ワームを討伐してから、二日後。
「イリオス殿、サン殿! お久しぶりでございます!!」
「……なんでここがわかったんだよ」
「そういうやつなの。久しぶりだな、アニス」
ニィナと外食に来ていた俺たちは、どこからともなく現れたのはアニスに驚かされていた。
「お友達ですか?」
「いえ、付きまといです」
「おやおや、そのようなことを言ってよろしいのですか? ……わたくしがせっかく苦労してこちらを手に入れましたのに」
アニスが懐から取り出したのは、書類と一枚のカード。あれは。
「身分証!」
「ええ、手に入れましたとも!」
「結局、どうやったんだ? 国民IDが実用化されてない発展途上国にでも行ったか?」
「そちらはギリギリアウトというか、場合によっては普通に犯罪でございますね……」
ご主人、なんでそんなこと知ってるんだろ。
……だ、大丈夫だよな? 前科とかないよな? 俺、これからこの人と旅をするんだけど。
「サン殿のことは記憶喪失。身寄りも頼れる者もなく、一人彷徨っていた子供ということになっております」
「な、なるほど……?」
「そこから色々面倒ごとをこなし、多少の制限はありますが身元はこちらで保証されることとなりました」
「ほんとありがとな、アニス……」
これがないと他の国にも行けないし、ダンジョンに入るたびに裸にならないといけないし。
やっと面倒がなくなる。それに他の国に行けば、ご主人の妹だって見つかるかもしれない。
「いえいえ、滅相もございません。料金相応の仕事をしただけでございます。わたくしは、ただの旅する行商人ゆえ!」
アニスはウィンクをして、お決まりのセリフをバシッと言い放った。
……あの仮面、やっぱ表情と連動してるんだ。ちょっとかわいいな。
「えっと、アニスさん、ですか? よろしければ、一緒にいかがですか?」
「いえ、わたくしは遠慮しておきます。仕入れがございますので」
「そうでしたか。ごめんなさい」
「いえ。……それに」
少し言いづらそうに、アニスは口を開く。いや、仮面で見えないけれども。
「せっかくの壮行会。わたくしはお邪魔虫でしょう?」
「……そ、んなことは」
「そうこうかい……」
そう、だよな。いつまでも、この場所にいるわけにはいかない。
この辺りのダンジョンは、あの四つしかなかった。危険性を考慮して攻略が推奨されてたから、放置するわけにもいかなかったし。
「ダンジョンは攻略され、再び人は訪れます。ニィナ殿の店も、再度盛況することでしょう」
「……そう、ですね……おかげさまで……」
本来、この土地は探索者向けの地域ではない。移動の中継地点や、あるいは小旅行の観光先。せいぜいが、そのくらいだ。
探索者の主な収入は、ダンジョンの攻略で得られる魔道具によるもの。あるいは、魔物や鉱石の素材とか。ここには、その元になるダンジョンがない。
「では、わたくしはこれで」
「……あいつさぁ。みんな敢えて触れなかったこと全部かき乱してったよな」
「は、ははは……」
ワームの魔道具は、俺たちに必要ないものだった。売ったらそこそこの値段になった。
ご主人と仲良く半分こ。そのさらに半分は色々なお金を一部でも返済するために、ご主人に返した。
あいつの懸賞金も貰ったけど……一部は、供養のために。残ったお金は寄付した。
お金には結構余裕があるけど、いつまでもここにいるわけにはいかない。
……明日、ここを発つ。ニィナとは、そこでお別れだ。
「ニィナも、ありがとな。ご主人ってば胡散臭いから、ドラゴンだった頃は結構助けられたよ。優しそうだったし」
「うさんくさ、僕のことそんなふうに思ってたの……?」
「ふふ……ありがとう、サンちゃん。私はもうちょっとサンちゃんといたかったけど……やらなきゃいけないことがあるんだもんね」
そうこうしているうちに、飯が届き始めた。ついでに飲み物。
少しお高いけど、ほとんど居酒屋。ニィナは酒を飲むらしい。というか、飲める年齢だったんだ。
「ダメダメ、こんなしんみりしてちゃ。イリオスさんもサンちゃんも、笑顔で見送らなきゃ。乾杯しよっか」
