ブラック・ブレット9 Träume 開幕、北陸奪還戦   作:鏡之翡翠

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 リカルドは思わず感嘆(かんたん)の声を洩らしていた。

 自分達が立っているこの場所が、ガストレアの巣窟(すくつ)たる未踏査領域(みとうさりょういき)内部だとは、とてもじゃないが信じられなかった。

 各国の軍事組織が現地入りしてから僅か数日――その間に拠点となる駅周辺は見違えるほどに整備されており、除雪(じょせつ)された道路はアスファルトで補修(ほしゅう)されて罅割(ひびわ)れはなくなり、一部の街灯(がいとう)(ほの)かな明かりを湛えている。

 分厚い防水素材のテントがそこら中に設営され、雪原(せつげん)迷彩(めいさい)仕様の隊員達が八九式小銃を手に、絶えず警邏(けいら)し続けている。吹雪(ふぶき)のせいで視界は(くも)っているが、遠方ではエンジン音が途切れないあたり、かなりの台数の装甲車が走り回っているのだろう。

 陣地の形成に使われているのが小型の携帯型モノリスといえど、これだけの警備体制の前では、ガストレアの侵入など許すはずもない。危険地帯の中にありながら、この一帯だけが安息の地として浮き彫りにされていた。

「……ふむ」とリカルドは顎に手を当てて思案する。「まずはアジュバント単位での拠点の確保だな」

 第三次関東会戦の際とは違い、今回は全エリア参加の大規模作戦のため、手続きを円滑(えんかつ)に進められるよう、各民警会社は現地入りの前にアジュバント結成の申請(しんせい)を行う事となっていた。

 天童(てんどう)民間警備会社と片桐(かたぎり)民間警備会社は、すでに防衛省(ぼうえいしょう)へ各書類を届出(とどけで)済み。あとは東京エリア自衛隊の駐屯地(ちゅうとんち)に行って、最終確認と物資の受け取りを済ますだけだ。

「確か分隊用テントは、もう設営されてるんだったよな?」と普段着の上から肉厚(にくあつ)のダウンジャケットを羽織った玉樹(たまき)が問う。

 リカルドは頷く。「ああ。俺達に割り当てられた区画については代表者……もとい、アジュバントのリーダーに、防衛省から通達が来ているはずだ」

「そのリーダーは誰なのよ?」兄と同じデザインのダウンを着た弓月(ゆづき)が、震える体を()き抱きながら、周りを見回す。彼女は、さっそく東京とは比較にならない寒さにやられそうになっていた。

里見(さとみ)」とリカルドは黒衣の少年を見やった。「確認頼む」

「何だ、今回もお前かよ」玉樹がつまらなさそうに嘆息(たんそく)した。

「悪いかよ」蓮太郎(れんたろう)(ばつ)が悪そうに玉樹を()めつける。

「アジュバントのリーダーは通常、指揮能力を(かんが)みない場合、もっとも序列の高いプロモーターが務める」とリカルドは言った。「俺が四一〇〇位、おたくが一〇〇〇位、志咲(しさき)さんが九三四一位、天童社長はそもそも不参加。なら、七五位の里見がリーダーをやるのは至極(しごく)当然な流れだと思うが?」

「あんたはそれで良いのか?」玉樹の値踏みするような視線が、リカルドを見据える。「腐っても元陸自の精鋭だったんだろ? こんな若造(クソガキ)にアタマ張られる事に何も不満はねえのかよ?」

「おたくら生粋(きっすい)の民警が、自衛隊に良い想いを抱いてない事は知ってる。あの戦いの時に、俺達自衛隊がおたくらにやった事を思えば仕方のない事だ」

 それを肯定した上で、リカルドは迷いなく答える。

「今の俺は一人の民警として里見に信頼を寄せてる。だから片桐さん、おたくの質問に答えるなら、『不満なんてあるはずもない』だ。これで満足か?」

 歯を見せて不敵に笑うリカルドと対峙(たいじ)する玉樹は、「ちっ」と舌を打つ。「元よりオレっちは外様(とざま)だ。お前らの決定を覆す権利なんざねえよ」

「はは。別におたくも本気で不服に思ってる訳じゃないだろ」

「分かったような口を聞きやがる」しかし口ぶりに反して、玉樹の声色は落ち着いていた。図星だったのだろう。

「さて」と話題を切り替えながら、リカルドは全員に目配せする。「時間もそんなにない。手分けして準備を進めていこう。里見が駐屯地で諸々の手続き。俺と片桐(かたぎり)さんが物資受け取り。他のメンバーは先に分隊用テントに向かって、支度(したく)を済ませておいてくれ。特にストーブ周りだな。暖房設備は(まき)ストーブしかないみたいだから、それがまともに使えないんじゃ、戦いが始まる前に凍死しちまう」

