ブラック・ブレット9 Träume 開幕、北陸奪還戦   作:鏡之翡翠

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 烏丸(からすま)の義足と、依知川(いちかわ)の振るった軍刀が打ち鳴らされ、衝突点を起点として、アーク溶断を思わせる閃光が爆発する。至近距離で火薬を点火(てんか)させたような爆音が反響して耳朶(じだ)(なぶ)ってくる。

 灼熱(しゃくねつ)の衝撃波が横殴りに磯貝(いそがい)の体を叩きつけ、視界が滅茶苦茶に揺さぶられる。「……ッ!」

「そんな量産品で俺様と勝負になると思ってんのかッ!?」暴虐(ぼうぎゃく)的な笑みで口許を引き裂いた烏丸は、義足に搭載された小型ジェットエンジンの回転率をさらに上げる。

 スラスターから獄炎(ごくえん)とでも形容すべき燃焼波が噴出――音速まで再加速した蹴りが、外骨格(エクサスケルトン)の重厚なシルエットを叩きつけ、後方へと吹き飛ばす。

『依知川一佐ッ!』

『止まるな! このまま追撃しろッ!』

 耳腔(じこう)を刺す一声(いっせい)に呼応するように、磯貝は短機関銃(サブマシンガン)下部に取りつけられた投擲弾(グレネード)を発射する。ぽんッ! という音を伴い、缶ジュースサイズの物体が放物線を描きながら、烏丸へと迫る。

 ――これだけでは迎撃されるのは織り込み済み!

 僅かな間も設けずに銃口を照準。引金を(しぼ)り切り、弾幕を張る。グレネードと銃撃による時間差攻撃。

 さらに後方から八九式小銃の発砲音が炸裂(さくれつ)した。体勢を崩されながらも、パワードスーツの制御能力を駆使した依知川(いちかわ)が銃撃を敢行(かんこう)したのだ。

 烏丸(からすま)忌々(いまいま)しげな舌打ちがこちらにまで聞こえた。すぐさま角度を変えたスラスター加速で直上へと飛び上がる。

「――狙う手間が省けたよ」須永(すなが)の落ち着き払った声と、それに似合わぬ重厚な銃声が同時に木霊(こだま)した。

 烏丸の逃走先を事前に読んでいたかのごとき正確無比な銃撃が、余さず喰らいつく。

 驚愕(きょうがく)困惑(こんわく)混じりの(うめ)きが()れたと思えば、空中での制御を失った青年の体躯が螺旋(らせん)を刻むように踊る。

 ワンテンポ遅れて、グレネードが着弾。破裂した火薬が金属の外装を内側から食い破り、四方八方へ紅蓮(ぐれん)の爆炎を撒き散らす。

 ――普通なら致命傷……!

 ――だが、やはり……!

 視界の(すみ)に映る補助デバイスの情報は、依然(いぜん)として標的が生命活動を続けている事を示している。恐ろしいほどの生存能力だ。明らかに、過去の事件で確認された機械化兵士達とはかけ離れている。

 ――すでに聖天子(せいてんし)様は駅舎(えきしゃ)を脱出済み……。

 ――こちらも幸山(こうやま)を連れて離脱するのが理想だが……。

 先遣隊の須永と小田桐(おだぎり)も、この場からの逃走を目的としている。その点では磯貝と目的は共通している――しかし。

 ――五翔会(烏丸)自衛隊(依知川一佐)の目的は、標的の殲滅(せんめつ)だ。

 ――烏丸(からすま)は俺達を逃がす気はないだろう。

 ――ここで依知川一佐との共闘関係を無碍(むげ)にするのも都合が悪い……。

 素直に退却(たいきゃく)できる状況ではなくなってきている事実に、徐々に焦りが(つの)っていく。

 爆炎(ばくえん)が晴れると共に、衣服の端を焼き焦がした烏丸が着地する。排気口から燃焼ガスが溢れるかのごとく、青年の口腔(こうくう)から、大気を歪ませるほどの灼熱(しゃくねつ)が吐き出された。

