果てしなきスカーレット re:imagined 作:うそだよなまもる
遠目から見えていた戦闘は、一方的な強奪だった。
片方はラクダの獣人で構成されたキャラバン。男女ともに大半が高齢で、荷車の荷物を次々と奪われている。
片方は馬の獣人で構成された遊牧民族。一人がソリを引き、もう一人が細長い棍を巧みに操って、ラクダの獣人たちを蹂躙している。
「やめろ、やめなさい!」
思わず目を背けたくなる惨状へ、ヒジリは真正面から入り込んだ。
何も持たず、背中を守るリュックすらを捨てて、両腕を広げて停戦を叫んでいる。
「おい、ここに馬鹿が来てるぞ!」
「狙え狙え!」
しかし、馬男たちは嘲笑いながら棍でヒジリを滅多打ちにする。
殺しはしない。急所を的確に避けてヒジリを転ばせ、立ち上がった所で足を狙って転ばせる。
「やめ、こんなことに、意味はないだろ……!」
弄ばれているのに、ヒジリは何度も立ち上がり、腕を大きく振る。
口からは微妙に赤黒い塵が流れ、肌の見える部分は赤く変色していた。
「もう殺しちまおう!」
「嫌いなんだよ、この手のアホは!」
その様子が遊牧民族たちを逆上させてしまった。
一組の馬男たちが方向転換して、ヒジリの喉元めがけて棍を構える。
「何をやってるんだバカ!」
「うおっ!」
弓矢のような棍の一撃を、スカーレットはヒジリを突き飛ばして回避させる。
そして傷ついたヒジリを庇うように、短剣を抜いた。
「犬コロの仲間か?」
「目と口だけ女だぜ、なんだこいつ」
踏ん張りが効かない砂の上を巧みに奔りながら、馬男たちがスカーレットへ接近してくる。
標的が自分に移った。そう感じた途端、スカーレットの全身に電流が駆け巡ってくる。
「(やっぱり、この感覚……)」
ヒジリの言っていた
体に生えている鱗という鱗が逆立ってくる。手足が驚くほど軽いのに、無限に力が湧いてくる。
スカーレットの直感が告げている。本気でやれば、遊牧民族たちを皆殺しにすることだって容易だろう。
「抑えろ、抑えろ……!」
漲る腕の力が短剣に乗らないよう、スカーレットはもう一方の手で押しとどめる。
そして、ソリに乗る馬男が振るった棍だけを狙い、的確に弾き飛ばした。
「お、おいやばいぞ!」
「化け物だ、こいつ化け物だよ!」
ソリがスカーレットから遠ざかっていく。
「やった、これなら――」
辛うじて狙い通りのことができ、スカーレットは安堵の吐息を漏らす。
そのとき、後方から女性の悲鳴が聞こえた。
「あの女は避けろ!」
「機動力はこっちが上だ、相手にするな!」
遊牧民族たちはスカーレットを露骨に避けながら、キャラバンの獣人たちを襲い始めた。
「な、やめろ!」
スカーレットはラクダの獣人たちを庇おうとするが、ソリを巧みに操る馬男たちが素早く散開するせいで的を絞れない。
「私が相手になる、それでいいだろう!」
「お前もその犬コロと一緒だな」
「なんだって?」
小馬鹿にするようにスカーレットの付近を通り過ぎながら、一人の馬男が嗤った。
「お前と戦って何が楽しんだよ?」
スカーレットの頭で、大量の血が沸騰する感じがした。
なんとか制御できそうだった理性の蓋が、音を立てて壊れてしまいそうになる。
こんな奴らに、どうして加減をしようとしたのだろう。敵が非道を楽しむのであれば、同様の報いを受けさせるべきではないのか。
「(こんな、略奪を楽しむような奴らなら……)」
震える拳に任せて、スカーレットが短剣を握り直す。
「ダメだぁ!」
そのときだった。スカーレットの耳朶にヒジリの絶叫が届いた。