「うえ……」と弓月があからさまに嫌な顔をする。

 サバイバルに慣れていそうなティナや里緒(りお)は平然とした様子で、延珠(えんじゅ)千都世(ちとせ)は事の重大さにいまいちピンと来ていないようだった。

「志咲さん」とリカルドが香帆(かほ)を見やる。「子供達を頼めるか?」

「お任せあれ!」と元気良く返す香帆。

 リカルドは頷き返すと、「それじゃあ動いていこう」と呼びかける。「皆、またあとで――」

 

 

 

 雪を掻き分けながら道路を進む。自衛隊や民間の協力企業の除雪車が絶えず動き回ってはいるが、さすがに全てをカバーするのは難しいらしい。北陸(ほくりく)特有の湿(しめ)った雪に、時折(ときおり)、脚を取られそうになる。

「……ったく。たまったもんじゃねえぜ」と玉樹(たまき)愚痴(ぐち)を溢す。すでにその頭には、こんもりと白い塊が堆積(たいせき)していた。「藤沢(どうざわ)。オレっち達は今どこにいんだよ? 見渡す限り瓦礫(がれき)と雪しかねえ。方向感覚がおかしくなりそうだ」

「問題ない。ちゃんと向かってる。ほら、あそこだ」リカルドが、ある一点を指差す。交差点を挟んだ向こう岸に、商店街の入り口のようなところが見えた。「近江町(おうみちょう)市場の跡地だ。あの一帯が東京エリア自衛隊の詰所代わりになってる」

 五エリア連合は、作戦本部を旧JR金沢駅跡に構え、携帯用モノリスの外縁付近を各エリアの自衛隊が防衛するという方針を取っている。やっている事は、内地の防衛と変わりない。内と外の境目(さかいめ)――要するに外周区(がいしゅうく)は、水際でガストレアの侵入を(はば)むための最前線なのだ。

「ところで」と蓮太郎がリカルドに声を掛ける。「自衛隊って関東会戦までの戦いで、相当な被害を受けただろ? 公式の発表では、陸海空共に九割近い壊滅具合だ。民警側もあんまし他人の事とやかく言えないけど、これで良く今回の作戦に参加できたよな」

「実際、隊員の数の面では、全盛期の二〇パーセントにも届いてないな」リカルドは素直に現状を認める。「ガストレア大戦、第一次と第二次関東会戦を戦ったベテラン達も、ほとんどが第三次で戦死した。急ピッチで立て直しを進めちゃいるが、古参と中堅がごっそり抜けた以上、『人の質』はもう戻ってこない」

「じゃあ、なおさら何で――」

「第三次を生き残った連中が中心になって、司馬(しば)重工と協力しながら、無人兵器や軍用外骨格(エクサスケルトン)の開発に力を入れているんだ」とリカルドは説明する。「元の形に戻せないのなら、いっそ全く新しい形に生まれ変わらせちまおうって魂胆(こんたん)らしい」

 市場の出入口付近まで来ると、塗装(とそう)()げかけた看板が三人を出迎える。

 中に入ろうとすると、「そこでお待ちください」という静謐(せいひつ)な声が差し込まれた。

 視界不良だったせいで見えなかったが、入口横に隊員が立っていた。周囲の景色と同じ色の隊服に身を包んだ若い自衛官だった。その手には、すぐさま戦闘に移行できるように、八九式小銃が携えられている。

「アジュバントの登録確認ですか?」と隊員が(たず)ねてきたので、蓮太郎が首肯(しゅこう)で返す。

 代表者の許可証(ライセンス)の提示を求められたので、黒衣の少年は素直に従う。

 蓮太郎の差し出したカードに視線を落とした隊員は、無線で誰かと連絡を取り始める。

 ややもしない内に、「どうぞ、お通りください」と内部へと案内される。

 建物内に立ち入ると、先ほどまで肌を突き刺していた冷気は幾分かマシになった。空気の通り道なので、相変わらず気温は氷点下を下回っているが、それでも屋内にいるか屋外にいるかの差は大きい。

