連合軍の総本山として接収された駅舎内は、突貫工事による復旧を経て、LEDの冷ややかな人工光に満たされていた。
剥き出しのコンクリート壁には物資が城壁のように積み上がり、至るところに配置されたスチールデスクの上では、各エリアから持ち込まれた端末群が絶え間ない駆動音を上げている。
雪原迷彩を纏った兵士たちが慌ただしく往来する光景は、ここがかつての日常から切り離された、純然たる軍事拠点であることを雄弁に物語っていた。
須永二朗は、そんな喧騒を冷淡な一瞥で受け流し、迷いのない足取りで深部へと向かう。
「……ずいぶんと性急だな。この場所に留まる事さえ、お前にとっては苦痛か?」背後から投げかけられたのは、怪訝な響きを孕んだ男の声だ。
須永よりも一回り大柄な体躯を、厚手のブラウンコートで包んでいる。丁寧に整えられた黒髪と丸いレンズのサングラス、そして威圧的な口髭が特徴だ。
「何を今さら。当たり前じゃない。このオッサンにとっては、これから相まみえる相手が斉武大統領だって事が……ねえ?」さらに横槍を入れたのは、巨漢の彼とは対照的な、矮小なシルエットの少女だ。
肌が透けそうなほど薄いワンピースに麦わら帽子という、厳冬の地を嘲笑うかのような出立ち。
彼女の右手には、年齢に似つかわしくない歩行杖が握られていた。左手で熊のぬいぐるみを抱え、覚束ない足取りを杖で補いながら進むその姿は、痛々しさと同時に、隠し切れないアンバランスさを周囲に撒き散らしている。
両サイドから投げかけられる煩わしい言葉の羅列に、須永は思わず嘆息しそうになった。「余り喋らない方が良いんじゃないか?」と二人を一瞥もせずに指摘する。「ソードテールにハミングバード……だったか? 素性が露見して困るのは、お前らの方だろう?」
「お気遣い、痛み入るわ」ハミングバードなる少女は、神経を逆撫でするような冷笑を浮かべた。「けど残念だったわね。私達には斉武大統領という絶対的な後ろ盾があるの。有象無象の雑兵共に、安っぽく声をかけられるような立場じゃないわ」
ソードテールを名乗る男もまた、重々しく頷く。「表向き、我々は大統領の直属私兵として登録されている。この拠点における我々の立場に、揺らぎなど万に一つもありはしない」
「なら、公共の場に相応しい振る舞いという奴を考えてくれ」須永は、肺に溜まった疲労を吐き出すように嘆息した。「敬愛する上官様の顔に、泥を塗りたくる趣味があるんなら話は別だがね」
「……不遜ね。ただの軍人崩れの分際で」麦藁帽子の少女が嫌悪感を露わに目許を歪めるが、須永は取り合わない。
「不毛な反目はやめようと言っているんだ。先遣隊と五翔会――双方が根底で相容れる事はない」須永は、淡々と、しかし拒絶を込めて言葉を紡ぐ。「俺達は利害の一致という細い糸で繋がっているだけの関係だ。なら、互いにそのハリボテの平穏を維持する方が、いくらか有益だろう。違うか?」
ハミングバードは冷ややかな眼差しを向けたが、須永がそれ以上取り合わないことを悟ると、忌々しげに視線を切った。
駅舎の奥、かつての駅員事務所であった区画へと足を踏み入れる。
「この先の個室を応接間に仕立てている」ソードテールが、無機質に告げた。
「案内、感謝するよ」
「……忠告しておくが、我々が単なる付き添いだとは思わない事だ」大男が歩みを止め、須永を値踏みするような視線で射抜く。
「はは」と須永は乾いた笑いを返す。「分かっているさ。――俺に対する牽制、そうだろ?」
「理解しているなら、振る舞いには細心の注意を払え。この先におられるのは、五翔会最高幹部の五枚羽根にして、大阪エリア元首――斉武宗玄様だ。本来であれば、貴様のような下賎な日陰者が顔を合わせる事さえ憚られる存在だ」
「お気遣いどうも。肝に銘じておくよ」
大男から発せられる、殺意に近い警告を須永は柳のように受け流した。ハミングバードが先ほど放った皮肉をそのまま返す不敵さを見せると、彼は迷うことなく、権力者の待つ扉へと歩を進めた。
背後に突き刺さる二人分の視線を一顧だにせず、須永は応接室の重厚なドアを押し開けた。
