「右から来るよ!」という益子の警告に、彼の統率する隊員達が呼応した。即座に陣形を組み上げ、扇状に散開。スチールデスクを横倒しにして即席の弾除けを設ける。
直後に通路脇から現れた自衛隊の小隊が、一斉に八九式小銃を唸らせた。散発的に銃声が響き、スチールデスクの天板を次々に陥没させていく。
すかさず益子の部隊が反撃に移る。一世代前の六四式小銃の群れが数珠繋ぎの発砲音を打ち鳴らした。
間髪を容れずフォローに入ったのは安斎の小隊。益子達の弾切れの隙に合わせて、自衛隊達へ駄目押しの銃撃を叩き込んでいく。
「足を止めるな! 走れ走れ!」先遣隊の組む大規模なフォーメーションの中央にいるのは、言うまでもなく須永だ。陣形の中で最も安全な位置をキープしているにも関わらず、彼の顔には鬼気迫る感情がべったりと張りついていた。
迎撃に出た自衛隊が弾幕に押されて一時撤退した瞬間、保脇を含む数人の先遣隊員が手榴弾のピンを抜いた。
小田桐の一喝と共に爆発物が四方八方へ投擲され、僅かな間も置かずに起爆。破砕音がドップラー効果のように重なり、駅舎の至る場所で爆煙が上がる。
――もうすぐで旧兼六園口まで出る……!
須永の脳内が瞬時に金沢駅構内のマップを詳細に描き出す。
迎えの部隊とは、兼六園口を出たところの鼓門前で落ち合う手筈になっている。
――とはいえ……。
瞼を薄く閉じた須永の目に暗い影が落ちる。その瞬間、直上から爆砕音。回転鋸を思わせる爆音と共に、先ほどの意趣返しかのごとく天井が落盤していく。
須永がコンマ一秒以下の速さで小銃を向けたのと、土煙を引き裂いて一対のビットが突撃してきたのは、ほとんど同時だった。
衝撃波エンジンの駆動音が耳を通り抜けて脳を揺らす。タイヤとチェーンソーを歪に組み合わせたような凶器が、陣形直中に飛来。
「このまま大人しく逃がしてくれる訳はないよな!? ――五翔会ッ!!」
獰猛な笑みを伴いながら、須永は小銃の引金を絞った。七. 六二ミリのバラニウム弾が一斉に吐き出され、木製銃床を通じて、衝撃が右肩を叩く。
神業的に精密なコントロールによって、二方向から突っ込んでくるビットへ、ほぼ同時に銃撃を浴びせ続ける。弾倉が空になったのと、浮遊する殺人ビットの軌道が逸れたのは、やはりほとんど同じタイミングだった。
直後に須永の体を覆い隠すように、人型の影が落ちる。「――グチャグチャに引き裂いたあんたの首を手土産にしてやるわ!」とビットに続いて降りてきたのは、白いワンピースをはためかせる幼い少女。五翔会のエージェント、ハミングバードだ。
中身のなくなった弾倉のロックを外して落下させ、すかさず弾薬のフル装填されたマガジンを叩き込む。須永、そして彼とほぼ同時に襲撃者の姿を捉えた小田桐が、一斉に銃口を跳ね上げた。
「副隊長ッ」と隊員の誰かが、とっさに叫んだ。「後ろです――ッ!」
その時、小田桐の背後で紫電が瞬く。何もなかったはずの空間から、突如として大柄な男性のシルエットが浮かび上がり、コートの内側に隠されていたサバイバルナイフが勢い良く振り抜かれる。
小田桐がほとんど脊髄反射に近い反応速度で上体を伏せた。直後に、先刻まで彼の首があった場所をナイフの軌跡が擦過。小田桐は自身の体勢が崩れるのを利用して、強引に体を反転させると共に、左脚を軸に、強烈な右後ろ回し蹴りを繰り出した。軍用ブーツの踵が、襲撃者の脇腹にヒット。「ぐッ」という呻きを洩らしながら、巨漢がノックバックした。
「ちッ、この役立たずッ!」とハミングバードが悪態をつきながら、再度ビットへと指令を飛ばす。先ほど弾き返された二機の殺人鋸が、煤煙の尾を引きながら大きく旋回――爆音を奏でながら須永へと迫り来る。
着地した少女が、熊のぬいぐるみの腹に手を突っ込み、中から無骨な凶器を抜き放った。
――ビットの挟撃と、銃撃のコンボか!