 事前の取り決め通り、リカルドと玉樹は物資受け取りのために、いったん別行動となる。曲がり角で二人と別れると、先ほどの隊員に教示(きょうじ)された通りに、市場(いちば)内を進んでいく。

 予想に反して、隊員の姿はほとんど見受けられなかった。

 リカルドが言っていた通り、東京エリアから派遣された自衛隊の頭数は、極端に少ないようだ。ほぼ打ち捨てられた当時のままの面影を残す商店街は、とてもじゃないが、大勢の戦力を駐屯させるための兵站(へいたん)の役割を有しているようには見えない。

 かつて多くの観光客を迎え入れていた店舗は、空のショーケースや棚が散乱するだけの廃墟となっており、壁やシャッターには、ベッタリと血痕(けっこん)がこびりついていた。

 しばらく歩を進めていくと、ちょうど目的の場所が見えた。

 砕けたガラス戸を潜ると、隣接する雑居(ざっきょ)ビルに続く廊下(ろうか)に出た。

 ここもやはり作戦本部付近とは違って電気は通っていないらしい。突貫で設置されたと(おぼ)しきキャンドルホルダーに()さった蝋燭(ろうそく)が、ゆらゆらと怪しげな光を放っているだけだ。

 ――階段は……。

 上階へ向かう手段を探そうとして視線を滑らせる。

 

 

「――久しぶりだね、里見蓮太郎」

 

 

 ぞくりと――。

 脊髄(せきずい)に液体窒素(ちっそ)を流し込まれたような強烈な怖気(おぞけ)が走る。

 突如として背後から響いた粘質(ねんしつ)な声音に、四肢が強張(こわば)り、その一瞬の隙を突くようにして後頭部に衝撃。頭蓋骨の内側が乱雑に揺さぶられ、視界が反転。直後に激甚(げきじん)な吐き気が込み上げてくる。

「――……ッ!?」何者かに殴られたのだと理解するまでに数瞬(すうしゅん)を要した。転倒しそうになるが、すんでのところで意識を繋ぎ止めて踏み留まり、右踵(みぎかかと)を軸にして身を(ひるがえ)すと共に、ホルスターからXD拳銃(けんじゅう)を抜き放つ。

 脳が無意識化で生命を(おびや)かす危険性を感じ取ったのか、蓮太郎の意思決定よりも先んじて義眼を解放した。グラフェン・トランジスタ仕様のナノ・コアプロセッサを搭載(とうさい)した二一式黒膂石(バラニウム)義眼が急速に熱を持ち、臨戦体制へと移行。使用者の知覚する時間が加速度的に圧縮されていく。

「――――――――――――――――――――」

 コマ送りのように緩慢(かんまん)に進む光景のさなか、蓮太郎は襲撃者の全容(ぜんよう)を捉える。

 最初に飛び込んできたのは銃口だった。

 長細い銃砲(じゅうほう)が特徴的な、ドイツのモーゼル社製のルガーPー08拳銃。

 それを左手で握っているのは、ボロボロの野戦服に身を包んだ三〇代ほどの長身の男性。

 目鼻立ちはそれなりに整っており、元々は端正な面相(めんそう)だった事が(うかが)える。しかし、その相貌(そうぼう)には地層のごとく疲労が滲み、目許や口許には年齢に似つかわしくない細かい(しわ)が刻まれている。

 色素の薄いブロンドヘアは、長く伸ばされており、うなじの辺りで一括りにされている。

 男性の顔を認識した瞬間、蓮太郎の脳内に過去の記憶が呼び起こされた。聖天子(せいてんし)暗殺未遂事件に付随(ふずい)する、忌まわしき追憶(ついおく)――。

 驚愕と憎悪が、同時に沼の底から湧き上がった。「――……保脇(やすわき)……卓人(たくと)ッ……!」と言葉尻が震えた。「なぜ……貴様がここに……ッ!?」

「クハハッ! 良いッ、実に良いッ」と保脇は高らかに笑った。「その顔だッ。その顔が見たかったッ! 僕をゴミのように見下したお前が、困惑で滅茶苦茶になっているその様がッ!! 僕のこの半年間が無駄じゃなかった事を証明してくれる!!」

戯言(ざれごと)は良い! 答えろ!」激昂(げきこう)した蓮太郎(れんたろう)は、構わずにXD拳銃を照準する。「あれだけの事をしでかしておいて、まだ自衛隊にいやがったのか!? この恥知らずが!」