 ――すでに先遣隊の二人が踏み込んでくる様子はない。

 烏丸を挟んだ向こう岸にいる男達を()めつける。小田桐が負傷したとはいえ、磯貝や依知川の乱入は、彼らにとって渡りに船だったのかもしれない。

 ――乱戦の中で離脱の機会を(うかが)っているといったところか。

 ――上手く彼らを誘導して盤面(ばんめん)を整えればあるいは……。

磯貝(いそがい)殿』とそこで通信が入った。確認するまでもなく、呉越同舟(ごえつどうしゅう)状態にある依知川一佐からだった。

 瓦礫(がれき)を押し除けながら、依知川が前線へ復帰してくる。先ほどの烏丸の一撃を受けて、パワードスーツの装甲前面には、放射状に亀裂(きれつ)が入っていた。

特戦機捜(とくせんきそう)から応援の目処(めど)は?』

 訊かれ、磯貝は小さく首を横に振る。『こちらからは二人向かってきているが……いかんせん、距離が離れ過ぎている』

『このままでは、そちらの女性が()たないだろう』依知川が幸山の事を言っているのは、すぐに分かった。『彼女を連れて退却するべきだ。わざわざ救える命を取り零す必要はない』

『それはありがたい提案だが』と磯貝は言葉を区切って、周囲を改めて見回した。『俺には、ここであなたを見捨てるという選択肢も取れそうにない』

『心配せずとも、こちらも退くつもりだ』

 一八〇度の方針転換を受けて眉を(ひそ)める磯貝に、依知川一佐は淡白な口調で、『相手の脅威を見誤ったつもりはなかったが』と繋げる。『先ほどの一撃で外骨格(エクサスケルトン)損壊(そんかい)度合いが許容範囲を超えてしまった』

 確かに、パワードスーツの胸部(きょうぶ)からはパチパチと何かが爆ぜるような音が続いていた。目を()らすと、(ひび)の隙間から線香花火(せんこうはなび)を想起させる発光が見て取れる。

『このまま戦闘を継続すれば、敗北するのはこちらだ』と依知川は、ただ事実を述べるように口にする。『不本意ではあるが、方針を撤退(てったい)に切り替える』

 タイミングを見計らったかのように、連合軍作戦本部からの通信が入った。おそらくは、依知川が交戦途中に打診(だしん)していたのだろう。

 (いわ)く、博多(はかた)エリアと仙台(せんだい)エリア自衛隊の精鋭の増援が、こちらに向かっているようだ。

 対応と根回しの素早さに、思わず感嘆を()らしそうになる。

『彼らが加勢すると同時に、撤退戦に移行する。数の優位は依然としてこちらにある』依知川一佐は、(きし)みを上げる外骨格の両腕を持ち上げる。軍刀はすでに腰の(さや)に納刀されており、本来の運用方法通りに八九式を構える形だ。

 だが、銃身下部に接続された弾倉(マガジン)だけが、明らかな異彩(いさい)を放っていた。

『それは……――』

 磯貝の問いに、依知川は抑揚(よくよう)のない声色で答えた。『生き残るためだ。消耗は度外視で行く』

 同じようにその光景を見ていた烏丸(からすま)が鼻を鳴らす。「はッ! コマンドーにでも影響されたか? シュワルツェネッガーの真似事かよ」

 八九式の給弾機構に差し込まれていたのは、重機関銃(マシンガン)で用いられるベルト状に連結された大容量の弾薬だった。黒色に光る暴力的な装飾品で飾られた帯は、外骨格(エクサスケルトン)の背部まで伸びている。背中に装着されているのは、バックパック型の予備弾薬収納機構だろう。

『銃身は保つのか?』と磯貝は問う。いくら弾切れを起こさない給弾システムを(こしら)えたところで、使用しているのは一般的な八九式小銃だ。継続的な射撃を想定していない銃では、熱で本体がイカれてしまう恐れがある。