「貴重な電力を、ずいぶんと贅沢に使っているようで」設定温度を限界まで上げたエアコンから吹き出す熱の塊が、須永の全身を包んだ。極端な寒暖差に当てられた皮膚が、内側から膨張するような不快な熱感を覚える。
「七年ぶりか」須永の皮肉を、部屋の奥に鎮座する壮年の男が無機質に受け流した。
大阪エリア軍の軍服に身を包み、獅子のごときたてがみを揺らす男。鋭利な刃物を思わせる眼光は、須永の記憶にある姿から微塵の衰えも、変化も見せていなかった。
大阪エリア国家元首――斉武宗玄。
「息災でしたか、斉武大統領。七年も経てば、少しは丸くなったかと思いましたが」
「おかげさまでな」斉武は、その傲岸な笑みを崩さない。「お前こそ、あの敗北から何も学んでいないようだな」
「そう見えますか? これでも、あの地獄で自分という人間を嫌というほど見つめ直したつもりですがね」会話の端々を拾いながら、須永は視線を走らせ、室内の状況を捕捉する。
警備として配置されている兵士は四人。内訳は入口に二人、斉武の背後に二人。
その装備は大阪エリア陸軍の最新鋭小銃――五翔会のエージェント達が纏う『得体の知れない気配』とは異なる、純粋なプロの兵士達のものだ。
――彼らは『あちら側』の人間ではない。
須永はそう結論づけ、何も知らぬ道化を装い続ける事に決めた。
「ふははッ! 反逆者風情が、言葉だけは達者になったものだ」斉武が口角を引き裂くように吊り上げる。だが、その双眸には、極寒の大気にも似た絶対零度の殺意が滞留していた。「お前にとって、この七年は無聊を慰めるには十分な時間だったようだな」
「――ええ」須永は、微かに笑みを浮かべて頷く。
その瞬間、斉武の左前にいた若い護衛の瞳孔が大きく開いた。須永から放たれた、隠しきれない凶兆に気圧されたのだ。兵士のこめかみを、一筋の汗が這い落ちる。
「後輩を威圧するのが趣味になったか?」斉武が、楽しげに問いかける。
「この程度で萎縮するようでは、大阪エリア軍の行く末も知れています。鍛え直しが必要では?」
「案ずるな。不良品は順次処分している」
さも事務的な作業をこなすかのような口調。
斉武は懐から消音器つきの拳銃を抜き放つと、視線すら向けずに引金を絞った。
くぐもった銃声が、人工的な暖風に紛れる。
眉間を貫かれた若い兵士が、脳髄の飛沫を撒き散らしながら、崩れるように倒れ込んだ。
熟した果実が潰れるような、湿った音が室内に響く。絨毯の毛足が瞬く間に赤黒く染まり、鉄錆と臓物の混じった饐えた臭気が立ち込める。
「相変わらずのようで」
「我が領土に、弱者は必要ない。――須永、お前には釈迦に説法だったか?」
残された三人の護衛は、土気色の顔で直立不動を貫いている。呼気さえも罪悪であるかのように押し殺し、次の弾丸が自分に向かない事を祈る彼らの瞳には、剥き出しの恐怖が張りついていた。
須永は何食わぬ顔で、「そろそろ本題に入っても?」と訊ねた。
「構わん」と斉武は首肯すると、自身の座るソファの対面を指差す。テーブルを挟んで同じ見た目の調度品が設置されていた。「座れ」という事だろう。
須永は素直に従う。革張りのソファに腰を沈み込ませ、改めて斉武と向き合う。
「お前を呼び出したのは他でもない。『開戦の儀』の打ち合わせと、今後の処遇に関しての通達だ」
「打ち合わせ?」須永はわざとらしく眉をひそめる。ここで反応しておいた方が良いだろうと思ったからだ。「俺達には関係のない話でしょう?」
「謙遜せずとも良い。お前達先遣隊は、この軍事作戦における最大の立役者だ。お前達は地獄の果てに最も偉大な名誉を掴み、極上の景色を臨む権利がある」
「それが『開戦の儀』と何の関係が?」
「俺と聖天子が、至高の舞台でお前達を讃えてやると言っている。他でもない――集結した軍事組織と民警が一同に会する、かの場でな」
「別にそんな事を望んだ覚えはないんですがね」と困惑を装いながら頭を掻く。「俺も含めて、先遣隊の面々が切望しているのはただ一つ、『恩赦』ですよ。斉武大統領――」
