次はノナにどんな料理を食べさせようか。子羊のソテーなんてどうだろうか。赤いワインでソースも作っちゃうぞ。
いやいや、それは祝い事の時にしか食べさせられない。ならば、新鮮なサラダにドレッシング……ここではろくに新鮮な野菜は手に入らないな。
ならば、ここはシンプルなスープ……。焼きたてのパン……。川魚の塩焼き……。悩ましい。
さて、ノナは森へ調査に行ってしまった。一応分体は付けているが、あの森ならノナの実力で十分だろう。
となると、私はシスターらしく本業をしなければならない。
このボロっちい教会を綺麗にするのだ。これまでで内装は綺麗になっている。外も外壁をつたっていた蔓なんかを取り除き、ある程度綺麗に見えるようになった。庭は変に生えた草だらけなので、次はこれを綺麗にしよう。
などと考えていると来客があった。
「すまんのう、お若いシスターさんや……」
「いえ。これが仕事ですので」
村の老爺である。普通の人間なので、歳はそれほど取っていない。今日は何か相談事があるらしい。
教会にはお悩み相談室が付いている。一部の大きな教会は懺悔室が付いているらしいが、あれは資格が必要なので、こちらの方が一般的だ。
お悩み相談室と言っても大したものではない。椅子とテーブルぐらいしか置いていないのだから。外からは丸見えである。
「実は孫が村を出たいと言うとっての……」
「まあ」
「なんでも、職人になりたいんじゃと。んなこと言っても伝手も技術も無しに出たところで食いっぱぐれるだけじゃろ……?」
外壁を綺麗にしてからというもの、こういう来客が増えた。正直、私としてはこういうのは適当にやってノナを追いかけることに集中したい。仕事を頑張っているノナを陰ながら応援したい。
「実際に技術があるかどうか、をまず確かめてみるのはいかがでしょうか。確か職人ギルドではコンテストが開かれていたはずです。数年に一度ですが、そちらに出品してみるというのは……」
「孫に勧めてみるわい」
まあ適当に答えておけばいいか、とめちゃくちゃ適当なことを言ったところで終了。さーてノナを見ながら庭の手入れするぞー、というところで再びの来客。
「最近、村の畑が荒らされていて……」
「大丈夫です。本日、シスターノナが調査に出かけましたので。近い内に解決することでしょう」
「本当ですか!?」
「シスターノナを信じなさい」
そろそろ昼食を考えるか、というところでまたもや来客。
「幼馴染への良い告白が思いつかないんです」
「聖典にはこう書かれています。『シンプルでありなさい。特に愛の言葉というものは心の内からそのまま取り出した、飾り気の無いものが良いのです』」
また相談者である。
「旦那の夜の付き合いが最近悪くて……」
「はあ」
なんか今日相談多くね?
「実は懺悔したいことが……」
「うち懺悔やってないんですよー」
このままだとノナの飯が作れないんだが?
「今日の夕飯何にしようかしら……」
「うちも悩んでるんですよー」
もしやこれはアグロッペヌヂョルのせいか? やっぱりアグロッペヌヂョルは良くなかったか……。ならアグリベットボヂョッドとか……そういう……。
『私、何もしてないんだけど』
『本当に?』
『ほんとほんと。こんなつまんないことしないって』
『えぇー……』
しかし本当に相談者が多い。なんかもう適当で良くね? と判断した私はノナを追う分体に意識を移すのだった。
いや待て、また相談者か。
「シスターノナの腋ぺろぺろ」
「ノナの腋をぺろぺろしていいのは私だけです。悔い改めなさい」
「はい……? ぐぺっ」
「おっと失礼。頭にハエが……ちょうどよく一分ぐらいの記憶も失いそうですね」
はぁー。ノナの腋、いや肩を見てぇなあ、とやっぱり私は分体に意識を移したのだった。
鎖骨の硬い直線から肩のほんのりと丸みを帯びた曲線の柔らかさへ切り替わるあの部分とかね。良いと思うよ。
いややっぱり腰……。尻……。背中……。肩……。
全部良いな……。ところで、退魔シスターの制服ってなんで腋と肩丸出しなんだろう……。あれ絶対寒いよな……。今度ノナにはケープとかあげようか……。
「む……」
何やら妙な視線を感じる。ノナが振り返ると、そこにはこちらを凝視するカラスがいた。
「……」
「……」
凝視するだけで何もしてこない。ものすごく気になるが、害は無さそうだ。
「……なんだろ」
ひとまず、森である程度魔物を駆除してきたので教会に帰ろうと思っていたのだが、その矢先にこれである。
この奇妙なカラスは明らかにノナを見ている。しかし、カラスが好むような光り物は槍以外には身につけていない。ならば、これは一体……。
「……もしかして」
ああいった動物は悪魔の使い魔としても使われることがある。もしかすると、この間の淫魔の使いではないだろうか。
そう考えたノナはカラスの方へ槍を構えた。途端、カラスは心臓発作でも起こしたかのように胸を押さえ、ぽとり、と木の枝から落っこちた。
「あれ……?」
あまりに間抜けな落ち方にノナの肩の力が抜ける。
いや、自分が気がついたせいで使い魔を処分したのだろう、と気を張り直す。
どうやら自分は監視されているようだ。この前のように突然襲いかかってくることもあるだろう。油断はできない。
(ウワーッ!! ノナが凛々しい!! ウッ、心臓が爆発四散する!!)
