ブラック・ブレット9 Träume 開幕、北陸奪還戦 作:鏡之翡翠
仮面の男が、
――くそッたれが……!
リカルドは内心で毒づいた。
九ミリ拳銃を持つ手が震える。突きつけた銃口の照準が、自らの意思に反して安定してくれない。カタカタと先端が
恐れ。
あらゆる
――
蓮太郎と延珠のペアが蛭子親子を
だが、リカルドの脳裏に最も鮮明に刻み込まれた彼らの姿は、テロリストとしてのそれではなく――ガストレアの大軍勢を前に、一歩も
第三次関東会戦の最終決戦。
敵軍の将であるステージⅣ『アルデバラン』を討伐するために用意されたEP爆弾。それを携えた里見蓮太郎を、
あろう事か、蛭子親子は民警連合側の戦力として参戦し、黒衣の少年の指揮の元、『アルデバラン』率いる
あの時、リカルドは、民警達の決死の突撃を誰よりも間近で目撃していた。
自衛隊の精鋭部隊が、戦いの序盤で惨敗を
地獄の底を煮詰めたような
少年の下についた影胤が、機械化兵士能力『イマジナリー・ギミック』を以ってして、ガストレア達の猛攻を
攻撃力に特化した蓮太郎とは、一八〇度方向性の異なる規格外。
かつてのリカルドが戦場の真ん中で、心を
――
だが、影胤を前にした瞬間、その
過去は消せない。
当時、アイデンティティの根底にまで刻みつけられた傷は、未だ塞がってなどおらず、ささいなきっかけで開いてしまうほどに根深かった。
張りつめた空気は、影胤の一挙手一投足を呼び水に、今すぐにでも弾けてしまいそうだ。
その場の全員が、四肢を硬直させたまま、仮面の怪人の出方を
「そう緊張しなくて良い」と影胤は含み笑いと共に断りを入れる。「銃を下げたまえ。ここで君達と敵対するつもりはないよ」
「……その割には、おたくの娘さんは、さっきからえげつねえ殺気振り撒いてやがるけどな」
リカルドの指摘に、影胤は眼下の
「ふむ」と頷きながら、影胤は
「……パパのいじわる。やっと延珠と会えたのに……」
「私の言う事が聞けないなら、これはお預けだが構わないかね?」と影胤は、コートから取り出した薄い何かを振ってみせる。ブラウンの包み紙の隙間から銀色の包装が覗くそれは、市販の板チョコだろう。
小比奈の表情が、みるみる内に泣き出しそうになっていく。正真正銘の親子が、親子らしいやり取りをしているというのに、そこには得体の知れぬ不気味さしか存在しなかった。
「パパのひとでなし……」と引き下がる小比奈を横目に、影胤は、「失礼、娘への
「何を言って……」
「おや? その反応は少しばかり傷ついてしまうね。――私と小比奈はすでに里見君、君のアジュバントのメンバーだろう?」
「ふざけるなッ。誰が貴様を――」
「あの時――東京エリアが破滅への秒読みを刻み続ける中、私と君は共に戦場を駆け抜けた。視界を覆い尽くす
反論しかかる黒衣の少年に被せるようにして、仮面の怪人は高らかに語る。
「
「……さっきから黙って聞いてりゃゴチャゴチャと」
「不本意だけど、あたしも同じ兄貴と同じ意見よ」冷えた眼光で、弓月が小比奈を睨みつける。「あんたに刺された脇腹の
一触即発の状況に、
――
一度煮え湯を飲まされているにも関わらず、僅かな恐れも見せずに
「延珠さんは退がっていてください。ここは私が」さらにはティナまでもが動く。彼女はレザージャケットの裏側へ手を突っ込み、そこからフルオート仕様のグロック拳銃を抜いた。
小比奈が
「影胤ッ!」と蓮太郎が慌てて叫ぶ。「小比奈を退がらせろ! 話なら俺が聞いてやる!」
ティナが首を横に振った。「彼らに取り合う余地などありません。彼らは稀代のテロリストであり、大量殺人鬼です。少しでも隙を見せれば、食われるのは私達です」
「こいつの言う通りだぜ」玉樹も同意する。「こんなイカれ野郎共と一緒にいる必要なんざねえ。あの時は成り行きで仕方なくだったが、今は
「第三次関東会戦の時がどうだったかは知らないけど」と事態を
状況は完全に蛭子親子排除の方向へと
これが望ましくないシチュエーションである事は、リカルドも分かっている。だが、もう止める手立てがない。
「……交渉は決裂、という事で良いのかね?」影胤は薄く息を吐く。「では――
「――ッ!」
影胤が、ホルスターのカスタムベレッタ拳銃に手を伸ばす。それと同時に
斥力フィールド発生能力――イマジナリー・ギミック発動の予備動作。
ステージⅣクラスの攻撃を凌ぎ切る盾としてだけでなく、斥力の出力方法を変えれば、対象の圧殺や刺突まで応用の利く規格外の力。
黒衣の少年が有する圧倒的な攻撃力に比べれば、確かに威力は控えめかもしれない。
しかし、その殺傷力を生身の人間に向けるのであれば、それは誤差の内にも入らない。
蓮太郎の発する
蓮太郎が、ごくりと
チェスターコートの袖口から伸びる手が、震えながらXD拳銃の
「あのう……こんな状況で言う事じゃないのは百も承知なんですが……――」
おずおずと右手を挙げつつ、
影胤のシルクハットが頭ごと香帆の方へと傾けられる。
「ひい!?」と両肩をビクつかせる少女。真っ青に染まった顔からは、滝のような汗が溢れ落ちる。
「何だねレディ」影胤はさして興味もなさそうに、「今日が君の命日になるかもしれないからね。せっかくだ。
制服姿の少女は眼球を反復横跳びさせるかのごとく泳がせながらも、必死で呼吸を整え、いかにもわざとらしい咳払いをしてから告げる。
「――そもそも
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その場のほぼ全員が、目を点にして言葉を失う。
肉親の事情さえもどうでも良いと思っている
内心の焦燥を誤魔化すためかは定かでないが、香帆は自身の両手の人差し指の腹をくっつけたり離したりしながら、「ほら……今回って、作戦地域への移動もアジュバント単位で行われるでしょ……? そういう時って、自衛隊や軍が事前に提出された名簿を元に手配するから……名前がない人は、正式には『いない』扱いになっちゃって……結局、一緒に行動したりする事もできなくて……」と、しどろもどろになりながらも説明していく。
つまり、影胤は最初から間違えていたのだ。
実力行使で要求を押し通したとしても、その後の運用で致命的な問題が生じる。
もし本当に影胤が、蓮太郎の傘下に
弓月や里緒、延珠が憐れみ混じりの視線をフロックコートの男へと注ぐ。
「……ふむ」ややあって、
負け惜しみだろうという言葉を、空気を読んで全員が飲み込んだ。