『ふー……。なんとか始末し終わったわ……』
『あのさ、アグロ……』
『うん?』
『なんで戻ってきたのさ』
『……』
そう告げた途端、アグロのやつが逃げ出そうとしたので、封印を強めて鳥籠にぶち込む。
どうやらうっかり戻って来てしまったようだ。
私はアグロッペヌヂョルに隷属の魔法を掛けていたが、帰ってこいとは命令していないので、逃げることもできた。
しかし、まさかこうして戻ってくるとは。間抜けなやつだ。
『出せーっ! 出せーっ!! 私に男漁りさせろーっ!!』
『あーはいはい。これからは私の許可無く逃げたらダメだから』
『あんたに管理されるなんてーっ!!』
『自分が間抜けなのを恨むんだな』
教会の分体にアグロッペヌヂョルの世話をさせながら、焼き触手を楽しむ。焼けば焼くほど柔らかくなるようで、時間によって食感が全く違う。焼き過ぎると不味いが、さっと焼けば弾力が楽しめる。
シンプルに塩というのも良いが、ポイズンスライムも合いそうだ。
そうしているとノナが戻って来たので、教会の分体の方に意識を移す。そして、未だに暴れるアグロを物置に放置して入り口の方へと向かった。
「ただいま、戻りました……」
「おかえりなさい、ノナさん。……何かありましたか?」
「いえ、その……」
しかし、何やら様子がおかしい。私の淫魔眼によれば、体温がいつもよりも高く、表情もとろんとしている。それに、いつにも増したぽやぽや具合だ。
明らかに何かがあったようにしか見えない。
そういえば催淫効果がある粘液を出す触手も世の中には存在している。繁殖用淫魔を確保するために進化したらしいが、それなのだろうか。
「……熱がありますね」
「そう、なんですか……」
「今日はもう休んだ方が良いでしょう」
「はい……」
ノナを寝室に連れ込み、寝巻きに着替えさせてベッドに寝させる。
……まああの触手には催淫効果は無いようだが。あったら今頃村がやばいことになっていた。来年にはベビーブームが訪れていたことだろう……。
というか、私も生で食べてそういう効果が無いことは確認しているし。最初からそれは分かっていた。
非常に。非常に残念だが、これはただの熱である。きっと、薄着で粘液塗れで戦っていたせいで風邪を引いたのだろう。少し遅れて症状が出たようだ。
「けほっ……けほっ」
「どうやら風邪のようですね。後でお粥を持って来ますので、しばらく寝ていてください」
「はい……」
布団を掛けるとノナはすぐに眠ってしまった。いつになく無防備な姿である。
それにしても、まさか私を前にしてこんなにぐっすりと眠ってしまうとは。信頼されているということなのだろうか。
ふむ。どうやらノナとの関係性は順調に深まっているようだ。この調子ならば近いうちにそれはもう悪霊谷よりも深い関係になれるだろう。
というようなことをアグロのやつに自慢してやった。
『あのさ……』
『なんだ? 羨ましいか?』
『いや……まあいいや』
『まあいいやとはなんだ。言え』
『あっ、ちょっ、振るなっ!!』
これからノナをつきっきりで看病することで、さらに関係は深まるというものである。
これはもうノナとイチャイチャできるまで秒読みではなかろうか。
それを思えばアグロのやつも広い心で許せるというものである。
「ふーふっふっふ……」
『や、やめい! 魔力出るっ! 魔力出るってぇ!!』
そんなこんなで翌日。
なお、寝床は物置を片付けて確保した。ノナに心労を掛けさせるわけにはいかないのだ。
「ノナさん、朝のお粥ですよ」
「ありがとう、ございます……」
パン粥とドライフルーツを渡し、ベッドの脇に洗濯籠を置く。
「動く元気はあるようですし……。着替えたら、こちらに脱いだ服を入れておいてください。私が洗濯しますので」
「はい……」
これでノナの脱ぎ捨てた服に自然に触れられるというわけだ。我ながら、悪魔的発想である。いや実際悪魔なのだが。
とはいえ、あまり近くにいるとノナが風邪が移ることを心配しだすので、さっさと退散する。別にノナの風邪なら移してもらってもいいのだが。同じ苦しみを分かち合いたいというか……。悪魔は普通、人間の病気にはならないが。
『ライエントゥーラ、あんた……』
『なにかな? ふふん……』
『せっかくのチャンスなんだから、こう……粥に息吹きかけて冷まして食べさせるとかしなさいよ』
『……』
た、確かに……。恋愛小説だと定番のやつじゃないか……。
まさか私としたことが、そんな美味しいイベントを逃してしまうとは。
次はノナにお粥をあーん、してあげようではないか。それがいい。
『……やるな。アグロのくせに』
『あんたね……』
しょうがないのでアグロのやつに餌をやり、しばらく経った頃にまた部屋に入る。
食欲はしっかりあるようで、多めによそっていた粥は食べ切られていた。
