魔窟に発生した緊急事態。
即座にレインに通達された情報、ソラの失踪は、彼らの中だけで秘匿されることとなる。
魔窟の異常は明白。そんな状況で、英雄の子孫が行方不明者。大衆が恐慌に陥ることは明白。
連盟は原因を究明するべくダンジョン内部の調査を実施。
「ババ上……帰ってくるよね……?」
彼女の現状を知る者たちは、皆一様に祈りを捧げていた。
彼女がいなくてもできることはある。しかしそんなことを抜きに、この国には英雄が必要なのだ。
そんな願いの下で、ソラは。
「かかかっ! いやぁ、負けたのぉ!! 全くいつもぶりじゃ、こんな大敗を喫するのは!!」
これでもかと元気だった。
「そ、ソラさん……大丈夫なんですか、それ……!?」
「ぬ? ああ、この刺し傷か。阿呆、この程度で死ぬタマではないわ」
───思いっきり腹から血が出てるんですけど。
イリオスは、言葉をグッと飲み込んだ。
サンも肋が内臓に突き刺さっていたが、今は回復している。竜人はそういうものなのだろう、と。
ウェイラの氷魔法と、ソラのブレスの衝突。
直後己の敗北を理解したソラは、イリオスとサンを連れての避難。地下ダンジョンへの退避を優先した。
「ソラ……それ、俺のせいで……」
「あー違う違う、気にするな。油断した妾が悪いからのぉ。それに、今更こんなもので痛みは感じぬ」
強がりでもなく、事実でもある。
ソラとて探索者。痛みには慣れているのだ。
「ま、傷は良い。どうせすぐに癒える、の」
糸と爪で、強引に縫合を行うソラ。
その後、火魔法で止血をしようとして。
「問題は、こちらだのぉ」
それは叶わなかった。
「魔法がほとんど使えぬ……あの刃、魔道具か」
「師匠の切り札の一つ。《
「ともごろ……?」
「ソードブレイカーの形をした魔道具だよ。魔力を込めて、刺すことによって効果を発揮する」
───ああ、めっちゃ心当たりあるのぉ。
ソラは内心、苦笑いをする。
あの切り札を当たり前のように持ち出し、銃と筋力で意識を逸らされた。
紛れもなく、自身のしくじりである。
「効果はシンプル。刺した相手の魔力を大幅に削り、自然回復を封じる。魔法を使えなくする力があります。代償として、自分も同じ効果を受ける」
「ふむ……やはり、そうか」
単純に考えるならば、刺したら勝ち。
しかし魔力の封印など、複雑な効果が伴う魔道具は代償を伴うことも珍しくない。
特に、魔道具としての格。そこまで高くない割には、ソラに突き刺さるほど強力な呪い。
相応の代償があるとは見込んでいた。
「だが、あやつはその程度理解した上で使っているのだろう? だとすれば、踏み倒す手段程度持っていそうなものだのぉ」
「そこばかりは、なんとも……師匠があれを使っているのを、僕は初めて見ました」
「ふむ。妾はそれほどに警戒されていたか。光栄なことじゃのぉ」
だが、その対策も用意しないはずがない。
「おそらく、いや間違いなく。今の妾ではあやつに勝てん」
それが、ソラの出した結論である。
であるから、サンとイリオス。それとついでに、自分を呼んだ仮面を連れて逃げてきたというわけである。
「というか、あやつはどこへ行った……?」
「アニス」
「はい!」
「帰れ」
「酷い!?」
「なんじゃそれは……」
一瞬で現れたと思ったら一瞬で消える。
めまいを覚えたが、ソラは深呼吸をして無かったことにした。英雄は英雄であるから、現実逃避だってできるのだ。
「まあ、つ、ま、り、じゃ! ひた隠しても仕方ないから言うとのぉ! ……このままではサンは殺される」
「っ……!」
全員が触れないようにしていた事実。
イリオスは目撃していた。紛れもない、頂の戦い。
同時に、理解した。自らの師に対し、勝ち目がないことを。
「……」
そしてそれは、サンも同じ。
自身の腹に走る痛みは、未だにその存在を強く主張している。
一体あの一撃で、どれだけの傷を負わされたのか。果たしてそんな相手から、逃げ延びることができるのか。
「僕がさせません」
「……頼もしいのぉ」
自らの主の言葉を嬉しく思うと同時に、どこか冷静に俯瞰しているサンがいた。
あの怪物に、イリオスでは逆立ちしたって勝つことができない。
「……ダメだ。そんなの……ご主人まで、殺される……」
「……まぁ、そうかもね。師匠は躊躇がない。大義さえあれば、僕のことも容赦なく殺すさ。けど」
