まあパッと思いつくのは、ヒグマとか? あるいは、ナウマンゾウ。
もしくは、遥か太古の時代まで遡れば……
生物の枠に縛られなければ、家。学校。果ては、ビル。
あるいは、人間は
けれどそれらは、所詮無機物。イメージ。
「ギィイイイ……!」
俺の前には、
「ふぅっ……! ふぅっ……!」
「落ち着け、サン。大丈夫。呼吸を整えろ」
「うん、まかせて、だいじょじょじょじょじょじょじょじょ」
「うん、ダメそうだ」
だって、落ち着けって言ったってさ。なんだよあいつ、あの化け物。
あんなでかい生物がいるなんて知らなかった。というか、なんであの巨体で普通の生き物みてぇに動いてるんだよ。
「いくらデカくても、構造自体は普通のワームとさして変わらない。あいつには視力はほとんどない。耳や鼻にあたる器官もないから、代わりに体表で匂いや音を感知するんだ」
「う、うん! そんで!?」
「だから、今の所は俺たちの位置はバレてない」
基本的に、ワームは地中で生きる生物。匂いは空気を通してでは感知しにくく、あの巨体には音も大きく立てなければ問題ない。
と、ご主人はだいたいそんな感じのことを言った。
つまり、落ち着け。まだ攻撃はされないから過度に恐れるなと、そういうことらしい。
「わかっ……なあ、ご主人。あいつなんかこっち見てない?」
「え? ……ああ、ほんとだな。しかもにじり寄ってる」
「だよな」
ってことは、要するに。
「ギアアアアアアッ!!」
「見つかってんじゃねぇか!! 馬鹿ご主人ッ!!」
「ご、ごめん! あいつかなり鋭敏みたいだ!」
「あの感じで敏感肌かよぉッ!!」
ワームの動きは早い。こちらに狙いを定めたら、一気に加速して食おうとしてくる。
「なんだあいつ!!」
「ワームは全身筋肉だからな……それに、あの巨体を支えれるだけの筋肉量。デカいってのは、それだけで強いんだよ」
「言ってる場合かよッ!!」
逃げてばっかでいられるか! 攻めの一手だ!!
「こんにゃろッ!!」
剣で斬る。というよりも、ぶん殴るッ!!
「どわっしゃあッ!!」
「ちょ、こら! 勝手なことしない!!」
「ご、ごめんなさい……」
危ない、腕ごと持ってかれるとこだった。剣は刺さるけど、常に移動してるから油断してると刺さったまま引っ張られる。
俺がどんくらいの攻撃に耐えれるのかわからないけど、最悪ぐちゃぐちゃにされて次の瞬間にはピンク色のムースだ。
「ひぇ……」
「ワームは生命力が高い。横に真っ二つに切っても動くからね。即死させるのは現実的じゃないな」
「じゃ、じゃあどうしろってんだよ!! じわじわ失血死!? わっ!? っと!! 毒とか!?」
「いや……」
ワームの攻撃を避けながら、ご主人の指示を待つ。
何か考えてる顔だ。なら今はそれを信じて、体力を温存。下手に怪我をして戦線離脱、ってわけにもいかないし。
「心臓を潰そう。生命力が高いからしばらく動くだろうけど、そのうち神経節が死ぬ」
「シンケーセツ!?」
「脳みそみたいなもの。これがいっぱいあるからあいつは二つになっても動くの」
虫やタコも持っているんだよと、ご主人はそう教えてくれた。
「じゃあ心臓壊して一網打尽か! で、肝心の心臓はどこ!?」
「普通のワームなら、頭部付近に集中してるね」
「へ……?」
頭部って、あれか? あのギザギザの牙が生えてる、あれ? さっきから俺たちにすっげー速さで攻撃しまくってる?
「っ……無理だろッ!! そんなの毎日十時間勉強すれば『東大』受かるって言ってるようなもんだぞ!?」
「『とーだい』? が何かは知らないけど、話には続きがある。これはあくまで普通のワームの場合だ」
ああもう、能書きがなっがい! 早くしてくんねぇかなぁ!?