「ほう? 名声は必要ないと申すか?」
「当たり前でしょう?」何を当然の事を訊いているのかと言わんばかりに、須永は大仰に言う。「俺達はそれを求めて――それだけに縋って今日まで戦い続けてきた」
須永の視線は、ずっと斉武を捉えたままだ。
対する斉武も、まずは言い分を全て耳に入れた上で判断しようとしているのだろう。値踏みするような目を保ったまま、閉口を貫いている。
「忘れたとは言わせませんよ。あの時、あなた自身が言ったんです。北陸の地を取り戻す足掛かりを作った暁には、全ての禊ぎを終えた事としてその身を解放する――とね」
「はッ!」と最大限の蔑みを含んだ返し。「ずいぶんと萎れたな、須永。七年前――俺を殺そうとしたほどの男が、何とまあ情けなき事よッ!」
斉武の発した言葉に最も強烈に反応したのは、語りかけられている須永本人ではなく、彼らを取り巻く兵士達の方だった。兵士達は信じられないものを見るような眼差しを、須永へと向けてくる。
直後に抑えられた発砲音が一つ鳴り、入口を警戒していた二人の内の一人が短い悲鳴ののちに後ろへ倒れ込んだ。壁に背中から叩きつけられ、赤い尾を引きながらずり落ちて行く。より咽せ返るような臭いが充満していく。
斉武は、銃口から薄く硝煙が洩れる拳銃を握ったまま、「正直に言う。もっと見どころのある男だと思っていた」と瞳をギラつかせた。「何がお前をそこまで変えた? もう、あの目を俺には向けられなくなったのか?」
須永は口を噤んで怯える兵士達を見やる。
――……もう、気にする必要もないか。
「斉武大統領――」と低い声色で、かつての主君とでも形容すべき男へ呼びかける。「人間が大人になる瞬間とは、いつだと思いますか?」
「何を言っている?」
「ただの雑談ですよ」と須永は軽く笑って肩を竦める。「もう二人も死んだ。少しくらい脱線した話でもしておかないと、残った彼らがこの空気に耐えられなくなる」
同意を求めるように、斉武の後ろの兵士に目配せするが、当の本人はどんな反応をすれば良いか図りかねているようだった。
気にせず須永は言葉を重ねる。「さあ答えてください、斉武大統領。聡明なあなたなら、この程度の質問、答えるのに苦悩など必要ないはずだ」
「くだらん。そんなもの、現在に至るまでに腐るほど議論されておる。たとえば、カントは『啓蒙とは何か』の中で、人間が『未成年状態』から抜け出す事の重要性を説いた。自律的な判断のもと、自身の理性を使えるようになる時が大人となる瞬間という考えだ」
血生臭い空気のさなか、斉武は淡々とした口調で、かつての偉人達の思想を語る。
「分析心理学の観点で言えば、ユングは、人生の前半は『社会へ適応し、社会的な仮面を身につける時期』とした。そして人生の後半は、社会的な役割を離れ、自分の中に隠されていた影と向き合い、『真に統合された全体としての自分』になる過程を経ると言った。要するに、精神的な成熟に伴う『自分自身の知覚』こそが、大人になる条件な訳だ。――これで満足か?」
「さすがは斉武大統領です。素晴らしい見識だ」
「ふん、しょせんは過去の戯言。残された記録から参照できるだけの情報に、大層な価値はない」斉武は腕を組みつつ、「それで」と話題を転換した。「そんな事を訊いてくるからには、お前にはお前なりの定義とやらがあるのだろう? 俺がこうして答えてやったんだ。よもや、お前が話さぬなんて事はなかろう」
「ええ、もちろん」と須永は肯定してみせる。「俺の考えはどちらかと言えば、エリクソンに近い」
「自我同一性の獲得が条件とする思想か」
「自分が何者であるかの確信――それを確立する事が、大人への第一歩。それがエリクソンの提唱した考えです。俺の思想の出発点は、確かにエリクソンを元にしている――ですが、俺はその逆こそが正解だと思っているんですよ」
斉武の目許が徐々に険しくなってくる。「……自己の亡失が円熟の要因であると、お前はそう申すのか?」
