超絶選り好み最強奥手サキュバス   作:麦村

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ライエントゥーラ、苦難の日

『みっちゃーん……』

『あれ、ライラ? どうしたの? こんな時間に』

『なんかウチに突然聖刻騎士が来たんだけどー』

『本当? 誰?』

『確か……エヴァンって言ってた気がする』

『えー? あ、本当だ。そっちに居るねぇ』

『引き取ってくんない? ちょっとウチには置いとけなくってぇ……』

『うーん。今、イケメン撮影会してるから、明後日まで待ってて』

『……はーい』

 

 ピッ、とみっちゃんとのテレパシーを切断する。

 なかなか繋がらずに夕食を準備する時間になってしまったが、どうやらイケメン撮影会とやらのせいらしい。

 残念ながら、あの聖騎士は二日ほど教会に滞在することになるらしい。どうせみっちゃんは夕方に来るので、そんなところだろう。

 というか、イケメン撮影会ってなんだよ、とは思いつつもみっちゃんを急かすわけにはいかない。

 それに、二日だなんて魔神様の時間基準に比べれば随分と短いじゃないか。

 

「……」

 

 私の目の前には地下で熟成させていた牛肉が置いてあった。

 これはノナと食べるために楽しみに取っておいたものだ。

 ちょうど今日が食べ頃で、乳牛ではあったがきっとノナも喜んでくれるだろうなあ、と何にするかをここ数日考えていたのだ。

 

「……」

 

 それにそっと包丁を入れる。柔らかい。良い具合に熟成している。

 しかしなぜ三つに切り分けなくてはならないのだ。それに、本来ならばノナが一番大きくて美味しい部分を食べるべきだと言うのに、なぜあんなどこの馬の骨とも知れない男(身元は分かっているが)に食わせなければならないのだろう。

 ……今日はステーキだ。カリカリに焼いたパンとチーズを振ったサラダ、それにスープも付けよう。

 きっとノナは喜んでくれる。

 

「……」

 

 ああ、気に食わない。この肉の代わりに、あいつを貪食にでも食わせてやろうか。

 でも、聖騎士なんて不味いだろうし、貪食も食わないか。

 じゃあ、サラダにわざと虫でも残しておこうか。傷んだ野菜も入れてやろう。肉も生焼けにしてやるのはどうだ? 我ながらみみっちい嫌がらせだ。

 しかし、優しいノナのことだから、それを見つけたら自分のものと取り替えてしまうだろう。

 毒や呪いは生半可な物は効かないし、強力な物は入れたことがすぐにバレる。

 それに、やっぱりみっちゃんのお気に入りなのだから、どれだけ殺意を持っていたとしても、殺してはならないのだ。

 

「……」

 

 うーん。ストレスフル。なんか突然気が変わって村人の家で寝泊まりとかしないかな……。

 そう思って辺りを見回すと、アグロッペヌヂョルが視界に入った。

 

『……なあ、アグロ』

『何?』

『あの騎士のやつ、良い感じに誘惑してくんない?』

『は? 嫌だけど……』

『そう……』

 

 嫌ならしょうがないか……。

 いつもなら首を縦に振るまで粘るが、相手はみっちゃんのお気に入りだ。例えアグロのやつを使ったとしても元凶が私ならば、やっぱり制裁を喰らう。当然、アグロのやつも一緒に畑に埋められる。

 私だって畑の肥料刑は遠慮したい。常にノナの近くに居たいのだ。

 というか、あの聖騎士、アグロのやつが悪魔だと見抜けなかったのか……? いくら力が弱まっているとはいえ、随分なヘボ聖騎士だな。

 ……いや待てよ? これはアグロのやつも、ライエンも未だに悪魔だと見抜けていないノナへの批判になりかねないのでは?

 聖騎士はヘボいかもしれないが、ノナはヘボくないです。成長途上なんです。ま、私の隠蔽の実力が凄すぎるってところかな……。

 

「……」

「あの、ライラさん。何かお手伝いしましょうか……?」

「……大丈夫です」

「ら、ライラさん……? 何かありましたか?」

「いえ、何も。何もありませんよ」

 

 ダンッ!

 おっと、うっかり力を入れすぎてしまった。包丁がまな板にめり込んでいる。刃こぼれもしたようなので、あとで両方とも買い替えなければ。今日はもう切る物は無いので、これは放っておこう。

 そうして背後にノナの気配を感じながら、切った肉をフライパンで焼く。

 あー。ノナの気配助かるー。そこにノナが居るという事実だけで精神に救済がもたらされるのだ。

 

「ライラさん……? 本当に大丈夫、ですか?」

「ええ。大丈夫です。何も無いので」

「それなら良いんですが……」

 

 なにやら心細げな声色に感じる。何かあったのだろうか。

 まさか、あの聖騎士に何かされたのではなかろうか。あいつめ。ノナに手を出したらとんでもない目に遭わせてやる。……みっちゃんが怒らない範囲で!

