無意識に口から飛び出た、過去の英雄の名。
目の前の少女はそれを受けて否定するわけでも、動揺するわけでもなく。
「そうじゃ……我が名はソラ。だが、それがどうした? 怖気付いたのなら
その通り。自分こそがソラである、と、肯定してみせた。
「ここから貴様の息の根を止めるのに、一秒も必要ないぞ……!?」
「っ……!」
本気だ。本気の怒りだ。
背筋が凍る。幾度も経験してきた、死の淵に瀕する感覚。
次の俺の言動次第では、こいつは躊躇なく刀を振るうだろう。
「誤解です。話を聞いてください」
「……妙に落ち着いておるのぉ」
まあ、だからなんだという話だけどね。
「言った通り、誤解ですから。話を聞いてくれませんか?」
「断る。まずはあやつにかけた呪いを解け。できない事情があるならそのまま話せ」
「えぇと……僕がかけた呪いではない、と言いますか……」
「……」
ソラさんは刀を宙に放り投げた。それは一瞬で、煙のようにどこかへ消えてしまった。
……固有魔法、か?
「童に事情を聞く。妾が戻るまで、そこを動くなよ」
「……はい」
多分、動いたらバレるんだろうなぁ。末恐ろしい。
「お客さん、すげぇ人に目ェつけられたな。なんか悪いことでもしたか?」
「はは……多分、誤解なんですけどね」
「そか。焼き鳥サービスしてやるよ」
さっきの店主さんが動けずにいる俺を見かけねて、追加で一本焼き鳥をくれた。これはサンにやろう。
「あの人、何者なんです?」
「なんだ兄ちゃん、しらねぇのか? あの人はな……」
どうせ暇だ。しばらくの間、この人に話を聞くとしよう。
◇
ええと。正直、俺も。俺もさ? この世界に慣れてきたと思ってたんだよ。
なんだかんだ、ダンジョンも攻略したし。
でも、流石にこれは予想外というかなんというか。
「ここどこだよぉ……」
一瞬の出来事だった。
焼き鳥を受け取るご主人の後ろ姿を見ていたら、視界がブレて強い衝撃。気づいたら、ここに。
部屋の中は、何の変哲もない部屋。机と椅子とベッドがあって、窓には植物が飾られている。
「せめてなんか変哲があれよ……」
逆に怖いわ。鍵閉まってて外にも出れねーし、なんなんだよここ。
「おお! 起きておったか! いきなりすまなかったのぉ!」
「っ!?」
立ち尽くしていると、突然扉が開いた。
奥からは、白髪の女の子が一人。俺と同じように、ツノと翼、あと尻尾が生えてる。
……竜人?
「それにしてもヌシは頑丈だの! 魔法で守ってやる必要もなかった! 将来が楽しみじゃな!」
「え、えと」
「おっと、紹介が遅れたな。妾はソラ。ヌシと同じ、竜人族の一人じゃ! 同胞を見るのは初めてかのぉ? 妾も同族に会うのは久しぶりじゃ!」
なんだこいつ、めっちゃグイグイくる。
あと頭撫でんな、鬱陶しい。なんでみんなして俺の頭を撫でたがるんだよ。
「そ、『ソラ』?」
『ソラ』……『空』? 日本語?
「うむ! 童、名は?」
「え、サン……」
ほんとは違うけど、身分証にこう記載されてるからこれで名乗るしかない。
「おお、素晴らしい名前じゃ! カッコイイのぉ! その名をつけたのは誰じゃ?」
「ご主人が……って、そうじゃなくて! ソラ! だっけ!?」
「む?」
「『日本』って知ってるか!? あるいは、『地球』とか!」
『空』。明らかに、日本語の発音だ。
ひょっとして、ひょっとすると。前世との繋がりが。
「『ニホン』? 『チキュウ』? すまんのぉ、若い者の言葉はよくわからなくて……」
「……そ、っか。そうだよな」
「名付けをしたのは『ゴシュジン』だったか? うむ! きっとその者は、サンの幸福と未来の安寧を祈っておったのだろう!」
……大丈夫。きっと元の世界には戻れるさ。魔道具があれば、きっと。
「それより、サン。ヌシにいくか質問をして良いかのぉ?」
「いいけど、っつーかそれより! ご主人は!? というかここどこ!! 俺を攫ったのお前か!?」
「あー、その辺も質問が終わったら教えるからのぉ……どれ」
「なっ……!」
パチ、と首元から音がした。チョーカーが外れていた。
いや、外された。見えなかった。
「やはりのぉ……」
「っ、見んなよ……!」
あんま人に見られたいものじゃないのに。
恨めしいと睨んでいると、ソラと名乗ったそいつは俺の額に手を当てて。
「すまなかったな。許せ。質問が終われば全て説明するからの」
「……」
「さて、まずは……ヌシにこの呪いをかけたのは、あの男か?」
「違う」
ご主人はそんなことしてない。
「それに……確かにご主人と従魔契約することになったけど、それで嫌なことなんてほとんどされてない」
「……ふむ。嘘はない、か」
意図はなんとなく読めたけど……いきなり攫われて、嫌なとこ見られて、ご主人も疑われて。少し腹が立ってきた。
「大体、お前は」
「うむ! これは、あれじゃの!」
俺の話を遮って、ソラはにっこりと笑顔になり。
◇
「ほんっとうにすまなんだ……!!」
「か、顔を上げてください!」
変わらず串焼き屋の前にいたらしいご主人の前で、深々と頭を下げた。
「どうする、ご主人。一発殴っとく?」
「しないよ! 誤解は解けたんだし、それでいいじゃない」
「だってよー……」
先に話を聞くべきじゃないのか、あの場面。
「その、久方ぶりに同族を見かけて、嬉しくなっての……? じゃが、サンには何か呪いがかけられていたようで……奴隷にでもされたのかと……」
「奴隷?」
この世界、奴隷とかいるの? というか俺、世間的に奴隷なの?
