ご主人が取り付けたアンカー。そこにぶら下がったロープを掴んで、下降しようとして。
「待った、サン」
「ん?」
ふと彼は、火のついた太い枝と、よくわかんない籠のようなものを放り投げた。
火は消えないまま地下へと落ちていって、地面に激突する。水面が光を反射して、キラキラと存在を主張していた。
「よし、降りるぞ」
「なに、今の」
「有毒物質と、酸素の有無を調べた。念のため慎重にいくけど、多分大丈夫だ」
「へぇ」
あれか、酸素がないと火が消えるってやつ。
そうなると、あの籠みたいなものはなんだろう。
「あの中には、小さい虫が入っていてね。死ぬ時に強い光を放つんだ。個ではなく種として生きる生物の性質ってやつさ」
「んー……あ、なるほど。あれが死んだら有毒物質が溜まってんだ」
「そういうこと。ちなみに奴らは尻に呼吸穴がある」
「んふっ」
なにそれ、ちょっと面白い。というか、虫って呼吸するんだ。知らなかった。
ご主人にいろいろな豆知識を教えてもらいながら、下に降りる。緊張感がないけれど、だからと言って油断してるわけでもない。
「っ、と。見ろ、サン。あの岩、糞が溜まってる。コウモリの巣が近くにあるぞ」
「うぇ、マジ……!?」
「この距離なら、身体強化を使って一気に降りれる。彼らが恐慌状態に陥る前にお暇するとしよう」
「りょうかい!」
ロープをパッと離して、そのまま地面へ。上の方でコウモリが巣から逃げ出していた。
……こういう時、飛べると便利なんだけど。俺の翼は、あいにく空を駆けてはくれない……というか、多分俺が元人間なせいなんだろうけど。
「んー……」
ドラゴンの姿に戻れることがわかってから、そっちの体でも飛べないか試してみたけど……動かせるだけで、上手く飛べないんだよな。
まあ、出来損ないのドラゴンってわけだ。空を飛ぶの、ちょっと楽しそうなのに。
「広いな、ここ」
「サン、警戒。周りに何がいるか、よく観察して」
「わ、わかってるよ」
五感は相変わらず鋭い。多分、ご主人より。こうして意識を集中すれば、敵がどこにいるかくらい……と、ん?
「どうした?」
「いや……なんか、地面の中から……変な音が……」
「……ああ。ワーム種だろうな」
「ワーム?」
なんだそれ。ミールワームくらいしか知らない。
あれ、結構香り自体は悪くなんだよな。ただ味は別にだから、ちょっと濃いめの味付けをしたい。
「うん、ワーム。細長い虫のこと。大きさも硬さも色々だけど……多分、ズズズって感じの音じゃない?」
「ズズズ……んー、なんかこう……ギャリギャリギャリィッ! って感じの……」
「ん、んん……?」
なんだこの音。結構早いし、ちょっと気持ち悪いなこれ。
地下からの音はこんなもん、それと……あ。
「ご主人。魔物が来る」
「っ……! 数と種類、到達時間は?」
「……数は六、多分スライムと巨大蜘蛛が一匹、蛇とトカゲが二匹。この速さなら一分もないかも」
「……魔道具使いか」
ご主人の言うとおり、これだけ異種が一堂に会するのは妙だ。それも、さらに遠くからもう一匹、巨大な虫の魔物の足音がする。
「後ろから遅れて一匹虫の魔物。そこに魔道具使いがいる」
「……わかった。サン、これで耳を塞げ。奴らがきたら音響弾で牽制。スライムと蜘蛛には効果が薄いだろう。スライムは即、魔法で焼き尽くす。すぐに加勢するから、蜘蛛の足止めを頼んだ」
「おーけい」
筋肉が強張る。未だに、戦闘には慣れない。
「すぐに慣れる必要はない。恐怖は大事だよ。だから、恐怖を感じたまま動けるようにする。そのために知識と技術が必要なんだ」
けれど、ご主人がそう教えてくれた。
大丈夫、言われたとおりに。深呼吸。それと、自分の好きなものを思い浮かべる。ルーティンみたいに、落ち着いた時を思い出して。
肉。飯。白米。味噌汁、ラーメン、ハンバーグ!
「よしっ!」
戦える。
「来たッ!」
次の瞬間に見えたのは、ご主人が音響爆弾を放り投げる姿だった。
敵は予想通り。存外スライムが大きいことを除いては、想定の範囲内だ。
「……!」
ご主人の声は聞こえないけれど、「問題ない」とサインを送られた。なら、俺は蜘蛛に集中すればいい。
足での攻撃は回避が容易。警戒するべきは、その糸。けれど敵は、強襲を受けて混乱状態。事前準備をする暇なんてない。
「うおおおおおおッ!!」
耳栓を抜いてまずはケツから攻撃。糸を出せなくしてやる!
「……!」
ご主人の話だと、蜘蛛の糸は八種類、それぞれで穴が分けられてる。その全部を、丸っと切り落とせる範囲、で!
「ラァッ!!」
上手くいった!
「ギィイイッ!!」
「へっ、はっ!?」
お前その角度まで、首回んのかよ。しかも今吐いた液体、何それ消化液?
