果てしなきスカーレット re:imagined 作:うそだよなまもる
しかし、闘争本能を制御しているというボローニアスの力は圧倒的で……
爆発しそうな怒りを、スカーレットは拳を握りしめて圧縮した。
「煉獄を支配するためだけに、戦争を起こしたというのか」
「人聞きが悪い。我らの軍門へ下ることを拒否した連中が、我らへ宣戦布告してきただけですよ」
「貴様らが見果てぬ場所を閉鎖しなければ、無駄な争いをせずに済んだ」
「見果てぬ場所の先は天国だそうです。醜い者を気軽に通してよい場所ではないのです」
会話が噛み合っているようで、何も伝わっていない。
眼前のポローニアスと話すことは不可能だった。
「剣を抜け、ポローニアス」
短剣を抜き、腰を落として中段で構える。師から教わった構えだ。
「……残念です。姫様は未だに囚われていらっしゃるようだ」
ポローニアスも抜刀して、悠然と構えた。
霧雨で湿った地面を蹴って、スカーレットは突進した。
剣のリーチはポローニアスの方が上だ。しかしスピードと小回りはスカーレットが勝っている。懐に入るのが先決だった。
「覚悟っ!」
「ふむ、教えた型よりもワンテンポ早くしましたか」
低い姿勢から繰り出したスカーレットの刺突を、ポローニアスは柄の先をぶつけて軌道をずらした。
さらに防御が手薄になっているスカーレットの頬へ、裏拳をぶつける。
「がっ……!」
「悪くない一撃でした。では、次」
「馬鹿にして!」
地面に転がされたスカーレットはすぐに立ち上がり、ポローニアスへ刺突を繰り返す。
その攻撃を余裕そうに躱しながら、ポローニアスはスカーレットの手首、脛、肩を剣の側面で叩いた。
骨が軋むような激痛が走り、スカーレットは思わず後退してしまう。
「いっ!」
「今は稽古ではありませんよ。この程度で怯まない」
たった一歩で距離を詰めてきたポローニアスの膝蹴りが、スカーレットの鳩尾を抉る。
止めとばかりに、よろけたスカーレットの眉間にアザラシの掌底がクリーンヒットした。
受け身も取れず、スカーレットは地面を何度も転がり、小さな岩にぶつかることでようやく止まった。
「(どうして……)」
全身の激痛を堪えながら、スカーレットの頭にはいくつも疑問が浮かんでいた。
まずポローニアスは剣を使うものの、スカーレットを斬ることはしない。雰囲気から侮っているのは分かるが、ポローニアスがわざわざそれをする理由がない。
そして最も不可解なのが、
これまで戦いとなれば、全身から制御できないほどの力が溢れてきていた。しかし、今は通常の力しか出ておらず、感覚も研ぎ澄まされないのか反応も悪い。
「(
そんな動揺しているスカーレットの下へ、ポローニアスがゆっくりと歩み寄ってきた。
「失望しました。我が弟子ながら……一国の姫君ながら、非常に情けない」
「まだ、負けてない……!」
「無理でしょう。
心を見透かされて、スカーレットは思わず息を飲む。
ポローニアスは無感動な視線を弟子に向け、続けた。
「だから言ったでしょう、わたしは身軽になったと。生前のしがらみからも……そして、この煉獄で植え付けられた
「どういうことだ」
「クローディアス様がくださった力ですよ。
「コントロール……そんなことができるわけ……」
「現に、あなたは
抑揚を失ったポローニアスからは、嘘を吐いている様子はなかった。というより、スカーレットは納得せざるを得なかった。
同じアザラシの獣人であったレアティーズとは次元の違う反射速度と膂力。ポローニアスの元々の能力もあるだろうが、総合的に見れば圧倒的な差がある。
ただ、それをクローディアスによってもたらされたのだと言うのだけが理解できなかった。
「先程から、貴様の言う事は何一つ分からない」
「何を今さら。生前から、あなたは何も知らなかったではありませんか」
「なんだと?」
「国が置かれていた危機も、クローディアス様が国を覆した理由も、私がずっとあなたを裏切っていたことも」
「……っ!?」
「これが最初で最後の温情です。クローディアス様の軍門へ下りなさい」
「ふ、ふざけるな! どんな理由があろうと、お父様と民を殺したクローディアスの下など絶対にならない!」
「ならば、せめて苦しみから解放してあげましょう。何も知らず、何もなせなかったそのお体では、この先も辛いだけだ」
ポローニアスが剣の切先を、スカーレットの喉元へ突き立てる。
「(……悔しい、悔しい、悔しい)」
表面上では気丈に振る舞ったものの、スカーレットは心中で泣きそうになっていた。
言い返せなかった。生前も復讐を果たせず、煉獄でも何一つ望む結果を得られないまま、二度目の死を迎えようとしている。
「(挙句の果てに、
何より数多の人を殺してしまう本能を、スカーレット自身が肯定してしまった。
失望と絶望に打ちのめされて、悪あがきをする気力も湧かなかった。
「さようなら。これでまた一つ、わたしの荷が軽くなる」
ポローニアスが別れの挨拶と共に、剣を握り直す。
そのとき、遠くから唸るような獣の咆哮と、雷鳴が響いた。
「おや、珍しいものが来ましたね」
「……?」
ポローニアスの視線につられ、スカーレットもそちらを向く。
山の下で行われている戦争——その上空にリヴァイアサンが泳いでいる。
オオオオオオオオオ
地上へ雷を降らせながら、リヴァイアサンはこちらへ向かってきているように見えた。
「近づいてきている……?」
「その心配は要りません。御覧なさい」
ポローニアスが示す先に、石造りの荘厳な城が建っていた。
その城から、上空のリヴァイアサンへ向けて閃光のようなものが放たれていく。
スカーレットはギリギリ目視できた。おそらく岩石やバリスタの類だろう。それらは大挙をなしてリヴァイアサンの腹を滅多打ちにした。
オオオオオオオオオ
悲痛な叫びが、スカーレットたちのいる山まで聞こえてきた。
痛みに身をよじりながら、リヴァイアサンの姿が上空の海から消えていく。
「最近はめっきり姿を見せないと思っていたら……はた迷惑な龍ですよね」
「何がしたかったの……?」
「台風や山火事に感情を求めても無駄でしょう」
ポローニアスがスカーレットへ向き直る。
そのとき、周囲に突如として煙が立ち上る。
「煙幕……周囲を警戒を――おや」
「これは一体——っきゃ!」
スカーレットは体が浮く感覚がした。
どうやら二人がかりで抱えられ、どこかへ運ばれているようだ。
「……姫様、まだ聞こえているのなら、諦めて自殺なさい」
どこかからポローニアスの声が響く。
「煉獄にとどまるだけ、苦しむことになるでしょう。その割にあなたが報われることはありません」
その言葉が、スカーレットの耳から入って体の内部をズタズタに引き裂いていく。
しかし、スカーレットは名も知らない誰かに担がれたまま、流されていくことしかできなかった。
次は来週中頃ぐらいには