原作を破壊しながら涙を流す転生者、悲劇の救世主と思われる 作:ゲッキー
素晴らしい物語は、悲劇とその中で足掻く者の感情が伴うものだ。
だから、物語には悲劇が満ちている。
かつてそれを一介のプレイヤーとして垣間見た時、数多の悲劇に俺は涙した。
こんなにも素晴らしいゲームがあるのかと、俺はそのゲームが大好きになったのだ。
けれども同時に、強くこう思った。
彼らには死んでほしくなかった、と。
当たり前の感情だと思う。
悲劇に涙する感情と、その中で死ぬ往く者を惜しいと思う感情が並列することは。
ただ、本来ならその二つは同じ天秤に乗らない代物である。
そのゲームの世界に転生する、なんてありえないことでも置きない限り。
けど俺の身には、その”ありえない”が起きてしまった。
起きたことで、俺は二つを天秤にのせてしまったのだ。
そして、俺は悩みに悩んで、悩み抜いた末に――後者を選ぶことにした。
◯
一人の少女が、森の中を逃げている。
少女の故郷は魔物に襲われていた。
偶然、村の外にいた少女だけが、魔物に気付かれることなく村を逃げ出せたのだ。
少女は隣の村まで走る。
そうすれば、隣の村の人間が村人を助けてくれるかもしれないから。
少女にとっては、それ以外の希望がなかったから。
だが、その希望は潰えた。
『ギャギャギャギャギャ!』
「あ、わっ!」
一体の魔物が、少女を嘲笑うように鳴きながら飛びかかってきたのだ。
巨大な鳥の魔物だった。
村の外ではガルーダと呼ばれるその魔物は、村を襲っている魔物を指揮していたボスだ。
それ故に村の外を逃げる少女の存在にも気づいていたのである。
少女は最初から見逃されていただけだ。
眼の前の魔物が、少女を嘲笑うために。
「ひ、いや……!」
飛びかかってきた魔物は、敢えて少女の前に降り立った。
結果として少女はバランスを崩してその場に倒れる。
当然、逃げ場はなくなり、反対側に逃げても魔物に襲われる村へ戻ることになるだけ。
何よりその時、思ってしまったのだ。
ああ、どうして自分はあんな村の人を助けようとしてしまったのだろう、と。
少女は孤児だった。
幼くして両親はなくなり、それ以来村人に疎まれながら暮らしてきたのだ。
時には石を投げられ、時には侮蔑の視線を向けられ、時には罵倒された。
成長し、容姿が美しくなってからは、おかしな視線で向けられることも増えた。
それが何かは少女にはわからなかったが、”何か”が起きるのは時間の問題だと、少女にも解る。
そんな時だ、村に魔物が襲ってきたのは。
村の外で食べれる野草を摘んでいた少女だけが魔物に見つからず、逃げる権利を得た。
そこで少女は、村人を助けようと思ったのだ。
だから走った。
走ったせいで、ガルーダにバレた。
バレないように隠れながら逃げたら、自分だけは助かったかもしれないのに。
『ギャギャギャギャギャ!』
そんな少女を、ガルーダは笑う。
まるで、少女の人生を嘲笑っているように、少女には聞こえた。
ああ、自分はこうやって、何の意味もなく不幸な人生を送って死ぬのだ、と。
少女はそう思った。
ああそれでも、一度くらいは誰かに褒められて認められる人生を送りたかったな、とも思いながら少女は目を閉じて――
「よく頑張ったな、もう大丈夫だぞ」
ふと、そんな声が聞こえた。
同時に、何かが何かを弾く音がする。
そこには――一人の男が立っていた。
軽装の鎧と、古ぼけた服に身を包み、髪の一部が白髪に染まっている二十代くらいの青年だ。
特徴的なのは、その手に収まった得物。
光でできた短剣を、逆手に構えて二本持っている。
それを交差させてガルーダの鉤爪を受け止めているのだ。
両者はしばらく膠着した後、ガルーダが後方に飛び退く形に終わる。
「あ、あ、……あなたは」
「……ハリト」
ふと、少女は気付く。
ハリトと名乗った青年は、涙を流している。
涙、どうして――?