須永はすぐさま周囲に視線を走らせて、情報を再取得する。再び自衛隊も集まってきていた。東京エリアの外骨格部隊も参戦しつつある。こちらへ突きつけられる八九式の銃口は、加速度的に増えてきていた。
――これ以上時間はかけられんな。
すでにハミングバードとソードテールの二人に、陣形への侵入を許してしまっている。形勢は明らかに連合軍側へと傾きつつある。
小田桐へとアイコンタクトを送ると、彼は小さく頷いた。「プランCへ移行!」と須永は声を張り上げる。
「了解!」「了解!」と益子と安斎が受諾。
さらに何人かの隊員が須永を援護するように六四式小銃の矛先をビットへと向ける。転瞬、須永は床を蹴り抜いて突撃を敢行。スリングで掛けた小銃を背中へ回し、右手で拳銃を抜き、左手でナイフを抜刀する。
ハミングバードが僅かに目を見開いたが、すぐに好戦的な笑みに戻る。少女は、「馬鹿ねッ」と罵倒を吐き捨てて、迷いなく拳銃の引金を絞った。
「――――ッ」乾いた破裂音が木霊する前に、須永はサイドステップの要領で銃口の延長線上から逃れるように動く。放たれた銃弾が頬を浅く裂いた。挟み撃ちにするはずだったBMI端末は、隊員達の援護射撃により、再び軌道外へ弾き出される。
「こいつ――ッ」
目を丸くする少女へ肉薄し切り、すれ違いざまにナイフを一閃。
とっさに少女が身を捩るが、須永の放った一撃が矮躯の右肩を抉る。痛みに思わず目を瞑ったところに、駄目押しの掌底をぶち込む。ガラ空きの背中へ全体重を乗せた一撃が突き刺さり、薄い体が痙攣、肺から絞り出された空気が血液と混じって吐き出された。
歩行杖を取り落としそうになりながら、「ッづあああああッッ!!」という悲鳴にも近い雄叫びが走る。口の端から赤く染まった泡を滲ませたハミングバードは、ギロリと須永を睨みつけ、「殺す!」と純粋な殺意を差し向ける。
少女の激情に呼応するように、タイヤ型ビットが意思を持ったかのごとく荒ぶり始める。エンジンが獣のごとき咆哮を迸らせ、衝撃波エンジンの爆発的な音響が耳腔を蹂躙してくる。
「最近の子供は感情のコントロールができないのか?」と須永は小馬鹿にするように言った。「――ああいや、一括りにするのは良くないな。少なくとも眞壁はお前とは違う」
「戦力差も理解できないような間抜けに言われる筋合いなんてないわ!」
憤激する少女に対し、須永は淡々とした口調で、「そうだな」と同意した。「こっちはずいぶんと人数が少なくなってしまった」
気づけば、そこに須永と小田桐以外の先遣隊員はいなくなっていた。
須永の背中の向こうには、二人を置き去りにして駆け抜ける先遣隊の陣形が見て取れる。プランCの発動によって、指揮権を移譲された益子と安斎が、残りのメンバーと共に構内を脱出する寸前まで歩を進めていた。
「ハミングバード!」と須永の右横から、野太い男の声が響く。サングラスで目許を隠していても良く分かるほどに焦燥したソードテールだ。「奴のペースに乗せられるな! 冷静さを欠いては思う壺だぞ!」
「……ッ、そんな事あんたに言われないでも分かってるわよッ!」
口では反目しているが、ソードテールの呼びかけによって頭が冷えたのは確からしい。ハミングバードは警戒に目許を歪めつつ、自身の周りでビットを旋回させる。
姿を晒したままのソードテールは、じりじりと須永達との距離を詰めながら、「仲間を先に行かして良かったのか?」と問うてきた。「唯一のアドバンテージだった人数差を捨てて、俺達から逃げ切れるとでも?」
「あんたらを追撃する自衛隊の部隊もどんどん集まってくるわよ。ただの人間ごときが増え続ける弾幕の圧に対応できるかしら?」
「心配には及ばないさ」しかし、須永はあっけらかんとした調子で答える。「俺と小田桐の二人で、十分過ぎるくらいにお釣りがくる」
「その余裕……いつまで保つかしらねッ!?」と少女が、自身の手足たる端末を操る。「最大火力で擦り潰してあげる! 波状攻撃挙動付与! 『爆裂』!!」
「――!」
上限を突破したかのような爆音の重奏が炸裂する。ビットに充填された燃料の消費を度外視して、パルス・デトネーション・エンジンが最大稼働し、燃焼波が伝播していく。
タービンが燃え上がるのではないかと錯覚するほどに、距離を取っている須永にも異常な熱が伝わってくる。
「無様な挽肉になるのを見せなさいッ!」
一対の殺人ビットが爆轟を伴って突撃を開始する。さらに視界の端でソードテールが光学迷彩能力を発動。景色に溶け消えていく大男を横目で見やり、「小田桐! カメレオン男を抑えろ!」と指示する。「ハミングバードは俺が対処する!」
「了解!」
阿吽の呼吸で須永と小田桐は散開。一瞬後に刃が交差する鋭い金属音が聞こえた。
須永はノータイムで武装を六四式小銃にスイッチすると、こちらへ一直線に突っ込んでくるビットへ銃撃をぶち込んでいく。ばら撒かれたバラニウム弾と、タイヤから伸びた刃がぶつかり、激しい衝突音を響かせる。網膜を焼き焦がすような火花の明かりが四方へ散った。
しかし――
――さすがに止まらないかッ……!
