インカムから絶え間なく共有される情報に、磯貝俊夫は顔をしかめる。「現在、連合軍から離反した先遣隊が、自衛隊の小隊と斉武大統領の私兵二名と交戦中。斉武の私兵はおそらく機械化兵士だ」
「民警……ああいや、里見蓮太郎から報告を受けていた連中の特徴と合致するな」そう言ったのは、多田島茂徳だ。「『新世界創造計画』の第二世代型――コードネームはハミングバードとソードテールだったか。……まさか生きていたとはな」
磯貝達、特戦機捜の面々は、駅舎の二階にいた。そこは東京エリアからやってきた重鎮たる聖天子の私室として充てがわれた場所だ。
同じ空間には、磯貝達警察だけでなく、当の聖天子、そして彼女の付き人として同伴している白スーツの羽柴もいる。
「まさか、こんなところで繋がるとは思わなかったですよ」とグレーのスーツに、特戦機捜のポリスマン風ジャケットを羽織った二階堂健悟が言う。「やはり大阪エリアの斉武大統領は五翔会と結託していた――」
「もしくは」と老刑事の舘本隆元が口を挟んだ。「――斉武自身が五翔会の構成員か」
「いずれにせよ、あの時の答え合わせが済んだようです」と執務机に腰掛ける純白の少女は、声をワントーン下げた。「……できれば、この予想は外れて欲しかったのですが」
多田島が、「五月の暗殺未遂事件ですね」と投げかけると、聖天子は慇懃に頷いた。
すでに磯貝達に当時の情報は共有されている。
四賢人の一人、エイン・ランドによって施術された機械化兵士、ティナ・スプラウトによって引き起こされた一大事件。
通称『NEXT』と呼ばれる次世代型機械化兵士を創り出す研究で、非人道的な実験を経て完成したのがティナを始めとする、『呪われた子供達』と機械化兵士のハイブリッドだ。
この計画によって誕生した超常的な力を持つイニシエーターが幾人も存在する事は、すでにティナの口から語られている。膨大な失敗作という分母の上に立つ少女達の存在こそが、『NEXT』が途方もない大規模プロジェクトである事実を裏づけていた。
だが、よくよく考えてみれば、そこで一つの疑問が生じる。
聖天子や天童菊之丞、室戸菫、阿久津義建――彼らは口を揃えてこう言った。
「――では、それだけの規模の実験を行うための資金は果たしてどこから出たのだろうか?」
いくらエイン・ランドがガストレア研究と機械化兵士研究の第一人者であったとしても、大戦から一〇年も経過したあとの世界で、人命をモルモットにするような倫理を逸脱した研究など、そう易々と実行できるはずがない。
蓮太郎達のような第一世代型を生み出した『新人類創造計画』は、戦乱の時代のさなかで、やむを得ず行われたものだ。人類が生き残るか滅ぶかの瀬戸際で、手段を選ぶ余裕などなかったからだ。
だからこそ、室戸菫を始めとする四賢人達は、せめてもの人道を貫き通すため、機械化施術を行うに当たって一つの誓いを立てた。
『我々は科学者である前に医者であろう』――。
生命を尊重し、その尊厳を踏み躙る事を絶対的な禁忌と定め、その頭脳を人命救助のために行使すべきと取り決めた。
蓮太郎や蛭子影胤などの第一世代型機械化兵士は、重度の怪我や病――放っておけば死を待つしかない状況からの救済として、施術を受け入れた。
だが、ティナや、あるいは、かつて磯貝達SATが対峙した廉価版機械化兵士の志籐姉妹などは、生まれながらにガストレア因子をその身に宿す『呪われた子供達』である。
当然、彼女らには病によって命を落とすというシチュエーションは未来永劫訪れない。したがって、四賢人達の誓いに沿って考えるのならば、負傷以外の理由で施術を受けざるを得ない状況に置かれる事がありえないのだ。
より優秀な兵士を創り出すために、健康な人間の身体を改造する――エイン・ランドや、志藤姉妹を施術した何者かが行ったのは、つまりはそういう事である。
実験体の大量確保、そして潤沢な資金、司法から隔絶された研究場所――次世代型機械化兵士を作るためには、絶対に個人では簡単に用意できない要素が必須となる。
それらの条件を満たそうとするのならば、必然的に、それ相応の力を有する組織とのパイプを構築する必要に駆られるだろう。
ティナ自身は事件後の取り調べにより、五翔会との直接的関わりがない事は明らかにされている。しかし、彼女の創造主たるエイン・ランドはその限りではない。
彼が件の組織と何かしらの形で繋がっているのは、もはや疑うまい事実だろう。