 対して、依知川は淡々と答える。『外骨格部隊(我々)の扱う八九式には、持続的な自動連射(フルオート)を可能にするための改造が施されている。毎分八五〇発――八九式のスペックそのままの弾幕展開を実現する』

『了解だ。援護射撃の精度は信じて良いようだな』

『構えろ、来るぞ――』

 轟音が鼓膜を殴りつけたかと思えば、次の瞬間に質量を伴った炎熱が頬を叩く。

 烏丸(からすま)臥恫(ふどう)の両脚が、獣のごとき(うな)り声を上げる。腓骨(ひこつ)神経の通る箇所に無数に並べられたスラスターから、緋色(ひいろ)の熱波が迸発(ほうはつ)した。

 烏丸は乱雑に血の塊を吐き捨てると、「そろそろお開きだ」と言った。「今の内に自分の新鮮な肉にお別れを言っときな。戦いが終わる頃には、真っ黒な炭になっちまってるからよ」

 当然、その声に応える者はいない。

 言葉の代わりに返されたのは、四つの銃口だけだった。

 第二ラウンドの口火を切ったのは依知川一佐。戦車の履帯(りたい)が大地を蹂躙(じゅうりん)するような重音が反響し、八九式の先端から爆発的な銃口炎(マズルフラッシュ)が点滅した。

 ベルトリンクから絶え間なく弾薬が補給され、通常のアサルトライフルでは考えられないほどの連続射撃が敢行される。外骨格の射撃管制機構が凄まじい集弾性(しゅうだんせい)を実現し、一塊(ひとかたまり)の津波と化したバラニウム弾が烏丸(からすま)へと殺到していく。

 その瞬間、磯貝も動き出していた。

 烏丸の左サイドに回るように走り込みながら、短機関銃(サブマシンガン)から弾をばら撒く。

 さらに磯貝に連動するように、小田桐が逆サイドに位置取り、六四式を唸らせた。七. 七二ミリの重奏がサブマシンガンの銃声を掻き消すように響き渡る。

「芸がねえな!」と烏丸が吐き捨てる。説明不要の熱エネルギーを内包した回し蹴りが宙空を駆け抜け、全ての銃弾を撃墜(げきつい)。 ワンテンポ遅れて襲来した先遣隊からの銃撃も、余さず討ち落とされる。

 続け様に天高く(かかと)を振り上げたと思えば、それを不可視の速度で叩き落とす。残像(ざんぞう)を伴う踵落としが地面を爆砕し、全方位へ瓦礫(がれき)の弾丸が射出された。

 とっさに身を伏せるが、飛来した(つぶて)が脇腹を掠めた。防刃性に優れた素材で織られたジャケットが裂傷をかろうじて防ぐが、凄まじい火傷のごとき痛みが神経を貫く。

「づッ……!」と、たたらを踏む磯貝。とはいえ、苦痛に(もだ)える余地などない。今、最も烏丸との距離が近いのは磯貝だ。隙を(さら)した瞬間に、魔の手は心臓へ届く。

 踏み砕く勢いで軸足を踏み締め、脇のホルスターに仕込んでいたもう一(ちょう)の自動拳銃を抜き放つ。

 右手に拳銃、左手に短機関銃の二挺持ちで大火力を束ねて放出した。激甚(げきじん)な反動が手首と(ひじ)を貫く。

 烏丸が迎撃のために、加速させた右脚を薙ぎ払い――次の瞬間、彼の相貌が慄然(りつぜん)に染まる。

 

 

 同時に甲高い金属の慟哭(どうこく)が響き渡った。

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「――……何、が……ッ!?」蹴りの威力を完全に相殺(そうさい)された烏丸(からすま)は、(あらが)う術もなく体を回転させて、地面へ叩きつけられる。 

 その展開を待っていたと言わんばかりに須永(すなが)が烏丸へと最接近。至近距離から放たれた拳銃弾が、烏丸の肘関節を撃ち抜き、起き上がるのを阻害する。勢いそのままに、強烈な蹴り上げが青年の土手っ腹へ突き刺さった。

