ブラック・ブレット9 Träume 開幕、北陸奪還戦   作:鏡之翡翠

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 午後八時一五分――。

 満を持して最大級の『要人』が到着する。闇の立ち込めた僻遠(へきえん)の向こう岸から、二〇機近いF−15戦闘機に護衛された、聖居所有のプライベートジェットが姿を現す。

 地上の警備も、民警の増援の時とは規模が違う。ガストレアどころか、ネズミ一匹さえも通さないとばかりに、隙間なく完璧な布陣(ふじん)が築かれている。右を見ても左を見ても、上を見ても下を見ても、各エリアの軍事組織の戦術兵器が臨戦態勢を取っていた。

「圧巻だな」と多田島(ただしま)茂徳(しげとく)はぼやいた。自衛隊や軍と同じく、地上で待機する多田島の手には、大型の回転式拳銃(リボルバー)が携えられている。もちろん想定されているのは、全てガストレア因子特効のバラニウム弾だ。

 特戦機捜(とくせんきそう)のジャケットに身を包む多田島の周囲には、完全武装の同僚達。

 司馬(しば)重工製短機関銃(サブマシンガン)を手にしているのは、SAT出身の磯貝(いそがい)俊夫(としお)広野(こうの)雄光(たけみつ)、そして機動隊出身の幸山(こうやま)静雅(しずか)

 自動拳銃(オートマチック)を握っているのはSIT出身の二階堂(にかいどう)健悟(けんご)。多田島と同モデルの回転式拳銃を持つのは、東京エリア新塚署(にいづかしょ)出身の老刑事、舘本(たちもと)隆元(りゅうげん)だ。

「理解できませんね」と張り詰めた空気を無遠慮に切り裂いたのは、グレースーツの二階堂だった。「わざわざ一国の元首が、こんな危険地帯にまで(おもむ)くなんて……リソースの無駄遣いとしか思えない」

「同感ね」と賛同の意を示したのは、濃紺のアサルトスーツ姿の幸山。「作戦本部はいったい何を考えているのかしらね」

「……そう頭ごなしに否定するもんじゃない」低い声で二人をたしなめるのは、舘本であった。

 喪服(もふく)を思わせる黒一色のスーツを着用し、内側のワイシャツまで純粋なる黒。白髪(しらが)の混じった頭髪は、整髪料で後ろへ流され、厳格な顔立ちがはっきりと覗く。深く刻まれた目尻の皺と、彫刻刀(ちょうこくとう)で彫ったかのようなほうれい線が、彼に絶対的な威圧感を付与(ふよ)していた。

 警察官というよりは、任侠者(にんきょうもの)といった方が、しっくり来てしまう出立(いでた)ち。周りから、相当な悪人顔と評される多田島ですら、舘本(たちもと)の前には(かす)んでしまう。事実、彼の放った一言で、二階堂(にかいどう)幸山(こうやま)も揃って表情を引き()らせていた。

 固唾(かたず)を飲んで静観する多田島や磯貝を横目に、舘本は抑揚(よくよう)のない声で話し出す。「この作戦は、過去に類を見ない総力戦となる。……いや、正確にはガストレア大戦終結以降だったな」

 含みのある物言いに、磯貝が眉をひそめた。

 彼が疑問を(てい)する前に、まるで質問を予測していたように舘本は言葉を重ねていく。

「大戦以前の『日本』という枠組みが瓦解(がかい)し、ほどなくして五つの独立国が生じた。この列島は、すでに昔のような一枚岩ではなくなっている。『自衛隊』という文言一つ取っても、すでに各エリアで全く異なる軍事組織へと派生している。大阪エリアなど、その最たるものだろう。自衛隊の名称を廃止して、正式に軍と名乗っているのだからな」

「なるほどな」と多田島が得心いったように溢した。「団結の旗印(はたじるし)ってところか」

「その通りだ」舘本は首肯する。「もはや目的も思想も文化も(たが)い始めた各エリアの住民達――彼らを一つの方向へ向かせるには、絶大な『光』が必要だ。いっそ目を焼き焦がしてしまうほどの」