そして、かつての『ブラックスワン・プロジェクト』に付随する一連の事件で判明した事実から、五翔会側は、少なくとも二人の優秀な科学者を抱えている。
『新世界創造計画』を推し進め、巳継悠河やハミングバード、ソードテールといった第二世代を生み出した四賢人、アルブレヒト・グリューネワルト。
『欠乏運用計画』を推進し、継麻貞蔵や志籐姉妹のような、廉価版を大量生産した何者か。
エイン・ランドの所属は、今分かっている情報だけでは断定できないが、いずれにせよ世界にとって好ましい立ち位置にいる訳でないのは確かだ。
聖天子が沈痛な面持ちで、「……五翔会は、暗殺や破壊活動の尖兵として、機械化兵士を使役しています」と溢した。「ティナさんは何も知らされないまま利用された被害者でしょうが、彼女の背後を辿っていけば、そこには斉武大統領の名があるはずです」
「どんどんとキナ臭くなってきたわね」とアサルトスーツと特戦機捜のジャケットを合わせた女性、幸山静雅が言った。「今回の『開戦の儀』に伴う東京と大阪の国家元首召集……どうしても、そこには誰かの意思が介在しているんじゃないかと邪推してしまうわ」
「とにかくだ」と多田島が手を叩き合わせ、全員の注目を集める。「斉武大統領が先遣隊に重傷を負わされた今、その矛先が聖天子様に向く可能性はかなり高い」
「同感だ」磯貝も頷く。「すぐに聖天子様を安全な場所まで護送する必要がある」
磯貝の提案に疑念の表情を滲ませたのは、白スーツの羽柴だった。「本気で言っているのか? すでに金沢駅構内は、離反した先遣隊と追手の自衛隊が交戦している。銃弾が飛び交う死地に、聖天子様の御身を晒そうというのか?」
「ここにいても危険なのは同じだろう」舘本が冷静な態度を崩さずに指摘した。「族はここの立地を知り尽くしている。連合軍がここを拠点として接収する前に、いくらでも細工を施す時間はあったはずだ」
「むう……」と顔をしかめた羽柴が唸る。
舘本は手の甲でコンコンと手近な壁板を叩き、「今の我々には、この壁一枚隔てた向こう側に先遣隊が潜んでいたとしても、それを認知する術がない。この場所が安全だという保証はどこにもない」
「――もし羽柴さんが聖天子様の安全が気がかりなら」
「磯貝?」と不意の一声に、多田島が眉をひそめる。
瞳に鋭い光を宿した磯貝は、機械のような洗練された動きで短機関銃の動作機構を確認しながら、「俺が先遣隊を足止めする」と言った。「五翔会もいるなら好都合だ。聖天子様にとっての懸念材料を、全て一か所に釘づけにしてしまえば問題ないだろう。その間に別働隊が聖天子様を逃せば良い」
「正気ですか」と二階堂は、信じられないという顔で食ってかかった。「いくら磯貝さんが機械化兵士とやり合った事があるとはいえ、さすがに分が悪過ぎるッ……!」
「これは相手を打ち倒すための戦いじゃない」と磯貝はかぶりを振る。「もちろん、俺もここで命を投げ打つつもりはない。十分な時間を稼げたと判断した時点で撤退する。――広野、聖天子様達を頼めるか?」
「問題ありません」と元の所属の部下は、迷いなく肯定した。「ご武運を」
「――待ちなさい。私も行くわ」
「……幸山」
一団の中から踏み出してきた機動隊出身の女性は、磯貝に懐疑的な視線を寄越しながら、「時間稼ぎなら、少しでも頭数が多い方が良いでしょう?」と訊いた。
「……覚悟はあるんだな?」
「私も『強化筋繊維』の着用を許可されてるわ。あんたや広野と違って実戦での使用経験はないけど、事前の訓練は済ませてる。足は引っ張らないわ」
「分かった。皆もそれで構わないか?」
磯貝が周囲へと訊ねると、多田島や舘本、聖天子が一つ頷いた。
「私の方は心配ありません。この非常事態において、事態収拾のために割く人員は一人でも多くあるべきです。――私という存在が皆様の重荷になる訳にはいきません」
「方針は決まったな」と舘本が厳かに言った。「敵は待ってくれない。すぐに動くぞ」
全員が首肯し、短機関銃を携えた磯貝と幸山が、先行して扉を蹴り開ける。
背中合わせで周囲をクリアリングし、安全を確認したのちに、磯貝は部屋の中へと合図を送った。
広野が先導しつつ、聖天子の脇を舘本と二階堂が固め、羽柴が後方を警戒。騒ぎが起きているであろう場所と逆方向を目指して進んでいく。
聖天子達を見送ると、磯貝は、「俺達も行くぞ」と幸山を促した。「一秒でも長く連中を足止めするんだ」