「ごッ……!」

「――感謝するよ、お巡りさん」

 跳ねる烏丸(からすま)を無視して、須永(すなが)磯貝(いそがい)の方を見た。

「そして称賛(しょうさん)を送らせてくれ。まさか一介の警察なんかが、機械化兵士と渡り合えるなんて思ってもみなかった」

 須永、小田桐(おだぎり)の両名は、烏丸の負傷を好機と見るやいなや、躊躇(ちゅうちょ)なく戦線から離脱しにかかる。

 磯貝はすかさず追撃のために拳銃を跳ね上げるが、直後に破断音が耳を打つ。須永の投げ放ったサバイバルナイフが、銃口に噛みつき、銃身を内部のライフリングごと強引に引き裂いた。「く、そ……ッ!」

 ここぞとばかりに小田桐(おだぎり)が大量のスモークグレネードを投擲(とうてき)。周囲一帯を埋め尽くす煙幕(えんまく)が瞬く間に展開され、一メートル先も見通せないほどの濃霧(のうむ)が立ち込める。

 破損した拳銃を投げ捨てたと同時、煙の向こうから散発的に銃声が響く。六四式の牽制(けんせい)射撃が、磯貝の足許の床材を弾き飛ばしていく。

「あんた、良い目をしてる」須永(すなが)の声が遠のいていく。「この世界もまだ捨てたもんじゃないみたいだ。……できれば、もっと早く知りたかったよ」

「何を言って……!?」

「それだけに残念だ。あんたのような男が、こんなところで他の連中諸共(もろとも)死なないといけない事が――」

 その時だった。

 充満した煙霧(えんむ)を引き千切るように、後方から(おびただ)しい量の弾幕が襲いかかった。

 現着した博多エリアと仙台エリアの自衛隊が一斉射撃を浴びせかけていく。

「隊長! 無事ですか!?」背後から見知った声がする。振り返れば、切羽詰(せっぱつ)まった表情の広野(こうの)が周囲を警戒しながら近づいてきていた。

 広野の(かたわ)らには、大型回転式拳銃(リボルバー)を構えた多田島(ただしま)もいる。「早いとこズラかるぞ! ここは博多と仙台の連中が受け持つ!」

「広野、多田島……」

 銃声に紛れて、無数の靴音(くつおと)が反響する。完全武装の隊員達が三〇人以上現れ、次々と包囲網を形成していく。

「……どうやら先遣隊は逃げ仰せたようだな」と依知川一佐が低い声色で(こぼ)した。

 白色のスモークが()がれ切った時、すでに須永と小田桐の姿は跡形(あとかた)もなくなっていた。

 ――あとは……。

 磯貝は口を固く引き結んで、残った一人を見据える。

 ――烏丸臥恫(五翔会のエージェント)をいかにして退(しりぞ)けるか……。

 ふらふらと立ち上がる烏丸は、糸の切れかかった人形のようにぎこちない動きで右腕を持ち上げる。須永の銃撃によって砕き抜かれた肘関節の修復には、それなりに時間を要するらしい。

 血に濡れた右手で、烏丸は自身の頭部を掴み、鉄錆(てつさび)臭い液体で頭髪を濡らしながら乱暴に掻き上げる。「どいつもこいつも……ふざけやがって……ッ! よくもこの俺様を……!!」

 自衛隊の精鋭部隊達が一寸の油断もなく銃口を突きつけ、烏丸の次の出方を(うかが)う。

 先ほどまでの戦闘は、増援の彼らも知るところだろう。圧倒的スペック差を有する掛け値なしの怪物を前にしても、八九式の先端は僅かなブレも見られない。

「行け、磯貝殿」と依知川(いちかわ)が撤退を促してくる。「すぐ近くに医療班を待機させている。すぐに彼女の傷の処置を」

「……恩に切る」磯貝は頭を下げた。「武運を祈る」

 多田島が幸山(こうやま)を抱え、広野がしんがりを務めながら退()いていく。磯貝も間を置かずにあとへ続いた。 

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