果てしなきスカーレット re:imagined 作:うそだよなまもる
スカーレットは不思議な感覚を味わっていた。
海の中を漂っているようだ。どこにも触れられず、抵抗できないまま、ただどこまでも沈んでいく。
「(死んだのか…私は)」
しかし呼吸はできて、意識がある。涙は出ない。
「(何一つ、成し遂げられなかったのに……)」
スカーレットの心では、今も憎しみの炎が燃え上がっていた。
何もできないのに、何もできなかった自分が許せない。終わってしまったのに、終わってしまった自分が許せない。
「私は死にたくない」
口が動いた。気づけばスカーレットの触覚が地面を知覚していて、遅れて他の感覚も徐々に取り戻していった。
しかし、視力だけは戻らなかった。正確には眼前が暗闇で、何も視えないのだ。
「私は死んだはずじゃ」
スカーレットはゆっくりと体を起こす。しかし立とうとしたところで頭をぶつけた。どうやら狭い洞窟の中にいるようだ。
ひとまず、体が向いた方へ這って進む。出口があるか分からないが、とどまっているのも意味がないからだ。
いくらか時間が経って、スカーレットは気づいた。地面に腹部を引きずっているのに、貫かれた場所が痛まないのだ。確かめてみると、剣の痕もなく、出血もしていない。
「(一体、何がどうなっているの?)」
疑問だけが増えていくスカーレットの視界に、か細い光が映った。
その光に惹かれるように、スカーレットはひたすらに地面を這い……そして、出口へ辿り着いた。
一面を覆い尽くす荒れ果てた大地。木々は力なく枯れ、地面は水を失ってひび割れ、塵が入り混じった風は赤茶色に染まっている。
一方で頭上に広がっているはずの空に海が広がっていた。嵐の日のように激しく波打っているが、乾いた大地へ落ちてくる様子はなかった。
「ここは、死後の世界?」
天国のような理想郷ではなさそうだが、地獄のような恐ろしさも感じない。静かで鬱屈としている。
光を求めて外へ出たが、スカーレットは再び足を止めてしまった。眼前に広がる景色に、次の目的地とする地点がないからだ。
「おいおい、マジかよ!」
「ほぉら、マジだったでしょ?」
そのとき、スカーレットの背後からあざけるような笑いが起きた。
振り返ったスカーレットは、自身の目を疑った。野盗のような恰好をした犬が二本の足で立ち、前足でククリ刀を握り、人の言葉を発しているのだ。
「本当にこの洞窟から出てきたな」
「俺たちと同じってことすね」
「何の畜生か分からんが……おかげで楽しみようがある」
お互いの顔を見て下品な笑みを浮かべて、二匹の犬男はスカーレットへ視線を移す。
状況は意味不明だが、「抵抗しなければ最悪の目に遭う」とスカーレットは直感で判断した。
「(剣……良かった、ある)」
奇跡というべきか、死んだ直前の装備を身に付けているようだ。師匠から受け継いだ短剣も腰に吊り下げたままだ。
剣を構え、スカーレットは犬男の出方を伺う。
犬男たちの武器は持っているククリ刀のみ。懐に武器を隠せるようなスペースもない。リーチはこちらに分がある。しかし、有利なのかどうか判断がつかなかった。
「(二足歩行の犬と、どうやって戦うべきなの……?)」
セオリーがない相手にどう立ち回るべきなのか。
その疑問が、スカーレットの足を鈍くさせていた。
「お頭、剣を構えたと思ったら、あいつびびってますよ」
「そんじゃ、さくっと腱を切って動けなくするかぁ」
犬男たちは左右に分かれた。
スカーレットの狙いをさだめさせない目的だろう。スカーレットの武器は短剣一本のみ、一人が受け止めれば、もう一人が死角から狙えばいいだけ。
このままでは為す術なく殺される。いや、それ以上の苦痛が待っているかもしれない。
復讐もできず、再び理不尽に殺されるなんて。
その恐怖を感じた途端、身体の内から、電流のように熱が駆け巡ってくる。
未体験の高揚感と理性が脳から溶けて行くような開放感。
「(殺して、やる……)」
スカーレットは剣の柄を強く握り直した。
「……こい」
「なんだ、こいつ、ぶつぶつと」
「かかってこい、化け物!」
スカーレットが吼えると、お頭と呼ばれていた犬男が楽しそうに嗤った。
「人の事いえた立場かよ!」
姿勢を低くして、犬男がスカーレットへ肉薄してくる。そして、勢い任せにククリ刀を振ってきた。
対して、スカーレットは敢えて正面から受け止める。
「(かなりの力……! でも、拮抗できてる!)」
電流のような熱が駆け巡ってから、体がやけに軽い。さりとて力は普通より何倍も出ている。現に犬男の膂力が成人男性と同等なら、十代の少女であるスカーレットでは押し合いにすらならないはずのに。
するとスカーレットの背後から、もう一体の犬男が迫って来る。
「いただきぃ!」
「いまっ!」
ククリ刀を振りかぶったであろう風を切る音を合図に、スカーレットは一気に体を引いた。
「なっ!?」
「うお、あぶね!」
前のめりになっていた犬男たちは、ぶつかりあって体勢を崩した。片手で武器を持っている状態では、互いを支えることは難しいようだった。
その好機をスカーレットは見逃さない。犬男たちの足を狙って短剣を振るう。
刃は音を置き去りにし、男たちの膝より下を真っ二つに両断した。
「あ、あああああああああああ!」
「いてぇ、いてぇ!」
足を奪われ、地面でのたうち回る犬男たち。
「なん、で」
斬った当人であるスカーレットは、驚きが隠せなかった。
骨があまりに柔らかく感じた。まるで細い根菜でも切ったかのような。
ここまでのことを、するつもりはなかった。犬男たちが企んでいたように、腱を切って無力化しようと考えていたのだ。
「……まだ、まだ俺は」
お頭と呼ばれた犬男が、徐々に弱っていく。
切られた部分から血のような…赤黒い塵が漏れ出ていた。子分の方はショック死しているのか、両目を見開いたままぴくりとも動かない。
「しにたく、な――」
ついに呼吸も止まり、完全にこと切れた。
すると犬男たちの体が砂のように崩壊して、そのまま風に乗ってどこかへ飛んでいってしまった。彼らの忘れもののように、薄汚れた衣服とククリ刀だけが地面へ転がっている。
「死んだ、の?」
剣術は、憎きクローディアスを討つために身に付けたものだった。
復讐を為せなかったスカーレットは、この日、初めて誰かを殺した。
上っていた頭の血が、急に冷めていく。自分がやったことなのに、現実味がまったくなかった。
「あ、ああ……」
スカーレットは自分を抱きかかえるように、その場でうずくまる。
また、視界が真っ暗になった。
次は明日の深夜に