英雄。この国で最高峰の探索者たる称号。
俺たちは、どうにもとんでもない人に道案内を頼んでしまったらしい。ご主人もびっくりしてた。
ご主人がソラ……英雄の存在を知らなかったらしいのは、意外だった。
本人曰く、海の向こうから来たからあまりこちらの大陸の事情には疎いらしいけど。
「よっし。たのもー!」
何が言いたいかってさ。
「『レイン』! おるかのォ!」
そんな相手に案内を頼むってのがどういうことか、俺もご主人もきちんと理解してなかった。
ソラは当たり前のように受付をスルーして、周りの人間も当たり前のように受け入れる。
そのまま上階に向かって、品格のある、明らかに権力者のための部屋をバァンと叩き開いた。
「おや、ソラ。お久しぶりです」
そんなソラの行動に狼狽することなく、穏やかな声色が響く。
くるりと後ろを振り向いて、彼はにっこりと笑う。
「お客人ですか?」
「ああ。というか何が久しぶりじゃ。一週間前に会ったじゃろ」
「おや。人間にとって一週間は長いですよ。親しい間柄ならば、特にね」
白髪の混ざった、壮年の男だった。丸いメガネは度が入っておらず、おそらく何かの魔道具なのだろう。
彼は落ち着いた動きで席を立ち、こちらを観察するように眺める。
「なぁ、ご主人……」
「……何も言うな」
途中でさ。おかしいなとは気づいたんだよ。だって、明らかに関係者以外立ち入り禁止のところに行ってるんだもん。
しかし、時すでに遅し。俺たちが疑問を呈することができたのは、すでに上階に辿り着いてからだった。
「竜人……ああ、失礼。不躾でしたね。私は探索者連盟シーカスケイヴ支部の長を務めさせていただいてます、『レイン』と申します」
「存じております……僕はイリオス……それと、こっちはサンです」
「サンだ……です……」
……『空』に続いて、『
多分、またなんかの偶然というか……聞いても、知らないって言われちゃうんだろうな。
「それで、ソラ。この方々にはどんな迷惑をかけたのですか」
「なんで迷惑かけとる前提なんじゃ!! 妾のイメージどうなっているんだ貴様!?」
「違うのですか?」
「あっておるけども!!」
何も反論になっていないソラの反論を聞いて、支部長、レインは慣れたように微笑む。
「ああ、お二方。そう緊張せずに。礼節は大事ですが、重んじるべきはそう在ろうとする心遣い。完璧は求めませんよ」
「そーそ。こやつ相手に緊張する必要などあらぬよ」
「ソラはもっと緊張感を持ってください」
「かかかっ! んな感情、とっくの昔に消え失せたわ!」
ケラケラと笑うソラに、レインは呆れたような顔をした。
なんというか、この二人はいつもこんな感じなんだろうな。関係性が見える気がした。
「さて、イリオス君。それに、サン君でしたね。私に何か用が?」
「え……と……」
「用、というか……」
ご主人と、顔を見合わせる。
言いづらいけど、言うしかない。同時に行こうと、レインの方を向き直して。
「「連盟の会員登録に」」
「……」
レインは無言でソラの方を向いた。彼女はどこから取り出したのか、煎餅を貪りながら。
「どーせなら顔も売ってやろうと思って」
「……ソラがご迷惑をおかけしました」
あっけらかんと言ってのけるので、レインは間髪入れずに謝罪をした。
「あー待て待て冗談じゃ。その二人には特殊な事情があってのぉ」
「事情、ですか?」
「そうじゃ。協力してはくれぬか?」
事情。というのは、俺がご主人の従魔になった一連の流れのことだろう。
先程の事情聴取で、ソラには全てを話してある。
身分証のこともあるから記憶喪失だ、って体で話そうとしたけど、なぜかことごとく嘘が看破された。
「……と、いうわけでな」
「なるほど、異世界……にわかには信じられませんが……」
「まァじゃろうのぉ。ヌシは頭が硬いからの」
「人はそれを真面目だと言うんです、全く……」
ソラの話を聞いて、レインは少し困っていた。
そりゃそうか。逆の立場で考えればわかる。すぐに信じてくれたご主人、ニィナとソラがおかしかっただけだ。
「じゃからの。とりあえず、連盟への登録は他のものに任せるとして。可及で、呪いを解く魔道具が欲しい」
「うぅむ……サン君。少し失礼。契約紋を見てもいいかな?」
契約紋? なんじゃそらよとご主人を見ると、彼は自分の首元をトントンと指で叩いた。
なるほど、首元のあれ……嫌だなぁ。従わされてるんだって見せつけるみたいで、すごく屈辱的なんだよ。
「……ふむ」
見せるんだけどね。
首元のチョーカーをとると、レインはメガネの横を押下した。なんか魔法陣みたいなのが出てるけど、なんなのか俺にはわからん。
「あいにく、本支部の所持でこれを解除できる魔道具はありませんね……」
「え……」
ない、って……まじか。だって、そんな。
そんなに珍しいものなのか? 呪いを解く魔道具って。
「そもそも、呪いの本質は魔道具の効果そのものです。対象に害をなすものを、我々の裁量でそう呼んでいるだけ。つまり呪いを解除するためには、魔道具の効果を打ち消す魔道具が必要になります」
「……」
「これが、ダンジョン産の魔道具には珍しい。何より……元になった魔道具が破損、紛失していること。魔道具が壊れても維持される、強力な呪い。よほどのものが使われているのでしょう」
「なんでんなもん持ってたんだよあいつ!!」
あの全身まっくろくろすけ!! ふざけやがって!! そんな希少な魔道具を俺相手に使ったってのか!!
