ブラック・ブレット9 Träume 開幕、北陸奪還戦   作:鏡之翡翠

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 須永(すなが)の口許に粗野(そや)な笑みが浮かんだ。「あんたが五翔会(ごしょうかい)側の最高戦力か? ずいぶんと待たせてくれたじゃないか」

「はッ! お目が高いじゃねえか。俺様の価値を速攻で見抜いた事は()めてやるよ――ッ!」

 降下してきたのはヒッピーを思わせる長髪に、トレンチコートを合わせた二十代半ばの男だった。他者への攻撃性を隠さない表情には、やはり、あからさまな自らへの自信が満ち満ちている。

 突き刺さる莫大(ばくだい)な殺意に応答するかのごとく、反射的に銃口が跳ね上がった。

 研ぎ澄まされた勘が、けたたましく警笛(けいてき)を鳴らす。「来るぞッ!」と声を張り上げる。

 次の瞬間だった。「――『地を這う黒鳥(アプゲシュテルッター・クラーフェ)』」と男が短く告げる。その瞬間、ハミングバードの使役するビットに勝るとも劣らない爆音が|炸裂した。

「――!」

 音の出どころは男の両脚だった。彼の履く細身のブラックジーンズの脹脛(ふくらはぎ)部分が内側から盛り上がるようにして裂け、一瞬にして網膜(もうまく)を焼き焦がさんばかりの閃光が撒き散らされる。

小田桐(おだぎり)! 避けろッ!」頭で理解するよりも早く叫んでいた。磨き抜かれた神経が、脳の電気信号が伝達される前に動く。

 須永と小田桐が後方へ飛び退いた瞬間、長髪の男の振り抜いた右脚が空気を燃焼させながら切り裂き、ソニックブームを発生させる。音を置き去りにするような一撃は、一瞬前まで須永達が立っていた場所を砕き割り、木端(こっぱ)となったコンクリートが粉塵と化して巻き上がる。

 常識を覆すかのごとき蹴り技から繰り出される衝撃波(しょうげきは)が、須永と小田桐の体躯(たいく)を真正面から叩き抜く。直撃を避けたにも関わらず、全身に耐え難い鈍痛が突き刺さった。

 ――さっきの二人とは比べものにならない威力……!

 須永の首筋に、ドライアイスを押しつけられたような熱と冷たさが同時に襲いかかる。

 ――銃での迎撃は不可能と見るべきだな……!

 横目で小田桐を見やると、彼は小さく頷いてナイフを抜き放った。

 その動きに合わせて六四式を構え直すと、眼前に滞留していた濃密な煙霧(えんむ)が、

爆光(ばくこう)と共に()ぎ払われた。爆炎の尾をテールランプのごとく引きながら、長髪の青年が迫り来る。

 須永がバックステップで距離を離すと、代わりとばかりに小田桐が前へと躍り出た。

「はッ! 自殺志願者かあ!?」と青年が瞳孔(どうこう)を全開にして笑う。「良いねえ! そう来なくちゃ面白くねえッ!」

 青年の両脚――おそらくは超バラニウム合金で鍛造(たんぞう)された義足だろう。ブラッククロームの表面の至るところに搭載(とうさい)されたスラスターから、ジェットエンジンを思わせる暴風が吹き荒れ、靴底が地面に接する事なく、青年の姿勢が制御される。

 地を()いながらにして飛翔(ひしょう)し続ける躯体が、アクロバティックに猛回転――。最大量の遠心力を付与された右回し蹴りが、小田桐の上半身を一撃で破断せんと襲いくる。

 僅かコンマ一秒後に仲間の死が差し迫った状況でなお、須永の動きに迷いはなかった。

 事前に味方を誤射しない角度に位置取っていた須永は、すかさず六四式を照準すると、フルオートで弾幕を張る。激烈極まる射撃音が重なり、大量の空薬莢(からやっきょう)が宙を舞う。物量任せの銃撃がまとめて長髪の青年へと食らいつきにかかる。

「豆鉄砲が!」と青年が吐き捨てる。五翔会のエージェントは、須永の方など見向きもせずに義足を振り抜いた。

 轟! と(ほむら)の残像が虚空に炎熱の軌跡を刻み込み、そこへ吸い込まれた黒色の弾頭が瞬く間に蒸発して世界から消え去った。

 そのままの勢いで、禍々(まがまが)しく発光する右脚が小田桐(おだぎり)の肉体を引き千切りにかかる。

 だが――

 ――目眩(めくらま)しとしては十分だろう、小田桐!

