ブラック・ブレット9 Träume 開幕、北陸奪還戦   作:鏡之翡翠

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 心臓の鼓動(こどう)が加速していく。

 今にも破裂しそうなほどに強く拍動する動脈が、意思に反して大量の血液を脳に供給する。錯乱(さくらん)する精神に相反するように、思考だけは、どこまでも澄み渡っていた。

 ――何でッ。

 ――何で何で何で……ッ!?

 眞壁(まかべ)(めぐ)は、自身の胸の内から湧き上がってくる疑問の(うず)に、今にも全身を飲まれそうだった。

 吹雪はすでに荒れ狂う豪雪(ごうせつ)と化し始めており、除雪車が刻んだ(わだち)さえも、みるみる内に覆い隠されていく。ブーツの底が白雪(はくせつ)のタイルを踏み抜く度に、足が取られそうになった。

「聞いてないよ……!」と無意識に声を洩らしていた。今にも泣き出しそうな引き()った声音(こわね)は、しかし誰の耳にも入る事はない。「私は……――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――ッ!」

 連合軍のやり取りを傍受(ぼうじゅ)しただけでも、何が起きたかは分かってしまった。

 先遣隊の叛逆(はんぎゃく)

 それに伴う大阪エリアの斉武(さいたけ)大統領銃撃。

 追撃に当たった自衛隊と、五翔会(ごしょうかい)エージェントとの交戦。

 そして――。

 

 

「違う……こんな……。須永(すなが)隊長……! あの子は……『ベテルギウス』はそんな事望んでない……!!」

 

 

 目の前に並べられた事実が、否応(いやおう)なしに確信させる。

 先遣隊は――須永(すなが)二朗(じろう)は、この地を英雄(えいゆう)達の流した血で染め上げ、それを燃料として世界中へ怨嗟(えんさ)業火(ごうか)を広げようとしている。

 揮発(きはつ)する事のないそれは、どこまでも際限なしにぶち撒けられ、僅かな火種があれば簡単に着火してしまうだろう。

 終わらない惨劇(さんげき)の連鎖――その最端にいるのが自分であると、果たして須永は理解しているのか。

「…………っ」(めぐ)はぶんぶんと首を横に振る。

 恵は知っている。あの聡明(そうめい)な彼が、そんな事を把握(はあく)していないはずがない。分かった上で、それでもなお行動を起こし続けている――。

 そうする事が、須永にとっては何よりも優先されるから。

「だったら……」と()めるような感情が(にじ)み出た。「――何で、私を置いていくの……!? 何で私だけ連れていってくれなかったの……!?」

 須永は恵以外の先遣隊員を率いて事を起こした。外周区防衛の応援要員という虚偽(きょぎ)の任務を与えてまで、彼女を金沢駅から遠ざけた。

「お願い……! 私を置いていかないで……ッ!」

 溢れ出る感情を押し殺すように拳を握り締めた時、先行していたジャーマンシェパードが大きく()え立てた。

「マロン!?」

 敵対者の接近を知らせる合図を受け、恵の意思よりも早く脊髄(せきずい)が反応した。

 乱雑な思考を切り裂くようにして、体に覚え込ませた挙動が表出する。二振りのバラニウムナイフを抜き放ち、ガストレア因子を解放。眼窩(がんか)の奥から焼けるような感覚が駆け抜け、力の奔流(ほんりゅう)が立ち昇ってくる。

 鮮紅色(せんこうしょく)の瞳が周囲を隈なく見渡し、刹那(せつな)の内に情報を取得する。

 高速で流れていく景色の端に、二人の自衛隊員を確認。所属は不明。しかし、向こうが恵を攻撃対象に認定しているのは、銃口の動きですぐに分かった。

 ここで足止めされる訳にはいかない。恵の視界の先には、崩落しかかった鼓門(つづみもん)が見て取れる。金沢駅はもう目と鼻の先にある。この機を逃せば、先遣隊との合流は叶わないだろう。

 ――無理矢理突破するしかないっ!

 ハンドサインで突撃と撹乱(かくらん)を指示する。指導手(ハンドラー)の意図を正確に汲み取ったマロンは迷う事なく後ろ足を蹴り抜き、雪を巻き上げながら陣形へと突っ込んでいく。

 マロンの動きに呼応するかのごとく、強化された脚力で跳躍(ちょうやく)する。

 眼下で銃声とマズルフラッシュが散発し、凝固(ぎょうこ)した雪の地面が弾ける。マロンは強烈な切り返しで隊員達の横合いに回り込むようにして走り続け、銃撃を(かわ)していく。

 恵はそのまま急降下――マロンに気を取られていた自衛隊員達が、上空から滑空(かっくう)してくる少女に気づいた時には、すでに一手遅かった。

 擦れ違い様に振り抜かれた黒色の軌跡(きせき)が、破断音を伴って小銃の銃身を叩き斬る。着地すると同時に(きびす)を返して隊員へ肉薄(にくはく)。一瞬の間に小銃を投げ捨て、拳銃へシフトチェンジできたのは一人だけだった。