「ですので、対処方法としては反対の効果を発生させる魔道具や……あとは、解呪ができる者を探すことでしょうか」
「そんな人がいるんだ」
知らなかった。
……どっちにしろ、俺の呪いが解けるのはまだまだ先らしい。
はっきり言って、ダンジョンをいくつか攻略すればできると思ってた。でも、道のりは長そうだ。
呪いだけじゃない。元の姿に戻るのも……元の世界に帰るのも。
「珍しいソラの頼みです。こちらでも、解呪の魔道具は探しておきます。無論、タダでお譲りするわけにはいきませんが。異世界の文献についても、個人的に調べておきましょう」
「ありがとうございます」
「ありがとう! ……ございます!」
でも、一歩どころじゃない。すごい前進だ。
だって、探索者連盟の支部長が協力してくれるんだから。すごくラッキーだ。
「それと、イリオス君の妹君についても」
「……はい」
「捜索願は、すでに提出されていたようですね」
見えない何かを手で動かして、レインはほお、と目を細めた。
そしてその内容をよく見て。さらに、何度かこちらを見て。
「……イリオス君」
「わかってます」
ご主人の言葉を聞いて、何か神妙な顔つきへと変わった。
「……ええ。では、引き続きこちらでも捜索には協力いたしましょう」
カチ、とメガネをもう一度鳴らした。あれ、ちょっとかっこいいな。欲しい。
「せっかくですので、お茶でもどうぞ。連盟の所属に必要な書類も、ここで記入して行ってください」
「話が早くて助かるのぉ。ヌシのそういうところは好いておるよ」
「はいはい。そういうのはせめて、もう十年前に言って欲しかったですね」
わからないところはご主人に聞きながら書類に記入して、二人の会話に耳を傾ける。内容は、他愛のないものだった。
しかしこういうこと言ってるってことは、やっぱり見た目と実年齢が噛み合わないんだよな……うぅん、気になる。
今の俺の体は竜人。ソラが長生きなんだとすれば、おんなじだけ生きる可能性もあるわけで。
「パパ上。お茶持ってきた」
「おや、『スノウ』。ありがとうございます。ほら、皆に挨拶を」
扉から現れたのは、眠たげな目をした可愛らしい少女。
髪が薄紫色だ。この世界、みんなカラフルな髪色してるよな。
「初めましてです。私は『スノウ』だ、です。パパ上、探索者連盟支部長の娘だ、です。ひれ伏せ平民」
「スノウ」
スノウ。雪の名で呼ばれたその少女は、小さく笑みを浮かべた。
娘……という割には、ずいぶん歳が離れてる。スノウは十歳くらい? ちっこい。
「一人娘です。時折こうして、お仕事を手伝ってくれるんですよ」
「ふんす」
少し偉そうだけども。
「お客人、お茶をどうぞです。ババ上も。ババ上のお茶は熱くしておいた」
ババ上? ババ上ってなんだ。
ババ……ばば……婆。ババアっつったか今この子。
「こ、こーらスノウ? 妾を呼ぶときは姉上、あるいはお姉様じゃといつも言っておろう?」
「……姉上? ババ上が?」
ソラの指摘に、スノウは少しの間考え込むそぶりを見せて。
「ふすっ」
「おうこら貴様童女こら」
鼻を鳴らして笑ってみせた。
「ババ上若作り。キチィな」
「レインァ!! どうなっとるんじゃスノウの教育はァ!!」
「スノウ」
「はーい」
これは、あれか。多分大人の反応を見て揶揄ってるだけだな。俺も小さい頃、気を引きたくてやった気がする。
俺もまだまだガキだけど、このくらいの子を見ると子供らしいなぁって微笑ましく感じる。
「お客人。サンにイリオス。気をつけた方がいい。ババ上は私が物心ついた頃から見た目が変わらない。所謂ロリババア」
「ろりがなんか言っとるのぉ!!」
「それだけじゃない。パパ上が子供の頃から一緒。当時の写真をアルバムで見たことある」
