果てしなきスカーレット re:imagined   作:うそだよなまもる

23 / 29
操られたヒジリがスカーレットを襲う。
彼を傷つけられないスカーレットが取った行動とは…




「…………」

 

クローディアスの命令に、ヒジリは驚いた様子で瞬きをして。

 

「ハイ」

 

次に目を開けたとき、ヒジリの瞳がどす黒い闇に染まっていた。

 

「ヒジリ?」

「……」

「ねぇ、ヒジリってば」

 

ポローニアスはクローディアスを妄信しつつも、確かに自我はあった。

しかし、今のヒジリは肩の傷も気にすることなく、痛みで震える腕でスカーレットの落した剣を拾い、慣れない様子で柄を握り込んだ。

 

「ヒジリ、やめて」

「無駄だ」

 

その呼びかけに応えたのはクローディアスであった。

 

「本来ならば、ここまでの深度にしないのだ。我の命令以外で行動を受け付けなくなると、戦場で木偶の棒と化すからな」

「ならば――」

「気絶させればいいと思っているだろう。それも無意味だ。最も強力な洗脳であれば、例え意識があろうがなかろうが、耳さえついていれば操れる」

「……クローディアス、あなたは」

 

冷笑を崩さないクローディアスへ、スカーレットは震える唇で言った。

 

「寂しくは、ないのか」

「王とは孤独なもの。我がこの椅子で一人座るのは、絶対性を保持できている証左だ」

「自分から他者を拒絶することは、王がやるべきことではない。小さい器に収まる国などたかがしれている。あなたも、それを理解しているのではないのか」

「……黙れ」

 

クローディアスの鋭い声が、ステンドグラスの部屋に反響する。

 

「我は間違えぬ。今も昔も、怠慢で、愚鈍で、脆弱な下層が理想に耐え切れない。歴史は後世に名を遺した王を槍玉に挙げるが、諸悪の根源は、いつだって愚民だ」

「だから、その愚民と信じたい者に殺され、この煉獄にいるのか」

「——これは啓蒙である、ヒジリ、その女を殺せ! 今すぐに!」

 

唾をまき散らしながら、クローディアスが叫ぶ。

そのとき、スカーレットはクローディアスの顔ではなく、すぐにヒジリの様子を観察したた。

 

「……ハイ」

 

ヒジリは剣を振り上げようとしたが、傷ついた肩のせいで途中で落としてしまった。

 

「(ヒジリに変化はない……それにヒジリができないことは、洗脳されていてもできないままなんだ)」

 

スカーレットの狙い、それは確かめることだった。

まず洗脳の限度。クローディアスの発言を見るに聴覚を奪う命令はできず、さらにこれ以上ヒジリから自我を奪うことも難しいようだ。

そして、命令に従うものの、その行動は当人の特性や能力に大きく左右されてしまう。

まだ、ヒジリを正気に戻す可能性は残されている。

 

「スカーレットが抵抗する場合は、自殺せよ」

「……ハイ」

 

スカーレットが身構える前で、ヒジリが剣を自身の首に向ける。

 

「クローディアス!」

「選べ、己が死んで仲間を生かすか、仲間を殺して我を討つか。愚かなアムレットの娘ならば、簡単だろう?」

「……ああ、そうだな」

 

スカーレットは脱力し、無防備な状態になった。

それを見て、クローディアスが愉快そうに笑った。

 

「やはりな、大義を前にして些事を拾おうとするとは」

「私は、ヒジリを信じている」

「負け惜しみか……やれ、ヒジリとやら。心臓を一突きせよ」

 

クローディアスの命令に、ヒジリが剣を持ち上げる。

やけに具体的な命令。抽象的では仕留められないと判断したのだろう。

 

「……ハイ」

 

ヒジリが足に力を込め、スカーレットへ肉薄する。

そんなヒジリへ、逆にスカーレットは自ら距離を詰めた。

 

「っぐ!」

 

剣の切先はスカーレットの横腹を抉ったが、直撃は免れる。

雷撃のような痛みと溢れる赤黒い塵に耐えながら、スカーレットはヒジリを強く抱きしめた。

 

「音痴だからって、笑わないでよ?」

 

ヒジリから返事がなかったが、スカーレットは大きく息を吸い、歌い始めた。

歌詞がどんな意味を持っているのか、ヒジリから聞く余裕はなかった。ただ彼の歌声が妙に頭に残っているおかげで、自然とスカーレットの口から歌が溢れてくる。

 

「子守歌だと? 馬鹿な真似を」

 

クローディアスが短く噴き出し、スカーレットを小馬鹿にする。

この歌のタイトルは、「愛にできることはまだあるかい」というらしい。

なんとなく、ヒジリが優しい理由がこの歌に詰まっている気がした。

 

「…………」

 

ヒジリは無言のまま、スカーレットにされるがままになって。

サビが終わるタイミングで、腕を震わせながら、スカーレットの傷口に手を当てた。

 

「す、かーれっ、と」

「……ヒジリ?」

「ダメだよ、こんなこと、あっちゃいけない」

「え?」

「傷口を放置しちゃダメだろ。そこから菌が入ったら、高熱とか出るんだぞ」

「っ!!!」

 

スカーレットの目頭がかっと熱くなる。

ヒジリの顔を見ると、瞳に光が戻っていた。しかし痛みと後悔が混ざったような、苦々しい表情を浮かべていた。

 

「戻った、本当に!」

「ごめん、スカーレット。俺、とんでもないこと……」

「いいの。信じていたから」

 

互いに支え合い、スカーレットとヒジリはクローディアスを見やる。

孤独な王は、青筋を立てて体を震わせていた。

 

「何をしたのだ、スカーレット」

「ヒジリが潜在的に覚えていると豪語した歌だ。彼が貴様の洗脳を乗り越えた」

「ありえない!」

 

頭を抱え、クローディアスは独り言のように慟哭した。

 

「歌だと、そんな娯楽に我の崇高な力が負けた? ありえない。ありえないありえないありえないありえない!」

「それがあなたの弱さだ、クローディアス。誰も信じず、己の力ばかり過信して……現実を受け止めきれないのは、貴様の方だ」

「何が言いたい?」

「貴様に父上を否定される謂れはない。なぜなら貴様は王ではなく……ただの夢想家だからだ」

「…………」

 

クローディアスは急に沈黙した。スカーレットの言葉を咀嚼しているように見えた。

そしてゆっくりと顔を上げると、玉座の間を崩壊させる勢いで笑いだした。

 

「これで勝ったと思っているのか、スカーレット」




次は週の半ばにでも
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。