「だな……あれ、ご主人。お酒じゃないの?」
「僕も、酒は少しね……」
俺はオレンジジュース、ご主人はなんか苦いお茶。ニィナはなんか、コーヒー牛乳みたいなやつ。
「それじゃあ、二人の無事を祝して、そしてこれからの旅路の成功を祈って……乾杯!」
「かんぱい!」
「乾杯」
別れに、涙はいらない。今はただ、強がってでも笑顔で別れを告げよう。
この別れが、永遠でないことを祈って。
◇
「いやだぁあああああああ!!」
「……その、ニィナさん?」
「イリオスさんもサンちゃんも行っちゃいやー!! 私またあのお家にひとりぼっち!!」
「ああ、ダメだ。完全に呑まれてる」
……うん。まあ、感情を吐き出すことも大事だよな。一緒にいたい気持ちは俺も変わりないし。
でも、お酒を飲むとあんなふうになるんだ。気をつけよ。
「イリオスさぁあん……!! 私のために、ダンジョンの攻略を……!! ありがとうごぁいますっ……!!」
「え、そうなの?」
「……ノーコメント」
戯言か、もしくはご主人の照れ隠しか。
「なのに、なのにイリオスさん帰って来なくって……!! 私のせいで……!! うぇええぇええええん……!!」
そっか。ニィナの宿、ご主人が初めてのお客さんって言ってたもんな。
……唯一の肉親だった母親が、他界。受け継いだ宿も、このままじゃ畳まなきゃいけない。そんな状況だったらしい。
「ヒーローだな。ご主人」
「……よしてよ。柄じゃない。それに、サンのおかげでもあるんだぞ?」
「え? ……あー……まあ、一応そうなのか」
そっか。俺も、ニィナの助けになれてたんだ。
「そっかぁ」
なんだか、誇らしいや。
「……それに、すごいのはニィナさんの方だよ」
いよいよ潰れたニィナを机に寝かせて、外套を布団代わりにかけていた。食器をまとめ始めたから、俺もそれを手伝った。
「突然肉親がいなくなって、僕とそう年齢も変わらないだろうに。その痛みも癒えないうちにたった一人で、店をなんとか立て直そうって。……あの弁当も、その工夫の過程で生まれたんだ」
「そうだったんだ……」
そっか。ニィナも、俺が思ってた以上にいろんなものを抱えてたんだな。
「報われるといいな」
「ああ」
俺がいなくても、ご主人がなんとかしてくれただろうけど……そう考えると、この世界に来てしまったのもそんなに悪いことじゃない。
……うん。ちょっとだけ、決めた。
「なあ、ご主人」
「ん?」
「もちろん俺たちは、自分たちの目的のために旅をする。ダンジョンを攻略するけど」
旅をする目的じゃなくて。旅をする意義を。
「俺たちの手が届く人たちは、ちゃんと助けてあげような」
「……そうだな」
ご主人は、何か懐かしむように頭を撫でつけた。ひっかいてやった。
◇
翌朝。
「昨日はすみませんでした……!」
ニィナは深々と頭を下げていた。
「か、構いませんよ。僕も本音が聞けて嬉しかったですし……」
「ニィナすっげー酔っ払っててウケたしな」
「サン」
「う、うぅ……!」
曰く、あの酒は甘くて飲みやすい割に度数が高いんだとか。どうでもいいけど。
とにかく、やらかしたなら盛大にイジって水に流すのが華だろう。
「……お荷物の方、部屋に残っていないか確認しますね」
「はい」
俺が人間の体を手にしてから、ご主人と部屋は別だった。
部屋にあった荷物は、全てまとめてある。綺麗に整えて出る時に、俺たちがいた痕跡がなくなっているのを見て……なんだか、胸に小さな穴が空いた気がした。
「サンちゃーん!! わすれものー!!」
「うげ」
「だから言ったじゃない」
「うるへーっ」
呼ばれたので部屋に向かうと、ニィナがベッドに腰掛けていた。
「サンちゃん、ここ。座って?」
「へ?」
自分の横を叩いてそんなことを言うので、大いに混乱した。忘れ物は?
「忘れ物は嘘。話したいことがあったの」
「……」
真剣な雰囲気だった。冗談の類じゃない。それがわかったから、横に座った。
「ごめんね、来てもらっちゃって」
「いいよ。話ってのは?」
「イリオスさんのこと」
ご主人のこと……? なんかあったんだっけ?