ノナはぐっすりと眠っており、先ほどまでよりも安らかな寝顔に見えた。
「ふむ……」
このまま軽く全身を拭いてあげようかとも思ったが、流石にそれは早過ぎる。あーんはそろそろ許されると思うが、裸はまだ早い。刺激も強過ぎる。
軽く絞った濡れタオルを額に乗せ、洗濯籠を持って裏庭へ向かう。
そして洗濯用魔道具の前にそれらを置いて、一番上にあったシスター服を広げる。風邪で辛いはずだが、綺麗に折りたたまれていた。
うーん。ノナの温もりを感じる……。いや実際には脱いだのは昨日なので冷めているのだが、大切に扱っているという心意気というか、なんかそんな感じというか……。
ともあれ、ノナが大事に着ている服だ。私が雑に扱うわけにはいかない。これ以上なく丁寧に洗ってやろう。……お、ここほつれてる。後で直さないと。
「……うん?」
そうして洗濯をしていると、何か妙なものが見つかった。
色は白い。するりとした上質な布地だ。控えめにレースの装飾がついており、上品な印象がある。そして形は三角形に近かった。
つまりは白いレース付きのパンツである。
だが、今の私はこんなパンツは持っていない。もっと地味な無地のやつだ。レースはもちろん、リボンなんかも付いていない。それはもう、ものっそいシンプルなパンツだ。
しかもこれはただのパンツではない。紐パンである。
全く。一体誰がこんなパンツを入れたのだろうか。きっとアグロのやつに違いない。あいつならこれよりももっとえげつないパンツもいくらでも持っているだろう。
そう納得しようとするも、何か違和感がある。
前面がなんというか……そう。ちょっとばかり余裕があるではないか。
デザインは女性用に見えるが、形は男性用っぽいというか……。でもサイズは全体的に小さめだし……。ちょうどノナが履くのにちょうど良さそうなサイズというか……。
「ん?」
あれ。これ、もしかしてノナのパンツか。
真っ白な紐パン。うん。
そしてこれをノナが履く。うん。
「……」
えっ? そんなことがあって良いのか?
あの純粋無垢なノナがこんなパンツを?
本気で言っているのか?
しかし、よく確認すれば、僅かに残っている魔力はノナのものだ。
そう。これをノナが履いたのである。
「……どぅええぇぇぁぁああーっ!?」
ドカバキグシャ。私は驚きのあまり尻餅どころか何度も後ろ向きに転がり、教会の壁にちょっとめり込んだ。パンツは死守したが、私は無事ではない。一瞬、心臓が止まっていた。もちろんパンツのせいで。
こんなことが許されるのだろうか? こんな……。こんな……。
有りではある。有りではあるが、衝撃が強過ぎる。
そして、なんとなく太陽にそれを向けてみれば、側面がうっすらと透ける。なんというか……無防備すぎる。
本当にこんなものをノナが履いているっていうのか。
それは見たい。履いてるところがめちゃくちゃ見たいぞ……。
結婚したら見せてくれるだろうか。私の結婚意欲は高まるばかりである。
しばらくそうしてパンツを鑑賞していると、もうすっかり昼食を用意する時間である。
しょうがないのでささっと残りを洗い、裏庭に干す。
しかし、パンツはまずい。下手にここに干したら男の娘のパンツ大好き泥棒に盗られてしまうかもしれない。それは避けなくては。
ということで、パンツだけは魔法でパパッと乾かし、この世で最も安全な場所に隠す。つまりは私の懐である。
「良し……」
これでノナのパンツは守られた。明日、他の洗濯物と一緒に渡せばいいだろう。
それにしても、なぜだろうか。ノナのパンツを持っているというだけで心が安らいでいく。
やはり、このパンツは大いなる力を秘めているということだろう。ノナのパンツなのだから当然だが。
ともかく、なんだか気分が良い。この気持ちを維持しながら昼食を作ろう。
「ふんふんふ〜ん」
ささっと追加の粥を作り、ちょっと熱い状態でノナの元へと持っていく。
今度こそはあーんをしてやろうではないか。
「すみません、少し熱いようで……。ふー、ふー……」
「ん……、ライラさん……?」
「これで大丈夫でしょうか。ノナさん、口を開けてください」
「はい……」
やばい。腕が震える。プルプルしてる。えっ、ノナにこんなことをしていいんですか。これが無料なんですか。
ウワーッ! ノナが食べた! 私が手ずから料理し、ついさっき息を吹きかけて冷ました粥を!
これはほとんど口移しみたいなものでは? 全然違うか……。
そうやってノナはそれを飲み込んだかと思えば、今度は私が何も言わずとも口を開いた。
えっ。またやっていいんですか。さっきのは無料の体験版じゃなかったんですか。
恐る恐る同じことを繰り返すと、またノナが粥を食べる。一口は小さいが、食欲はあるようで、すぐに飲み込んでしまった。
そして、すかさず口を私の前で開くのである。これは……そういうことなのか?
