安斎は一寸の迷いもなく言い放った。「心残りは心残りのまま捨て置くと決めた。二度と取り戻せない幸せより、俺は隊長の思い描く未来を選ぶ。それだけだ」
「そう……ですね……」同意しながらも、恵の心には一つの疑念が引っ掛かり続けていた。しかし、その正体が何なのか、正確に分析できるほどの時間も余裕も、彼女達には残されていない。
戦いの狼煙が上がるまで、もう一刻の猶予もない。それは覆しようのない事実として、泰然と佇立している――。