ブラック・ブレット9 Träume 開幕、北陸奪還戦 作:鏡之翡翠
リカルドは思わず
自分達が立っているこの場所が、ガストレアの
各国の軍事組織が現地入りしてから僅か数日――その間に拠点となる駅周辺は見違えるほどに整備されており、
分厚い防水素材のテントがそこら中に設営され、
陣地の形成に使われているのが小型の携帯型モノリスといえど、これだけの警備体制の前では、ガストレアの侵入など許すはずもない。危険地帯の中にありながら、この一帯だけが安息の地として浮き彫りにされていた。
「……ふむ」とリカルドは顎に手を当てて思案する。「まずはアジュバント単位での拠点の確保だな」
第三次関東会戦の際とは違い、今回は全エリア参加の大規模作戦のため、手続きを
「確か分隊用テントは、もう設営されてるんだったよな?」と普段着の上から
リカルドは頷く。「ああ。俺達に割り当てられた区画については代表者……もとい、アジュバントのリーダーに、防衛省から通達が来ているはずだ」
「そのリーダーは誰なのよ?」兄と同じデザインのダウンを着た
「
「何だ、今回もお前かよ」玉樹がつまらなさそうに
「悪いかよ」
「アジュバントのリーダーは通常、指揮能力を
「あんたはそれで良いのか?」玉樹の値踏みするような視線が、リカルドを見据える。「腐っても元陸自の精鋭だったんだろ? こんな
「おたくら
それを肯定した上で、リカルドは迷いなく答える。
「今の俺は一人の民警として里見に信頼を寄せてる。だから片桐さん、おたくの質問に答えるなら、『不満なんてあるはずもない』だ。これで満足か?」
歯を見せて不敵に笑うリカルドと
「はは。別におたくも本気で不服に思ってる訳じゃないだろ」
「分かったような口を聞きやがる」しかし口ぶりに反して、玉樹の声色は落ち着いていた。図星だったのだろう。
「さて」と話題を切り替えながら、リカルドは全員に目配せする。「時間もそんなにない。手分けして準備を進めていこう。里見が駐屯地で諸々の手続き。俺と
「うえ……」と弓月があからさまに嫌な顔をする。
サバイバルに慣れていそうなティナや
「志咲さん」とリカルドが
「お任せあれ!」と元気良く返す香帆。
リカルドは頷き返すと、「それじゃあ動いていこう」と呼びかける。「皆、またあとで――」
雪を掻き分けながら道路を進む。自衛隊や民間の協力企業の除雪車が絶えず動き回ってはいるが、さすがに全てをカバーするのは難しいらしい。
「……ったく。たまったもんじゃねえぜ」と
「問題ない。ちゃんと向かってる。ほら、あそこだ」リカルドが、ある一点を指差す。交差点を挟んだ向こう岸に、商店街の入り口のようなところが見えた。「
五エリア連合は、作戦本部を旧JR金沢駅跡に構え、携帯用モノリスの外縁付近を各エリアの自衛隊が防衛するという方針を取っている。やっている事は、内地の防衛と変わりない。内と外の
「ところで」と蓮太郎がリカルドに声を掛ける。「自衛隊って関東会戦までの戦いで、相当な被害を受けただろ? 公式の発表では、陸海空共に九割近い壊滅具合だ。民警側もあんまし他人の事とやかく言えないけど、これで良く今回の作戦に参加できたよな」
「実際、隊員の数の面では、全盛期の二〇パーセントにも届いてないな」リカルドは素直に現状を認める。「ガストレア大戦、第一次と第二次関東会戦を戦ったベテラン達も、ほとんどが第三次で戦死した。急ピッチで立て直しを進めちゃいるが、古参と中堅がごっそり抜けた以上、『人の質』はもう戻ってこない」
「じゃあ、なおさら何で――」
「第三次を生き残った連中が中心になって、
市場の出入口付近まで来ると、
中に入ろうとすると、「そこでお待ちください」という
視界不良だったせいで見えなかったが、入口横に隊員が立っていた。周囲の景色と同じ色の隊服に身を包んだ若い自衛官だった。その手には、すぐさま戦闘に移行できるように、八九式小銃が携えられている。
「アジュバントの登録確認ですか?」と隊員が
代表者の
蓮太郎の差し出したカードに視線を落とした隊員は、無線で誰かと連絡を取り始める。
ややもしない内に、「どうぞ、お通りください」と内部へと案内される。
建物内に立ち入ると、先ほどまで肌を突き刺していた冷気は幾分かマシになった。空気の通り道なので、相変わらず気温は氷点下を下回っているが、それでも屋内にいるか屋外にいるかの差は大きい。
事前の取り決め通り、リカルドと玉樹は物資受け取りのために、いったん別行動となる。曲がり角で二人と別れると、先ほどの隊員に
予想に反して、隊員の姿はほとんど見受けられなかった。
リカルドが言っていた通り、東京エリアから派遣された自衛隊の頭数は、極端に少ないようだ。ほぼ打ち捨てられた当時のままの面影を残す商店街は、とてもじゃないが、大勢の戦力を駐屯させるための
かつて多くの観光客を迎え入れていた店舗は、空のショーケースや棚が散乱するだけの廃墟となっており、壁やシャッターには、ベッタリと
