非常事態はすぐさま駅舎内に伝わる。作戦本部の金沢駅構内を武装した兵士達が駆けていく。
「くそ」と毒づいたのはソードテールこと鹿嶽十五だった。「開かない……! 奴ら、ここまで計算して……」
斉武と須永のいる応接室の扉は、どれだけ押しても碌に開く気配がない。直前に聞こえてきた爆音と崩落音から類推するに、室内に大量の瓦礫が積み上がった事で、扉の前が塞がれてしまっているのだろう。
「ハミングバード! 本部の兵士達に爆発物を持ってくるよう要請するんだ! このままでは埒が明かない!」
「そんなの悠長に待ってる暇なんてないでしょ!」しかし久留米リカは激昂と共に、十五の案を否定した。「どいてなさい! このまま突破するわ!」
リカが合図するように片手を上げると、廊下の奥から、室内に不釣り合いなエンジン音が爆発した。直後に浮遊する二つの物体が、リカの元へ近づいてくる。
それは合成ゴムで成形されたタイヤのような見た目をしていた。円盤遊具ほどのサイズの浮遊物の至るところから、ゴムの表皮を突き破って大振りの刃物が生えている。
「――要は邪魔な瓦礫がなくなれば良いんでしょ」とワンピースの少女はゴキリと首を鳴らす。「私の『死滅都市の徘徊者』で根こそぎ千切り潰してあげるわ」
「あそこにはまだ斉武大統領が――」
「あんた馬鹿? 爆弾で吹っ飛ばしたところで同じでしょ? なら、制御の利きやすいBMI端末で抉じ開ける方が、まだマシよ」
リカの剣幕に、十五は口を引き結びつつ退いた。「…………瓦礫の除去が済んだと同時に、俺が『光学迷彩能力』を発動して突入する」
「オーケー。しくじんじゃないわよ」リカがゆっくりと腰を落とし、前方を見据えながら端末操作のために集中力を研ぎ澄ましていく。「――攻勢付加『茨』」
瞬間、ビットに搭載された衝撃波エンジンが鼓膜を穿つような唸り声を轟かせる。
爆音に爆音を重ね、排気口から煤煙が噴射。一気に応接室の扉前に近づくと、回転鋸のごとき轟音を響かせながら、戸板と塵芥を破断しにかかる。
アーク溶断を思わせる眩い閃光が辺り一帯に撒き散らされ、猛回転する『徘徊者』の躯体が、みるみる内に瓦礫内部へと押し込まれていく。
「目標の排除まで、あと五秒」
リカが無機質に告げると同時に、十五はコートの内側に仕込まれていたサバイバルナイフを抜いた。構えを取ると共に、機械化兵士能力を発動する。ナノマテリアルを埋め込まれた人工皮膚が光を捻じ曲げ、十五の大柄な体躯を一瞬にして、周囲の景色と同化させる。
「……あの野蛮な軍人崩れめ。五翔会と敵対する事が何を意味するのか、骨の髄まで思い知らせてやる」
バギンッ! という一際大きな音がしたかと思えば、入口を塞いでいた建材の破片がまとめて崩れ落ちる。粉塵の向こう岸に、応接間の空間を視認。
先行して突入した二機のBMI端末に追従するようにして、十五も現場へ踏み込んだ。「斉武大統領ッ!」と光学迷彩を解除し、仰向けになったシルエットへと呼びかける。「ご無事ですか!? 族の連中は――」
「俺の事は良いッ!」顔を上げた斉武が、激情と共に吠える。彼は極寒のさなかにいるかのごとく震える指先で、一点を指し示す。壁に穿たれた大穴を。「すぐに先遣隊の連中を追え! 何としてでも奴らをここで仕留めろッ!」
「ソードテール! 斉武大統領はッ!?」遅れて乗り込んできたリカが、状況を確認すると共に、「……っ!」と息を飲んだ。
掠れ始めた声で斉武はがなる。「良く聞けッ、ソードテール、ハミングバード! 須永は――いや、先遣隊は『ソロモンの指輪』で召喚したガストレアを利用して、五翔会諸共、北陸に集まった連合軍を殲滅するつもりだ! すぐにフッケバインも向かわせる! ここで先遣隊を撃滅し、『ソロモンの指輪』を奪還せよ!」
「……何やねん、あれは……ッ!?」作戦本部のモニター管制室にて、大阪エリア陸軍の屋島司は、信じられないものを見たような表情を浮かべていた。「ステージⅡ……なんか……?」
「屋島少佐! 北西方向より、ガストレアの大群が進軍中!」と管制官の一人が、声を上擦らせていた。「確認できるだけでも……一〇〇〇〇から一五〇〇〇体はいますッ! それに……先頭にいるのは……!?」
外周区の至るところに設けられた監視塔、そこから撮影された映像が、リアルタイムでモニターに映し出される。
画面を埋め尽くすように敷き詰められた鮮紅色の輝きが、白色の雪原を妖しく照らし出す。その全てがガストレアである事実を、脳が無意識に拒もうとしていた。
そして。
大群の先頭に立ち、ゆっくりと歩く一つの影。
ボロ切れを和服のように身に纏い、二足歩行で闊歩するのは――一言で言えば猿だった。
毛むくじゃらの体躯は、間違いなく類人猿の因子を発現している事を示している。髪の毛のように伸びた頭の毛は、さながら侍のように後頭部の辺りで結わえられ、寒風に靡いている。
相貌に嵌まる目は、おそらく昆虫の複眼だろう。五角形の個眼が密集して並び、その一つ一つがガストレア特有の赤い煌めきを放つ。
他に発現していると思しき因子はない。間違いなくステージⅠ寄りのステージⅡガストレアだ。だが、その特異な風貌は、明らかに脆弱な低ステージのそれではない。
人間のごとく衣服を身につけ、髪型を整え、二足で地を踏み締める。その全てがゾディアックも含めた既存のガストレアの特徴と余りにも逸脱している。
だが、それ以上に何よりも目を惹く特徴が、その個体にはあった。
右手に携えられた――ブラッククロームの輝きを湛える長尺の物体。
震える唇で、屋島は呟く。「……まさか――刀……なんか? ガストレアが……バラニウム製の武器を持っとるんか……!?」