「それが『開戦(かいせん)()』ですか?」広野(こうの)が訊いた。

 今日ここに来る元首クラスの重要人物は、聖天子だけではない。

 もうまもなく大阪エリアから、斉武(さいたけ)宗玄(そうげん)大統領も到着する予定だ。

 東京と大阪の国家元首二人による北陸奪還戦開幕の宣誓(せんせい)――。

 それが今日の二二時から予定されている『開戦の儀』だった。

聖天子(せいてんし)様と斉武大統領に課せられたのは、各エリアから集結した戦力の団結を確かなものとする事だ」と舘本(たちもと)は言う。「それは膨大なリスクと引き換えにしてでも、必ず成し遂げねばならない。この『開戦の儀』こそが、今回の軍事作戦の成否を左右するターニングポイントとなるはずだ」

 

 

 

 ハッチが開き、地上へ降りるための階段が接続される。

 白スーツの羽柴(はしば)に先導されながら、聖天子(せいてんし)静謐(せいひつ)な面持ちで靴音(くつおと)を鳴らす。

 彼女の格好は、普段着用しているドレスとは大きく異なっていた。羽柴達と同じく、純白の生地で()られたスーツだった。

 少女のしなやかな体のラインを際立たせるようなオーダーメイドのジャケットに、膝丈(ひざたけ)より少し上のタイトスカート。タイツやハイヒール、あるいはネックレスなどの装飾品に至るまで、全てが白で統一されている。

 今回、東京エリアから離れるに当たって、格式(かくしき)と動きやすさの両立を考慮(こうりょ)して仕立てられたものだ。

「聖天子様、こちらを」と羽柴の部下が、横から何かを広げて差し出してくる。

「ありがとうございます」聖天子は(りん)とした声で礼を言い、(かか)げられたコートの(そで)に腕を通していく。こちらも現在の正装と同様の白でデザインされていた。

 両脇を護衛で固めた少女がハッチの前に立つと、勢い良く外界(がいかい)の冷気が吹き込んでくる。プライベートジェット内の暖気に慣らされた皮膚(ひふ)が悲鳴を上げそうになるが、公衆の面前な事もあり、ぐっと(こら)える。

 階段を一歩一歩踏み締めるように降りていく。途中で羽柴が雪除けの傘を広げようとしたが、聖天子は、「構いません」と手で制した。「()きましょう」

 地上に展開された数千人規模の自衛隊員や軍人が、一糸乱れぬ敬礼(けいれい)を聖天子へと捧げる。今日一日、増援の民警の移送や、空港の警備に奔走(ほんそう)し、疲弊が蓄積しているにも関わらず、誰一人として、それをおくびにも出さない。彼らのプロ意識には感服するばかりである。

 地上へ降り立つと、先んじて現地入りしていた東京エリアの警察達が、聖天子達を迎えた。新警視総監、阿久津(あくつ)義建(よしたつ)の手によって発足した『特殊作戦機動捜査課』の面々が近づいてくる。

 濃紺(のうこん)のポリスマン風ジャケットの背部(はいぶ)と肩口には、課の名称を英語表記にしたS.O.M.I.Dの文言が記載。通常の警察官とは一線を(かく)す権限を与えられた彼らの手には、民警や自衛隊と同じく、バラニウム弾の装填された銃器が携えられていた。

 一団の中から、唯一の顔見知りが出てくる。初老の刑事――多田島茂徳は、その悪人顔に似合わぬ丁寧な所作(しょさ)辞儀(じぎ)をする。「遠路はるばるお越しくださり、感謝申し上げます。ここからは我々と自衛隊の精鋭が護衛を務めさせていただきます」

 特戦機捜の後ろから、軍用外骨格(エクサスケルトン)(まと)った陸自の最精鋭部隊が現れる。

 聖天子は周りに悟られぬよう、多田島にだけ微かな微笑みを見せる。「お久しぶりです、多田島さん。お会いするのは、天秤宮(リブラ)騒動以来でしょうか」

「ええ」と多田島は頷く。「ご無沙汰しておりました。今回は一介の警察官ではなく、東京エリア警察機関の代表として、聖天子様をサポートいたします」

「期待しております」

 聖居(せいきょ)の航空機が誘導されながら、その場を離れていくと、続けて大阪エリアの元首を乗せたジェット機が到着するとのアナウンスが入った。

 再び空港内が慌ただしくなる。

 特戦機捜と陸自に囲まれながら、聖天子は護送車のある方向へと進んでいく。

 そうしている間にも上空から鳴り響く轟音(ごうおん)は、加速度的に近づいてくる。

 聖天子が搭乗してきたプライベートジェットよりも一回り大きい機体が、その輪郭を露わにしていく。要人用の護送機というよりは、軍用の輸送機といった方がしっくり来る見た目だった。