「っ……!! レイン!! レインッ!! 見せたのかあれを!!」
やっぱクソ生意気なガキかも。
止まらないなこの子。ずっとエンジン全開だ。
「イリオスは顔がいい。サンも可愛らしい。美貌も才能の一つ。砂糖を多めに入れてあげる」
「あ、僕は……甘いのは少し……」
「むー」
レインに抗議しているソラをよそに、スノウが追加で砂糖を持ってきてくれる。
ご主人が断るとスノウは不満げな顔をし、ご主人の方へ運んだ山盛りの砂糖入りのスプーンをそのまま自分のものに入れた。
……あれ、二匙目だよな。入れすぎな気がする。
「ババ上は実際、私たちよりずっと年上。竜人の中でもロリ体型。あれでも、婚期はすでに逃している」
「誰がじゃ!! おい!! 誰が婚期を逃しただとォ!?」
「実際、二百年以上前にもソラの記述は」
「わー!! わー!! わー!!」
「スノウ、いい加減にしなさい」
レインに叱られると、スノウは少ししょんぼりとして部屋を出ていった。
嵐のような子だったな。俺としては、気になっていたソラの年齢にヒントをくれたから拍手してあげたい気分だ。後で会いに行こう。
「……サン。そしてイリオスよ」
「は、はい」
「どした」
「違うんじゃよ。竜人の寿命は人間に比べ、長い。後百年以上寿命も残っておる……つまり、の? 妾は人間で言うと、実質ゼロ歳児なのじゃ」
「無理があるだろ」
仮に実質ゼロ歳児と言われたとして、嬉しいかな? それ。
◇
なんて、ことがありつつ。
なんだかんだ連盟への登録は滞りなく済ませ、ご主人と宿へ。
「なんか……どっと疲れる一日だった……」
「ははは……」
流石に部屋は別だけれど、寝る前はご主人の部屋にしばらくいることにしてる。眠くなるまで。
夜、一人になるのは嫌なんだ。余計なことばっかり考えちまう。
「明日休みたーい……」
「聞いてあげたいところだけど、そうもいかない。ダンジョン攻略をしないと」
「んー……そりゃそうだけどさぁ」
魔窟かぁ。あのクソでかいダンジョン群。この前のワームのダンジョンもデカかったけど、あれとは比べ物にならない。
ちょっとワクワクもするし、中で迷子になったらどうしようって怖さもある。
「そういや、この国にはどんくらいいるの? 気が早いけど、次の国にも行かないとだろ?」
「うーん……そうだなぁ。レインさんが魔道具と異世界の調査をしてくれるらしいし、少なくともそれまではこの国にいるつもりだよ」
「じゃ、結構のんびりだ」
「そうだな。明日もダンジョン攻略だけど、まずは中の様子を見るだけに留めよう。旅の疲れもあるし、昼過ぎからでいいか」
「やった!」
しっかし、今日だけで色んな人に会ったなぁ。レインにスノウに、何より……ソラ。
竜人族。竜の特徴を持つ人間。ドラゴンの血を引く、って噂もある。
なんで俺がそれになってるのかはさておいて、現存する竜人はかなり珍しい……だったよな。
「そういや、ご主人さ。ご主人っていつ連盟の会員になったの?」
「結構最近だよ。ここ数年くらい。師匠が紹介してくれたんだ」
「師匠?」
「そう。僕に探索者のいろはを教えてくれたんだよ。……一方的に」
ぼそっと呟いた一言が気になったけど師匠、師匠かぁ。
俺にとってはご主人がそうなんだろうけど、ご主人にもそういう人がいるんだ。
師匠、いいよな。仙人みたいなおじいちゃんでも、なんなら子供だっておいしい。
「さ、今日はもう寝よう。サンも、明日に備えて」
「あ、待って。最後に一個だけ。ご主人の師匠ってどんな人?」
「んー……そうだなぁ。一言で言うと」
ご主人はなぜだか苦い顔をして。
「氷結の女オーガ」
「なんじゃそりゃ」
訳のわからないことを宣った。
いろいろとトラブルが起こり、更新が遅くなりました。(カバンを駅に忘れた)
申し訳ございません。