暗がりの中で、ただ揺らされる。
暗いところは、少し苦手だ。卵の中にいた頃を思い出すから。
「おお、イリオスの
「はは……先日はどうも、ご迷惑を」
「いいってことよ。仕事だからな。今日も日帰りかい?」
「はい」
あと暇。すごく暇。
外の会話に耳を傾けるしかやることがない。
「よし、と……そうだ、兄ちゃん。ダンジョンに潜るなら気をつけろよ?」
「はい?」
「いやな、この前見たこともねぇ魔物が駆け込んでいってよ……」
「ああ……はは……」
それ多分、俺のことだな……引き止められた記憶があるようなないような。
どっちにしろ、俺の小さな記憶領域じゃまともに覚えておくことはできそうにない。
「それじゃあ、行ってきます」
「気ィ付けろよー! 死ぬんじゃねぇぞ!」
あのおっさん、毎回律儀に言ってくれるな。ご主人以外にも。
多分、いい人なんだろう。少なくとも、知ってる人に死んでほしくないと思うくらいには。
そんなことを考えながら、しばらく揺さぶられて。ふと、光が目に差し込む。
「お待たせ、サン。この辺りなら、多分大丈夫だよ」
「ガゥッ!」
ご主人に言われるがままに這い出て、リュックの外へ。
紫色の宝石のような大きめのブローチを持って、岩陰に。魔力をブローチに込めると、いつも通りの俺の服が。
「よい、しょっと」
ドラゴンの姿から、人間の姿に戻る。
女性向けの下着はいまだに慣れないけど、なんとか付け方くらいはわかるようになってきた。つけたくないけど。
「よし。お待たせ、ご主人」
「早いな。もう慣れたかな?」
「流石にな。それにしても便利だよな、この魔道具。ダンジョン産だけあって、性能がいい」
魔道具にも、大きく分けて二種類。
ダンジョン産の魔道具。それと、人間が再現した魔道具。
前者は強力な分量産不可、かつ効果がランダム。後者は性能が劣ったり、あるいは再現できないものもある分、安価で量産ができる。
「ある程度体積を無視して、物をしまえる魔道具、か……アニスには感謝だな。サンの身分も、どうにかしてくれるみたいだし……」
「それ、本当にどうにかなるもの……?」
「多分……僕でも、一つ手段は思いつくし」
犯罪の類じゃないだろうな。指名手配犯を追うために犯罪者になるとか笑えないぞ。
「そう不安にならなくても大丈夫だよ。そっちの方は、僕たちでなんとかしておくから。しばらくは、この方法で我慢してくれ」
「はいよ、ご主人……」
ダンジョンに潜るためには、入り口での登録が必要になる。
理由は簡単、行方不明者を出さないため。潜る期間の登録、それと発信機になる魔道具を受け取って、一定期間を過ぎたら捜索隊が組まれる仕組み。
ダンジョンが攻略されてしまったときにも役立つ。
「くどいようだけど、サン。君は今行方不明になったら非常にまずい。従魔登録はしてあるけれど」
「屈辱だよ……!」
そんなわけで、不審者Xたる俺はダンジョンに潜れない。
だから、身分証明書を手に入れるまではこうして、ドラゴンの体でご主人のリュックに潜むことにしたのだ。
「というか、魔道具に身分証明書に、どっちもすごいお金かかったんじゃ……」
「後者は偽装するわけでもあるまいし、ほぼ正規の手段を使う。法外な金額は取られないよ。魔道具も、貯金は多いから大丈夫」
金は預けてるからほとんどの国で使えるし、と、なんでもないようにご主人は笑った。
……助けてもらいすぎだな、俺。仮に最初から人間の体だったとて、この人に会えなきゃ俺はのたれ死んでたかもしれない。ゾッとする。
「それじゃあ、今日から三つ目のダンジョンだ。頑張ろうか」
「えいえいおー!」
剣を腰にさして、ご主人の後ろをついていく。
彼との協力関係を結んで、二週間ほど。新しく二つのダンジョンを攻略し、残るダンジョンはあと一つ。洞窟のようなダンジョンだった。
俺が生まれた……ご主人の言い分では違うらしいけど、とにかく俺がいたダンジョン。あそこに繋がっていたダンジョンは、計三つ。
だから、ここを攻略すれば俺に呪いをかけたあいつは見つかるはず。
「それにしても、まさか指名手配犯とはなぁ」
「はは……早く見つかりそうでよかったよ」
身体的な特徴と持っていた魔道具から、行方知れずの指名手配犯に目星をつけた。
罪状を見ると、結構えげつなかった。強盗殺人……あの杖の魔道具を手に入れるために、数人が犠牲になったらしい。
「怖い話だよな」
「怖い話だけど、たまに聞く話だ。探索者同士のトラブルとか。サンも気をつけなきゃ」
「ご主人はそんなことしないから、心配ない」
「ははは……信用してもらえるのは、ありがたいけどね。でも、少しは警戒しないと」
