ブラック・ブレット9 Träume 開幕、北陸奪還戦   作:鏡之翡翠

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 東京エリア第一区には、国家元首たる聖天子(せいてんし)の本拠地である聖居(せいきょ)が存在する。

 そして、さらにその下――地下シェルターの中には、日本国家安全保障会議(JNSC)の司令室が鎮座(ちんざ)している。蛭子(ひるこ)影胤(かげたね)テロ事件や、三二号モノリス倒壊危機の際、作戦指揮の最前線となった場所でもあった。

 司令室の扉を開け、泰然(たいぜん)とした面持ちの聖天子が入室する。政務に当たる際の正装でもある純白のドレスに身を包んだ白髪の少女は、僅かな迷いもない足取りで、補佐官の天童(てんどう)菊之丞(きくのじょう)の元へと近づいていく。

「どこまで進んでいますか」と短く問う。

「すでに自衛隊上層部と警視庁には通達済みです。自衛隊については、すでに陸海空の精鋭部隊が北陸に現地入りし、他エリアの軍や自衛隊と共に拠点の整備に当たっております。警察については、新設された特戦機捜(S.O.M.I.D)から人員を手配するとの事です」

「民警各社への通達に関しては?」

「ただいま準備中です」と菊之丞は低い声で答える。「こちらにつきましては、各報道機関との擦り合わせが完了次第、大手企業から順に情報を共有していく予定でございます。今回はモノリスの倒壊危機とは違い、情報の拡散と共にパニックが起きる事はないと思いますが、念のための措置です」

「分かりました」聖天子は一つ頷くと、「民警への通達と同時に、大手運送会社及び航空会社にも連絡を」と指示を飛ばす。早急に人員と物資の輸送手段も確保してください」

「かしこまりました。国土交通省にも連絡を取り、防衛省と協力の(もと)、輸送ラインの確立に動きます」

 菊之丞が司令室にいた大門(だいもん)防衛大臣を呼びつけ、聖天子からの指示を申しつける。

 指標ができた事で、司令室が一斉に動き始める。

「奪還作戦に用いるモノリスの材料の調達はどうなっていますか?」

 聖天子からの問いに、「問題ありません」と菊之丞が答える。「すでに全エリアの工場が稼働を始めております。作戦決行日までに、全体の八割のバラニウムブロックが完成予定です。残りについても(とどこお)りなく」

「という事は――」

「ええ、先ほど聖天子様がおっしゃられた通り、あとは輸送手段の確保だけです。とはいえ、これについては北海道エリアがかなり大規模な動きを見せております。元首の十造寺(じゅうぞうじ)月彦(つきひこ)自ら、各エリアにコンタクトを取ってきており、各エリアが自前のインフラでまかない切れない分の輸送を全て代替(だいたい)できるとの事です」

「……ずいぶんと大盤(おおばん)振る舞いですね」

「当然、親切心による(ほどこ)しなどではないでしょうな」

 菊之丞の(げん)に、聖天子は無言で首肯(しゅこう)した。

「『北陸エリア』の樹立を見据えてのイニシアチブ確保に躍起(やっき)になっている――という事でしょうな。北陸地帯の奪還に成功すれば、日本の海路は大きく開かれる事となります。大阪港だけではなく、日本海側からの貿易路が復活すれば、さらなる海上貿易による恩恵(おんけい)が期待できます」

「言い換えれば、大阪エリアの既得権益(きとくけんえき)がなくなるという事でもあります」と聖天子は言う。「金沢港(かなざわこう)の奪還と機能回復は、大阪エリアにとっては、決して都合の良いものではありません」

「だからこそ、斉武(さいたけ)大統領も腹に一物を抱えているはずです」

「……そうですね」聖天子は口許を引き結ぶ。菊之丞の言わんとしている事は、改めて説明されずとも分かる。

 ――大阪エリアは間違いなく、取り戻したあとのロジスティクスを掌握(しょうあく)しにかかるでしょう……。

 ――独占権益を失う事はマイナスになりますが、それが増える事は確かなプラスになります。

 この領土奪還作戦が成功する確かな保証はない。作戦が上手く運び、モノリスの敷設(ふせつ)が完遂されたとしても、北陸エリアという国家の樹立には途方もない年月がかかるだろう。

 だが、それを踏まえた上で、各エリアの上層部達は、『その先』を見据えて動いている。

 遠い未来に、築き上げられた新たな国家の運営の主導権を握るため、各々が異なる思惑を胸に、此度(こたび)の軍事作戦を利用しようとしているのだ。

 それを卑賤(ひせん)唾棄(だき)すべき行いだとは思わない。世界が綺麗事だけで回っていない事など、とうの昔に理解している。

 それに――東京エリアとて、例外ではない。

 ――今回の大規模侵攻は、人類からガストレアに対する宣戦布告でもあり……誰が新たな時代の(いしずえ)を築くのかを決める競争でもあります……。

 ――後の世代に、適切な均衡(パワーバランス)をもたらすためにも……必ず……。

 自らの胸に当てた(こぶし)を、ぎゅっと握り締める。

 清廉潔白(せいれんけっぱく)を貫き通し続ける事は、(たっと)ぶべき美徳でもあるが、時に無力な(なまくら)の刃ともなり得る。

 国家のトップは、時代を切り(ひら)く矛であり、降りかかる災禍(さいか)から民を守る盾でもある。

 その全てを実現するために必要なのは、圧倒的な力だ。

 それを自らの(そば)に控えさせ、しかるべきタイミングで振るう事――それこそが、自身に課せられた役割。

「――聖天子様」菊之丞が、何かを案じるかのように、聖天子の瞳を覗き込んでくる。

「ええ、分かっています」と聖天子は平坦(へいたん)な声で返すと、傍らの補佐官から視線を逸らして続ける。「もう私は世間知らずな幼子などではありません。自身が何を成すべきかは、理解しているつもりです」

「……ご無理だけはなさらぬように。あなた様を荒波(あらなみ)から守り通す防波堤(ぼうはてい)として、私達がいるのです」

「……ありがとうございます、菊之丞さん」聖天子は柔らかく微笑むと、(きびす)を返して司令室の出入口へと向かい始める。「いったん、あとの事はお任せします。――私は、私のもっとも信頼する『力』に協力を(あお)ぎます」

(おお)せのままに――」

 補佐官や閣僚に見送られながら、聖天子は司令室をあとにする。

 彼女の脳裏には、黒衣に身を包む一人の少年の姿が浮かんでいた。

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