博樹がリカルドとのストームに勝利した翌日。現場での作業は、昨日までの緊張感が嘘のように順調に進んでいった。
「オスカーさん、無理はなさらないで下さいね。」
「なんのなんの、このぐらい問題はないぞ!」
昨日ストームでKO負けをしたオスカーもすぐに現場に復帰し、昨日のダメージを感じさせないほどに精力的に働いている。彼の技術指導の下、作業は正確かつ効率的に進められていた。
「リカルドは来ていないですね……」
一方で、昨日博樹に惜敗したリカルドは、今日は現場に姿を見せていない。
「アイツは別にいなくていい……いない方が作業が捗る。」
オスカーが吐き捨てるように口を開く。リカルドが居ないことで、揉め事もなくなり、リカルドの拳力に委縮していた者たちも作業がしやすくなっていた。
「今日は早めに作業を切り上げれそうじゃ。明日は休みだし飲みにでもいくかな!ガハハ!」
当然、喧嘩からのストームといった事態が起きることもなく、今日は早めに切り上げられる見込みだ。さらに金曜日であるため、明日明後日と休めることもあり、オスカーは上機嫌に笑っている。
「どうだ?博樹も一杯行くか?」
「ええ、是非行きましょう。」
博樹はオスカーからの誘いに快く乗り、この日の夜はオスカーらベテラン作業員たちと飲みに行くことになった。
「美味い酒と飯、そして強い選手たちのストームが楽しめる良い居酒屋を知っている!」
「良いですね~楽しみです!」
「ウム、では飲みのために今日の仕事を頑張るとしよう。」
オスカーと博樹は残りの仕事に向かい、そして夜、彼らは賑やかな繁華街へと繰り出したのだった。
「ストームのルールとかも徐々に理解できてきたな。」
オスカー達との飲みでは普段よりも飲酒を控えて、ベテラン作業員たちとのストーム談義に花を咲かせつつ、実際に行われた試合を賭け、適度な興奮と共に楽しんでいた。
「さて、俺もホテルまで帰るか。」
お酒で上機嫌になって住宅街の方に帰っていくオスカーらを見送った博樹は、繁華街のネオンが薄れ始めた裏通りへと、ホテルの方に向けて歩き始めた。
「おい、アイツだぜ!昨日のアイツ!」
そんな博樹の耳に、聞き覚えのある敵意に満ちた声が聞こえてくる。
「昨日は俺に恥かかせやがって!」
「リカルド!?」
博樹が声のする方を向けば、そこには昨日彼に負けたリカルドと、その仲間と思われる男が三人いた。三人の男たちの体格は、リカルドと同じぐらい筋骨隆々としており、その顔つきは明らかに報復を求めている。
「おいおい、グローブまで付けて何のつもりだ?」
博樹が冷静さを装って問いかける。
「決まってんだろ!やり返しに来た!」
リカルドと仲間たちは既にオープンフィンガーグローブを装着しており、ストームのルールを無視した私的なリンチを仕掛けようとしていた。
(まずいな……)
博樹は飲酒後であり、昨日のように冷静沈着に戦える状況ではない。加えて、相手は四人。打撃を受けてしまえば、特に飲酒後の状態では脳に深刻なダメージを負うリスクもある。数の不利も圧倒的であり、博樹はすぐにでもこの場から逃げ出したい状況であった。
「ここはラッシュだぜ。やるしかないだろ?」
「逃がすつもりはないぜ。」
リカルドの仲間の男たちが、博樹の逃げ道を塞ぐように徐々に詰め寄っていく。周囲の雑居ビルの影が、博樹を飲み込もうとしていた、その時。
「なんだ?この辺じゃ見ない顔だな。日本人か?」
一瞬、誰もが動きを止めるほどの重い声が、博樹の後ろから響いた。
「うお……」
博樹はふと声をかけてきた男の方を見る。 その男は身長こそ博樹よりも少し高いぐらいではあるが、身体の横幅は博樹の二倍ほどあるのではないかと思うほど大きく、鎧のような分厚い胸板と丸太のように太い腕を持ち、着ているポロシャツがパンパンに張り詰められている。まさに、超重量級の鉄拳男といった様相だ。
「兄ちゃんたちも、観光客相手にいきなりストーム挑むのはマナー違反だろ?」
その男がダークカラーのサングラスを外す。その目元は意外にも穏やかではあるが、その圧倒的な肉体と立ち姿だけで、徐々にリカルドらにプレッシャーをかけながら歩み寄って詰めていく。
「うるせえ!てかテメエ誰だよ!」
リカルドが苛立った様子で、体格の大きな男に指を差して問いかける。
「俺か?俺はレオン・サントスだ。観光客専門の用心棒をやっている。」
ラッシュでは時折、観光客に対してストームを挑んで金品などを強奪しようと目論む輩が現れる。だが、そのような者たちは警察や善良なラッシュ国民、そして観光客の雇った用心棒の返り討ちとなることが多い。レオンと名乗る男も、その名の通り観光客の用心棒を生業としている男であった。
「うるせえ!関係ない奴は引っ込んでろ!俺達にやられる前にな!」
リカルドは、数の暴力――4人対1人――ならば、目の前の巨大な体躯を持つレオン相手でも押し切れると判断した。拳を握りしめ、残りの仲間3人を伴って猛然と彼に向けて走り出す。