やばい、これは避けれない。多分俺なら受けても問題ないけど、服が溶けてマッパに……!
「サンッ!」
あわや全裸の直前、ご主人が水魔法で助けてくれた。消化液を水で弾き飛ばしたのだ。
「サンキューご主人!」
地面に着地。蜘蛛の体の上に跳び乗って、剣を思いっきり握りしめ。
「南無阿弥陀ッ!!」
そのまま頭をかち割ってやった。これで、残りは蛇とトカゲだけ。
「なんだ、テメェら……!」
そしてその戦闘時間で、魔道具使いがお出ましだ。
「っ、クッ……!」
「おっと、此方は行き止まりだよ」
「クソ……!」
あの黒い装束。何より、大きな杖。見間違えるはずもない。俺を呪った張本人だ。
「さて、僕たちが何の用で来たかは……わかってるな」
「え、わかってないだろ。その魔道具寄越せよ。俺の呪い解くのに必要なの」
「え、ちょ」
「え?」
サン、違う。こういう駆け引き。最悪こいつを取り逃しても、杖だけ手に入ればいいでしょ? 懸賞金目当てだけど、その杖高値で売れそうだしそれでもいいわーみたいな。
ご主人が目で伝えてきたけれど、時すでに遅し。男は困惑していた。
「な、なんだテメェら、懸賞金目当てなんじゃ……の、呪い……? お前みたいなガキ操った記憶はねェぞ……!?」
「……」
「……ごめん、ご主人」
あちゃあ。とでも言いたげに、ご主人は頭を抱えた。
ごめんって。まさかそういう意図があるなんて思わなかったんだもん。
「……あー、お前に話す理由はない。魔物を操れる魔道具が必要なんだ。別にそれじゃなくてもいいけれど」
「っ……!」
「ただ、僕たちもいい加減うんざりしていてね。できればここで魔道具探しは終わらせたい、だから……それが手に入らないと、腹いせに何をするかわからないよ?」
おお、なるほど。なんてストレートな脅迫、シンプルイズベストだ。
「それに、わかってないのか? その魔道具、もう限界が近いはずだ。あんな数の魔物を操って、その先に何が起こるか……」
「っ、うるせぇっ!」
「今ここでその杖を手放すなら、地上まで安全に返してやる。死ぬよりも酷い目に遭いたくないだろ?」
「ぐっ……!」
そしてその会話についていけない俺は、黙っておこう。
実力の差は歴然だ。シェイプシフターから逃げるしかなかった、操ることすらできなかったこいつと、それを一方的に蹂躙したご主人。
あいつもそれはわかってるはず。だから、この取引には応じる。
「やかましいッ!! この魔道具は俺が手に入れた!! 俺のもんだ!! 誰にも渡さねェ」
応じなかった。そんなに魔道具が大事かね。
……何か、理由があるのかな?
「……そうかい。残念だよ、実力行使といこう。安心しろ、命は取らないさ」
「クソ、くそくそッ……!」
あの虫の魔物くらいなら一撃。蛇とトカゲも、男を捕らえれば攻撃はできないはず。
それがわかってか、相手もうまく動けずにいるらしく。
「ギィイイイイイイッ!!!」
「……は?」
地中から俺の背後に突如現れた巨大な化け物によって、その硬直は破られた。
「今だッ!!」
「は……」
無属性魔法。ただ相手に、衝撃を与える。
「あ……」
「ギャギャギャギャッ!!」
油断し切った俺の体に、効果はてきめん。化け物の方に吸い込まれて。
「っ、サン!」
「間抜けが」
「な……!」
ご主人の首元に当てられた魔道具。奴はそのまま、下卑た笑顔で口を開き。
「《俺にこうげ》、き……?」
魔道具が、砕けた。
「サン!」
「ッ、ご主人ッ! ありがと!」
化け物の体にぶつかる直前、ご主人に引き戻された。
空間中を暴れ回る化け物。ただ躱して、捌いて、衝撃に耐えるしかない。化け物は、そのままトカゲや蛇のことも吹き飛ばす。
「クソっ……! 今のうちに……!!」
「あ、待っ……!」
「サン、ダメだ動くな! あいつは逃してもいい!! まともに食らったら軽傷じゃ済まないぞ!!」
その一瞬の隙で、男は逃げ。そこへ向かう道は、岩で塞がれてしまった。
「こいつが、ダンジョンボスか」
その巨体のほとんどが、ついに露出する。
「ワーム種だろうとはいったけど……この巨大さは予想外だよ。グランドワームや、ヒュージワームってところかな」
目のない、不気味な顔。身体中に付着した血の跡。禍々しい甲殻。
何より目につくのは、大きさ。まさしく今まで通ってきた洞窟くらいはあろうかという太さが、普通のワームと同じような体型で成り立っている。
「なぁ、ご主人……ひょっとして俺たちが攻略した場所って、洞窟じゃなくて……」
「……ああ。全部がそうじゃないだろうけど」
その規模は、あまりにも。
「一部は、こいつが掘り進めた跡……ってわけだ」
あまりにも。