 明らかに、それ単体でも戦闘に移行できるようにデザインされている。尾翼(びよく)や機体下部には、無数の機銃やミサイル発射機構が備えられており、装甲の塗装も軍用機仕様だ。

「…………っ」と聖天子は息を飲む。

 さすがは五エリア屈指(くっし)の軍事力を持つ国家というべきか。それが放つ圧倒的な迫力に、遠目から(のぞ)んでいるだけでも気圧されそうになる。

 爆音と共にジェット機が着陸し、各国の軍事組織が国賓(こくひん)を出迎える準備に入る。

 搭乗口が開いて、堂々とした足取りで老齢の男性が姿を現した。

 刃物のごとく尖った口髭(くちひげ)は鋭角に跳ね、顎髭(あごひげ)と髪はもみあげの辺りで完全に繋がって、獅子(しし)のたてがみを想起させる容貌をしている。眼光は、肉食獣のごとき姿に恥じぬ鋭さを(たた)え、体格も高齢者とは思えぬほどの頑健(がんけん)さを見せつける。

 ぴんと伸びた背筋は加齢による(おとろ)えなど微塵も感じさせず、身に(まと)う迷彩柄の軍服とこれ以上なく調和している。軍事国家の長として、恥じるところなど一切ない、お手本のような(たたず)まいだった。

 斉武(さいたけ)宗玄(そうげん)は、同行していた護衛の兵士達と共に降り立つと、(まなじり)を裂けんばかりに見開いて、周囲を見回す。やがて聖天子の存在に気がつくと、護衛の制止も構わずに踏み出した。

 ずんずんとこちらへ迫ってくる斉武に、聖天子の護衛達にも緊張が走る。とはいえ、相手は一国の元首。ほとんどの者が斉武の出方(でかた)(うかが)うために硬直してしまう。

 そんな中、特戦機捜からは多田島(ただしま)舘本(たちもと)、陸自からは一人の隊員が前へと躍り出て聖天子を(かば)った。

 立ち塞がる三人を視界に入れた斉武は、「そこを退()けッ! 虫けら共めがッ!」と()え立てる。「俺はそっちの小娘に用があるのだ!」

「それなら正式な手続きを経てアポを取っていただかんと困るんですわ」と多田島は一歩も退()かずに答えた。「我々の任務は聖天子様の護送です。怪しい動きをする連中は、人間だろうとガストレアだろうと近づけさせる訳にはいかんのです」

不躾(ぶしつけ)ですが斉武(さいたけ)大統領」陸自の隊員が投げかける。「ここは各国の軍事組織が一堂に(かい)する場。大阪エリアという日本有数の軍事国家の長であらせられるあなたが、場の規律を乱す事ほど望ましくない状況はないかと」

「何だ貴様(きさま)ら、不遜(ふそん)にも俺に説教を垂れようというのかッ!?」

 斉武が右手を挙げると、彼を追いかけてきた護衛達が一斉に小銃を構えた。一様に苦い顔をする兵士達が、引き金を引くのを望んでいない事は、誰の目にも明らかだ。

 一触即発の状況に、場の空気が一気に凍りつく。

 ここまで来れば、もはや躊躇(ためら)う者はいなかった。磯貝(いそがい)広野(こうの)二階堂(にかいどう)幸山(こうやま)の四人も遅ればせながら、銃口を跳ね上げる。陸自の隊員達も、続け様にパワードスーツの駆動音(くどうおん)(うな)らせながら、八九式小銃を持ち上げた。

「この死に損ない共が! 第三次関東会戦で(そろ)って肉塊(にくかい)になるべきだった汚穢(おわい)共が、なぜまだ傲慢(ごうまん)にも息をしている!? ここで俺が正しく引導を渡してやろうか!?」