肩の力が抜け、荒れていた血流の波が凪いでいく気がした。
「もう俺たちは死んでるんだ。この世界で奪ったり傷つけても、何の意味もない!」
軽く小突けば倒れてしまいそうなほどボロボロの状態で、ヒジリは懲りずに両腕を広げている。
その場にいる全員の視線が、しばしの間ヒジリに注がれた。
「この犬、本物のアホだ」
さきほどスカーレットを嘲笑った馬男が、心底呆れたように言った。
他の馬男たちも、言葉にしないが同じ感想を抱いているようだった。再びソリが動き出し、無防備なヒジリへ殺到していく。
「話し合おう、奪うのが目的ならもう満足したんだろう!?」
ヒジリはその場を一歩も動かない。
このままでは、十数本の棍がヒジリに殺到してしまう。
「ヒジリ!」
スカーレットは短剣を捨て、ヒジリを庇おうと走り出す。
と同時に、彼女の鼻先に冷たい感触がした。
「……雨だ」
その呟きに応えるように、雨脚が一気に強まった。
スカーレットの脳裏に、この煉獄で雨が降ったときの記憶が蘇る。
あれが、来る。
唸るような轟音は、天空から地上へ落ちるのを待つ雷か、それとも太刀魚のような姿形でありながら鯨のような巨体を持つ龍の咆哮か。
荒れ狂う空の大海に抗うように、リヴァイアサンが姿を見せた。
「に、逃げろ!」
「やばいやばい!」
遊牧民族たちは奪った荷物を捨て、一目散に逃げだしていく。ソリも使わず各々の持てる最高速度で足を回転させていた。
そんな遊牧民族たちの頭上が光で埋め尽くされる。
直後、数体の馬男が赤塵と化した。
悲鳴を上げたのかは分からない。空気や砂ごと震わせる雷鳴の轟音がすべてをかき消してしまったいた。
「このままじゃ、私たちも……」
「君たち、こっちへ!」
雨に打たれることしかできないスカーレットへ、キャラバンの男性が呼びかけた。高齢ながら背筋はぴんと伸びており、甲冑をまとうその姿は現役の兵隊と遜色なかった。
「奇跡的に避雷針に使えそうな道具は揃っているんだ。ただ確実ではないから、こちらへ」
木材の頂点に何かの金属を取りつけ、掘った砂と荷車で支えて固定しているようだった。
ヒジリも他の隊員の肩を借りて、避雷針から可能な限り遠ざかるように砂の窪みへ移動している。
「どうして、私たちを?」
「助けようとしてくれたあなたたちの魂に感謝したい」
「……ありがとう、ございます」
スカーレットも窪みに移動し、雷雨が過ぎ去るのをひたすら待った。
***
雨が過ぎ、リヴァイアサンの唸り声も聞こえなくなってから、スカーレットは窪みから這い出た。
砂は雨で固まっていて、少しだけ歩きやすい。雨で冷えた空気が静けさを助長しているようだった。
すると、同じく抜け出したヒジリが、周囲をぐるぐると見回していた。
「何をしているの?」
「……あ」
何かを発見して、ヒジリは体を引きずりながらそちらへ向かう。
スカーレットも気になってついていくと、そこには馬男が生きていた残骸——雷で丸焦げになった衣服があった。
「他の場所は……」
「もしかして、生きてる人を?」
理解できなかった。リヴァイアサンが現れなければ、ヒジリは殺されていたかもしれないのに。
それでもヒジリはあちこちを歩き回り、生存者がいないかを探した。しかし、もうどこかへ逃げたのか落雷に打たれたか、馬男の姿はどこにも見当たらない。
「……せめて、安らかに」
遺品を集めて簡単な墓を立て、ヒジリは静かに手を合わせる。
やはり、スカーレットにはその行動が納得できなかった。
次は週半ばを目指して