 壊れた小銃を手に立ち尽くしていた隊員の(ふところ)へ潜り込み、直下から(あご)をナイフの柄底で強打する。屈強(くっきょう)な成人男性の体躯(たいく)が面白いように宙を舞った。

 だが、ここで止まる訳にはいかない。こちらへの攻撃手段を持つ隊員がもう一人残っている。靴底で雪と(どろ)(けず)り出しながら、強引に体を反転させ、一直線に隊員へと詰め寄る。

 だが隊員もすでに頭をクールダウンさせていた。拳銃の照準が狂いなく向けられ、至近距離で破裂音が重なる。撃発(げきはつ)された火薬の匂いが鼻腔(びこう)を刺す。

 因子の解放によって底上げされた反射神経と動体視力が、飛来してくる弾丸の道筋を捉える。その延長線上にあらかじめ斬撃を()()ようにして二本のナイフを振るう。

 次の瞬間、金属の悲鳴が(ほとばし)った。弾頭が少女の柔肌(やわはだ)を食い千切る寸前に、鋭利な刃がまとめて撃墜(げきつい)せしめる。刀身を伝わった衝撃が手首へ到達し、今にも脱臼(だっきゅう)しそうなほどの激痛が走る。

「づあああああああああああああああああああああああ――――――ッッッ!」痛覚を気合いだけで制し、一気に前へ踏み込む。

 隊員はさらに銃撃を繰り出そうとトリガーに掛けた指に力を込めるが、すでにここは恵の間合いだ。ただの人間が照準して引き金を絞るよりも、人外の域に達した近接格闘(インファイト)の方が圧倒的に(はや)い。

 跳躍(ちょうやく)と同時に自らの体を車輪のごとく縦回転させ、サマーソルトキックの要領で隊員の手首を蹴り抜く。肉の下の骨を砕く感触。次いで弾き飛ばされた拳銃が宙を舞う。

 そのまま空中でさらに猛回転――遠心力が付与(ふよ)された回し蹴りを、容赦なく隊員の左側頭部へと叩き込む。

 とっさに隊員は両手でガードしたが、イニシエーターの発揮する筋力に対しては焼石に水以下。ブーツの甲が防御ごと隊員の体躯(たいく)をぶち抜いた。

 地面に叩きつけられた男が二度三度とバウンドし、視界の向こうへと消えていく。

 ――急がなきゃ……!

 ナイフをしまう手間すら惜しみ、そのまま駆け出す。

 蜃気楼(しんきろう)のように(かす)んでいた鼓門の輪郭が徐々に明瞭(めいりょう)になっていく。それに伴ない、あの場ですでに小競り合いが起きているのも見て取れた。

先遣隊(私達)の装甲車……!」間違いない。まだ仲間はあそこにいる。

 装甲車を取り囲むようにして、自衛隊達が包囲網を敷いている。瓦礫や装甲車の陰に隠れながら応射しているのは、仲間の先遣隊員達だ。

 須永を筆頭とするベテラン達は見当たらない。益子(ますこ)安斎(あんざい)もいないとなると、あの場にいるのは主戦力の部隊ではなく、何かしらの任務を受けた別働隊だろう。

「助けるよっ、行ってマロン!」

 再び先行する犬を横目に、奇襲をかけるための最適な座標を探す。数の優位は、圧倒的なほどに連合軍側に傾いている。正面からやり合えば、いくらイニシエーターと言えど、恵一人では太刀打ちできない。

 雪原迷彩の外套(がいとう)のフードを深く被り、自身の体を景色と一体化させるように隠密行動に移る。

 ――必要なのは殲滅(せんめつ)じゃない。包囲に針穴(はりあな)程度の隙間が開けば、それで脱出できる。

 腹這いになり、雪の冷たさを腹部と胸部に感じながら、静かにかつ速やかに、自衛隊の一団へ接近していく。

 豪雪で視界が(さえぎ)られているのも手伝って、誰も(めぐ)の存在に気づく様子はない。天候はこちらの味方をしている。ここで確実に仕留める。

 狙いを定めた一角の背後に陣取り、マロンの陽動を待つ。

 右太ももに巻きつけられたベルト――そこに備えつけられたホルスターから、小型の拳銃を抜き、安全装置を外す。

 タイミングを図ったように、猟犬(りょうけん)と化したジャーマンシェパードが包囲網へと割り込んだ。注意を引くために野太く吠え立てながら、弾幕の嵐の中を掻い潜っていく。

 変数の乱入に対して狼狽(うろた)えたのは自衛隊だけではない。先遣隊もだった。本来ならば見知ったはずの味方の加勢――だが、彼らの表情には一様に焦燥(しょうそう)が見て取れた。