消耗度外視の攻勢に出たビットの勢いは、多量の銃弾の運動エネルギーすらものともしない。全ての七. 六二ミリバラニウム弾が余す事なく裁断され、鉄屑と化した弾頭が床を転がる。
脳が絶え間なく危険信号を瞬かせるが、須永はそれを理性で押さえつけると、再び拳銃とナイフに持ち替える。
シフトチェンジした須永を視認すると、ハミングバードは悪辣な笑みと共に甲高く吐き捨てた。「あははッ! 自棄になったのかしら!?」
「さあ? どうだかね――」
爆音の塊がついに須永へと迫る。タイヤに装着された細かい刃の全てが、必殺の威力を付与された絶対的な凶器。対して、須永は生身の人間でしかなく、僅かに攻撃が掠ろうものなら、骨ごと肉を裂き潰されるだろう。
ビットを直接使役する少女は、それを最も良く理解している。だからこそ、吊り上げられた口許には勝利への確信が灯っていた。
「――一つ、おっさんからアドバイスだ。戦場では、何があっても感情を表に出さない方が良い」
須永の動きに迷いはなかった。
爆速で飛来してきたビットの内の一つに接近すると同時に跳躍。軌道上から逃れるやいなや、ガラ空きの端末上部へとナイフを振り下ろす。ドカッ! という重音を伴いながら、刃先が外殻を貫いた。
「なッ――」とハミングバードが絶句したのも束の間。
須永は続け様にビットを床へ叩きつけると、間髪容れずに拳銃を連射。装甲の薄いビット上部へと駄目押しの弾頭が食らいつき、四発目を撃ち込んだところで、本体が痙攣するように震えたのち、機能を停止させた。
「上と下はずいぶんと柔いみたいだな」と須永は淡々と言う。「エンジンの排気口と角度調整のスラスターを取りつけないといけない関係上、どうしようもないんだろうがね」
「くそッ――この化け物がッ」毒づきながら後ずさる少女。それに追随するように、残存するビットも後退を始めた。
須永が切れ目なく銃撃を行うが、射速の遅い拳銃では、距離を取る少女と盾代わりのビットを捉え切れない。弾倉を交換しつつ、交戦中の小田桐へと注意を移す。
「――そろそろ頃合いか?」
「そうだな、ちょうど良い」と小田桐は答えた。彼の眼前には、呼吸を乱れさせながら跪くソードテールがいた。顔を俯かせて何かを呟く彼の右脇腹には、赤黒い血が滲んでいる。
小田桐は右手に携えたサバイバルナイフをくるりと回転させて血振りすると、それを腰の鞘へと収めた。
――すでに戦意喪失。彼らはもう脅威にはならない。
そう判断すると、須永はソードテールを見やり、「命のやり取りをするんなら、出し惜しみはしない方が良いぞ」と言った。
巨漢の眉がぴくりと動く。「……何の事だ」
「しらばっくれるなよ。奥の手なのかどうかまでは知らんが、お前達――手札を伏せたまま俺達と戦っていただろう」
その言葉に、ソードテールのみならず、離れたところにいたハミングバードまでもが驚愕に目を見開く。
「感情任せだったり、冷静に任務を遂行しようとしているように見えて、お前達二人には共通して同じ迷いが見受けられた。伏せている手札を切るべきか否か逡巡する少しの間が常にあった」
「…………貴様」とソードテールがサングラス越しに須永を睨む。
「できる事なら手の内を見せたくないんだろう? それを披露したいのは、俺じゃなく別の相手だから――」
詳細までは語れずとも、須永の指摘は的を射ていたようだ。エージェント達の恥辱に満ちた歯軋りが、同時に聞こえてきた。
「……この借りは必ず返すわ」と少女が鋭い目つきで須永を射抜く。
「もう会わない事を祈ってるよ」
須永は踵を返すと、小田桐と共に兼六園口方向へと歩き始める。
その時だった。
「――面白そうじゃねえか、そっちの雑魚共だけじゃなく俺とも遊んでくれよ」
確かな自信と、根拠のある驕りに溢れた一声が、頭上から降りてきた。