 

「ノナさんこそ、何かありましたか?」

「え……。い、いえ。何もありません」

「そうですか……?」

 

 しかし、聞いてみたところで上擦った答えが返ってくるだけだった。

 明らかに何かがあるのだが、それが何か分からない。

 ノナの不安は私の不安である。是非とも話してもらいたいところだ。

 

「……何かあったら、話してくださいね?」

「は、はい……」

 

 本当に何が起こったのだろうか。気になるがあまり無理に話させるわけにもいかない。

 いや、きっとノナはその内話してくれるだろう。そうに違いない。

 

 ◆◆◆

 

 聖騎士が来てからというもの、ライラの様子がおかしい。

 なんというか、いつもよりも表情が硬い。それに、たまに能面のような無表情でいる時がある。

 料理中など、肉とまな板にあまり余った感情をぶつけるような一撃を放っていた。

 しかし、ノナが話しかけると途端にいつものようなにこやかな笑みを浮かべていた。それがむしろ怖い。

 一体何があったのか。聖騎士に嫌な思い出でもあるのだろうか。

 もしも嫌な思い出ならば、話すというのも負担が掛かるだろう。

 だが、あんなライラは初めて見た。なので心配ではあるのだが……。

 ひとまずは様子を見よう、とノナはライラを見守ることにした。

 

「お食事ができました」

「ありがとう、シスターライラ。君は料理も得意なようだね」

「……」

 

 にこり、とライラが微笑む。だが、いつものそれとは何か違うというか、まるで張り付けたような笑みだった。

 先程からの奇妙な様子と言い、どう考えてもエヴァンに良い感情を抱いていない。これはあまり長時間話させるとまずい気がする。

 ここは自分がライラの代わりに話すべきだろう、と食前の祈りを終えたノナはエヴァンに話しかけた。

 

「そ、それで! 明日はライエンさんのところへ行く、ということになっていましたよね?」

「そうだね。確か近くの森に居ると聞いたけれど、合っているかい?」

「はい。ここからさほど遠くはないので、すぐに着きます。……明日も居るかは分かりませんが」

 

 ノナの懸念通り、実際にライエントゥーラは「明日、バックレようかなー」などと思っていた。

 しかし、やっぱりノナのためには会わなければならないので、それを思って嫌々ながらも行くつもりではあった。

 それに、ライエンの姿ならば流石にあんな精神を逆撫でするようなキザなセリフは言わないだろう、という楽観的な予測もあった。

 

「待ってくれ。シスターライラ。この肉は一体……?」

「村で処理された乳牛ですが」

「乳牛!? 肉牛ではなく!?」

 

 そんな折、食べやすいように切り分けられて出されたステーキを食べたエヴァンが、驚いてライラの方を見た。

 確かにライラの料理は美味しいが、そんなに驚くものなのだろうか、とノナもステーキを口に運んだ。

 柔らかい肉は噛めば肉汁が溢れてくる。赤ワインで作ったらしいソースの酸味も良く合っている。いつも通りの美味しい食事だが、なんだかいつもよりも特別感がある。

 味わう内に、退魔シスターの試験を受けた時に師匠が食べさせてくれた高そうなコース料理を思い出した。

 初めて見る料理だらけだったけど、あれは美味しかったなあ。そういえばあのスープは何て言ったんだっけ。ライラさんに頼めば作ってくれるかなあ、などとノナは呑気に考えていた。

 

「まさか、その素材でこれほどのものができるとは……。素晴らしい腕前だ……」

 

 ところで、質素な食事ばかりを食べていたノナにとって、レベルの高い食事というのは大して区別がつかない。どこぞの有名レストランのお高いフルコースも、ライラが作った料理も大した違いは無いのだ。

 そんなものを「今日は記念日だ」とばかりにライラがちょくちょく作ってしまうので、ノナの中の料理の基準はちょっと壊れていた。とりあえず美味しいなあ、とだけ思っていた。

 そしてライエントゥーラにとってはこれぐらいは当然なので、別に褒められても「なんでこいつ褒めてるんだ……?」と困惑するだけである。魔界にはもっと上手い料理人(人ではない)も存在するのだ。

 なんなら、肉牛ならもっと美味いだろ、こいつ牛肉食ったこと無いのか? などとさえ考えていた。失礼である。

 

「君ならば、ミトラ様のお食事の調理係に相応しい! どうだい、聖都に来るというのは?」

「いえ、それは……」

 

 聖都。そこは神、ミトスが最終的に行き着いた地であり、現在でも数多くのシスター達が活動している聖刻教会の本部が存在する場所だ。

 そこで働く。しかも聖女であるミトラの調理係ともなれば、聖刻騎士ほどではないが、名誉ある地位である。

 ライラがそれを受け入れるならばしょうがないことではあるが、それは寂しいなあ、などとノナは思っていた。しかし、表情や声色からすると、全く乗り気ではなさそうに見える。

