果てしなきスカーレット re:imagined 作:うそだよなまもる
「(天国、もしそのような場所に行けるのなら……)」
村を出たスカーレットは、頭上にある海の終着点を見やる。
波は荒れ狂ったようでありながら、その実、流れる方向は一定だった。故に、目印には困らない。
「(お父様と、民に謝れるのかもしれない)」
スカーレットにとって、目指す理由としては充分だった。
そして、歩いてからどれだけ経ったか、スカーレットは雑木林に辿り着いた。
雑木林といっても、葉は一つとして残っていない。木も枯れて生気を失っている。おかげで木が乱立しているにもかかわらず、随分と見晴らしがよかった。
「(やはり妙だ、この体)」
適当な木にもたれ掛かり、スカーレットは大きく深呼吸する。
道中で、スカーレットにはいくつも疑問が浮かんでいた。
牧師は「死者に時間の概念がない」と言っていたが、その通りのようだ。この煉獄には朝も夜もない。スカーレットの体感で半日以上は歩いたつもりだったが、それも当たっているかどうか。
なにより、煉獄に来てから一度たりとも、喉が渇かないし、空腹も感じないし、排泄もしていないし、眠気もこないのだ。
人間の生理機構が軒並みなくなっていた。あの村に簡易ベッド以外の生活感が皆無だったのは、これが理由だったのかもしれない。
しかし、スカーレットの身体は徐々に重たくなっていた。体は平気だが、「ずっと歩きっぱなし」という状況に、彼女の心が疲弊しているようだった。
率直に言って、気味が悪い。
そして獣になった己の肉体も、この煉獄へ自分が来た理由も解決していない。
疑問だけが、スカーレットの腹底で溜まり続けている。
「(少し寝よう)」
スカーレットは目を瞑る。眠気はないが、視界が切り離されたことで、少し心が安らいだ。
精神を奥へもっていけば、仮眠にはなるだろう。
そう思ったスカーレットの脳裏に、夥しい悲鳴が響いた。
痛い、熱い、憎い。
殺して、あいつを殺して。
どうして失敗してしまったんだ。
意識を失ったときと同じ夢。
炎の柱が辺りを覆い尽くし、スカーレットの肉体が焼かれている。
クローディアスを討て。我が恨み、国民の恨みはそれでしか晴らせないのだ。
それが我が娘の役目だ。そうだろう、スカーレット。
「(やめて、やめて!)」
悪夢から弾きだされるように、スカーレットは大きく目を見開いた。心臓が張り裂けそうなほど早鐘を打っている。
眠らせないためなのか、それともスカーレット自身のトラウマがそうさせているのか。
ただ、しばらくは瞬きすら躊躇ってしまいそうだ。
「——っ!」
そのとき、風の動きが変わった。
あたりは枯れた木が不規則に並んでいるだけだ。あくまで視覚だけに頼るなら。
しかしスカーレットの直感が、全身に警鐘を鳴らしていた。
「(何かが、近くにいる)」
短剣を抜き、もたれていた木から離れる。四方に可能な限りスペースがある位置まで移動した。
凍てつきそうな空気の中、スカーレットの正面にハイイロアザラシの男が躍り出た。
「ウラァ!」
アザラシ男は短斧を握り、勢い任せにスカーレットへ振りかざす。
「くっ!」
スカーレットが寸での所で回避すると、斧が近くにあった木に直撃し――そして、激しい衝撃音と共にへし折れた。
受け止めていれば、短剣はおろか、スカーレットの上半身と下半身が真っ二つになるだろう。
「やはりその顔、貴様、スカーレットだな」
「わ、私を知っている?」
「顔が獣になっていないおかげだよ。そして僕は運がいい!」
アザラシ男は全身の力を込めるようにのけ反り、斧を高く掲げた。
スカーレットはそのときに気づく。男の胸に獅子を象った紋章があった。デンマークが誇るエルシノアの紋章、スカーレットと同郷の証だった。
「旧王女スカーレット……我が父ポローニアスの仇!」
「!?」
「我が名はレアティーズ」
その言葉に、スカーレットは反応が遅れてしまった。
アザラシ男の一撃が籠手を掠める。補修された部分が裂け、スカーレットの赤い鱗に包まれた腕が露わになった。
「私はポローニアスに殺された!」
「嘘だ、貴様がやったと、クローディアス王が申されていた! クーデターを企み、それを止めようとした父上が刺し違えたのだと!」
スカーレットは全身の血が煮えたぎる思いがした。
まさかポローニアスをクーデターの扇動者として使い、役目を終えたからと始末したのか。彼の言葉から、家族を人質に取られていたことは確かなはずだ。
「落ち着け、あなたはクローディアスに騙されている」
「そんなこと、死んだ僕には確かめようはない! 留学で国を離れている間に国王が代わり、貴様も父上もいなかった。この空しさと怒りがお前に分かるか!」
短斧の猛攻を前に、スカーレットは反撃ができなかった。
迷いがあった、眼前のレアティーズはこちらを殺そうしている。しかし彼もクローディアスに謀られた被害者で、煉獄へいるということは命を落としてしまったのだ。
どうしても、スカーレットは反撃できなかった。自分と同じだから。
「ああっ!」
ついに短斧が短剣を捉えた。
宙を舞い、スカーレットと距離のある地面へ突き刺さる。
その隙をレアティーズは見逃さない。スカーレットを押し倒して馬乗りになり、逃げられないようにした。
「遺言は聞いてやろう、元王女」
「…………」
尋ねられたものの、スカーレットは何も思い浮かばなかった
復讐で身も心も燃やし尽くそうとするアザラシ男の姿が、クローディアスを前に怒り狂っていた己の姿が重なった。
「(これで、終わるの)」
スカーレットの瞳から、大粒の涙が零れる。
生きている間も死後の今も、何も為せなかった。情けなくて、悔しくて、申し訳なくて、仕方ない。
自分は何のために生きてきたのだろう。
「ごめん、なさい」
「この期に及んで命乞いとは」
「ごめん、な、さい……」
「死後にあの世があるか分からないが、そこで我が父や民に詫びろ」
せめて、甘んじて受け入れよう。
スカーレットは涙でにじむ視界に、近づいてくる短斧を見やる。
死後の体で走馬灯があるのか分からないが、とてもスローモーションに感じた。
その瞬間、身体の内から、電流のように熱が駆け巡ってきた。
体調不良+それを押して仕事してました…
皆さんも本当にお気を付けを…