ブラック・ブレット9 Träume 開幕、北陸奪還戦   作:鏡之翡翠

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 仮面の男が、優雅(ゆうが)とも言える動きを()ってして、ソファから立ち上がる。彼に引っついていたドレスの少女が、「パパあ、もう始めちゃうの?」と名残惜しそうに言ったが、構う事はしなかった。

 ――くそッたれが……!

 リカルドは内心で毒づいた。

 九ミリ拳銃を持つ手が震える。突きつけた銃口の照準が、自らの意思に反して安定してくれない。カタカタと先端が(いびつ)な金属音を鳴らす。

 恐れ。(おのの)き。動揺。戦慄(せんりつ)――。

 あらゆる語彙(ごい)を以ってしても、今の自身の心理状態を形容するには足りないだろう。

 影胤(かげたね)から発せられる圧倒的な(プレッシャー)を前に、無意識のところで戦意を喪失(そうしつ)しかかっているのだ。

 ――里見(さとみ)と同じ……機械化兵士……!

 蛭子(ひるこ)影胤と娘の小比奈(こひな)がしでかした事は、自衛隊にいた頃にも知るところだ。防衛省を襲撃し、聖天子の前での宣戦布告。東京エリア中を引っ掻き回し、挙げ句の果てには、ステージⅤガストレアである『天蠍宮(スコーピオン)』まで召喚せしめた。

 蓮太郎と延珠のペアが蛭子親子を退(しりぞ)け、未踏査領域内に残されていた、ガストレア大戦時の遺産であるレールガンモジュール――『(あま)梯子(はしご)』を駆使してゾディアックを撃滅した事で、最悪の被害は回避できたが、この仮面の怪人が引き起こした未曾有(みぞう)のテロは、未だ人々の記憶に焼きついている。

 だが、リカルドの脳裏に最も鮮明に刻み込まれた彼らの姿は、テロリストとしてのそれではなく――ガストレアの大軍勢を前に、一歩も退()かずに戦う後ろ姿であった。

 第三次関東会戦の最終決戦。

 敵軍の将であるステージⅣ『アルデバラン』を討伐するために用意されたEP爆弾。それを携えた里見蓮太郎を、(くだん)のガストレアの元へ送り届ける作戦――オペレーション『レイピア・スラスト』。

 あろう事か、蛭子親子は民警連合側の戦力として参戦し、黒衣の少年の指揮の元、『アルデバラン』率いる異形(いぎょう)の大軍勢と交戦したのだ。

 あの時、リカルドは、民警達の決死の突撃を誰よりも間近で目撃していた。

 自衛隊の精鋭部隊が、戦いの序盤で惨敗を(きっ)し、組織として瓦解(がかい)した中で、唯一戦意を失わなかったリカルドだけが、民警連合に合流して最終決戦に参加した。

 地獄の底を煮詰めたような惨憺(さんたん)たる死地のさなかにあっても、蓮太郎のアジュバントだけが鬼神(きじん)のごとき戦果を挙げ続けた。

 少年の下についた影胤が、機械化兵士能力『イマジナリー・ギミック』を以ってして、ガストレア達の猛攻を(しの)ぎ、斥力(せきりょく)フィールドを応用した大技で群れを薙ぎ倒していく様は、余りにも現実離れしていた。

 攻撃力に特化した蓮太郎とは、一八〇度方向性の異なる規格外。

 かつてのリカルドが戦場の真ん中で、心を()し折られる事となった要因の一つ――。

 ――克服(こくふく)……できたと思ってたんだがな……。

 天秤宮(リブラ)騒動で、黒衣の少年と肩を並べて戦い、事件の解決に奔走(ほんそう)した事で、自身の中にあった劣等感や無力感とは訣別(けつべつ)できたと思っていた。

 だが、影胤を前にした瞬間、その(かす)かな希望はあっけなく打ち砕かれる。

 過去は消せない。

 当時、アイデンティティの根底にまで刻みつけられた傷は、未だ塞がってなどおらず、ささいなきっかけで開いてしまうほどに根深かった。

 張りつめた空気は、影胤の一挙手一投足を呼び水に、今すぐにでも弾けてしまいそうだ。

 その場の全員が、四肢を硬直させたまま、仮面の怪人の出方を(うかが)羽目(はめ)になる。

「そう緊張しなくて良い」と影胤は含み笑いと共に断りを入れる。「銃を下げたまえ。ここで君達と敵対するつもりはないよ」

「……その割には、おたくの娘さんは、さっきからえげつねえ殺気振り撒いてやがるけどな」

 リカルドの指摘に、影胤は眼下の矮躯(わいく)一瞥(いちべつ)する。「――ねえねえ延珠(えんじゅ)。久しぶりに会えたんだから一緒に遊ぼう。早く斬りたいな。斬りたいな。良いでしょ? ねえ延珠」と(ひとみ)に宿る赤色を隠す素振りもない小比奈(こひな)が、体を左右に揺らしながら、ツインテールの少女へ(おぞ)ましいラブコールを送り続けている。その両手には、抜刀済みの小太刀(こだち)が二振り携えられていた。