「……イリオスさんね。サンちゃんが来てから、明るくなった気がするの」
「……前は違ったの?」
「ううん。優しくないとか、そんなことはないよ。性格は今のまま、だけど……たまに、影が見える気がして」
ニィナの勘違い。では、ない気がした。何せ、ドラゴンの姿の俺とコミュニケーションを取れてたくらいだし。
「だから……サンちゃんは、イリオスさんに助けてもらってばっかりー。って、思ってるかもしれないけど……きっと、そんなことはないよ」
「……」
「……だから、ね。サンちゃん。イリオスさんのこと、よろしくね」
ニィナは、俺の手を握った。力強く、思いの丈を見せつけるように。
「イリオスさんのそばにいてあげてね。私には、できないことだから」
「……わかった!」
だから俺も、ニィナの手を握り返した。任せろって、安心させるように。
「それにしてもニィナ、ご主人のことよく見てるんだな」
「へ? そ、そうかな?」
「うん。俺は全然気づかなかったし」
部屋を出て、ご主人のところへ戻る途中。
「……じゃあ、そっちは私にしかできないことだね? サンちゃん」
ニィナは、そんな悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「おかえり。長かったな」
「ごめんなさい。ちょっとサンちゃんと話をしてて」
「話ですか?」
「はい。秘密のお話です」
秘密か。それを言われると弱い。
きっと内心そんなことを思いながら、ご主人はそれ以上踏み込まなかった。
「……それじゃあ」
「……はい。どうかあなたたちの旅路が、幸多いものでありますように」
ニィナは手のひらを、ピカッと光らせた。旅の安全と幸運を祈る、ただ光るだけの魔法。
「行ってらっしゃい。イリオスさん。サンちゃん」
「行ってきます」
「またな!」
それを皮切れに、歩き出す。もしかしたらこの道は、二度とニィナと交わらないかもしれない。
「……ニィナっ!!」
「……!」
だから、後ろを振り向いた。
ニィナの目には、涙が浮かんでいた。だからご主人は、振り返らなかったんだろう。関係なかった。
「だいじょーぶ!」
だって、伝えなきゃ伝わらないだろ?
「俺は頑丈だし、ご主人は頭いい! ぜってー死なないから! 呪い解いて元の体に戻って妹見つけて、そんで元の世界に帰る前に絶対ここにまた戻ってくる!! また会おう!!」
今ここで、全部伝えないと。
「だからそんときまで元気でな!! ひとりぼっちなんて思うなよ!! たまにこっちから電話かけるし!! 文通でもいい!! 風邪引くなよ!! またな、ニィナ!! 行ってきます!!」
ニィナは、涙が混じった声で何かを話していた。
全部。一つ余さず、この耳に残した。
「……寂しいな」
「……ああ」
その姿も見えなくなる頃。こっそりと、ご主人にそう呟いた。
必ずまた、戻ってこよう。全ての願いを叶えた頃。
「そんで、ご主人。これからどこに行くの?」
「北の方だな。ここからなら、汽車が通ってるはずだ、けど……節約のために、馬車で行こう」
そんなに遠くないし、のんびり旅を楽しもうか。そう言いながら、ご主人は地図を開いた。
「ここだよ、サン。次の国は。救国の英雄譚発祥の地にして、大規模ダンジョン群「魔窟」が存在する、探索者の国」
たくさんの黒丸で囲まれた文字。
しかし指差した先は、それがなかった。
「魔国、シーカスケイヴだ」
次の国は、どんなことが起こるのかな。
◇
同刻、某所。
「いやぁ、助かりましたよ」
手綱を握りながら、男は一人の人物に話しかけていた。
「まさか大規模な落石で道が塞がれてるとは……」
「構いませんよ。どうせ私も通る道だった。それより、乗せてもらってしまい申し訳ない」
「いえいえ、せめてもの恩返しです。私の目的地までになりますが。探索者様は、どちらまで?」
「……魔国。シーカスケイヴまで」
荷台の中で、女は少し間を置いて答える。
「シーカスケイヴ? ……ああ、あの魔窟がある……確かに、貴女様なら攻略も容易でしょうね。やはり、魔道具が目的で?」
「あァ、今回はそのために向かうわけでは」
「……?」
探索者が、果たしてその目的以外で何をしに行く?
そんな男の意図を感じ取って、彼女は。
「……ちょいとばかり、愚弟子に会いにね」
鬼神のように歯を剥き出しにし、凶暴で、凶悪で、凶険な笑みを浮かべた。
これで一章は終わりです。
迷いつつですが、このまま二章に入ります。そのうち閑話が挿入されるかもしれません。