レオンは微動だにしなかった。レオンは連絡用の無線と繋がったイヤホンを耳から外し、ただ静かに構えている。
「フンッ!」
先頭に突っ込んできたリカルドの仲間の顔面部は、レオンが最小限の予備動作で放った重厚な右の拳に、文字通り撃ち抜かれた。まるで大型トラックに弾かれたかのように、その身体は大きく吹き飛ばされ、アスファルトの上を転がっていく。
「こんなもので俺に勝てると!」
レオンは動じず、間髪入れずに次の敵を迎え撃つ。飛び込んできたもう1人の頭部を無造作に掴むと、そのまま素手でテンプルを殴り飛ばし、一瞬で意識を刈り取った。
「思うなよ!」
最後の1人の突進に合わせて、レオンは一歩踏み出し、その頭部を固定するや、額目掛けて膝蹴りを撃ち出す。鈍い打撃音が響き、三発目の鉄拳を受けた男もまた、膝から崩れ落ちた。
「おいおい、3人が一瞬で……」
リカルドは戦慄した。自身と同じジムに通い、腕に自信のある仲間を3人引き連れてきたはずが、レオンの手にかかればあっという間に気を失って路面に転がっている。
「で、兄ちゃんはどうするんだ?」
レオンはリカルドに目を向け、静かに問いかけた。その声音には怒りはない。ただ、圧倒的な力量差を認識させる冷たさがあった。
「クソッ!覚えてろよ!」
リカルドは、この場で命を落とす可能性を本能的に悟り、仲間を見捨てる形で踵を返し、一目散に闇の中へ逃げ出してしまう。
「すげえ、流石用心棒だ……」
3人の男をそれぞれ一撃、またはそれに近い攻撃で仕留めたレオンの実力に、博樹は思わず興奮したように拍手を送った。格闘技オタクとして、その効率的な暴力の完成度に感嘆したのだ。
「アンタも気を付けな、この国はこういう輩が多いからな。まあ、そんな時は俺たちプロを使ってくれ。」
レオンは鼻を鳴らし、何事もなかったかのようにスーツの胸ポケットから名刺を取り出し、博樹に手渡す。
「ありがとうございます……」
博樹は名刺を受け取りつつ、ある重大なリスクを思い浮かべる。リカルドからの襲撃は自分個人に向けられたものだが、このまま放置すれば、その矛先がオスカーら他の作業員や、プロジェクト全体に向かいかねない。博樹はこの1ヶ月間だけでも、確実な安全保障が必要だと判断した。
「あの……ちなみにお聞きしたいんですけど、レオンさんを1ヶ月程雇うってなると、料金はどれぐらいになりますか?」
レオンは無線のイヤホンを耳に戻し、淡々と答える。
「1ヶ月か……300万マヌだな。」
「300万マヌ……」
それは、日本円にして30万円。サラリーマンである博樹が即座に動かせる金額ではない。会社経費で処理できる案件でもない。ボーナスを切り崩して用意していた、ラッシュでの観光や遊び用の資金を思い出したが、
「いや、それでも100万マヌが精一杯か……」
用意していた手持ちは10万円ほどであり、レオンを雇うには全く不十分であった。
「お金が足りないか。フン。なら、明日の昼にここに来い。そしたら金が増えるぞ。」
レオンは懐からくしゃくしゃになった一枚のチラシを取り出し、博樹に手渡した。それは明日の昼から街の大きな広場で行われる、熱狂的なお祭り、そしてメインイベントの告知であった。
「これ、違法な手段とかではないですよね?」
「当然だ。この祭りでは、北のシエロ村と東のルセーロ村の5対5の対抗戦が行われる。その勝敗予想の賭けはオッズが高いからな。そこで試合の勝敗を当てれば、そんぐらいまで増やせるだろ。」
「なるほど…」
博樹はレオンの視線から逃れるように、そのチラシの方をじっと見つめる。そこには、シエロとルセーロの荒々しいファイターたちの写真が載っていた。
「俺は明日そこの警備がてら、賭けをしている。まあ、覚悟が決まったらここに来て賭ければいい。ま、そう言うことだ。」
レオンはそう言い残し、背を向けた。その圧倒的な背中は、博樹に"この世界で生きるには、力、あるいは金が必要だ"と無言で語りかけているようだった。
「5対5の対抗戦への賭けか……用心棒の件も含めてジャイロと相談でもしてみるか。」
博樹は祭りでの一件に前向きに検討しつつも、まずは冷静になるため、急いでホテルに戻っていくのであった。
名前:レオン・サントス (León Santos)
年齢:30代
職業:観光客・外国人専門の私設用心棒(セキュリティガード)。
異名:アイアンフィスト(鉄拳)。
戦闘スタイル:ボクシングスタイル。圧倒的な体格とパワーを活かした、防御からの一撃必殺のカウンターが特徴。
動機:プロフェッショナルであり、報酬が高額であることが第一。
外見:身長は平均的だが、横幅が圧倒的。鎧のような分厚い胸板と丸太のような腕を持ち、着ているポロシャツがパンパンに張り詰めた超重量級の体格。常にサングラスと無線イヤホンを着用。