クソっ。なんだってこんな忙しい時に聖騎士なんて来るんだよ。
立場上、聖騎士は普通のシスターよりも偉いので、ちゃんと歓迎とかしないといけないし!
みっちゃん、それぐらい事前に教えておくれ。
一応、聖騎士もシスターではある。ただ、鎧を着用する都合上、シスター服はあまり見られない。
たまにシスター服に鎧が付いたような格好の聖騎士もいるが、数は少ない。なので私の守備範囲からは外れる。
私の淫魔アイによれば、あの聖騎士は男である。まあ兜は被っていないし、体格からしても男だというのは明らかだが。
というか結構イケメンだな。アグロッペヌヂョルとか、みっちゃんが好きそうな見た目である。
『おいアグロッぺヌヂョル』
『なに……? もうやる気無いんだけど……』
『今からイケメンが来るぞ』
『えっ。イケメン!? マジ!? どんなやつ!?』
『こんなやつ』
視界を共有してやると、アグロのやつはスン……と一瞬で無言になった。
『聖騎士じゃないの……。聖騎士は面倒くさいから嫌いなのよね……』
『前は好きじゃなかったか?』
『最後まで面倒見ないで別の男を囲ってるとキレてくんのよ』
あー。みっちゃんはそういうやつの方が好きそうだな……。正直めちゃくちゃ面倒くさいと思うのだが、当のみっちゃんは「やきもち焼いててかわいいよね」とか言ってたし……。価値観が違う……。
でもノナがやきもち焼いてたらかわいいと思う。……ノナはやきもちを焼くのか?
それはともかく、これから聖騎士が来るはずなので準備をしなければ。
ノナは聖騎士が着くちょっと前ぐらいに帰ってくるとは思うが、励ましている時間は無さそうだ。
というか、なんかこういうのって大体この日に聖騎士が来ますよー、というような書類が先に来ると聞いたのだが。なんで何も言わずに来るんだよ。
ぶつくさ言いながら教会の扉を閉めて適当な部屋を片付ける。どうせ、教会で寝泊まりするのだろう。本当はその辺の土にでも寝かせてやりたいが、ある程度はちゃんとしなければならない。これはノナの評価に繋がりかねないのだから。
なんとか倉庫から一人用のベッドを引っ張り出し、魔法で綺麗にする。まあこれで良いだろう。
「ただいま戻りましたー。……ライラさん、何かあったんですか?」
「……なんとなく?」
「なんとなく、ですか……?」
なぜなんとなくでこんなことを……? と言いたげな表情でノナがこちらを見つめてくる。
違うんだ……。聖騎士が接近しているとか、シスターライラが知っている訳が無いんだ……。だから誤魔化すしかなくって……。
「……たまには大掃除も必要ですからね。僕も手伝います」
「あっ、もう終わ……」
いや待て。さっきまでノナは自分が必要なのかどうかで悩んでいた。ここはノナに頼るべきだろう。できればノナにしかできなさそうな仕事で。
ということで言いかけた言葉を飲み込み、新しい指示を出す。
「んんっ! ……でしたら、倉庫にベッドがあるので、それを空き部屋に運んでください」
「空き部屋? ありましたか?」
「作りました」
「それは……その、手伝えなくてごめんなさい。もっと早く戻っていれば……」
「良いんですよ。ノナさんにはこれから頼ることになるので」
会話の間にこっそりと魔法で倉庫にベッドを戻す。これでよし。あとはノナが頑張って運んでくれるだろう。
今日からはなるべく私にはノナが必要だというアピールをしていかなければならない。
ノナが満たされれば私もまた満たされる。当然の道理である。
正直、ノナはそこに居てくれるだけでも助かるのだが……。本人が気にしているようなので、その辺りのフォローをしなくては。
指示を出して少しすれば、ノナはしっかりとベッドを空き部屋に運んでくれた。これは労わなければ。
「ありがとうございます、ノナさん」
「いえ……これぐらいのことなら、いつでも頼んでください」
「そうさせてもらいますね」
ノナはいくら女の子みたいに見えても、立派な退魔シスターなのだ。この程度の身体強化、朝飯前である。
それからテーブルクロスを取り替えたり、窓を拭いたりしていると、ついに聖騎士が村にやってきたので、閉じていた教会の扉を開く。
「ら、ライラさん……? もしかして、知っていたんですか……?」
「いえ、勘です」
「すごい勘ですね……」
道の向こうの方に件の聖騎士が見えた。金髪で長身で割と鍛えられていそうな、気に障るイケメンである。馬は村のどこかに預けてきたようだ。
チィッ……。私とノナの愛の巣に土足で入ってくんなよ……。などと内心舌打ちをする。
全く歓迎したくはないが、ここはきちんと挨拶をしなくてはならない。ノナに変なところは見せられないのだから。
「ようこそ。歓迎いたします」
「そんなに畏まらなくても良いよ。可憐なシスター達」
態度がいちいちムカつくー。私がその気になれば、いくらでも行方不明にしてやることができるんだぞ。
「残念ながら、あの方は任務に出てから行方が知れず……」とか涙ながらに証言できるんだぞ。ケッ。
「僕はエヴァン。聖騎士だ。……お手を拝借しても?」
「あら……」
こいつ、さてはアレをするつもりだな。手の甲にキスでもするつもりだな?