「あれだけの事? お前はいったい何を言っているんだ?」

「何だと……!?」

 保脇は大仰(おおぎょう)な身振りで右腕を広げると、「あの時、私情に流されたのは里見蓮太郎――お前の方だろうがッ!」と吐き捨てた。「僕は任務を遂行しようとしただけだ! 不遜(ふそん)にも聖天子様の命を奪おうとしたティナ・スプラウト(殺し屋風情)を! 僕はこの手で始末しようとしただけだったッ! それをお前は――あろう事か、実行犯たるあの子供を(かば)った! これを私情と言わずに何と言う!?」

「的外れな護衛体制を変えないまま、聖天子様を危険に(さら)し続けたのは貴様の方だろう!?」蓮太郎も負けじと反論する。「役立たずの貴様らに代わって、カタをつけに行ったのは俺だ! 俺は聖天子様だけじゃない、ティナの事も救うために戦ったんだ!」

「黙れ! お前の生温い綺麗事(きれいごと)なんて聞くに(あたい)しないッ!」

 こめかみに青筋を立てた保脇(やすわき)は、凄まじい剣幕で(まく)し立てていく。

 もはや、いつ発砲してもおかしくないほどにボルテージが上がっていた。

「お前が! 僕から全てを奪っていった! 聖天子付護衛官としての輝かしい未来を! 自衛隊員としてのキャリアを! お前さえいなければ全てが上手くいってたんだ! お前の薄っぺらい正義が、僕という人間を捻じ曲げたんだよッ!」

「保脇ッ……!」

「どうした里見蓮太郎? 撃たないのか!? あの時みたいにやってみろよ! ここにいるのはお前にとっての『悪』だ! 断罪する事に、今さら何の罪悪感も湧かないはずだろう!?」

 保脇は見せつけるように自身の右手を、蓮太郎の前に(かざ)す。

 その親指は根本(ねもと)の部分から、シリコン素材の代替物に()げ替えられていた。

 忘れるはずもない。かつて保脇の指を奪ったのは蓮太郎(れんたろう)自身なのだから。

「お前に粛清(しゅくせい)されてから、僕がどれだけの苦労を味わわされたか分かるか!?」そう語りかける保脇の顔には、いつの間にか多量の汗が浮かび上がっていた。

 彼はおもむろに野戦服の内側に手を突っ込むと、そこから剥き出しの錠剤(じょうざい)の塊を取り出した。かつて対峙(たいじ)したリトヴィンツェフの姿が重なる。

「何を」と蓮太郎が言う前に、保脇は鷲掴(わしづか)みした大量の丸薬(がんやく)を一息に(あお)った。バリバリと音を立てて噛み砕き、唾液(だえき)と混ざった薬剤を顔色一つ変えずに飲み(くだ)す。

 愕然(がくぜん)として後退りする蓮太郎を尻目(しりめ)に、保脇は悦楽(えつらく)苦患(くげん)の混ざった顔で口許を(ぬぐ)う。よほど強い薬効があるのか、みるみる内に汗が引いていく。

「……寝ても覚めても、あの時の光景がこびりついて離れない。この千切れた指を見る度に、お前の憎たらしい顔が浮かんでくる。精神の壊れた僕を天童(てんどう)閣下(かっか)は――いや、あの老耄(ろうもう)躊躇(ちゅうちょ)なく見限った。僕から立場を剥奪(はくだつ)し、こんな僻地(へきち)へ追いやった――」

 保脇の言葉に、蓮太郎は点と点が徐々に繋がっていく感覚を覚えていた。

 自分はこれと似たような事例を、つい最近聞いたばかりだ。国家にとって不要となった人間を秘密裏(ひみつり)流刑(るけい)して、生命の危険と隣り合わせの戦場で命を燃やさせる――。

「保脇……まさか、お前は……」

「ようやく分かったかい?」と、かつて敵対した小物は、こちらの心の最奥(さいおう)(まさぐ)ってくるような不快な笑みを浮かべる。「今の僕は、ただの使い捨ての駒。改めて自己紹介してやろう。――北陸奪還戦先遣隊隊員、保脇卓人(たくと)だ」

