果てしなきスカーレット re:imagined   作:うそだよなまもる

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悪夢で父から「クローディアス」を殺せと命じられる。
それができなかったから、ここにいたのに



獣の村

この景色は夢だと、スカーレットにはすぐ分かった。

子供の頃、父と馬に乗るのが好きだった。馬の上からは見晴らしがよく、特に海外付近をゆるりと巡るのが格別だった。

草原だけでなく、城下町を馬に乗って歩くのも好きだった。誰もが笑顔で、誰もが自分の役割を全うする、幸せで豊な国。そんな国を大人よりも高い目線から眺められるから、乗馬が好きだった。

そんな国を造る民と父は、スカーレットの憧れで自慢だった。

 

瞬きすると、眼前に炎の柱が立っていた。

一つ、また一つと柱は増えていく。気づけば、スカーレットの周囲は火の海と化していた。

炎の中で影が揺らめいている。影は徐々に人の形となり、スカーレットへ縋りついてくる。

 

痛い、熱い、憎い。

殺して、あいつを殺して。

どうして失敗してしまったんだ。

 

スカーレットは炎から目が離せなくなる。

髪が燃えて、睫毛が燃えて、瞳が燃えても、どうしても目を逸らせない。

 

クローディアスを討て。我が恨み、国民の恨みはそれでしか晴らせないのだ。

それが我が娘の役目だ。そうだろう、スカーレット。

 

影の輪郭が、悲痛に歪む父の表情に見えた。

炎はついにスカーレットの全身を包み、そして――

 

「ごめん、なさい……」

 

思わず口から出た独り言で、スカーレットの意識が現実に戻ってきた。

目を開こうとしても、乾いた涙と瞼が引っ付いて離れない。目を擦ると、爪で引っ掻いたのか目端に痛みが走った。

スカーレットは鼠色の布で覆われたテントの中にいた。枯れた木で組んだ簡易ベッドの上に寝ているようだ。

 

「ここは?」

「――ん、起きたのか」

「だ、誰?」

 

声のした方へ振り向くと、聖職者の外套を着た山羊が胡坐をかいて座っていた。

スカーレットは素早く立ち上がり、剣を探す……が、側にはなかった。

 

「すまない。人によっては錯乱して襲ってくる者もいるからな。預かっている」

「……」

「信じてもらえるかは分からないが、僕たちは君に危害を加えない。君が僕たちに何もしないなら」

 

山羊男の瞳が、真っすぐスカーレットを捉えている。

敵意はない。人間と違って表情が読めないが、それでも確信できた。

スカーレットがベッドに腰かけると、山羊が短く嘆息した。

 

「君はこの世界に来て、どれだけ経っている?」

「……眠っていて分からない。起きてた時間だけなら、数時間もない」

「その間に、自分の姿を見たことは?」

「どういう意味?」

 

尋ねるスカーレットへ、山羊男はこの展開を予期していたかのように、手鏡を差し出してきた。

受け取り、スカーレットは訝し気に自分の顔を映す。

 

「なに、これ……」

 

目元から頬、そして首のあたりまで、紅い鱗が伸びていた。そして今になって気づいたが、鏡を持つ手は赤い鱗が生え、爪は爬虫類のように鋭く尖っていた。

眼前の山羊男や殺してしまった犬男よりも人間の姿形を保っているが……スカーレットも、獣になっていた。

 

「煉獄では、みんな獣のような人間になる。君はかなり人間を保っているが」

 

動揺しているスカーレットへ羊男が言う。この反応も予想の範疇だったようだ。

 

「煉獄……三つある死後の世界の一つ……」

「聞き覚えがあるのか、ならば話は早い」

 

死者は煉獄で試練を受け、終末で最後の審判を受ける権利を得るのだという。

天国に昇るには善人ではないが、地獄へ墜ちるには悪人ではない。そんな人間が煉獄へ通されるのだという。

 

「なぜ、私たちは獣に?」

「分からない。これが試練なのかもしれない」

 

山羊男はゆっくりと立ち上がり、テントの入り口を開けた。

 

「案内する。続きは外で話す方が早い」

 

***

 

テントを出ると、そこは小さな集落だった。

継ぎ接ぎで作られた簡易テントが密集しており、周辺を木製の柵が覆っている。柵の手前は深い堀となっており、敵の侵入を制限しているようだ。

不可解なのは、食事や排泄など、生活に必要なインフラが整備されていないことだ。山羊男のテントも簡易テントのみで、炊事ができるスペースなどなかった。

 

「鹿となった彼は唐の時代を生きた僧、文鳥となった彼女は外套をまとっているのは産業革命期のイギリスを生きた淑女、あそこの兎の子は、第二次世界大戦の爆撃に巻き込まれたのだという」

 

山羊男は歩きながら、住民の生い立ちを説明していく。学問はかなり修めた自負があったが、聞き覚えのない単語がいくつもあった。

 

「そして私は、生前教会で牧師をしていた。死んだのは1999年だった」

「1999年……?」

 

スカーレットが生きていたのは十六世紀の末、ちょうど人類が大海へ繰り出していた頃だった。

山羊男は、その二百年以上先の未来を生きていたという。易々と信じられることではないが、スカーレットは不思議と虚言には思えなかった。

 

「あなたは、ここへ来てどのくらいになる?」

「分からない。死者に時間の概念がないから、こうして時代を越えた人間がここにいるのかもしれない」

「かもしれないと分からないを、繰り返している」

「常識が通じない世界なんだ。憶測で話すしかなくてね」

 

山羊男は歩みを止めずに村を回り、最後に出口へスカーレットを案内した。

 

「不躾な視線に晒してしまってすまない。君を受け入れる余裕は、この村になさそうだ」

 

スカーレットには、ずっと住民から刺さるような視線が向けられていた。

部外者への警戒と怯え、そして諦念と疲労が入り混じった、まるで凶器を拾ってしまった野生動物を見るような瞳。

確かに、この場所に長居することは難しそうだった。

 

「……助けてくださり、ありがとうございました」

「構わない」

 

山羊男は軽く首を振り、紐でくくられた布袋を開いた。

スカーレットの装備がまとめて入っていた。

 

「私の防具と武器……どうして、ここまでの親切を?」

「餞別と、せめてものお詫びだ」

 

防具は補修され、短剣は研磨されていた。村には武器庫のようなものがあったから、そこから補填してくれたのかもしれない。

 

「もし目的地がないのなら、見果てぬ場所を目指すといい。空を流れる海が収束する方向へ歩けば、辿り着くだろう」

「見果てぬ場所?」

「この世界からの出口、天国と言い換えてもいいらしい」

「どうして、あなたたちは目指さないのですか?」

 

スカーレットが質問すると、山羊男は見果てぬ場所があるらしい方向を眺めながら、静かに口を開いた。

 

「誰も彼も、理想に向かって謙虚でいられるわけではないのだよ」

 

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