超絶選り好み最強奥手サキュバス   作:麦村

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エトロ三十三人(+α)切り事件

「この匂い……。間違いなく、ここがあのお方の領地ね……!」

 

 ライエントゥーラたちが村を去った後。エトロの地。その上空に小柄で歪なシルエットをした淫魔が現れた。

 小さな少女のような見た目でありながら、ただ一点、奇妙なまでに肥大化した胸部が特徴的な淫魔だった。

 

「待っていてくださいね、アンテグロスヌート様! あなたの最も忠実な……えーっと、部下? 配下? 弟子? ……である、このルテアリンゼがすぐに駆けつけますからねーっ!!」

 

 淫魔は声高らかに宣言すると、一目散に村の方向へと飛んで行った。なお、その速度は大して早くはなかった。

 

 ◆◆◆

 

「シスター! シスター!? いますかい!?」

「はいっ!?」

 

 ノナが一人で朝食を食べ終えたところで、突然教会の扉が乱暴に開かれた。

 こんなことは今まで無かったはずだ、と驚きながらもノナが出ていくと、そこでは干からびたような男を抱えた女性が居た。

 

「うちの倅が朝飯を用意したのに返事もしないからってほっといたら……いつの間にかこんなことになってまして!」

「これは……!?」

「昨日まではいつもみたいに元気に畑仕事をしてたってのに……。お願いします、シスター。どうか、元に戻してやってくださいな」

「は、はい……!」

 

 突然のことに動揺しながらも、ノナは男に水を飲ませ、体力を回復させる魔法を使った。

 少しすると、干からびて生きているんだか分からないような状態から、なんとか痩せこけた人間、というような状態にまで戻すことができた。

 今日はまだ始まったばかりだ。怪我人が来た時に治療ができる程度の力は残しておきたい、とまずは最小限の処置だけをすることにしたが、なぜこんなことになったのだろうか。

 

「ひとまずこれで様子を見ましょう……」

「ありがとうございます……。一体なんだってこんなことに……」

 

 どう考えても尋常な様子では無かった。少なくとも、軽く調査した限りではあのような状態にするような魔物はこの近くにはいない。

 だが、原因に心当たりが無いわけではない。あれは過剰に精気を吸い取られた際の症状だ。

 精気を吸うものの代表としては淫魔が思い浮かぶ。あの淫魔はもう消滅したはずなのだが……。

 

「まさか……」

 

 悪魔の居る土地には、新たに悪魔が寄り付きやすいと聞いた。

 もしかすると、新しい淫魔がやってきたのではなかろうか。

 魔物避けの結界も、ある程度の強さを持つ魔物や悪魔には効果が薄い。いないとは言い切れない。

 

(どうしてこんな時に……!)

 

 朝までならば、聖騎士と聖女の両方が居た。どんな悪魔だろうが、簡単に祓うことができただろう。

 だが、よりにもよってノナしか居ない時に淫魔が現れるなど、あまりにも間が悪い。

 いや、まだ淫魔だと決まったわけではないし、犠牲者もあの一人だけだ。全く別の呪いか何かの可能性も……。

 

「シスター! すみません、シスター! ウチの息子が……!」

「私の兄が!」

「姉が!」

「弟が!」

「叔父が!」

「隣の夫婦が!」

「ウチの犬が!」

「わ、わぁ……」

 

 その日。淫魔の搾精の被害者は8名にも及んだ。ある程度若い人間は男女の区別無く搾り取られたようで、男が6人、女が2人被害にあった。

 また、とある家の犬も同時に干からびたような姿になっていた。これも淫魔によるものだと考えてもいいだろう。

 

(だ、大事件だよ……。なんで僕しかいない時に……)

 

 最低限の治療を終えたノナは少しの間怯んでいたが、なんとか気を取り直して調査を始めることにした。

 村人の証言によれば、昨日の夕方か夜まではいつもの様子だったらしい。しかし、夜は奇妙な眠気に襲われ、起きていたものはいないのだとか……。

 これは確実に淫魔の仕業だ。なんらかの魔法で村人たちを眠らせ、その間に精気を搾り取ったのだろう。

 だが、なぜ搾り殺していないのだろうか。淫魔にしては随分と理性的だ。何か、狙いでもあるのだろうか……。

 それに、ついさっきまでは聖女が居たのだ。気が付かないとは考えにくい。

 となれば、ミトラがやって来るよりも前の出来事なのだろうか? そう考えるのが自然な気がする。

 つまり、犯人はもういない……?

