果てしなきスカーレット re:imagined 作:うそだよなまもる
スカーレットは、未だに自分の見ている光景が幻だと思っていた。
会うことはないと思っていた。会うべきでないと思っていた。なのに、彼が目の前に立っている。
「どうして、来てしまったの」
だから、無意識にこんな言葉が漏れてしまった。
決壊したダムから水が氾濫するように、口から言葉が止まらなくなる。
「私はあなたを見捨てた! 他のみんなも! そして戦場で沢山殺した! 私を庇って沢山死んだ!」
「…………」
「ねぇ、ヒジリ。今の私はどうなってる? どんな醜い獣になってる?
「…………」
「わ、たしは、私の、せいで……」
やがて言葉の刃はスカーレット自身の喉を傷つけて、ぼろぼろと涙が溢れた。
その涙を、ヒジリはリュックサックからタオルを取り出して拭う。
「だから、君を助けに来たんだ」
「そんな価値、私にはない」
「初めて会ったときも、君は同じことを言っていたね」
ヒジリにそう言われ、スカーレットは胸が痛んだ。
あのときから今まで……いや、復讐に囚われていたときから、何も変われていなかったのだ。
「あのときからずっと、君は優しい人のままだ」
「……え?」
呆気にとられるスカーレットの手を、ヒジリがそっと包んだ。
「例え自分を押し殺しても、間違ってるのが分かっていても……自分が望むことより、自分がやらなければならないことを優先してる。優しすぎるよ。スカーレットは」
「それは……ヒジリの方だよ。あなたは優しすぎる」
「じゃあ、どっちもお人好しってことで、ここは手を打とう」
ヒジリは包んでいた手をぎゅっと掴んで、スカーレットを立ち上がらせる。
そして、快活に笑いながら言った。
「閉じこもってても気が滅入るだけだ。外の空気を吸おう」
「う、うん……」
「——待て」
すると、カーテンの向こうにいた獣人たちが出入り口を塞ぐ。
主導しているのはヴァイキングの兜を被ったセイウチ。スカーレットが初めて解放軍で会話した人物だった。
「この方は解放軍の最大戦力かつ、希望の象徴。どこへ連れて行くつもりだ?」
「少し気分転換をするだけだ」
「ならん。もし逃亡したとなれば士気に関わる」
「彼女は弱ってる。戦場に行っても戦えない」
「関係ない。
二人とも譲らず、テント内に緊迫した空気が流れる。
それは他の獣人たちにも伝播して、今にも
「分かった。なら俺たちに監視を付けるでどうだ?」
「……いいだろう」
「じゃあ、そこにいるペリカンの人、お願いします」
スカーレットはヒジリに手を引かれたまま、テントを出る。ペリカンの獣人も無言でそれに従った。
ゆっくりと荒れた地を進み、入り組んだ岩場に差し掛かったところで、ヒジリが足を止めた。
「スカーレット、こっちだ」
背の高い岩に隠れると、ヒジリとペリカンの獣人が頷きあった。
「ごめん、ちょっとずるをした」
「どういうこと?」
「協力者なんだ。解放軍が割と適当だから、戦場に出ている獣人なら信用してもらえると思ってた」
ペリカンの獣人はお辞儀をして、スカーレットたちから離れていく。見張りをしてくれるようだ。
「いつの間にこんな?」
「君と別れた後、考えたんだ。俺には戦う理由なんてないし、そもそも戦いなんてからきしで、君に守ってもらってばかりで……けど、何もしないのは絶対に嫌だったんだ」
「ヒジリ……」
「だから、怪我人の手当てをして回ってたんだ。君が最前線で戦ってると聞いて、一緒に助けてくれる人を集めてた。ペリカンさんもその一人」
その言葉に、スカーレットの内に温かさと罪悪感……そして、疑問が浮かんでいた。
「なんで、そこまでしてくれるの?」
「え、それ言わなきゃいけない?」
「言わなくても分かることなの?」
「あーいや、そうだな……恥ずかしいんだが」
「……?」
スカーレットが首を傾げると、ヒジリが咳払いした。
「俺、君が好きなんだ」
「…………は?」
「ほら、こういう空気になるだろ!? あと異性としてじゃないからな。煉獄じゃ性欲もないから、純粋に人としての君を尊敬してるって意味だ」
ヒジリはそっぽを向いた。ひくひくと動く三角の耳は、どうしても隠すことができないようだ。
「っふふ、なにそれ」
「笑いたきゃ笑え」
「いいや、違う。私もヒジリのことが好きだなって」
「俺たち相思相愛だったんだな」
冗談を言って笑うヒジリの顔に、スカーレットが肩の力が抜けてしまった。
だからか、どうして伝えたくなってしまった。
「ヒジリに話したいことがある」
「……ああ、いいよ」
スカーレットが一切合切を打ち明けた。
焚火を囲んでいたときとは違う。父親を殺し、国を戦争で苦しめたクローディアスを復讐しようとしたこと、それに失敗して煉獄に落ちたこと。そして見果てぬ場所の関所で師匠であるポローニアスと対峙して、復讐のやり直しとエルシノアの真実を確かめようと決意したこと。
「これが、私が戦う理由」
「……」
最後までヒジリは口を挟まず、咀嚼するように頷いていた。
そして大きく呼吸すると、選ぶようにスカーレットへ言った。
「凄いよ。スカーレットは」
「いいの。取り返しのつかないことをした自覚はある」
「そうじゃない。それだけ辛い思いをしてきたのに、君の根底はずっと変わってない。だから、本当に凄い」
「……でも、私は何も成し遂げられてないよ。ヒジリみたいに、誰かを助けられたわけでもない」
スカーレットが自嘲気味に呟く。
彼の言葉に心を救われているが、自分自身を信じ切ることができなかった。
「君だけに話すのは、フェアじゃないか」
ヒジリは少し思案すると、何かを覚悟したようにスカーレットへ向き直った。
「俺の話も、聞いてくれないか?」
次は週末にでも