「む、無茶ですよ!博樹さん!いくら格闘技が好きだからって……!」
博樹のリカルドへの挑戦。それは、ただの格闘技好きのサラリーマンの血が騒いでしまった故の凶行なのかと思い、ジャイロが慌てて止めに入る。
「いいや、俺はやるさ。これがラッシュ流のやり方なんだろ?ジャイロもグローブ持ってるんなら貸してくれ。」
「仕方ないですね……」
博樹はローファーと靴下を脱ぎ、ネクタイを完全に外しつつ、ジャイロにグローブを要求する。ラッシュ国民であり、ストームの文化を十分理解しているジャイロなら、普段からグローブは持ち歩いていているだろうという読みであった。ジャイロにも彼の真剣な覚悟が伝わり、彼はカバンから使い込まれたオープンフィンガーグローブを取り出して博樹に渡す。
「日本人もコテンパンにして、俺がここで1番だって証明してやるよ!」
手渡されたグローブを手に付ける博樹の様子を見ながら、リカルドは獰猛に挑発する。
「おいおい、アイツマジかよ……」
「本当にやるのか、あの人……」
現場にはラッシュ現地の作業員だけでなく、博樹の会社の関連会社から派遣された日本人の作業員もいた。彼らは、ここに来てストームに挑む同じ日本人の博樹に驚愕しながらも、無謀な行為だと感じつつ視線を送る。
「発電所は国の心臓、事故で動かなくなれば多くの国民の生活を脅かす。俺はここの責任者として、事故のリスクをゼロに抑える必要がある。そのためにも、作業は全て日本流でやらせてもらう。」
博樹は静かに、しかし明確な意思を持って宣言する。
「黙れ!1日の工事なんてのはとっとと終わらせて、夜のトレーニングに行く。それがラッシュ流だ!」
日本人とラッシュ人のプライドのぶつかり合い。それはこのラッシュでのやり方、すなわちストームと言う形で激しくぶつかり合うことになった。引き続き、最も体格の良い作業員がレフェリーを務める。
「では、これよりリカルド・マルティネスと万津博樹のストームワンマッチを開始する!」
両者はレフェリーの前で向かい合い、互いに視線を交わす。身長はほぼ同じぐらいであり、体格はリカルドの方が筋肉量が多く、肉体の厚みが目に見えて違う。
「ファイト!」
レフェリーの一声と共に、ラッシュの工事現場で異例のストームの試合が始まった。
戦いが始まると同時に、リカルドが先手を取ってローキックを出すが、博樹はわずかにステップバックしてそれを空振りさせる。博樹もローキックを返すも、リカルドに避けられる。
「おらあッ!」
リカルドが再び前進し、力任せのパンチを撃ち出そうとした瞬間、博樹は一気に距離を詰め、リカルドの懐深くへ潜り込む。二人が抱き合うような体制で組み合ったその時だった。
「ッ……!」
「おお~!」
博樹はリカルドの左腕を掴み、自身の体を支点にその身体を背負い込むようにして、マットに投げ落とした。柔道の背負い投げ。その古典的で鮮やかな投げ技に、思わず日本人スタッフからは感心したような歓声が漏れる。
投げ飛ばされてマットに背を付けた状態のリカルドの腰の上に、博樹は乗り込み、逃れにくいマウントポジションを完成させる。リカルドは突然の投げからのマウントに驚き、防戦一方となり顔面をガードするしかない。そのガードの合間を縫うように、正面や横から来る博樹のパウンドを受けてしまう。
「ダウン!」
グラウンドでの攻防が15秒間続き、レフェリーがダウンを宣告して2人を立たせる。
「1!2!3!……」
「俺がこんなとこで……」
10カウントをされている間に、リカルドは屈辱的な恨み言を言い、博樹を睨みつけながらも、ギリギリでファイティングポーズを取る。
「ファイト!」
レフェリーにより試合が再開されると、リカルドはすぐに頭に血が上った状態で博樹に突進し、飛び膝蹴りで彼の顎を狙う。だが、博樹は冷静に後退してその攻撃をかわす。2人は再び向かい合ってジャブを打ち合い、徐々に距離が離れるが、リカルドが足を踏み込んで距離を詰め、渾身の右フックを放つ。博樹はその攻撃を深くしゃがんで避け、体勢を崩したリカルドの足元目掛けて低いタックルを繰り出した。