「あの巨体。全長は計り知れない。けれど、奴はさっき下から出てきただろ?」
「そうだけど!! それが何!!」
「つまり、上に向かって進めるってこと。あの体のサイズだと、普通の心臓では圧力が重力に負ける」
「ん、んん……!?」
ええとつまり、なんかこう、あれか! 上に水鉄砲撃ったら下に落ちてきちゃう的な!
「じゃあ、心臓の圧力を高めればいいのか? いいや、それも違う。血管が耐えれる圧力には限界があるはず」
「結論は!?」
「奴の心臓は複数個。一部は胴体にあって、それを壊せば緩やかに死ぬ。あるいは、すぐに動けなくなるだろうね」
「なるほどな!!」
つまりはまあ、とりあえず心臓狙いか!
「心臓に近い部分は血圧が高い。血の吹き出し方に差がある。それを利用してあいつの心臓を見つけよう」
「つまり、全身滅多斬りな!」
「そういうこと。二人でやるぞ。腕を持っていかれないように気をつけて」
「こ、怖いこと言うなよッ!!」
さっきまじでそうなりかけたんだから!
しかし、全身切るつったって……体はほとんど地中。
「おっとォ!」
たまにこうして地上に出てくるけど、それも一瞬。この巨体を切り刻むのに、いったいどれだけ時間がかかるのか。
あの指名手配犯は追う必要がない。別に逃げれたならいいけど。
単純に、俺自身が長時間戦えるかはわからない。早めに決着をつけたい、けど。
「へぶぅッ!?」
そんな余裕なさそうだ。
「サン!!」
「だいじょーぶ! 肌は削れたけど!!」
血は出てないけど赤くなってるヒリヒリする。
一応、こいつの攻撃は俺なら耐えれる。ご主人はかなり気を遣って避けてるあたり、当たればダメージがデカそうだ。
……と、ん?
「ご主人!?」
「こっちの方が早いだろ」
魔法。多分、土魔法だ。上に向かうように壁を隆起させて、足場を作る。跳躍して、また次の足場を。何あれすっごい。
多分、上に誘導してるのか。壁をなみ縫いみたいに登ってきてるから、露出箇所を増やすつもりだ。
「よしっ、俺も!」
単純な魔法の論理は学んだ! 雷は難しいけど弱めの電撃くらいなら撃てるし、火もちょっと使える!
……あ、土魔法習ってない!
「じゃあゴリ押しッ!!」
ジャンプして、壁に張り付く。ボルタリングの要領で上に、上に。
「やるな、サン! そのまま僕の上まで行けるか!?」
「へへっ、もう追い越したもんな! まかせろご主人!」
「頼んだぞ!」
と、強がったはいいけど、結構なスピードで追い上げられてる。できれば早くして欲しいけど。
「……」
そんな意図を込めて目線を向けると、ご主人は目を閉じていた。彼の手のひらに、球状の水が作られる。
一秒、一秒。それらはどんどん大きくなって、ついに直径が四メートルに届こうかというところで。
「っ、おぉっ!?」
水面が揺らぎ、ウォーターカッターのように複数の水の線が発射。ワームの体を切り裂いた。
「そこだ!」
そうしてご主人が投げたのは、ロープ用のアンカー。水魔法で速度を底上げされたそれらは、ワームの体に深々と突き刺さり。
「サン! あいつらの下が弱点の心臓だ!」
「りょーかいッ!!」
手を離す。地面への落下。その機を逃すワームでもなく、奴は大口を開けて俺に襲いかかってきて。
「残念ッ!」
壁を蹴って、回避。あとはこのまま、剣を使って!