「――たとえ天の(さだ)めた運命が東京エリアの滅亡だったとしても、私達はその決定事項を覆しました。他でもなく、私達自身の力で」

 聖天子が透き通るような声色で語りながら、斉武(さいたけ)の前へと立ち塞がった。多田島が彼女を止めようとしたが、「問題ありません、この場は私が収めます」と(ゆず)る様子はない。

「お飾りの元首風情(ふぜい)がッ。その身に男の一人も受け入れた事のない生娘の分際で、俺を引き退がらせられると本気で思っているのか?」

 TPOを一切(わきま)えない度を逸した発言に、警察や自衛隊員達の表情が引き()る。

 国の要職に就いている者同士といえど、還暦(かんれき)を過ぎた男性が未成年の少女に投げかける言葉としては、余りにも不適切極まりない。

 直接、下劣(げれつ)な物言いに(さら)されている聖天子(せいてんし)だけが、涼しい顔を崩さないまま、斉武と相対していた。「いつも通りですね、斉武大統領」少女の可憐(かれん)(くちびる)には、笑みさえ滲んでいる。「もはや会談の際にあった、僅かながらの()()()の取り(つくろ)いさえしないのですね」

「はッ! 今さらであろう!」斉武は乱暴に吐き捨てる。「あの時、蓮太郎(れんたろう)に見せた言動こそが俺の本性よ。それを間近で見ていたのが聖天子、お前だ」

「しかし、周りの方々は、あなたの態度にどのような反応を返せば()いのか図りかねているようですが」

「好きにさせておけば良かろう。そもそも、あのような下郎(げろう)共など元より眼中(がんちゅう)にないッ」

「であれば、先ほどはずいぶんと激昂していたようで」

「何だと?」と斉武の眉間(みけん)(しわ)が寄る。

「あら? どうやらご自身の矛盾(むじゅん)に気がついておられないようですね」純白の少女は、可愛らしく小首を傾げて、(とげ)だらけの言葉を(つむ)ぎ出す。「あなたにとって取るに足らない存在の戯言(ざれごと)であれば、心など一寸(いっすん)も動かされないはず――。あなたの感情を(たかぶ)らせた行動それこそが、多田島さんや自衛隊の存在の強固さを裏づけています」

「……俺を愚弄(ぐろう)しているのか?」

「客観的な事実を申し上げたまでです」

「…………」

「…………」

 稲光(いなびかり)のごとき鋭利(えいり)な眼光を交差させる二人の国家元首の様子を目の当たりにし、周囲を取り巻く者達が、誰にともなく生唾(なまつば)を飲み込んだ。

 やがて、「ふんッ」と斉武は鼻を鳴らすと、「もう良い、銃を下ろせ」と背後の護衛達へと命じた。爆発寸前までヒートアップしていた空気が一気にクールダウンし、護衛の兵士達が揃って胸を()で下ろした。

 聖天子の周りにいる特戦機捜や自衛隊も、応じるように銃口を下げる。

 斉武(さいたけ)は自身の行為など素知らぬ様子で身を(ひるがえ)し、「蓮太郎を見て、少しは学んだようだな」と歩き去っていく。「ゆめゆめ忘れるでない。――俺の足を引っ張る事だけはするな」

 斉武を迎えに来た装甲車の一団が、自国の元首を搭乗させ、吹雪(ふぶき)の向こうへと消えていく。

「……聖天子様」と多田島が、恐る恐る少女を覗き込んでくる。「ご無理だけはなさらぬように」

「問題ありません」だが、当の聖天子はそこまで堪えた様子もなく、「――これも私の責務の一つですので」と口にした。

「失礼ですが、あの民警の入れ知恵でしょうか?」おそらくは蓮太郎の事だろう。あの少年と多田島は、ある種の腐れ縁だと聞いている。

 聖天子は首を横に振って否定する。「いえ、里見さん自身から何も。今しがたのやり取りは、紛れもなく私自身の意思に基づくものですよ」

 面食らう多田島を横目に、純白の少女は控えめに微笑んで歩き出した。

「私達も行きましょう。これ以上長居(ながい)しては、空港を警備する方々の迷惑になってしまいます」

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