 聖都の方がよっぽどここよりも環境が良いと思うが、そもそもこの村の生まれでもないようなのに、なぜこの教会で勤めているのだろうか。あれは希望制のはずなので、よっぽどでない限りは自分から希望して来ているはずなのだが、よくよく考えれば、まだ聞いたことがない。

 ともかく、嬉しく思うどころか逆に困っていそうなので、ここは自分がなんとかしなければ。

 

「騎士様、せっかくのお食事が冷めちゃいますよ」

「おお、そうだね。今は料理を味わうとしよう……」

 

 その後もなぜか積極的にライラに話を振るエヴァンを、ノナはなんとか料理に気を引かせることで阻止しようとしていた。

 話を振られるたびに控えめに愛想笑いをするライラの様子からは、明らかに困っているようにしか思えなかった。

 それに、よく考えれば、気が変わって聖都に行かれたらものすごく困る。普段は外に出ている自分の代わりに村で活動してくれているし、ライラも大変なはずなのに、ノナが夜遅くまで報告書を書いていると夜食を差し入れてくれる。

 他にも村人との信頼関係があることだとか、服や装備を直してくれたことだとか、やっぱり料理が美味しいことだとか、とにかくライラに居て欲しい理由は色々とある。やっぱり、他の場所には行って欲しくはない。

 そうしてなんとか何も起こらずに夕食は終わった。

 

「お皿、洗いますね」

「いや、これぐらいは自分でやるよ」

「いえ、お手を煩わせるわけにはいきませんので」

「そうかい? なら、お願いするよ」

 

 食後の皿をまとめたライラが台所の方へと下がっていった。

 今のうちにエヴァンの相手をして、なんとかライラへの負担を減らさなければ。

 ライラは特に何も言わないが、やはり関わりたくないのか、いつものように食後のティータイムをするつもりが無いようだし。

 

「ええと……お風呂はどうしますか?」

「良いのかい?」

「はい」

「ではいただこう」

 

 流石に風呂に入ればそれなりに時間が稼げるだろう。ノナとしても立場が上の人間とはあまり関わったことがないので、やはり長時間接していると疲れてしまう。

 今のうちにライラがどう思っているかを聞いておこう。

 

「ライラさん……?」

「……」

 

 台所ではライラが妙に熱心に皿を洗っていた。しかもゴミを見るような目で皿を見つめている。ちょっと怖い。

 それを綺麗好きだとか、潔癖症だと捉えるのは簡単だが、いつもとは様子が違う。まるで親の仇だ、と言わんばかりに既に綺麗になった皿を何度も擦っている。

 それから少し経つと、ようやく気が済んだのか布巾で皿を拭き始めた。ただし、なぜか一つだけ使う布巾が違う。

 多分、あれはエヴァンの使った皿なのだと思う。

 これは到底良い意味での特別扱いには思えなかった。明らかに不快なものに対する扱いだ。

 一体何が彼女をそうさせるのか。ともかく、彼の前ではあまり態度に出さないので、まだ抑えることはできているのだろう。

 だが、こうなるとどう思っているのかを聞くのは憚られる。

 やはり長時間接触させていると良いことにはならなさそうだ。

 とにかく、明日はライエンのところへ行く予定なので、できるだけ教会に帰るのを遅らせなければ……。あまり良くないことだとは思うが、彼はこのあたりのことには詳しくない。できる限り道中を引き延ばして時間を稼ごう。

 

「……あ、あの、ライラさん?」

「どうかしましたか? ノナさん」

 

 さっきまではあんな目をしていたというのに、途端に良い笑顔になってノナの方を見てくる。その変わり様がやっぱり怖い。

 というか、自分に接する時だけ態度が違いすぎないか。

 これはやはり、自分にはそういったネガティブなところを見せたくない、ということなのだろうか。

 

「明日、お弁当を作ってもらえますか? その……騎士様の分も」

「……」

 

 たっぷり数秒は待っただろうか。ライラはなんの反応も示してくれなかった。いつもならばすぐに快諾してくれるのだが、二人分となると手間暇も段違いだろう。

 思えば、最近はライラに頼りすぎたかもしれない。今は心理的な負担も大きいのだから、ここは自分でどうにかするべきだろう。

 

「二人分となると、やっぱり難しいですよね……? ごめんなさい。でしたら、僕が自分で作るので気にしないで……」

「いえ、私が作ります」

「……あの、本当に良いんですか? 無理はしないで……」

「作ります」

「……大丈夫ですか?」

「作ります」

「……」

 

 妙に力強い声だった。笑顔もどこか圧があるような気がした。

 なんだか色々と不安だが、これだけ言っているのだから任せる他無いのだろう。

 明日、大丈夫かなあ、と思いながらノナはライラの背中を見つめた。

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