「シスター? 突然胸を押さえて……まさか、狭心症ですか!?」
「なんでもありません」
「ほ、本当ですか……?」
「はい」
(ふー……。ちょっと心臓が爆発四散しちゃったな。直したけど。胃じゃなくてよかったー)
「いない……?」
落ちたはずのあのカラスを探してはみるものの、どこにもその亡骸は無い。
やはり、あれは尋常の生き物では無かったのだろう。
今にして思えば、毒沼の探索時にも妙なカラスが居た気がする。
「監視、されている……?」
たらり、と背筋を冷や汗が伝う。胃が何かに掴まれたように締まる。
ただの管理されていない辺境の地だと思っていた。
だが、もしかすると……ここは悪魔が管理する領土なのかもしれない。
「報告しないと……」
自分では力不足だ。装備なんかじゃ足りない。
もっと力強い存在が必要だ。師匠でも足りない。それこそ、退魔シスターではなく、恩寵篤い聖騎士のような……。
しかし、それだって本部に報告が届き、派遣されるまでどれだけの時間が掛かるだろう。
それに、これは自分の初任務だ。まだ若い退魔シスターの報告がどれだけ信じられる?
もし、虚偽の報告だと判断されたら? 虚偽だとは思われなくとも、何か間違った報告なのだと判断されたら?
「……僕が、やらないと」
報告はする。それでも、応援が来るかは分からない。
悪魔と戦うのはベテランの退魔シスターか、聖騎士というのが普通だ。
だが、これまで退魔シスターがいなかったこの土地にそう簡単に派遣されるものだろうか。
どちらにせよ、しばらくは戦力となるのは自分しかいないのだ。
ノナは悪魔との戦いの予感に身を震わせた。
そのカラスが自分に全くもって敵意が無いどころか、むしろ好意を持つ淫魔の分体であることも知らずに。
一方その頃。
問題の悪魔は教会の床にぶっ倒れていた。ノナの勇姿を脳内で何度も思い返したことでキャパオーバーし、気を失ったのだ。
「シスターァァ!? シスターライラ!? 誰かー!! 来てくれーっ!! シスターがーっ!!」
「大丈夫です……。生きてます」
「ならなぜ突然倒れたんですか!?」
「ふぅん……持病です」
「うわ生き返った」
すっくと立ち上がったライラはこれ以上無いほど、にこやかに微笑んでいた。
相談に来ていた村人はドン引きした。これなら前任のシスターの方が良かったのではないか?