 いやいや、それにしたって侵入を許してしまったのだから、犯人の捜索は続けた方が良いだろう。

 

 そんなわけで、ノナは犯人の痕跡を一日掛けて探した。

 だが、奇妙なまでにそれは見つからなかった。どうやら、相手は隠蔽が相当上手いらしい。それか、昨日の浄化か聖女の来訪によって祓われたのだろうか。

 被害者も話せる程度には回復したが、誰もが記憶が曖昧で有効そうな証言は得られなかった。

 証拠の隠蔽も上手く、干からびてはいたが命の危機は無かった。被害者たちはそれぞれ、幸せな夢でも見ていたかのような気分だったと語っている。

 被害は出ていたが、そこまで犯人を探さなくてもいいんじゃないか、などという空気が村に広がっていた。

 

「はぁ……」

 

 ノナは一人、自分で食べるためだけに簡単に作った食事を咀嚼しながらため息を吐く。

 不意に、いつもとは違う食卓に寂しさを感じた。

 思えば、ここに来てからはライラがずっと一緒に居た。たった数日いないだけだというのに、自分が孤独なような気がしてしまった。

 ライラとミトラ。あの二人は昔からの友人のようだったし、昨日は夜通し話していたようだった。町へ着いていくというのもおかしな話ではないだろう。

 ライラの帰りはきっと遅くなる。この辺りは魔物も居るし、ただのシスターが一人で来るには危険だ。

 きっと、商人の馬車にでも乗せてもらうことになる。それが来るのはいつだったか。

 いや、今は村が大変なことになっているのだ。犯人がどうなっているのか。それはまだ分かっていない。

 それならば、聖騎士と聖女と一緒にいる方がずっと安全だろう。

 

「……」

 

 食後の祈りを終え、ノナは今日の事件についてまとめることにした。

 被害者、発見状況、予測される犯行時間に犯人の正体。

 それを書いているうちに、やはりこれは淫魔の仕業なのだ、とノナの中で確信が深まっていく。

 

「あっ」

 

 ふと、ノナはライラが飼っていたペットのことを思い出した。トカゲなんだか鳥なんだかなんなのかよく分からないやつで、名前もうろ覚えだが、世話をしなければ死んでしまうのではないか。

 そう思っていつも籠が置いてある場所へ向かうと、その中身はすっからかんだった。

 

「えっ」

 

 小さな扉は開いていて、明らかに脱走したようにしか見えない。周りを見回しても、そこにあの生き物はいなかった。

 

「えっ。えっ」

 

 焦って部屋中を探し回るが、どこにも見つからない。

 いくら変な生き物だとしても、ライラが育てているのだ。いない間に行方不明になったら悲しむことだろう。

 もう日も落ちてきている。本当に見つからなくなる前に探さなければ。

 ノナは焦って村中であの生き物を見ていないかを聞き回ったが、そもそも姿を見たことがある村人がほとんどおらず、どうにも特徴の説明も難しかったために大した情報は得られなかった。

 夜になるともう見つからないだろう、という暗さになってしまったので、罪悪感を抱きながらもノナは就寝した。

 

(うう……ごめんなさい、ライラさん。あなたのペットのあぐ……あぐろぺ……。なんとかはいなくなっちゃいました……。僕がちゃんと見ていれば……)

 

 そして翌日。

 

「シスターノナ! 今日は妹の夫が!」

「あたしの彼氏が!」

「うちのジジイが!」

「ウチの牛が!」

「俺の幼馴染が!」

「わ、わあ……」

 

 再び被害者は増え、ノナはまた一日を犯人とペットの捜索に費やした。しかし、新しい手がかりは見つからなかった。

 さらにその翌日。

 

「娘が!」

「うちのムギちゃんが!」

「わしの婆さんが!」

「裏手にスライムが!」

「鶏小屋が!」

「隣の家族が!」

「うわー……」

 

 最終的に被害者は三十三名にまで膨れ上がり、村人の間でも淫魔の仕業なのではないか、などという噂が広がっていった。

 これはまずい、とノナも調査を続けたが、有効な手がかりは得られなかった。

 このままでは帰ってきたライラまで被害に遭うのではないだろうか。いや、それどころかこの村自体が無くなってしまうのではなかろうか……。

 そう恐れたノナは家事を放り出してさらに調査に注力したが、何も分からなかった。

 果たして、これは本当に淫魔の仕業なのか……。それも分からないままである。

 なお、あのペットはいつの間にか籠の中に何も無かったかのように収まっていた。外からしか掛けられないはずの鍵もしっかりと掛かっており、ノナはここ数日のアグロッペヌヂョルの不在を気のせいだったことにした。なんせ疲れていたので。

 そして、この事件の犯人はそこのペットなのだが、それに気が付く人間は存在しないのだった……。

 

 ◆◆◆

 

「ねえライラ。イケメン喫茶なんてどうでしょうか?」

「……」

 

 村を出てから丸二日ほど歩き続け、ようやく最寄りの町へと辿り着いた。

 その矢先にみっちゃんはそんなことをのたまった。

 あれか。教会が経営しているみっちゃん思いつき企画の一つか。前は踊り子……アイドルだっけ? そういうのもやってたよなぁ……。

 

「最近できたばかりだけれど、選りすぐりのイケメンが揃っているから、ライラも少しは気に入ると思うんです」

「そうかな……」

「ええ」

 

 先に宿を取った方がいいんじゃないかなあ、と多分三徹ぐらいした聖騎士を見る。

 すっかり目の下には隈ができ、目も充血している。かなり眠そうに感じるが、なんとか気合いで耐えているようだ。

 

『私、眠たそうなイケメンも好きだからねぇ。かわいいと思わない?』

『そうかな……そうかも』

 