「ライラさん……?」
「いえ……」
意外にもノナは何も思っていないようだが、私に食べさせられることを受け入れている。
果たしてこれでいいのだろうか。甘えるようにしているノナはとてもかわいいが、これは私が恋愛対象として意識されていない、ということではないだろうか。
そりゃまあ、ノナ自身、あまり恋愛的な面が育っていないようだが、ちょっとぐらいは意識されたい。そう思うのは普通のことではないだろうか。信頼されていることは嬉しいが。
……ところで、こうしているとなんだか餌付けをしているようだ。口を開いて待機するノナも、すごく鳥の雛に似ていると思う。とってもプリティー。
「ごちそうさまでした……」
「はい。ではしっかり寝てくださいね」
「はい……」
よし。上手くあーんできたな。
そのようなことをまたアグロのやつに自慢する。
『……あの、ライエントゥーラ』
『なんだ』
『あんたそれ……』
『おい、今度はちゃんと言え。いいな?』
『……なんか、母親みたいだなって』
『はぁ!? 独身未婚の私が母親ぁ!? どこが!?』
『態度が……』
『態度が!?』
そうして今までの行為を思い返してみる。特に問題は無い。問題は無いが……母親みたいなことをしていると言われれば、あまり否定ができない気がする。
そうか。私はノナの母親だったのか。
……やだー! ノナが家族だというのは素晴らしいことだとは思うが、息子よりもお婿さんであるべきなのだ。
なるほど。どうやら次に私がするべきことはノナへのアピールのようだ。そう、私は断じて母親などではないということを思い知らせるべきである……。
どうすりゃええねん。母親行為をやめればいいのか? でもノナにはいっぱい食べてもらいたいし、いっぱいお世話してあげたいし……。
難しい問題だな、と思いながら私はノナのパンツを見つめた。すると、悩みが消えていくような気がした。
ノナの風邪は二日ほど続いた。それ以降のパンツは普通のパンツだった。短いズボンみたいなやつ。どちらも良いものである。甲乙つけ難い。
しかし、果たしてなぜあのようなパンツを履いていたのだろうか……。
なお、あーんに関しては二日目からは断られた。自分で食べられるので大丈夫です、などとちょっと困ったように言われた。悲しい。
「ノナさん、風邪は治ったようですね」
「はい。おかげさまで。それで、そのぅ……」
ノナにしては珍しく、何かを言いにくそうにもじもじとしている。心なしか頬と耳もほんのりと赤い。
なんか、かわいい。これは良いものだ。滅多に見られない姿だし、希少価値も高いぞ。
「あの、アレ、見ました、か……?」
「アレとは……?」
「その、白いやつです……。ライラさんに、洗濯、してもらった……」
白いやつ? シャツとアンダースカートだろうか。それとも靴下か? とノナが何かを言うのをじっくりと待つ。
こういう時は急かしてはいけない、と真剣に続きを待っているふうに見える顔を維持する。
「……あの、パンツ」
「下着ですか」
「はい……。その、アレはあくまでゲン担ぎ、と言いますか……」
「はぁ」
「師匠にそういうふうに勧められたというか、聖典にも載っているというか……」
「……」
そういえば書いてあったな。アレは確か、明日のラッキーアイテムは白い下着! 特に紐パン! 程度の気持ちでみっちゃんが書いた文だったと思うのだが。
まさか、それを律儀に守っているシスターがいるとは。
「なので、別にいつでも履いているわけじゃないんです……。いつもは普通のパンツなんです……」
「そうなのですか」
「ちょっと変態みたいかもしれませんが、その、ちゃんと理由はあるので……」
どうやらノナはあのパンツを恥ずかしがっているようだ。素晴らしい。
ところで、私は男の娘が好きだが、こういうふうに辱めるのも好きだ。特に女装で辱めるのが大好きだ。
女性ものっぽい見た目のパンツで恥ずかしがっているノナに、思わずにっこり笑顔になってしまいそうだったのを堪える。
私は自分からノリノリで女装をする男の娘よりも、恥ずかしいけど色々あって女装しちゃうタイプの男の娘が好きなのだ。もちろん、前者も趣深いが。
「……理由と言われましても。今のは一体なんの話ですか?」
「で、ですから……その。洗濯物に僕の……パンツが入っていたと思いますが」
「そうなのですか……?」
そう返答すると瞬間的にノナの顔が赤くなった。差し詰め、いらないこと言っちゃった……、と言うことだろう。
これもまた、良い辱めである。なお、あくまで私が好む辱めはこの程度のちょっと恥ずかしいな、で済む程度のことなのである。恥ずかしがっているだけで、嫌だな、とは思わない程度というか……。
恥ずかしがってる男の娘、良いよね……。当然、ノナも良い表情をしている。
「……と、とにかく。もしそのようなものを見かけても、気にしないでください……」
「はい。分かりました」
全力で気にして目に焼き付けようと思う。できれば、着用シーンも一緒に。
それが礼儀というものではないだろうか。
そう思いながら、私はあのパンツを履いたノナを思い浮かべたのだった。あ、やばい。目、開かないかも。