「マジかよッ……!」
打ち合いに意識が集中していたリカルドは、上半身の方に意識が集中しており、意識していない下半身へのタックルに思わず足を取られ、再びテイクダウンを取られてマットに転がされる。
「鉄槌だ!」
地面に背中を付けて倒れるリカルドの上に博樹が乗り、拳を顔面に振り落としていく。
「ダウン!」
マウント状態からの博樹のパウンドが再び15秒間リカルドに浴びせられ、2度目のダウンを宣告される。
「1!2!3!……」
「こんな日本人に……」
10カウントを取られる中、リカルドは焦燥と怒りを見せつつもファイティングポーズを取る。その一方で博樹は、額に薄っすら汗をかきながらも冷静にリカルドの方を見つめていた。
「ファイト!」
試合再開の宣告と共にリカルドは冷静さを完全に失い、博樹との距離を詰めて大振りのフックを乱発する。博樹は冷静にそれらの攻撃を避けつつ、リングの際に追い込まれないよう、ロープ代わりの作業員達に沿うようにリングを移動していく。
「そこだ!」
大振りのフックを繰り返すリカルドの隙を突き、振るわれた左腕を再度掴んで、リカルドの厚みのある肉体を再び背負うように投げてマットに叩き付ける。その状態で再びグラウンドになってしまうのを回避しようと、リカルドはマットに背中を付けた状態から身体を反転させて逃れようとするが、その背中に博樹が素早く組み付く。
博樹は背後から腰に両腕を回し、立ち上がろうとしたリカルドの腰を持ち上げて、地面に叩き付けるように投げた。
「クソッ……!」
博樹は倒れたリカルドの腰に足を絡みつかせる。右の膝裏に左足をかけるようにして組着く、四の字ロック、バックマウントの体制になると、後ろからリカルドのテンプル目掛けてパンチを打っていく。その攻撃にリカルドは亀のように丸まって、その攻撃から身を守ろうとするが、既に抵抗は出来ていない状況であった。
「ダウン!」
そして、3度目のダウンをレフェリーから宣告されると共に、この試合で3つのダウンと言うこともあってレフェリーは試合そのものを止める。
「勝者!万津博樹!」
そして、博樹のKO勝利が告げられ、腕を上げられると、まさかの博樹の勝利に作業員達からは驚きと、その鮮やかな技術に対する歓喜の声が上がった。
「これからもこの現場は日本式でやらせてもらいます!てことで、皆さんよろしくお願いします!」
博樹は作業員達の拍手を浴びせられながら、即席のリングを降りた。
「博樹さん、強すぎますよ……!」
ジャイロも博樹の鮮やかな勝利に驚きつつ、目を輝かせて彼を出迎える。
「実は小学校から高校の間は柔道をやってたんだ。大学時代は工業大学でロボットコンテストをやってたけど、社会人になってからMMAのジムに通うようになった。俺のジムのオーナーは元UFCファイターなんだ。」
UFC、世界最高峰の総合格闘技の舞台。日本からも何人ものファイターが挑戦し、時にはランキング入りする者もいる。そんなUFCに挑戦した後に、格闘家を引退してジムを開く者もおり、高校まで柔道をしていた博樹も今はそのジムで汗を流して身体を鍛えていた。 大学では、自身が入った工業大学の花形であるロボットコンテストで活躍していたが、その時期に体型をあまり維持できなかったこともあり、仕事の後はMMAのジムに通う様にしていたのだ。
「強かったな~あの兄ちゃん。」
「まあ、日本流のやり方なら問題なく進めれそうだ。」
柔道ベースのMMAをストームに応用した博樹の戦略的な戦い方に、日本人作業員達も安堵の拍手を送った。雑なリカルドではなく、安全性と確実性を重んじる博樹のやり方で作業を進められることに、胸を撫で下ろしていた。
「さて、では作業を続けましょうか。他の方々は、負傷者の方の分もよろしくお願いします!」
博樹の指示の下、作業員達は工事の作業に戻っていくのであった。 熱狂的なストームの戦いの後は、何事もなかったかのように日常に戻っていく——それが、このラッシュでの暮らしの現実だった。