「ふむ」と頷きながら、影胤は愛娘(まなむすめ)の頭頂部を小突く。「武器をしまいなさい、小比奈」

「……パパのいじわる。やっと延珠と会えたのに……」

「私の言う事が聞けないなら、これはお預けだが構わないかね?」と影胤は、コートから取り出した薄い何かを振ってみせる。ブラウンの包み紙の隙間から銀色の包装が覗くそれは、市販の板チョコだろう。

 小比奈の表情が、みるみる内に泣き出しそうになっていく。正真正銘の親子が、親子らしいやり取りをしているというのに、そこには得体の知れぬ不気味さしか存在しなかった。

「パパのひとでなし……」と引き下がる小比奈を横目に、影胤は、「失礼、娘への(しつけ)がなっていなかったようだ」とチョコレートを(ふところ)へ戻す。

 悠然(ゆうぜん)とした足取りでテント内中央へ移動した影胤は、無機質な白面(はくめん)を、黒衣の少年へと向ける。「我が同志よ、再び君と肩を並べられるのが楽しみだよ」

「何を言って……」

 狼狽(ろうばい)を隠せない様子の蓮太郎に、影胤は喉の奥で笑って返す。

「おや? その反応は少しばかり傷ついてしまうね。――私と小比奈はすでに里見君、君のアジュバントのメンバーだろう?」

「ふざけるなッ。誰が貴様を――」

「あの時――東京エリアが破滅への秒読みを刻み続ける中、私と君は共に戦場を駆け抜けた。視界を覆い尽くす血飛沫(ちしぶき)ッ、鼓膜を穿(うが)叫喚(きょうかん)ッ、その身に突き刺さる殺意と、手に残り続ける殺しの手応えッ。私が戦地の只中(ただなか)で感じた高揚(こうよう)は紛れもない本物だったッ!」

 反論しかかる黒衣の少年に被せるようにして、仮面の怪人は高らかに語る。

里見(さとみ)君! 私はもう一度君と共に戦いたいッ。この内から湧き上がる欲求を満たすためならば、吐き気を催すほどの仲間ごっこにも(きょう)じるとしよう!」

「……さっきから黙って聞いてりゃゴチャゴチャと」(いら)つき混じりの声色で、前へ躍り出たのは、両拳を握り締めた片桐玉樹だ。彼の拳に装着されたガントレットと、ブーツに走るバラニウムチェーンソーが同時に(うな)る。反響する爆音にも負けぬ声量で、「弓月ッ! 構えろ!」と妹へ呼びかける。「テメエが仲間になるだと? はッ! こっちから願い下げだボケ! 今から、まとめてぶち殺してやる!」

「不本意だけど、あたしも同じ兄貴と同じ意見よ」冷えた眼光で、弓月が小比奈を睨みつける。「あんたに刺された脇腹の(うら)み、忘れた訳じゃないから」

 一触即発の状況に、(あせ)りが(つの)っていく。

 ――不味(まず)いな……。

 一度煮え湯を飲まされているにも関わらず、僅かな恐れも見せずに喧嘩(けんか)を売る片桐兄妹の度胸には乞嘆(きったん)するが、やはり分が悪過ぎる。

「延珠さんは退がっていてください。ここは私が」さらにはティナまでもが動く。彼女はレザージャケットの裏側へ手を突っ込み、そこからフルオート仕様のグロック拳銃を抜いた。

 小比奈が双眸(そうぼう)爛々(らんらん)と輝かせ、「やった」と笑った。「あなたとも遊んでみたかった! 良いよねパパ! 延珠がお預けなら、あいつは良いよね!? 斬りたい斬りたい斬りたいッ!」

「影胤ッ!」と蓮太郎が慌てて叫ぶ。「小比奈を退がらせろ! 話なら俺が聞いてやる!」

 ティナが首を横に振った。「彼らに取り合う余地などありません。彼らは稀代のテロリストであり、大量殺人鬼です。少しでも隙を見せれば、食われるのは私達です」

「こいつの言う通りだぜ」玉樹も同意する。「こんなイカれ野郎共と一緒にいる必要なんざねえ。あの時は成り行きで仕方なくだったが、今は(ちげ)え」

「第三次関東会戦の時がどうだったかは知らないけど」と事態を静観(せいかん)していた占部(うらべ)里緒(りお)が、冷静な調子で介入する。「ここには各エリアから正規軍が集まってる。言うまでもないけど、この地における勢力は一枚岩なんかじゃない。民警や傭兵も合わせれば、全く所属の違う人間が何万人もいるの。そういう場で必要なのは、何よりも強固な秩序(ちつじょ)だよ。……それが瓦解してしまうような要因は、たとえ一つだったとしても受け入れるべきじゃない」