ご主人はバッと後ろを振り向いて、ブローチに手をかけた。どうにも、少し斜めっていたらしい。
「こんなふうに、首元の下まで手をかけられても反応できないのはダメだよ」
「い……まのは、別に! 悪意がないってわかってたし!」
「そりゃどうも。ほら、直ったよ」
位置を綺麗に正して、彼は再び前を向く。
……むぅ、なんか悔しい。
「そういや、このチョーカー外しちゃダメ? 首輪みたいで、嫌なんだけど」
「……外してもいい、けど……その場合、誰かに見られたら僕の社会的立場が終わる。今でも結構危うい」
「わかった、わかりましたよ」
従魔契約の証である紋章は、まだ首元に残っている。タトゥーみたいについてて、これじゃ温泉にも入れない。
「さて、と……サン、身体強化魔法は?」
「ん、バッチリ!」
「よし、ちゃんと覚えてたな。えらいぞ」
「なでんな」
強化された筋力でご主人の手を弾くと、彼は苦笑いをした。
身体強化魔法。探索者にとって、基本中の基本。筋力や頑丈さを底上げする魔法。
この世界には、昔から火、水、土、雷、風、無属性の魔法があったらしい。理論さえ学べば誰でも使えるこれらは、最も原始的な魔法だ。
一方、身体強化魔法。これは、人間の手で開発された魔法。無属性魔法の応用。なんでも、勇者とかいうのが誰でも使えるようにするまでは、使える人はほんの一握りだったとかなんとか。
「思ったより座学だったな、魔法……」
「魔法学も科学だからね。理論と実践、その繰り返しだよ」
応用すればいろんな魔法を作れたり、あるいは魔道具を模倣して新たな魔法を開発したり。この世界は、そんなふうに発展してきた。
とはいえ、万人が平等に扱える魔道具はやっぱり重要な存在なんだとか。
「と、サン」
「わかってる」
ご主人に言われるまでもない。耳をすませば、すぐにわかる。
「四匹いる。二匹は任せるよ」
「はいよ、ご主人」
洞窟の奥から徐々に姿を表すのは、甲殻類や虫を足して割ったような魔物。サイズは大きめで、体長は膝下くらいはある。
「……おいしそう」
「食べちゃダメだからね?」
「わかってるよ」
ああ、エビやカニが食べたいなぁ。この辺は海がないらしいから、少しそこは残念。
「と」
「ギィイイッ!」
尻尾で飛び上がって、ハサミで襲いかかってくる。本当にエビみたいだ。
……ああ、でもダメだ。口元は普通に化け物だな。歯が生えてて気持ち悪い。
「キャーッチ」
そんなことを考えながら、容赦なく捕獲。バシッと手で掴んでやった。
ワサワサと抵抗が見られるけど、そんなんじゃビクともしないよ、こちとら。
「ギィギ……!」
「……挟まれても痛くない。やっぱ俺、硬いんだな」
肌はこんなに柔らかいのに。
「サン」
「……わかってるよ」
こいつら、逃がそうとしても襲いかかってくるし。放っておいたら、他の人を殺すかも知れない。
……しょうがない、よな。
「ほいっと」
真上に二匹、投射して。剣を引き抜いて、そのまま思いっきり振り抜いた。
「ギャッ……!」
「……ごめんなさい。安らかに」
「……えらいぞ、サン」
最初のうちは、抵抗があった。命を奪うことに。
でも、それで逃した魔物がご主人を襲った。その時からか、段々と「やらなければならない」という気持ちが湧いてきた。
甘ったれるな。殺すか、殺されるかだ。情けをかけるのなんて、強い奴だけの特権だぞ。
「ご主人、意外とその辺は慣れてるよな」
「僕も、かなり長く探索者をやっているからね。……というか、意外かな?」
「うん。魔物だった俺を助けてくれたし」
「それは……」
それがダメとは言わない。日本にいた頃も、俺が知らないだけで誰かが果たしてた役割だと思う。
けれど、だったらなんで俺は助けてくれたんだろう。少し、気になった。
「君は何も知らない子供だった。小さい、幼体の竜だ。襲いかかってきたのなら話は別だけど……何も知らずに殺されるなんて、あんまりじゃないか」
「……子供だったからってこと?」
「そういうこと。だからって、子供の魔物は一切殺さない、なんて余裕もない。だから、まあ……気まぐれだよ。君が可哀想に見えたんだ」
「……ふーん」
ああ。この人も、命を奪うことに何も思わないわけじゃないのか。
みんな、どこかで割り切ってるんだ。俺もそうなってきてるし……その上で、殺す理由がなければ殺さない。そうして、人間性が保たれるんだろう。
「それに……」
「……?」
「いや、なんでもない。先を急ごう」
「ん!」
なんだろ、今の。
今回も長くなったので分割しました。30分後にもう一つ更新があります。