「はい。アイデンティティの獲得ではなく喪失。それこそが人の精神を最も成熟させ、高みへ登らせる道のりなのです。つまり、自分はもはや何者でもなく、自分はとっくに自分の物語の主人公などではないと悟った時こそが、自身の世界に対する立ち位置が明確に定まった瞬間だと言えるって訳です」
次の瞬間、須永は大きく両脚を持ち上げていた。
軍用ブーツの踵を机の天板へ叩きつけながら脚を組む。上体をソファの背もたれに深く預け、両腕を後ろ手に広げて縁に引っ掛ける。
「さっき、この七年間で自分を見つめ直したって言っただろ? 俺は学んだのさ。かつての部下達が次々にガストレアに殺され、あるいは体液を注入されて化け物に変わった。大阪エリア陸軍大佐としてガストレア大戦を戦い抜いた英雄、須永二朗はすでにいない。そこにいるのは誰も守れやしない、ただの無力な抜け殻なんだってな」
「何を言って――」
予兆のない須永の豹変に、さすがの斉武の声も上擦る。
だが、もう遅い。
一国の統治者の眼前で、傲岸不遜の極みのごとき態度を取り続けながら、須永はゆっくりと天井を見上げる。
「斉武、俺は変わった。いや――変わらざるを得なかったから、変わってしまったんだ。お前の独裁に業を煮やし、部隊の皆とクーデターを画策したあの日――俺は自分が物語の主人公になれた気分でいた。だが違った。かつての俺が見たものは、馬鹿で幼稚な、単なる出来の悪い幻想でしかなかったんだよ」
「……ッ! 貴様ら! すぐにこいつの口を塞げッ!」斉武は口角から泡を飛ばしながら、自身の前後にいた兵士達へと命じる。
二人がワンテンポ遅れて小銃を構えた瞬間、「小田桐」と須永が一つの名を口にする。
その直後だった。
直上の建材が轟音を響かせながら崩落し、穿たれた天井の穴から濃霧のような土煙が吹き込んだ。
「なッ――」
ガラガラと落下してきた鉄製スパンドレルや石膏ボードが、赤子の崩した積木のごとく堆積して重なり、その直前まで棒立ち同然だった兵士達を下敷きにする。
煙が晴れるのを待たず、乱雑に掘削された入場口から、次々と武装した兵士達が飛び降りてくる。
ボロボロの野戦服と、屋外活動用の外套、各エリアが装備更新の際に廃棄した型落ちの銃器。その外見的特徴は何一つとして正規軍のそれとは一致しない。彼らは全員、須永の部下――先遣隊のメンバーだった。
「だいぶ派手にやったが、これで良かったのか?」とソファの横に立った小田桐が訊ねてくる。
「構わんさ。どうせ、もう戻る事もないんだ」須永は感慨もなく言う。
拳銃を手にした益子と安斎が、下敷きになった兵士へと駆け寄るやいなや、銃口を頭部へとあてがい、速やかに発砲音を打ち鳴らす。静かに広がっていく血溜まりは、生命の終焉という不可逆の結果を指し示していた。
「何をッ……何をしている!? 貴様らはあッ!?」
狼狽を隠せない様子の斉武に対し、須永はゆったりとした口調で、「俺を呼び出すとしたら、この場所しかないと思っていた」と言った。「だから、あらかじめ用意してたのさ。ここに続くまでの抜け道を。上手く隠せていただろう? ここの復旧工事に携わった軍も自衛隊も民間企業も、だれも気づけないくらいに巧妙にカモフラージュできていたんだから」
「そんな事を訊いているのではないッ!」
「改めて言葉にしないと分かりませんか? 聡明なあなたともあろう人間が」
「俺を愚弄するか! 須永ッ!!」
立ち上がる須永へと、小田桐が装備一式を手渡す。
ホルスターに収められた拳銃をベルトに装着し、サバイバルナイフを鞘ごと腰に備えつける。
小銃をスリングで肩に掛けると同時に、応接室の入口から見て左手の内壁が爆音を反響させた。内側から貫くように飛び出してきたチェーンソーの刃が、壁材をケーキのように切り分けていく。
仕上げとばかりに、裁断された壁板が蹴り飛ばされ、暗闇の向こうから、愉快げにニヤつく保脇卓人が現れる。「退路の確保、完了」
「時間ぴったりだな」と須永は言う。
今にもこちらへ食ってかかりそうな斉武を一瞥すると、須永は精密機械のごとき正確無比な挙動でライフルを照準し、セミオートで二発発砲。放たれた弾丸が、一寸の狂いもなく斉武の両脛を撃ち抜いた。