みっちゃんならそういうのは大好きだと思うが、私はちょっと想像しただけで気分が沈んできた。全く触られていないが、なんか気持ち悪くなったので手の甲を服で拭いておいた。
「……シャイなお嬢さんだ」
お嬢さんってなんだよ。これでも歳上なんだが? ガキがマセた口を利いてんじゃねぇよ。
なお、ノナは例外なのでいくらでも生意気なことを言ってくれて良い。あまり言わないとは思うが。
「それで……シスターノナ」
「は、はい!」
「大罪神官がここに現れたというのは本当かな?」
「少なくとも、そう名乗ってはいました。大罪神官の色欲、と……」
「色欲!」
聖騎士の野郎は大袈裟に驚くと、ノナの細い肩を掴んだ。おい待て、ノナの剥き出しの肩を触っていいのも私だけだぞ。
クソ……適当な依頼をでっち上げてその先で行方不明にしてやろうか、などと考えていると、その首のあたりに白い模様があることに気が付いた。元々肌が白っぽいので分かりにくいが、よく見てみれば顎から首のあたりに何かしらの紋様が刻まれている。
ふむ……あれは聖刻印だな? となると、こいつは聖刻騎士か。面倒な。
「その姿について聞きたい」
「それなら……簡単なものですが、絵を描いています。少しお待ちください」
ノナは急いで部屋に向かうと紙を持ってきた。そこには簡単にアグロのやつの姿と似顔絵が描かれていた。
輪郭も丸っこい感じでにっこりとした笑顔をしている。あらまあ、かわいいねぇ……。私も描いてくれないかな……。大罪神官名乗れば描いてくれるかな……?
そんな感じの絵だが、結構特徴は捉えている。あいつの淫魔らしい服装や細い尻尾、翼、角の曲がり方など、これを見れば淫魔だと分かるだろう。顔も……まあ、年齢は分かりそうだ。
「これは……確かに色欲だ」
「分かるんですか?」
「……聖騎士には以前、色欲に殺された者がいる。彼が残したスケッチがあってな……」
「……そう、なんですか」
まあ、アグロのやつは淫蠱毒とかいう邪悪な儀式をするからな。それの犠牲者だろう。
そうではなくとも、淫魔は精気を吸いすぎて人間を殺すことがある。
ともかく、あいつは無意味には人は殺さないが、精気のために結果的に殺すことはある。
ちなみに私はシスターと結婚するために人間は殺さないようにしているぞ。むしろ気分によっては助けるので、人間はシスターという概念を生み出したことを感謝してほしい。
「傲慢、虚栄、憤怒。人間界に現れる大罪神官のほとんどはこれだ。これらは同一の悪魔ではないことがほとんどで、時には同時に複数現れることもある」
「複数存在する、ということですか……?」
「いや、メモに残された色欲のピロートークによれば、これらは特に偽物が多いらしい。更に、傲慢と虚栄は同一の悪魔で、少女の姿をしているそうだ」
おいアグロッペヌヂョル。なに私のことをバラしてるんだよ。
少女の姿をした悪魔でそんな称号を名乗るのは私ぐらいしかいないんだから、すぐに私だってバレるだろ。
「そして、現在は人間界で男漁りをしているらしい……」
「淫魔みたいですね……」
「実際、淫魔だとメモには書いてある。特に年頃の少年を好むとのことだ」
それだと私が淫乱みたいだろ。清純派なのに!