「うお、りゃあああああああああッ!!!」
ぐるぐると回転しながら、ワームの体を片っ端から切り裂いていく。
そしてアンカーが刺さっている部分で剣を捻り、穿ち、血を吹き出させる。自重ゆえ、こいつはすぐには止まらない。だから。
「こなくそぉっ!!」
ご主人が撃った、三つのアンカー。その全ての下にある心臓を破壊することに成功する。
「わ、やっべ」
着地のこと考えてなかった。まあ、死にやしないだろ。
「っと。サン、よくやった」
「へへ、俺ってば役に立つだろ?」
そう思っていたけど、土魔法で足場を伸ばしたご主人が途中でキャッチしてくれた。お姫様抱っこなのが少し気になるけど、助けてもらったしまあいいか。
「すごい切れ味だったな、あの魔法」
「土魔法で研磨剤を混ぜてるからね。見た目以上に、威力は高いんだよ」
「ほへぇ」
一口に魔法って言っても、いろんな工夫があるんだな。
「さて、あいつが死んだかはちゃんと確認しないとな」
そう言って、ご主人が俺を地面に降ろした直後だった。
「ギィイイイイッ!!」
最後っ屁。そうとばかりに、足場が破壊され……真下に、奴の口が現れたのは。
「っ……サン!!」
ドン、と。ご主人は、俺の体を押した。おかげで、あいつの口には入らないだろう。庇われた。
「っ、ご主人ッ!!」
空中では身動きが取れない。あのままだと、ご主人が食われる。俺が、俺がなんとかしないと。
「っ……!」
翼。空中。飛べ、飛べ、飛べ飛べ飛べ飛べ飛べッ……!!
「ふんぬぅううううううっ!!!」
「サン!? 飛べたの!?」
ご主人のマントを掴んで、精一杯翼を広げる。
気合いで飛べりゃ苦労はしない。徐々に落ちてる。滑空だこれ。
「かっこよく落ちてるだけッ!! このまま無限の彼方、じゃなくて!! ワームの穴に避難する!!」
「わ、わかった!!」
ふと、下を見る。ワームは最後の策が潰えて、徐々に体が萎びていた。そのうち、魔道具になるのだろう。
「……安らかに」
「……」
両手が塞がってるから、目を閉じる。それだけで、お祈りを済ませた。
◇
「はぁああああああ!? わざわざ助けなくても大丈夫だったんじゃねぇか!!」
「その、それがわかってたからというか……」
二人分は重かったらしい、サンの翼が途中で力尽きて、水魔法の反作用を利用してワームの穴まで。
うちのお嬢様はそれが大変に気に食わなかったらしく、文句をつけてきた。
「というか、ああいうのやめろよ……! 死んじゃうかと思ったじゃんか……! 怖いだろ……!」
「……ごめんよ」
というよりも。心配の裏返しだ。
「魔道具の件は、残念だったね」
「……あ。そういやそーじゃん……こ、この呪い解けないの……!?」
「うーん……他の魔道具か、固有魔法か……」
今の所、思いつくのはその二つだけ。
師匠なら何か知ってるかな。……ああ、でも。多分その前に殺されるかな。
「……ま、いーや。命あっての物種だし。魔道具回収しに行こうぜ」
「ああ、そうだな」
サンは切り替えて、嬉しそうに前を歩き始めた。サンが楽しそうだと、こっちまで嬉しくなってくる。
……うん。やっぱり名前は、『サン』にしてよかったな。意味は、確か。
「ッ……!」
そうして、目を凝らして。奥に、何かが見えた。赤い水たまりと、白くなった肉の塊だった。
「ん? ご主人?」
「なんでもない。サン、こっちはやめよう。魔物がいる」
「あれ、あいつだよな」
「……!」
気づいてたのか。先に。
そういえば、竜人は夜目も効くんだったか。彼らの情報は、救国の英雄譚でしか知らないけれど。
「見なくていい。引き換えそう。近くで見るものじゃない」
「ご主人」
「……」
「……行こ?」
サンに手を引っ張られた。この子は、死体が怖くはないのだろうか。