ご主人の方に目線を向けると、彼は首を振った。
「昔はあった。けど、今は世界でもほとんどないよ。……だから僕の世間体はやばいんだ」
「街中で首輪をつけて連れ回しながら肉棒を押し付けて……とんだ鬼畜変態ぷれいをかますろりこん野郎かと……!」
「首輪はチョーカーで、肉棒は焼き鳥な!!」
なんなんだ、こいつ。
「ちょおかぁ……なるほど、それはファッションか。改めて、すまなかった!!」
「まーご主人がいいなら俺はいいけどさー」
俺もちょっと怒りすぎたかな。
謝ってるんだし、一応俺を助けてくれくれようとした? みたいだし。
「何か詫びを入れさせておくれ。妾にできることなら、なんでもしよう!」
「や、やめてください! というかいい加減頭あげて! 僕は気にしてませんから!!」
流石にこんな天下の往来で頭を下げられては、こちらもたまらない。
ご主人がソラをなんとか宥めるが、彼女は腑に落ちていない様子だった。
いきなり刀を突きつけたらしいし、向こうとしてもごめんじゃ済まないよな……あ、そうだ。
「なあ、ご主人。探索者連盟の場所ってわかってるの? この国で登録するんでしょ?」
「え? ああ、いや……街にある地図を使うか、人に聞こうかと」
「じゃあさ、ソラ。俺たちのこと、そこまで案内してくれよ」
「ああ。それはいいアイディアだね。ソラさん、お願いできますか?」
ご主人と一緒に頼んでみると、ソラは拍子抜けしたような表情をした。
そんなことを頼まれるなんて、思ってもいなかった。と、顔に書いてある。
「……この妾を前にし、そんなことを願うのか?」
「え? うん」
「そうか……」
そうして、彼女はくるりと背を向けて振り返り。
「変わってるの。ヌシらは。ついて参れ。ついでにじゃが、この街も案内してやろう」
どこか満足げに笑ってみせるのだ。
なぜかはわからなかった。とりあえず、言われるがままについていくことにした。
「ソラ様! 先日はどうも、ありがとうございます! これ、お礼を……!」
「おー構わん構わん。そいつはヌシの子に食わせてやれ。まだ体力も回復してないじゃろう」
「あ、ソラさん! 見てこれ、作った!」
「おお! 可愛らしい兎じゃのぉ! 才能がある! 大事にするんじゃぞ!」
「ソラ様ー! 新しい魔道具入荷したんで、よかったら見てってくださいねー!」
「また今度のー!」
ついて行くことにしたんだけど。めっちゃ話しかけられる。
「なー。ソラって有名人なの?」
「んぶっ……!」
疑問をそのまま口にすると、ソラはお茶を吹き出した。さっき知らない人からもらってたやつ。
「わ、妾のことを知らんのか!?」
「知らんのじゃ。だって初めて会ったし、この国に来たことないし」
「んなっ……! イリオスに続いて、一日で二人とは……!」
ぐぬぬと悔しがるソラを見て、頭に疑問符がまとめて十個くらい浮かび上がる。
有名人だろうとなんだろうと、別の国から来た人なら知らないんじゃ?
「わ、妾の姿に覚えとかは!?」
「ない。名前通りの『空色』だなーってくらい」
「なんでじゃあ!!」
すると後ろで、ご主人も少し困った反応。
何笑ってるのさ。ご主人だって見覚えなかったんだろ。
「サン、この人はな」
「よい!! ならば改めて自己紹介と行こう!!」
ソラはバサっと翼を広げ、自らの胸に手を当てて。
「我が名はソラ! ソラ・シーカー!! シーカスケイヴの探索者にして、当代を生きる「英雄」じゃ!!」
「英雄……って、救国の英雄譚の?」
いや、そんなわけがない。数千年前の話ってご主人が言ってたし。
ってことは、また別の英雄の一人ってこと?
「おォ、お婆様の伝説はきちんと他の国にも轟いているようじゃのぉ!!」
「……お、お婆様!? つーか英雄って結局何!?」
「サン、英雄っていうのはね。この国最高峰の探索者に与えられる称号や、名誉だ。一つの時代に、英雄は一人しか存在できない」
最高峰の探索者……確かに、目で動きが追えなかったりしたけど。
じゃあ、お婆様っていうのは。
「そして妾は救国の英雄ソラ、その唯一の孫娘というわけじゃ!!」
つまり、つまりだ。
ソラのおばあちゃんが、数千年前の救国の英雄ってことになる。だったら、それって……そんなのは……!
「え、ソラって何歳なの!!?」
「最初に言うことがそれか貴様ァ!!」
「はは……」
こいつはロリババアってことだ!!