肉の焼ける芳醇な匂いと煙たさが混ざり合って肺を満たす。週末な事もあってか、席は見渡す限り埋まり切っていて、家族連れや仕事終わりの会社員達でごった返していた。
リカルドは右手に持ったトングで、網の上にあったロースを掴み取ると、「ほら、焼けたぞ」と対面に座る黒衣の少年の皿へと投下する。
「あ、悪い。ありがとう」と蓮太郎はぎこちなく礼を言うと、焼けた肉を手許のタレに潜らせてから口へ運ぶ。普段は余り極端に表情を変えるタイプではないが、今日ばかりはあからさまに頬が緩んでいた。
そんな若者の幸せそうな様子を見て、リカルドは満足げに笑う。「遠慮すんなよ、ちゃんと腹いっぱい食っとかなきゃ、いざという時に動けないからな」
蓮太郎の隣――通路側には延珠とティナが座っており、日々蓄積した空腹を帳消しにするかのごとく、次から次へと肉と白米を掻き込んでいた。
リカルドの横にいる里緒は、一人黙々と焼き上がった肉を部位などお構いなしに咀嚼している。奉行と化しているリカルドの側にいるためか、おそらく五人の中で一番食べている。
「……それにしても」とリカルドは神妙な顔で切り出す。「俺が民警になってこの会社に入ってから、もうすぐ二ヶ月くらいか? こう言っちゃ何だが……お世辞にも儲かってるとは言えないよな?」
「うっ……」と少年が罰が悪そうに呻く。
民警の仕事といえば、誰もが、モノリスの内側に侵入してきたガストレアの討伐任務を思い浮かべるだろう。最近は自衛隊の戦力損耗に伴い、モノリス近郊の防衛任務なども外注されるようになったが、やはり代表的なものはこれだ。
リカルド自身、傭兵をやっていた頃は、民警から依頼されてのガストレア討伐補佐で生計を立てていた。出動する頻度は、平均すると大体、一日で二、三件ほどだったはずだ。
しかし、天童民間警備会社に身を寄せてからというもの、ガストレアと交戦したのは僅か二回だけ。その内の一回も、とどめを刺す直前に片桐民間警備会社に横取りされて報酬を逃している。
日々回ってくる仕事は、もはやガストレアなど関係ないものばかり。
具体的な内容は伏せるが、ほとんど何でも屋と変わらない。
当然、その程度の仕事で得られる金銭では、六人の従業員を養っていく事などできやしない。自分一人だけ細々と生かせれば良いと思っている個人事業主と同じ働き方を集団でやっているのだから、当然と言えば当然の帰結だ。
事実、普段の家計の火の車具合のせいで、たまに莫大な収入が入ったとしても、こうして負債の返済のために消えていってしまう。どれだけ成果を上げようが、暖簾に腕押し、糠に釘だ。
「横島のところも、それなりの零細企業だったが、何だかんだ上手くやってたんだな……」
「横島って……」と蓮太郎が反応する。「確か洋上刑務所の脱獄騒動で被害に遭った……」
「ああ、死んじまったツレだな」
「…………」
「そんな顔すんなよ。もう立ち直ってる」
傭兵時代の友人であった横島秀貴の葬式は、天秤宮騒動の一ヶ月後に滞りなく執り行われた。火葬の直前、彼の両親に何度も礼を言われたのを覚えている。
「そういえば、その横島さんのイニシエーターだった子はどうなったんだ?」
「ああ、美梨ちゃんの事か」
蓮太郎は頷く。「IISOに身柄が引き渡される前に、三ヶ島ロイヤルガーダーが保護したところまでは知ってるけど……」
「子供ってのは、俺達大人が思ってるよりも強いんだなって思い知らされてるよ」
「?」
頭の上に疑問符を浮かべて首を捻る黒衣の少年に対し、焼き上がった肉を渡しながら、「三ヶ島さんが買収した横島の会社は、本来なら、美梨ちゃんが大人になってから彼女の名義にするつもりだったんだが」と続ける。「笑っちまうぜ。もう俺らんとこより稼いでる。三ヶ島さんも『これは期待の女社長だね』って喜んでたよ」
横島の葬儀を終えたあとの谷塚美梨の行動は早かった。周囲の反対を押し切り、横島民間警備会社の経営を再開させ、今や従業員一〇人――五組の民警ペアを抱える会社へと成長させている。
モデル・ドルフィンの因子由来の聡明さを如何なく発揮し、年齢に似つかわない辣腕を振るう様は、横島秀貴のいなくなった世界でも一人で歩いていけるんだという、彼女なりの決意表明のようにも感じられる。
「立派だな」黒衣の少年は遠い目をしながら、烏龍茶のグラスに口をつける。口の中の油を洗い流すと、「……ちなみに」と猜疑の表情をこちらへ向けてくる。「そっちに移籍とか考えてたり……?」
「ははっ、ないない」対して、リカルドはあっけらかんと否定する。「あの時言っただろ? これからも英雄の隣で戦わせてほしいって。里見、俺はこれからもお前のために戦う。自分の言葉を裏切るような事はしないさ」
「藤沢さん……」
「とは言っても」と里緒が割り込んでくる。「ここの経営状態はさすがに改善しないと不味いんじゃない? ただでさえ自転車操業状態なのに、あたしとリカルドまで入ってきちゃったんだから」
「そうなんだよな……」もっともな事を指摘され、蓮太郎は腕を組んで唸る。
そこで一通り腹が膨れたと思しきティナも参加してきた。「さっき天童社長を問い詰めたところ、諸々の支払い遅れは、いったんこれで解消できたみたいです」
「って事は……」
「一発デカい案件でも解決できりゃあ、しばらくは経営も安定しそうだな」とリカルドは言う。
「そうですね」ティナも同意する。
「問題は、そんな都合良く仕事が入ってはこない事だけど」どこまでも現実を見ている里緒が呟く。
一同が一斉に肩を落とす。
そう、里緒の言う通りだ。まず根本の問題として、天童民間警備会社には絶対的に抱えている仕事量が足りていない。そもそも民警会社として、あるべき経営を行えていれば、一連の問題など起きてすらいないのだ。
解決すべき課題は山積み。この状態を放置すれば、会社の存続まで危ぶまれる事は想像に難くない。
「やれる事をやっていくしかないわな」リカルドはそう締め括った。「あんまし古巣に頼るような事はしたくないが、陸自の知り合いに、モノリス近郊の防衛任務を優先的に回してもらえるように頼んでみる」
「悪い、何から何まで」蓮太郎が頭を下げてくる。「俺も、未織や多田島警部に何か紹介してもらえないか訊いてみるよ」