野太い絶叫が迸り、軍服を纏った躯体が崩れ落ちる。
「すまんな、さっき少しばかり嘘をついた」須永は悪びれもせずに言った。「俺達は名声なんて求めてないし、さらに言うと恩赦さえいらない」
「き、貴様……! まさかッ……」荒い息を混じえながら、斉武は一つの結論に至ったかのように瞳孔を限界まで見開く。「お前はッ――この地であの日の続きを演出しようとしているのか!?」
「はははははッ!」と須永の高笑いが反響した。
「何がッ……おかしいッ……!?」
顔中に脂汗を浮かべる斉武を見下ろしながら、須永二朗は、「まさか」とせせら笑った。「そんな規模で済むと本気で思ってるのか?」
須永や小田桐だけではない――保脇、益子、安斎、その他の先遣隊の面々が、氷のように冷たい視線を斉武へと注ぐ。
「ここにいるのは、祖国に切り捨てられた人間だ」吐き捨てるように須永は言った。「ここに送られてきた事情は各々異なる。無実の罪を着せられた者もいれば、犯罪者足り得る悪事を尽くした奴もいる。だが……こうは思わないか? たとえ、純然たる潔白じゃなかったとしても、俺達は本当にこんな目に遭う必然性があったのか? 未踏査領域の深淵――その真ん中で、泥を啜りながら、いつ命の灯火が消えるかも分からない恐怖と対峙し続ける事が。……とてもじゃないが、そこに正当性は感じられないんだよ」
「都合の良い事をのたまうなッ……! 貴様こそ忘れたのかッ。貴様はこの俺をあろう事か誅殺しようとした……! その代償が流刑で済んだだけ――」
「法に背いた者は、法で裁かれるべきだった」被せるように言い放たれた言葉には、有無を言わせぬ迫力があった。「踏まれるべき手続きを無視し、完遂を微塵も考慮に入れられていない作戦に無理矢理投入される――。それのどこに正義がある? 家族や大切な人と最期に顔を合わす事もできないまま、ガストレアの餌になった連中の無念は、どうやったら晴らされるんだ?」
「…………ッ!」
「ネストとやらを俺のところに寄越したのは、お前だろ? 斉武」
須永は数日前に出会った白髪の青年の姿を思い起こす。
その麗しい見目から紡がれたとは、とうてい思えない残酷な計画の数々――彼の言葉の後ろには、否応なしに別の人間の気配が滲み出ていた。
「五翔会が裏から北陸奪還戦を引っ掻き回し、エリア奪還に伴う国家樹立が成された時、五翔会所属の政治家が要職に就けるようにする――。そいつを最も求めていたのは斉武、あんただ」
「何を根拠に……!」
「一〇年前、大阪港を守り切ったのは誰だったか忘れたのか? 俺や小田桐、柿内や皆が繋いだ物流の要は、今やお前の私腹を肥やすための既得権益と化している。せっかく確立されたドル箱をみすみす逃すような事はしないだろう? お前は、金沢港を他のエリアが主導して運営するのを許容できない。だから何としてでも自分の手中に収めようとする。そのために、五翔会の手駒を使って先遣隊に接触してきた。この北陸の地を知り尽くしている先遣隊にな」
腹の中を全て言い当てられたからだろう。斉武は両目に憤怒の炎を滾らせたまま、砕けんばかりに歯を食い縛っていた。
散乱した天井の破片を踏み砕きながら、須永を含む先遣隊の面々が、先ほど保脇の開けた脱出口へと集まっていく。
「俺達の目的は復讐さ。大阪エリアだけじゃない。全てのエリアへのな」須永の無機質な宣言が、染み渡るように木霊する。「俺にとって五翔会なんてのは、『ソロモンの指輪』さえ提供してくれれば、それで利用価値の尽きる程度の存在でしかなかったんだよ」
「……須永」と斉武の押し殺した声が投げかけられる。「お前は……いや、お前達は、最初から全てを壊すつもりで……――」
「化け物を産む最初のきっかけになったのは、あんただ。それを忘れるな、最期のその瞬間までな」
暗闇に溶けていく須永は、最後にこう言った。斉武でも先遣隊の誰かでもなく、この場にはいない何かへ向けて――。
「ようやく出番だ、『ベテルギウス』。お前の力を以ってして、この極寒の地に消える事のない混沌を刻みつけろ」