「少し待っていてくれ、まずはこいつを片付ける」
『ギャギャ!』
ムリだと言わんばかりに、ガルーダが嘶く。
しかしハリトはそれを無視して続けた。
「遠くで、魔物の雄叫びが聞こえた。君はそこから逃げてきたんじゃないか? ――助けを求めるために」
「あ、そ、それは……は、はい」
後悔こそしてしまったけれど、少女が村人を助けようとしたことは事実だ。
それを問いかけてくるということは、まさか――少女はあることに行き着く。
「遅れてすまない」
ハリトは――自分が間に合わなかったことを泣いているのだ。
自分が間に合っていれば、村が襲われることもなかったのに、と。
ああ、それは――
「……待たせたな、直ぐに片付けてやるぞ」
『ギャギャギャ!』
「……光剣、第二開放」
ぽつりと、ハリトが零す。
途端、何か不可思議な力――この世界でマナと呼ばれるもの――が溢れ出した。
ガルーダもまた、勢いよくハリトに襲いかかり――
ハリトは、一撃でガルーダを両断した。
呆気にとられた少女の前で、ガルーダは二つに別れ――闇へと還る。
あとには魔物が倒された時に落とす魔石と呼ばれるものがのこり、ハリトはそれを回収すると少女に手を伸ばした。
「村まで案内してもらえるか?」
少女はその手を取ろうとして、少し躊躇い――ハリトは、その手を構わず引き上げる。
それに少女は、まるで自分が赦されているような錯覚を覚えながら、ハリトを村へ案内するべく歩き出すのだった。
◯
俺が転生したゲーム「悲終のアインヘリア」のサブクエストの一つ。
「逃げてしまった少女」を、俺は発生させる前にクリアした。
それはゲームの中盤に発生するサブクエで、主人公達が街から街へ移動しようとしていると、一人の少女が道端に立っている。
その少女に話しかけると、クエストスタートだ。
少女は、自分の村が魔物に襲われているから助けてほしいという。
それを了承した主人公パーティは、荒れ果てた昔は街道だったと思われる道を進み、村の前までたどり着くのだ。
そこで襲いかかってくるのが、中ボスのガルーダ。
さっき俺が倒した魔物だな。
で、そいつを倒すと村に入れるわけだが、道中少女の行動は不穏なものだった。
村を助けてほしいと言う割には村のことが嫌いな態度を見せるし、何より色々と話が噛み合わない。
そもそも主人公はこのあたりに村があることをしらなかったのだ。
それでも同年代のパーティメンバーと仲良くなる少女の姿を信じ、主人公たちは村を訪れるが――
村はすでに壊滅したあとだった。
しばらく村を回ると、少女の正体が判明する。
少女の正体は、彼女が死ぬ時に残した感情を元に発生した幽霊の魔物だった。
少女は村から迫害されており、偶然魔物が襲ってきた時に逃げ出せたものの、自分も魔物に殺されてしまう。
このときのシーンを回想で見せられ、後悔しながら死んでいく少女の心情描写は未だにプレイヤーのトラウマとして語られる。
そして牙を向いた少女幽霊と戦い、最後は仲良くなったパーティメンバーが自身の過去を少女に語って少女を改心させ、成仏させる……というのが一連の流れ。
ちょうどこのパーティメンバーは少し前に自身の過去を乗り越えるイベントをこなしていたこともあって、プレイヤーにとってはかなり印象に残るサブクエとなっている。
だからこそ、俺としては少女とパーティメンバーの交流が失われるのは惜しい。
何より、少女は今の自分の環境をよく思っていない。
あのあと俺は急いで少女とともに村へ戻り、魔物を殲滅した。
村は多少の犠牲こそ出てしまったものの、何とか生き残れたのだ。
しかし村人の少女に対する態度はひどいものだった。
「お前がもっと早くその男を連れてきていれば、こんなことにはならなかった」
と来たもんだ。
少女が後悔で魔物になってしまうのも解るというもの。
しかしそれでも、少女は気にすることなくそれを受け止めていた。
そんな少女に、俺は問いかける。
「ええと――リオ。これから君はどうするんだ?」
「えと……多分、このまま村での生活を続ける、と思います」
俺はそれを聞いて、少女――リオに思わず呼びかけていた。
「なら……俺と一緒にこないか?」
「え……?」
「このままここにいても、あまりいいことはないと思うんだ。きっとこれから、君に対する周囲の視線はもっとひどくなる」
「で、でも……」
リオは容姿が優れている、齢は十代前半くらいだが背丈以外の発育はそこそこよく。
何より少し癖はあるものの美しい黒髪は、人目を引くだろう。
周囲の視線からして、あまりこの場にとどまるのは本人のためにはならない。
ああ結局俺は、そういう人間なんだ。
悲劇を美しいと思い、このゲームを好きになった。
でも実際に悲劇を前にした時、どうしても思ってしまう。
それはよくない、と。
偽善だ。
自分の勝手な感情を、相手に押し付けているだけだ。
今回だって、俺はリオを救うことを優先した。
村人が犠牲になっているというのに。
悲劇と救いを天秤にかけるなんて、あまりにも傲慢だと思う。
それでも俺は、選んでしまった。
だって――
「君は気にする必要はない、俺がそうしたいから、そうしているんだ」
俺は、原作を滅茶苦茶にしてでも、世界を救うと決めたんだから。