果てしなきスカーレット re:imagined 作:うそだよなまもる
彼を傷つけられないスカーレットが取った行動とは…
「…………」
クローディアスの命令に、ヒジリは驚いた様子で瞬きをして。
「ハイ」
次に目を開けたとき、ヒジリの瞳がどす黒い闇に染まっていた。
「ヒジリ?」
「……」
「ねぇ、ヒジリってば」
ポローニアスはクローディアスを妄信しつつも、確かに自我はあった。
しかし、今のヒジリは肩の傷も気にすることなく、痛みで震える腕でスカーレットの落した剣を拾い、慣れない様子で柄を握り込んだ。
「ヒジリ、やめて」
「無駄だ」
その呼びかけに応えたのはクローディアスであった。
「本来ならば、ここまでの深度にしないのだ。我の命令以外で行動を受け付けなくなると、戦場で木偶の棒と化すからな」
「ならば――」
「気絶させればいいと思っているだろう。それも無意味だ。最も強力な洗脳であれば、例え意識があろうがなかろうが、耳さえついていれば操れる」
「……クローディアス、あなたは」
冷笑を崩さないクローディアスへ、スカーレットは震える唇で言った。
「寂しくは、ないのか」
「王とは孤独なもの。我がこの椅子で一人座るのは、絶対性を保持できている証左だ」
「自分から他者を拒絶することは、王がやるべきことではない。小さい器に収まる国などたかがしれている。あなたも、それを理解しているのではないのか」
「……黙れ」
クローディアスの鋭い声が、ステンドグラスの部屋に反響する。
「我は間違えぬ。今も昔も、怠慢で、愚鈍で、脆弱な下層が理想に耐え切れない。歴史は後世に名を遺した王を槍玉に挙げるが、諸悪の根源は、いつだって愚民だ」
「だから、その愚民と信じたい者に殺され、この煉獄にいるのか」
「——これは啓蒙である、ヒジリ、その女を殺せ! 今すぐに!」
唾をまき散らしながら、クローディアスが叫ぶ。
そのとき、スカーレットはクローディアスの顔ではなく、すぐにヒジリの様子を観察したた。
「……ハイ」
ヒジリは剣を振り上げようとしたが、傷ついた肩のせいで途中で落としてしまった。
「(ヒジリに変化はない……それにヒジリができないことは、洗脳されていてもできないままなんだ)」
スカーレットの狙い、それは確かめることだった。
まず洗脳の限度。クローディアスの発言を見るに聴覚を奪う命令はできず、さらにこれ以上ヒジリから自我を奪うことも難しいようだ。
そして、命令に従うものの、その行動は当人の特性や能力に大きく左右されてしまう。
まだ、ヒジリを正気に戻す可能性は残されている。
「スカーレットが抵抗する場合は、自殺せよ」
「……ハイ」
スカーレットが身構える前で、ヒジリが剣を自身の首に向ける。
「クローディアス!」
「選べ、己が死んで仲間を生かすか、仲間を殺して我を討つか。愚かなアムレットの娘ならば、簡単だろう?」
「……ああ、そうだな」
スカーレットは脱力し、無防備な状態になった。
それを見て、クローディアスが愉快そうに笑った。
「やはりな、大義を前にして些事を拾おうとするとは」
「私は、ヒジリを信じている」
「負け惜しみか……やれ、ヒジリとやら。心臓を一突きせよ」
クローディアスの命令に、ヒジリが剣を持ち上げる。
やけに具体的な命令。抽象的では仕留められないと判断したのだろう。
「……ハイ」
ヒジリが足に力を込め、スカーレットへ肉薄する。
そんなヒジリへ、逆にスカーレットは自ら距離を詰めた。
「っぐ!」
剣の切先はスカーレットの横腹を抉ったが、直撃は免れる。
雷撃のような痛みと溢れる赤黒い塵に耐えながら、スカーレットはヒジリを強く抱きしめた。
「音痴だからって、笑わないでよ?」
ヒジリから返事がなかったが、スカーレットは大きく息を吸い、歌い始めた。
歌詞がどんな意味を持っているのか、ヒジリから聞く余裕はなかった。ただ彼の歌声が妙に頭に残っているおかげで、自然とスカーレットの口から歌が溢れてくる。
「子守歌だと? 馬鹿な真似を」
クローディアスが短く噴き出し、スカーレットを小馬鹿にする。
この歌のタイトルは、「愛にできることはまだあるかい」というらしい。
なんとなく、ヒジリが優しい理由がこの歌に詰まっている気がした。
「…………」
ヒジリは無言のまま、スカーレットにされるがままになって。
サビが終わるタイミングで、腕を震わせながら、スカーレットの傷口に手を当てた。
「す、かーれっ、と」
「……ヒジリ?」
「ダメだよ、こんなこと、あっちゃいけない」
「え?」
「傷口を放置しちゃダメだろ。そこから菌が入ったら、高熱とか出るんだぞ」
「っ!!!」
スカーレットの目頭がかっと熱くなる。
ヒジリの顔を見ると、瞳に光が戻っていた。しかし痛みと後悔が混ざったような、苦々しい表情を浮かべていた。
「戻った、本当に!」
「ごめん、スカーレット。俺、とんでもないこと……」
「いいの。信じていたから」
互いに支え合い、スカーレットとヒジリはクローディアスを見やる。
孤独な王は、青筋を立てて体を震わせていた。
「何をしたのだ、スカーレット」
「ヒジリが潜在的に覚えていると豪語した歌だ。彼が貴様の洗脳を乗り越えた」
「ありえない!」
頭を抱え、クローディアスは独り言のように慟哭した。
「歌だと、そんな娯楽に我の崇高な力が負けた? ありえない。ありえないありえないありえないありえない!」
「それがあなたの弱さだ、クローディアス。誰も信じず、己の力ばかり過信して……現実を受け止めきれないのは、貴様の方だ」
「何が言いたい?」
「貴様に父上を否定される謂れはない。なぜなら貴様は王ではなく……ただの夢想家だからだ」
「…………」
クローディアスは急に沈黙した。スカーレットの言葉を咀嚼しているように見えた。
そしてゆっくりと顔を上げると、玉座の間を崩壊させる勢いで笑いだした。
「これで勝ったと思っているのか、スカーレット」
次は週の半ばにでも