くそ……アグロのやつには後でクレームを入れておかないと。次からはもっと清楚そうに言ってくれ。
「憤怒は戦闘悪魔で、悪魔らしい姿をしている。他に情報は無いが、この二体に共通する特徴として理不尽に怒るというようなことが書かれている」
別に私は理不尽にはキレてないだろ。アグロのやつが学習しないのが悪いのだ。
憤怒のやつは理不尽にキレるが。まだ私のこと恨んでるかな……。ずっと魔界で怒っていてほしい。こっちには来るな。
「ごく稀に色欲と強欲が現れるそうだが……。それらの情報は少ない」
「……」
「だからこそ、知っていることは全て話してほしい」
「えっと……倒しました」
「何?」
「ですから……色欲は僕が倒しました」
「君のような退魔シスターが!?」
信じられない、とばかりに後退りした聖刻騎士は首を振った。仕草が一々大袈裟で、またムカついてきた。
だが、聖刻騎士となるとみっちゃんのお気に入りである。そりゃ、いけ好かない野郎だとは思うが、みっちゃんのお気に入りならどうにもできない。
うっかり殺したら結果的に私が畑の肥料にされそうだ。ざっと100年ぐらい。
そうなれば、ノナの寿命はとっくに過ぎ、骨になっていることだろう。別にアンデッドとして復活させてもいいが、それはなんか違うし……。
それに、同志であるみっちゃんにお目当てのイケメンを失う気持ちを感じさせる訳にもいかない。私も魔神様にうっかりでお目当ての男の娘を轢き殺されたら血涙流すもんな……。
あと、こいつを殺したらやっぱりここには大罪神官が居た、ということになって増援でも送られてくるのではないだろうか。ここはなんとかして穏便に返品しなくては。
「大罪神官ともなれば、これ以上無いほどの強力な悪魔だぞ!? 聖刻騎士でさえ追い払うことしかできていない。それを君が!?」
「そのようです……。でも、僕一人の成果ではなく……」
「これはとんでもないことだ……。本部に報告はしたのか?」
「はい」
……アグロのやつ、人間如きに追い払われたのか? まあ、魅了が通じなければそれほど強くもないからな。ありえないことではないか。
「ああいや、倒すと言っても、消滅はさせていない可能性があるか……」
「いえ、消滅した、と思います……」
「なんだって!?」
本当は消滅していないが、淫魔は演技が上手い。あの消滅も演技だとは見抜かれていないはずだ。
実際、アグロのやつは私に殺されまくっているせいで、そういう演技は上手いはずだし。
「それが真実だとするならば、これ以上無いほどの快挙だ……」
「その、あまり実感が無くて……。僕よりもライエンさんの方がずっと……」
「ライエンさん?」
「……僕よりも前に色欲と戦っていた方です。僕は最後に悪魔祓いの術を使っただけで……」
「それは……退魔シスターか? 聖騎士では聞き覚えが無い名前だが」
「教会には所属していないと思います」
「そんな人間が存在するのか……」
なんか私……というかライエンの話になっているな。
それに、話を聞く限り、あの経験はノナにとっての自信にはなっていないようだ。
めちゃくちゃ弱体化しているとはいえ、大罪神官を祓うのはかなりの力が必要なので、自信を持ってくれていいのだが。
もちろん、普通の悪魔も常人が悪魔祓いの術を使った程度では消滅しない。
今のノナならば下級悪魔程度ならば消滅させられる実力があるだろう。それを自覚してもらいたいのだが……。
「竜人の方で、悪魔に詳しいんです」
「となると、野良の悪魔狩りか……? 彼は今どこに?」
「最近は近くの森に居ます」
「今すぐ会いに行けるか?」
「……朝と昼ならともかく、夕方はそこに居るかは分かりません」
「となると……明日、彼に会いに行く。シスターノナも同行してほしい」
「わ、分かりました」
マジ? こいつ、私に会いに来んの? 嫌だなー。
これまでせっかくノナと二人っきりで秘密の特訓をしていたというのに、あの場所にこんな男が来るとは。
どうせ朝食も厚かましく教会で食べていくのだし、下剤でも盛ってやろうか。そうなればトイレに篭って……こいつにトイレ使わせたくないな。汚くしそうだ。
「……おっと、そちらのお嬢さんには退屈な話だったかな? 悪かったね」
「いえ、お仕事ですので」
ノナのね……。こいつの仕事はどうでもいいが、ノナの評価が下手に下がることは避けたい。
せっかくなので、ノナは良い評価をしてもらって自信を付けてもらいたいのだ。自信があれば元気なノナがたくさん見られるだろう。
「さて、かわいらしいお嬢さんたち。悪いけれど、教会で寝泊まりさせてもらえるかい?」
「あの、僕はおと——」
「お部屋にご案内いたします」
「ありがとう。短い間だろうけれど、よろしく頼むよ」
ノナの言葉を遮り、客室へと案内する。
本当はその要求を突っ撥ねて地面の上で寝かせたいが、特別な理由も無く断れば疑われるだけだ。あ〜……ノナと私の愛の巣が知らん男に汚されていく……。
いいや、もう我慢ならん。私は聖刻騎士のやつを適当に案内した後、自室でみっちゃんにTEL(テレパシーの略)をするのであった。