 状況は完全に蛭子親子排除の方向へと(かじ)を切り始めている。

 これが望ましくないシチュエーションである事は、リカルドも分かっている。だが、もう止める手立てがない。

 影胤(かげたね)の仮面の下にある表情は読めないが、三日月状に()り抜かれた眼窩(がんか)の奥から覗く眼光は、どこか失望を滲ませているようにも感じられた。

「……交渉は決裂、という事で良いのかね?」影胤は薄く息を吐く。「では――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――ッ!」

 影胤が、ホルスターのカスタムベレッタ拳銃に手を伸ばす。それと同時に長躯(ちょうく)の輪郭から、青白い燐光(りんこう)(きら)めいた。

 斥力フィールド発生能力――イマジナリー・ギミック発動の予備動作。

 ステージⅣクラスの攻撃を凌ぎ切る盾としてだけでなく、斥力の出力方法を変えれば、対象の圧殺や刺突まで応用の利く規格外の力。

 黒衣の少年が有する圧倒的な攻撃力に比べれば、確かに威力は控えめかもしれない。

 しかし、その殺傷力を生身の人間に向けるのであれば、それは誤差の内にも入らない。

 蓮太郎の発する(おそ)れを含んだ目線が、影胤のそれと交差する。この親子の恐ろしさを最も知っているのは、かつて真正面から対峙(たいじ)し、瀕死(ひんし)の重症を負わされた事もある少年自身だ。

 蓮太郎が、ごくりと生唾(なまつば)を飲み込む。『――もう、やるしかないのか』黒衣の少年の顔は、そんな諦観(ていかん)をありありと物語っている。

 チェスターコートの袖口から伸びる手が、震えながらXD拳銃の銃把(じゅうは)を掴もうとした時だった。

 

 

「あのう……こんな状況で言う事じゃないのは百も承知なんですが……――」

 

 

 おずおずと右手を挙げつつ、上擦(うわず)る声色で周りへと切り出したのは、これまで(かたく)なに沈黙を貫き続けていた女子高生プロモーター、志咲(しさき)香帆(かほ)だ。

 影胤のシルクハットが頭ごと香帆の方へと傾けられる。

「ひい!?」と両肩をビクつかせる少女。真っ青に染まった顔からは、滝のような汗が溢れ落ちる。

「何だねレディ」影胤はさして興味もなさそうに、「今日が君の命日になるかもしれないからね。せっかくだ。冥土(めいど)の土産に聞くだけは聞いてあげよう」と言った。

 固唾(かたず)を飲んで他の者達も、じっと香帆を見据える。

 制服姿の少女は眼球を反復横跳びさせるかのごとく泳がせながらも、必死で呼吸を整え、いかにもわざとらしい咳払いをしてから告げる。

 

 

「――そもそも蓮太郎(れん)ちゃんが、もう自衛隊にアジュバントの編成確認書類を提出しちゃってるから、あとから来たあなた達はどうやってもこのアジュバントには入れないのでは……?」

 

 

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………」

 その場のほぼ全員が、目を点にして言葉を失う。

 肉親の事情さえもどうでも良いと思っている小比奈(こひな)だけが、(ほう)けた顔でゆらゆらと上半身を揺らしている。

 内心の焦燥を誤魔化すためかは定かでないが、香帆は自身の両手の人差し指の腹をくっつけたり離したりしながら、「ほら……今回って、作戦地域への移動もアジュバント単位で行われるでしょ……? そういう時って、自衛隊や軍が事前に提出された名簿を元に手配するから……名前がない人は、正式には『いない』扱いになっちゃって……結局、一緒に行動したりする事もできなくて……」と、しどろもどろになりながらも説明していく。

 つまり、影胤は最初から間違えていたのだ。

 実力行使で要求を押し通したとしても、その後の運用で致命的な問題が生じる。

 もし本当に影胤が、蓮太郎の傘下に(くだ)りたいと考えていたのならば、もっと先んじて接触するべきだったのだ。

 弓月や里緒、延珠が憐れみ混じりの視線をフロックコートの男へと注ぐ。

「……ふむ」ややあって、仮面(マスケラ)の相貌が微かに震えた。「これは驚いたよ。この私が、こんな年端も行かぬ少女に一杯食わされるとはね。興味深い意見、誠に感謝する」

 負け惜しみだろうという言葉を、空気を読んで全員が飲み込んだ。

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