 ――やっぱり、皆は私を……。

 頭を()ぎりかけた薄暗い感情を霧散(むさん)させるように、連続して拳銃を撃つ。自衛隊員達の足許で雪が()ぜ、銃声に反応した幾人かが後ろを振り返った。

 しかし、その時にはすでに恵の矮躯(わいく)は地上五メートルの高さまで飛び上がっていた。

 少女の姿を捉えられないまま、銃口をあちこちへ向ける隊員達。ワンテンポ遅れて、先遣隊の面々は今が好機だと踏んだらしく、取り乱した自衛隊の一団へと銃撃を浴びせていく。短い悲鳴と血煙(けつえん)が四散した。毒々しい臓物(ぞうもつ)の色が、白雪の上へ生ゴミのごとくぶち撒けられる。

 恵は重力に従って、一気呵成(いっきかせい)に、崩れかけた陣形のど真ん中へ降下。

 大地を砕き割る勢いで着地すると共に、逆手で構えた二振りのナイフを舞踊(ぶよう)のように振り回す。虚空を駆ける軌跡が、正確に自衛隊員達の小銃を破壊していった。

 補足されるよりも早く跳躍(ちょうやく)して、旋風(せんぷう)を想起させる素早さで、人混みの隙間を掻き分ける。すれ違い様に頸椎(けいつい)へ手刀を叩き込み、次々と意識を刈り取っていく。

 包囲の(あみ)に入った僅かな切れ込みが、一瞬にして致命的な風穴(かざあな)となる。「皆ッ! こっちだよ!」と仲間達を手招きする。

 同じタイミングで、鼓門前の駅舎出入口から破砕音が響き渡った。内側からガラス戸を砕き割りながら、武装した先遣隊の集団が現れる。統率しているのは益子と安斎だ。後方には保脇(やすわき)もいる。

 益子と安斎の指示の元、小隊の群れが陣形を展開。波を割るようにして包囲網を突き進んでいき、あっという間に装甲車部隊と合流する。

 次々と仲間達が迎えの車に乗り込んでいくのを見やりながら、恵は焦りと共に彼らへ近づいていく。「安斎さん、益子さ――」

 しかし、彼女の言葉は最後まで言い切る事なく途切れた。

 乾いた銃声が聞こえたかと思えば、恵の(ほお)に鋭い熱が刺さる。「……え?」

 硝煙(しょうえん)を昇らせる銃口と視線が交差する。発砲した小銃を構えているのは安斎(まこと)だった。

 彼の相貌(そうぼう)はこう語っている。「これ以上近づけば容赦はしない」と――。

 焼けるような痛みは治まる事なく、引き裂かれた皮膚(ひふ)細胞が静かな悲鳴を上げ続けている。鉛弾(なまりだま)ではなく、ガストレア因子(いんし)特効のバラニウム弾で撃たれたという事実。それが恵の幼い心を、(とげ)を伴って締め上げる。

「どうし、て……?」

 保脇も、益子も、他の隊員達も――冷たい目で少女を一瞥(いちべつ)するか、もしくは視線の一つさえも寄越さず、流れ作業のように装甲車へ搭乗していく。

 不可侵の透明な壁が立ち塞がっているかのように、自分と彼らの(へだ)たりが決定的なものになってしまったように感じた。

 だから、恵は動けなかった。

 安斎達に遅れて、駅から脱出してきた須永(すなが)小田桐(おだぎり)を視界に捉えても――。

 自らを拒否し、突き放した黒の銃弾が再び飛来してくるのではないかという恐怖が、両脚を(すく)み上がらせる。

「……っ、……、」口は動くのに、意味のある言葉が出てこない。

 対して、須永の発した声は吹雪(ふぶき)と銃声の中でも良く聞こえた。

 

 

「――さよならだ、眞壁(まかべ)。俺達は『呪われた子供達』であるお前と一緒に行く事はできない」

 

 

 走り去っていく装甲車の集団を棒立ちで見送りながら、手足の先から力が抜けていくのを自覚する。

 気づけば武器を取り落としていた。

 音もなく叩きつけられた拳銃とナイフが、降り積もったばかりの雪の中へ沈み込んでいく。

 支える力を失った(ひざ)がくず折れ、その場に尻餅をつく。奪われていく体温に想いを()せる(いとま)もなく、額に硬質な感触が押しつけられた。

 呆然(ぼうぜん)とした眼差しで一点を見上げる。小銃を突きつけた自衛隊員が、暗い目でこちらを覗き込んでいた。「逃げ遅れた先遣隊を一名確保。――これより拘束(こうそく)し、東京エリアの特戦機捜(とくせんきそう)へ引き渡す。……無駄な抵抗はしない方が良い。ここで命を散らしたくないのならばな」

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