しばらく歩を進めていくと、ちょうど目的の場所が見えた。
砕けたガラス戸を潜ると、隣接する
ここもやはり作戦本部付近とは違って電気は通っていないらしい。突貫で設置されたと
――階段は……。
上階へ向かう手段を探そうとして視線を滑らせる。
「――久しぶりだね、里見蓮太郎」
ぞくりと――。
突如として背後から響いた
「――……ッ!?」何者かに殴られたのだと理解するまでに
脳が無意識化で生命を
「――――――――――――――――――――」
コマ送りのように
最初に飛び込んできたのは銃口だった。
長細い
それを左手で握っているのは、ボロボロの野戦服に身を包んだ三〇代ほどの長身の男性。
目鼻立ちはそれなりに整っており、元々は端正な
色素の薄いブロンドヘアは、長く伸ばされており、うなじの辺りで一括りにされている。
男性の顔を認識した瞬間、蓮太郎の脳内に過去の記憶が呼び起こされた。
驚愕と憎悪が、同時に沼の底から湧き上がった。「――……
「クハハッ! 良いッ、実に良いッ」と保脇は高らかに笑った。「その顔だッ。その顔が見たかったッ! 僕をゴミのように見下したお前が、困惑で滅茶苦茶になっているその様がッ!! 僕のこの半年間が無駄じゃなかった事を証明してくれる!!」
「
「あれだけの事? お前はいったい何を言っているんだ?」
「何だと……!?」
保脇は
「的外れな護衛体制を変えないまま、聖天子様を危険に
「黙れ! お前の生温い
こめかみに青筋を立てた
もはや、いつ発砲してもおかしくないほどにボルテージが上がっていた。
「お前が! 僕から全てを奪っていった! 聖天子付護衛官としての輝かしい未来を! 自衛隊員としてのキャリアを! お前さえいなければ全てが上手くいってたんだ! お前の薄っぺらい正義が、僕という人間を捻じ曲げたんだよッ!」
「保脇ッ……!」
「どうした里見蓮太郎? 撃たないのか!? あの時みたいにやってみろよ! ここにいるのはお前にとっての『悪』だ! 断罪する事に、今さら何の罪悪感も湧かないはずだろう!?」
保脇は見せつけるように自身の右手を、蓮太郎の前に
その親指は
忘れるはずもない。かつて保脇の指を奪ったのは
「お前に
彼はおもむろに野戦服の内側に手を突っ込むと、そこから剥き出しの
「何を」と蓮太郎が言う前に、保脇は
「……寝ても覚めても、あの時の光景がこびりついて離れない。この千切れた指を見る度に、お前の憎たらしい顔が浮かんでくる。精神の壊れた僕を
保脇の言葉に、蓮太郎は点と点が徐々に繋がっていく感覚を覚えていた。
自分はこれと似たような事例を、つい最近聞いたばかりだ。国家にとって不要となった人間を
「保脇……まさか、お前は……」
「ようやく分かったかい?」と、かつて敵対した小物は、こちらの心の
「…………ッ!」
彼は蓮太郎に敗北してからの半年間、ずっと地獄の
未熟な
認識を改める。もう目の前の男は、かつての情けなく泣き叫んでいた
蓮太郎の命に届き得る実力を得た
その
このままでは、激突は避けられない。
XD拳銃の
――どうする……!?
――ここで騒ぎを起こすのは
――けど……ッ。
誰でも良い。ここで自衛隊員が通りかかってくれれば、この馬鹿げた衝突は回避される。
だが、それは待ち伏せしていた保脇とて把握しているだろう。
彼はここで、そんな都合の良い『偶然』など起きない事を確信している。だからこそ、駐屯地のど真ん中で蓮太郎を襲撃するなどという
――くそッ。やるしかないのか……!?
不意に横合いから伸びてきた手が――保脇の腕を掴み上げる。
「――っ!?」と驚愕に目を見開く蓮太郎と保脇。
「里見。これはいったいどういう状況だ?」
「
「おかしいと思ったんだ」とリカルドは言う。「俺と
問いかけようとした言葉のトーンが下がり、リカルドが何かに気がついたように
「――お前……もしかして
「……僕はお前の事なんか知らない」と保脇は
しかしリカルドは取り合わない。「聖天子付護衛官まで登り詰めたエリート様が、ずいぶんと落ちぶれたみたいだな」とわざとらしく挑発する。「何だ? 里見と因縁でもあったのか?」
「……ちッ」と保脇は舌打ちし、乱雑に腕を振って
「気に食わねえが、まあその通りだ」玉樹は
「どうする?」とリカルドが最後通牒を叩きつけるように問う。「おたくに選ばせてやるよ。ただし――
「…………どいつもこいつも……僕を苛つかせてくれるね」
保脇は視線を切ると、蓮太郎に背を向けてツカツカと去り始めた。リカルド達の横も通り過ぎてガラス戸を潜ると、そのまま出口の方向へと消えていった。
「大丈夫だったか?」
リカルドに問われ、蓮太郎は
――自分には……関係ない話だと思ってた。
北陸奪還戦先遣隊。
要救助者たる、志咲香帆の親戚がいると思われる非正規軍事部隊。
まさか、そこに、かつての因縁の相手がいるなどとは夢にも思っていなかった。巡り巡った因果が、悪意を以って返ってきたような感覚に