そうでもないのだろう、と。彼女の反応を見てわかった。普段よりしおらしくて、手には少し汗が滲んでいた。
「……死んじゃったのか」
「ああ。多分、魔物に襲われたんだろう。ダンジョンでは、珍しい話でもない」
あいつは戦いのほとんどを、魔道具に頼っていた。丸腰で逃げたなら、こうなるのも必然だ。
「かわいそうだな」
「……」
……かわいそう、か。
「こいつは、君を殺そうとした。それだけじゃない。たくさんの人を殺した。自業自得だよ……君が気に病むことじゃない」
「関係ないよ。というか、別に気には病んでない」
「……同情、してるのか?」
「どうだろ。それもちょっと違う気がする」
サンは、自分でも気持ちの正体がわかっていないようだった。ただ、ゆっくりとその瞼に触れて。そっと閉じさせた。
「でも、こいつもなんか事情があったのかなって。立場が違えば、俺もこいつと同じことしてたかもしれないし」
「……サンは、そんなことしないよ」
「そうかな」
遺体を持ち帰るつもりらしい。人を包める布をせがんできて、一枚渡してやった。
彼女が死体を扱う動きは、丁重だった。
「こいつはさ。多分これから、誰に赦されるわけでもないし。もう死んじゃったから、多分そういうの関係ない」
「……」
「こいつに殺された人にも、大切な人がいた。その人たちのことを考えると同情なんてしないし、しちゃいけないと思う」
彼女はしっかりと、死体を背負って。
「でも、こいつを大切に思う奴もいたかもしれない。だったらせめて俺くらいは、事情とか考えてやってもいいのかなって。覚えてやってても、いいんじゃないかなって。ちょっとでも悼んであげていいんじゃないかなって。それだけ」
「……そっか」
……あいつと、同じことを言うんだな。
「なら、僕も背負うよ」
「……ん。ありがと、ご主人。助けられてばっかだな」
「そんなことないよ。僕だって、サンに助けられてる」
本当に。きっとこの気持ちがお前に伝わることなんて、ないだろうけど。お前に救われてるんだ。
早いところ、別の誰かを探してあげないとな。
「……ふふ」
「どうした?」
「いやさ。なんつーの。俺、前世で兄弟っていなかったんだよ。ペットとかはいたけど……どっちかって言うとそれは弟だったし」
サンは、輝くような笑顔を浮かべて。
「なんか、初めて兄ちゃんができたみたいだ」
「……!」
……ああ、やっぱり。似てる、な。
「あれ? ご主人?」
「……いや、なんでもないよ。僕も、サンのことは……」
「……?」
「いいよ。お兄ちゃんって呼んでみる?」
一目見た時から、そう思ってたんだ。
「え、それは無理」
「なんでさ……」
「呪いのせいで呼びたくても呼べんの。あとちょっとキモい」
「ひ、酷いこと言うなぁ……」
あいつと違うのは、その癖っ毛くらい。
いや。性格も、だいぶ違うか。
「……」
けれど、やっぱりそっくりなんだ。顔だけじゃない。
自分を殺そうとした相手の死さえ悼む、その博愛も。
悩みなんてカラカラと笑い飛ばす、太陽のような笑顔も。
……
「どしたの、じっと見て」
「なに。君が妹だったら、毎日大変そうだなってね。退屈はしないだろうけど」
「はぁああああああ!? んだと!? つーか妹じゃなくて弟だろ!! 俺! 男!!」
「いた、いたた。ペシペシするのはやめてくれないかな。ごめんってば」
だから、初めて見た時は本当に驚いた。
きっと今も……あいつとサンを、重ねてるんだと思う。
結局、サンには嘘をついてしまったけれど。
「帰ろう。サン」
……言えないよなぁ。
「ん、ご主人」
───はい。お兄さま。
……死んだはずの妹にそっくりだ。なんてさ。
次回で一章は終わる予定です。
その次からは二章に入ります。閑話(日常回)を挟むかは悩み中です。