 あまり理解はできないが、否定するほどでもないので適当に流しておいた。

 みっちゃんがこういうことを言い出すのは今に始まった事ではない。昔からこんな感じだ。

 ……でも眠そうなノナはかわいいな。やばい。理解できるかもしれない。

 

「では、ミトラ様。僕は再びあの村へと戻ろうかと思います」

「あら。どうしてですか?」

「あの村に悪魔がいるかどうか。それを確かめなければなりません。それに……」

 

 聖騎士は寝不足の目で私を見てきた。なんかちょっと嫌な気分になった。

 

「……聖刻教会の規定では、初任務の退魔シスターは数年以上活動しているシスターと同じ教会に配属されるはずです」

「そのような決まり、ありましたか?」

「昨年、決まりました」

 

 マジ? うわやっば。私が暗示かけたのバレてるかな?

 こんなことなら魅了で従わせる方が良かったかもしれない。あっちは痕跡とか残りにくいし。

 ただ、やっぱり心理的に抵抗があるというか……。戦うに値した相手以外には使いたくないっていうか……。あくまで隙を作る手段であって、相手を意のままに操る手段ではないというか……。

 淫魔らしくないのは自覚しているが、そういうプライドがあるのだ。

 

「……そのことなら大丈夫ですよ。ライラはわたくしのお友達ですし、何よりお兄様が信を置いているのですから」

「副団長が……?」

 

 ……多分そのお兄様では無いんだよな。みっちゃんは嘘は言っていないが、わざと誤解させるようなことを言っているようだ。

 というか、もしかして普段はその副団長をお兄様とか言ってんの? 何人目のお兄様だ……。

 それに、実の兄は絶対そうやって呼ばないんだろうなー……。

 

「書類の手違いか何かでしょう。あとで推薦書を書いておきます」

「……ですが、これは」

「悪魔も、わたくしには感知できませんでした。もういないのでは無いでしょうか?」

「……」

 

 聖騎士が黙ったところで、みっちゃんがこちらを見て軽くウィンクしてくる。協力してくれるつもりらしい。

 ……うおおおお! がんばれみっちゃん! 聖騎士と聖刻教会を言いくるめるんだ!

 女神の言いくるめパワーで全てを解決してくれ! もう二度と聖騎士が来ないように!

 

「……暗示の件もまた」

「わたくしが解決します」

「解決したとしても、これまでに何かが起きたという事実は変わらないのでは……」

「わたくしが解決します」

「しかし……」

「わたくしが解決します」

「……」

「ね? それならばいいでしょう? ライラもどうやら、あの村での活動が気に入っているようですし……」

「あ、うん。気に入ってる気に入ってる」

「……お友達の力になりたいというのは変なことでしょうか?」

「いえ……全く」

 

 やったぜみっちゃん! 聖騎士を押し切ったぞ!

 正直全然解決している気はしないが、きっとみっちゃんがどうにかしてくれるだろう。そうに違いない。

 聖刻教会のことはみっちゃんに任せるのが一番良いに決まっている。

 

「ああ、それとエヴァン」

「はい。なんでしょうかミトラ様」

「シスターノナは男の子ですよ」

「……」

 

 あれ、みっちゃん。なんで今そのことを言ったんだ?

 というか、ノナが男の子だというのは当たり前のことじゃないか?

 そりゃまあ、見た目では分かりにくいが、報告で来たとかなんとか言っていたし、ノナの情報も知っているはずでは?

 そう思いながらも聖騎士の方を見ると、一瞬で絶望したかのように表情を変えた。

 

「……アギャピーーーーッ!!」

 

 そして奇声を発してバク転で町中を爆走して行った。

 わあ。壊れちゃったよ。

 

「エヴァンは男の人の容姿を褒めるとああやっておかしくなるの。面白いよねー」

「……」

 

 そういえば可憐なシスターたちとか言っていた気がする。そのせいか。

 実際、ライエンとしての私は容姿は褒められていなかったので、セーフなのだろう。

 とはいえ、面白いというのはどうなのか。まあみっちゃんだしそんなもんか。

 そんな折、私の淫魔センサーが邪な気配を感じ取った。

 

「……むっ」

「ライラ? どうしたの?」

「これは……ノナを狙う邪な気配!」

「行くの?」

「早く帰らないといけないからね」

 

 しかしこのまま徒歩で帰っても怪しまれるだろう。よし、ここにちょうどよくあの聖騎士が置いて行ったユニコーンがいる。

 そいつに颯爽と跨ろうとすると、ものすごく抵抗しだしたので、脚で首を絞めていざとなればおまえを殺せるんだぞと殺気を放つことで大人しくさせる。

 こいつら、悪魔は嫌いなんだよなあ……。

 

「じゃーねー、みっちゃん! お茶はまた今度!」

「次はイケメン喫茶のVIPルームでお茶しようねー」

 

 ものすごく渋々ながらも走り出したユニコーンの腹を蹴っ飛ばしながら、私は帰路を急ぐのだった。

 あぁ……。早くしないと新しい淫魔にノナがどうこうされてしまう! その前に始末しなければ!

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