こんな調子ではいつくたばるか分からない。前のシスターの方が経験豊富そうで落ち着いていた。仕事もできそうだったし。
「えっ? なんの持病なんですか? デアラ病とかですか?」
「いえ、恋煩いです」
「……」
なんで恋煩いで突然ぶっ倒れるんだよ。今のは明らかにもっとやばい病だろ、と村人は思ったが、あまりにもライラの笑顔が輝いていたので、なんか面倒くさくなってスルーした。
多分まともに答えるつもりは無いんだろうな、とも思っていた。かなりまともに答えてはいたのだが。
「……ええと。それで、魔物避けの結界の方はどうなっていたんですか?」
「はい。正常に動作しておりました」
「しかし、あれだけの魔物がやってきたとなると、何か不具合でもあったのではないでしょうか……」
いや、ちゃんと正常に動作してるんだよなー……。とライラは心の中で独りごちた。
それでも自分の能力を疑われるのは気に障る。面倒だが、説明しておこう、と村人に魔物避けの仕組みについて語り出した。
「まず、この教会の魔物避けは魔物が『なんか近寄りたくないな……』と思う空間を作り出すものです」
「それは知っていますが……」
「人間で例えるならば……そうですね。腐った臭いがする場所には近づきたくないでしょう?」
「そうですね」
「しかし、その原因を片付けるためには近づかなくてはならない。そうでなくとも、それ以外の場所にいられない場合、近づきたくなくともそこへ行かなければならない」
「あの魔物たちもそうだと?」
「シスターノナの報告からすれば……おそらくあの魔物たちは暗示を掛けられていました。『この場所へ行かなくてはならない』。もしくは『ここに留まっていてはいけない』。そういった暗示を掛けられたのでしょう」
というか実際にライエントゥーラはそういうふうに魔物に暗示をした。
数体の弱い魔物に村を襲うように暗示をしたのだ。ノナをあんな淫婦と長時間触れ合わせるのは良くない。純粋なノナが汚れてしまう。
「なので、つまりは魔物避けは正常に動作した上で魔物が侵入した、ということになります」
「そんな……。それじゃ、いつ魔物が侵入するか分からないじゃないですか」
「よほどのことが無い限り大丈夫ではありますが……。今は何かがおかしいようですね。柵を作るなど、物理的に侵入を阻む手段も必要かと」
「分かりましたが……。もっと強力な魔物避けは無いのですか?」
「存在はしますが……」
魔物避けは単純に近寄らせないもの以外に、結界を張って物理的に侵入を防ぐものや、魔物の認識から外し、村や町自体を隠す物などがある。
だが、この小さな村にそれらを維持するコストは支払えない、とライラは正直に話した。
「そんな……」
「村人全員の魔力を注いでも、せいぜい3分ほど……」
「短かっ!」
「はい」
ノナを入れれば別だが、それでも一日保てば良い方だろう。しかも回復が追いつかないので、そこまで有効な手立てでもない。
自分がやれば何年でもできるが、肝心の魔石の容量がそこまで無い。ああいうのは常に魔力を供給された状態で動くのが定番だからなあ、とライラはどこか遠い目をしながら頷いた。
「そういったものは土地から魔力を使います。残念ながら、この村には全く魔力が無いので、魔石を動力源とする魔物避けしか使えない、というわけですね」
「だから魔力が必要な植物が育たないのか……」
「あら、ご存知ありませんでしたか?」
「ご存知ありませんでした」
ライラの説明に村人は満足したようで、新たに柵や堀を作ることにしたらしい。
流石に今日はもう相談者は来なさそうだな、と判断したライラはアグロ(以下略)を持ち、教会の裏へ向かった。
そこには植木鉢の中を我が物顔で占領する魔香草があった。
『ほら見ろ、アグロッペヌヂョル。活きのいい魔香草だぞー』
『……なんでこの村の魔力全部集めて栽培してんの?』
『いや、なんか元々ここに集まってて……。前任者も似たようなことしてたみたいだし』
魔物とは基本的には魔力に集まるものである。
しかし、大きな魔力であろうとも、周りを魔力が無い領域で囲まれていた場合、外からは感知しづらい。
この教会でも同じ現象が起こっていたおかげで、これまで魔物が寄りつきにくかったようだ。
果たして、これは意図的なものなのか。それとも、そうなっている場所に教会を建てたのか。
どちらにせよ、ここには魔力を必要とする植物が育ちやすい環境ができていた。ただし、量はそこまでではないため、大掛かりなものは作ることができないが。
『……まあ、この辺の魔力は珍しいみたいだし、悪くはないと思うけど』
ぶちぶちと魔香草を摘み、ライエントゥーラはアグロの口に魔香草をねじ込んだ。
どこか爽快感のある風味。一瞬の甘さ。そして体内に溢れる魔力。なるほど、良い魔香草だ。
『このぐらいの魔力なら人間でも常用できるし……。何より! たったこれだけの魔力で71号魔香草が育つなんて、革命的だと思わないかね?』
『えっ? これ、71号? マジ? 通りで美味しいわけだわ』
『大マジ。グフフ、次の魔神様への献上物は教会の裏庭で決まりだぜ……。凍結された102号魔香草計画が動き出すかも……』
今はシスターをしているが、ライエントゥーラの本職は魔神に仕える大罪神官だ。そして、彼女は悪魔だ。
人間はなるべく害さないように心がけているが、それはそれとして自分の欲望のために動くことは何もおかしなことではない。
魔神に捧げる土地を作り、同時にノナに飲ませるためのハーブティーを作ることも、何もおかしなことではないのだ!
『これだけの土地を捧げられれば、褒美も豪華に……ぬふふ』
彼女が一体何を目的としているのか。
いや、最終的には男の娘シスターをお婿さんにする、ということなのだが、その過程で一体何をするつもりなのか。
それを理解しているものは、今はまだあんまりいない……。