 青年の意識が、一〇〇分の一秒にも満たない間、銃撃に裂かれたところを小田桐は見逃さなかった。一切の無駄のない身のこなしで、青年の死角へと入り込み、必殺の距離からサバイバルナイフによる一閃(いっせん)を放つ。

 青年の双眸(そうぼう)が驚愕に見開かれる。しかし、気づいたところでもう遅い。そこはすでに小田桐の間合いだ。

 逆袈裟に放たれたナイフの切先が、青年の胸部を裂き斬った。トレンチコートの厚手の生地がパックリと裁断され、その下から夥しい量の血液が噴き出す。「がッ――!?」

 青年の体勢が大きく崩れる。胸を押さえた青年は、後方に噴射(ふんしゃ)したスラスター加速によって後退しようとしたが、小田桐は間髪容れずにゼロ距離から発砲。乾いた破裂音が木霊し、青年の右肩の肉を弾き飛ばした。「づッ……!」と目許を歪ませて呻く。

 勝機。攻め立てるならここしかない――。須永はそう判断すると、再度六四式を照準。

 小田桐、須永の両名による容赦のない十字砲火(クロスファイア)が青年へと殺到する。

 こめかみに青筋を浮かべた青年は、「良い気になってんじゃねえぞ!」と吠え立てると、熱せられた右脚を煤煙(ばいえん)と共に薙ぎ払う。音と同速の蹴り込みが大気中に真空を発生させ、そこへ吸い込まれた弾頭が次々と甲高い悲鳴を(ほとばし)らせながら断裂。文字通りの屑鉄(くずてつ)と化した銃弾が床を跳ねる。

「ちッ」と須永は目を細める。

 ――これでも崩し切れんか。

 ――しかも……。

 いつの間にか、致命傷を刻まれたはずの青年の胸部からの出血が止まっている。衣服の向こう側に視認できる皮膚が、生体組織とは思えないほどの(いびつ)な動きを見せながら、裂傷を塞いでいた。

 ――おそらく体内に最先端の生体工学の技術が詰め込まれているな。

 ――この男と……あとはソードテールもか。生身とサイバネティクスの混合体には、かなり高度な自己回復機能が搭載(とうさい)されている。

 青年の襲撃と共に撤退(てったい)していったソードテールとハミングバードの姿を思い起こす。

 かたや脇腹に深い傷をつけられた男。かたや腕に浅い斬りつけを食らった少女。

 戦闘継続不可能な深傷(ふかで)を負ったはずのソードテールが、すぐさま動き、痛みに喘ぐ少女を回収していった。そこから類推(るいすい)するに、麦藁(むぎわら)帽子(ぼうし)の少女の方はそういった能力は持ち合わせていないようだった。

 ――同じ機械化兵士でも、各人で改造の度合いは違うという事か?

 ――(まか)り間違っても、『呪われた子供達(イニシエーター)』の回復力を超える事はないと思いたいが……。

「どうしたよ、おっさん共! 俺様はまだまだ食い足りねえぜ! これで店仕舞(みせじま)いなんて言わねえよな!?」

 青年の相貌(そうぼう)に張りつけられた凶悪な笑みが崩れる事はない。口の端に垂れた血を乱暴に拭い、再び構えを取る。

 ――さて、ここからどうするか……。

 この青年の突入に合わせてか、敗北したエージェント達の他、各エリアの自衛隊も一時退却している。これだけの破壊規模を有する個人戦力。連携は現実的ではないと踏んだのだろう。

 ――時間から考えて、益子(ますこ)安斎(あんざい)達はすでに脱出しているはず。

 ――何とか包囲に穴を開けて突破したいところだが……。

 眼前に(たたず)む五翔会からの刺客(しかく)は、それを許さないだろう。彼の瞳に宿る鋭利な光は、獲物を前にした時の肉食獣のそれだ。

 こちらの弾薬にも限りがある。長引けばジリ貧になる事は必至だ。近接戦を繰り返せば、それだけ小田桐が被弾する確率も跳ね上がる。

「俺が死ねば良いか?」と、こちらの内心を見透かしたかのように、無機質かつ事務的な問いが投げかけられた。小田桐の提案の声には、僅かの躊躇(ちゅうちょ)も含まれてはいなかった。

「……いや」と須永は小さく首を振る。「その選択肢は俺の中にはない。少なくとも今はな。眞壁(まかべ)のためにも――絶対にだ」

「了解。だが、ここからどうする?」

「分かってる。それをこれから詰めるところさ。――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

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