「…………ッ!」

 先刻(せんこく)、蓮太郎が臨戦態勢ではなかったとはいえ、あの保脇が気配を察知されずに背後を取れた理由に合点(がてん)がいった。

 彼は蓮太郎に敗北してからの半年間、ずっと地獄の(かま)の底で、身を焼き焦がされ続けてきたのだ。

 一時(いっとき)の安息さえもない戦場に自身を置き、臓物(ぞうもつ)硝煙(しょうえん)の香りに(まみ)れながら駆け抜けてきた。

 未熟な下衆(げす)を、一人の戦士へと生まれ変わらせるには、十分(じゅうぶん)過ぎる時間と環境だったはずだ。

 認識を改める。もう目の前の男は、かつての情けなく泣き叫んでいた雑兵(ぞうひょう)などではない。

 蓮太郎の命に届き得る実力を得た復讐鬼(ふくしゅうき)

 その(まなこ)を見れば確信できる。

 このままでは、激突は避けられない。

 XD拳銃の引金(トリガー)に掛けた指が小刻みに震える。首筋を冷たい感覚が舐め上げる。鼓動が加速し、肺に掛かった圧が酸素の正常な取り込みを阻害(そがい)する。

 ――どうする……!?

 ――ここで騒ぎを起こすのは不味(まず)い……。

 ――けど……ッ。

 誰でも良い。ここで自衛隊員が通りかかってくれれば、この馬鹿げた衝突は回避される。

 だが、それは待ち伏せしていた保脇とて把握しているだろう。

 彼はここで、そんな都合の良い『偶然』など起きない事を確信している。だからこそ、駐屯地のど真ん中で蓮太郎を襲撃するなどという暴挙(ぼうきょ)に出られたのだ。

 ――くそッ。やるしかないのか……!?

 諦観(ていかん)輪郭(りんかく)を伴って頭を(かす)め始めた時だった。

 不意に横合いから伸びてきた手が――保脇の腕を掴み上げる。

「――っ!?」と驚愕に目を見開く蓮太郎と保脇。

「里見。これはいったいどういう状況だ?」

藤沢(どうざわ)さん! それに玉樹(たまき)も!」

 助太刀(すけだち)に現れたリカルドは、保脇の腕を締め上げたまま、もう片方の手で九ミリ拳銃を構えている。玉樹は、リカルドを誤射せぬよう角度をつけた位置で、自身の得物であるマテバ拳銃を突きつけていた。

「おかしいと思ったんだ」とリカルドは言う。「俺と片桐(かたぎり)さんが用事を済ませたあとも、全然戻ってこなかったからな。それで様子を見に行ったら、この有様(ありさま)だ。誰だ、おたくは? 里見の知り合い……――」

 問いかけようとした言葉のトーンが下がり、リカルドが何かに気がついたように眉根(まゆね)を上げる。

「――お前……もしかして保脇(やすわき)か……?」

「……僕はお前の事なんか知らない」と保脇は忌々(いまいま)しげに吐き捨てる。「早くその汚い手を離せ。さもなければ里見蓮太郎より先に、お前を殺す」

 しかしリカルドは取り合わない。「聖天子付護衛官まで登り詰めたエリート様が、ずいぶんと落ちぶれたみたいだな」とわざとらしく挑発する。「何だ? 里見と因縁でもあったのか?」

「……ちッ」と保脇は舌打ちし、乱雑に腕を振って拘束(こうそく)を解く。粘質な視線をリカルドと玉樹それぞれに向けると、「里見蓮太郎のアジュバントのメンバーか」と言う。

「気に食わねえが、まあその通りだ」玉樹は(あご)をしゃくりながら肯定する。「つー訳で、共同戦線張ってる身としては、テメエの行為は看過(かんか)できねえのよ。ここで暴れて、仲良く自衛隊にしょっ引かれても困るしな」

「どうする?」とリカルドが最後通牒を叩きつけるように問う。「おたくに選ばせてやるよ。ただし――喧嘩(けんか)するなら、俺も片桐さんも混ぜてもらうけどな」

「…………どいつもこいつも……僕を苛つかせてくれるね」

 保脇は視線を切ると、蓮太郎に背を向けてツカツカと去り始めた。リカルド達の横も通り過ぎてガラス戸を潜ると、そのまま出口の方向へと消えていった。

「大丈夫だったか?」

 リカルドに問われ、蓮太郎は沈痛(ちんつう)な面持ちで頷く。

 ――自分には……関係ない話だと思ってた。

 北陸奪還戦先遣隊。

 要救助者たる、志咲香帆の親戚がいると思われる非正規軍事部隊。

 まさか、そこに、かつての因縁の相手がいるなどとは夢にも思っていなかった。巡り巡った因果が、悪意を以って返ってきたような感覚に(さいな)まれ、蓮太郎は人知れず奥歯を噛み締めていた。

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