「うむ。であるから、そうならないためにの」
ソラはどこからか、刀を取り出した。それを地面に突き刺して。
「妾がヌシらのことを鍛えてやる!」
「……へ?」
「は?」
そんなことを言うので、イリオスもサンも疑問の声を挙げるしかできなかった。
「む、おかしなことを言ったか? 現状では勝ち目がない。であれば、勝てるように鍛えれば良いだけじゃ」
「いや、そうかもしれませんけど……」
「妾とて、ただ逃げたわけではないわ。あやつに与えた傷も含めて考えれば、一ヶ月半は猶予があるのぉ」
───実際には二ヶ月くらい稼げるはずじゃがのぉ。
ダンジョン内にソラが仕掛けた偽装や罠。加えて、ここは魔窟の奥深くに位置する地下ダンジョン。
ただ辿り着くだけでも時間がかかるのに、広大な魔窟からこの場所を見つけることは難しいだろう。
「勝ち目、ないだろ……」
「あるよ。今この場所が見つかっていないのが証拠じゃ」
魔法を使えるのなら、あらゆるダンジョンをぶち壊してこの場所を見つけにかかるだろう。先の決戦のように。
だが、それをする様子さえもあるのだから、現状魔法は使えないと考えるのが普通だ。
つまり、完全に魔法が使えるわけではなく、何かしらの制約の元に魔法を復活させていると考えるのが妥当。
「妾がヌシらをめっちゃ強くしてやろう。あやつに勝てるレベルまで。無論、妾も戦闘に参加するから心配は要らんよ」
「え、ソラさん……今、魔法は使えないんじゃ」
「ほとんどな」
ソラは掌を掲げた。直後、周囲に風が吹き荒れる。
撃ち放たれた斬撃は、そのまま天を穿って鳥の魔物を撃ち落とす。
「ま、強引になら使えなくもないわ。出力は大幅に下がっているがのぉ」
「えぇ……」
やはりと言うべきか、とんでもないな。
再認識させられながら、イリオスは一縷の希望を抱く。この人なら、あるいは、と。
「……」
しかし、サンは。
「サン? 大丈夫か?」
「へ? あ、う、うん! おう!」
「……聞いてた?」
「い、一応。要は修行つけてくれるんだろ? ありがたいけど、飯はどうすんの?」
「まずそこかぁ」
らしいと言えば、らしい。
まだ出会って数週間。しかしイリオスは、サンの行動指針は理解しつつあった。飯である。
「……」
「無言で撫でんな。引っ叩くぞ」
───やはり。この子が世界を滅ぼすだなんて、思えない。
あのバケモノは、いずれこの世界を滅ぼす。ウェイラの発言。
イリオスはまだ、誰にも言えずにいた。否、誰にも言うつもりはなかった。
ウェイラがサンを殺しにくる理由も、「考えても仕方ない」と。偽って、流すだけしかできない。
「おい、やめろ。やめろって。やめ、やめろっ!」
「いたっ」
「フシュゥウウウウウウ!!」
「猫か、君は。……ごめんよ」
それを今サンに伝えることが、どれだけ彼女の心を傷つけるか理解していたから。
この事実を、墓まで持ち去るつもりでいた。
「おーおー乳繰り合うな若者共。飯ならそこら中にあるじゃろ」
「乳繰り合ってねーし気持ち悪ィ!! ……というか、そこら中にって?」
「ほれ。こいつとか」
ソラが先程撃ち落とた魔物。彼女はそれを持ち上げて自信満々に飯だと言った。サンはキレた。
「食えるか!! ……え、食えるの!?」
「食えるよ。ダンジョン内の魔物もな」
「魔物自体は食べれるけど……野生だと、食あたりの危険性があるかな……」
昔それで地獄を見たからわかる。
イリオスは思い出と共に言葉を飲み込んだ。もう住民票をトイレに移すような生活はこりごりなのだ。
「心配するな、妾はその道でもぷろじゃ。これでも長く生きておるからのぉ」
「へー。いくつなの?」
「実質ぜろ歳じゃ!」
「そっか。すごいな」
「貴様」
思い切りサバを読みながら、ソラは一冊の本を魔道具から取り出した。
「ここにレシピや魔物の情報はまとめてある。心配なら目を通しておけ」
「あ、俺は見てもわかんないから良いや。飯がうまければ良い」
「うむ、そこは保証するぞ! 竜人はぐるめだからのぉ! 妾も例には漏れん!」
「マジで!? 俄然楽しみ!!」
魔物を狩って、食う。イリオスとしては、少し忌諱感がある。
しかし目の前のドラゴン娘二人はキャッキャと喜んでいるので、全てを諦めた。彼は我儘娘の対応に慣れているのである。
「目標は一ヶ月半後! あの女、ええと……名は確か、ウェイラだったかの? ヤツを討つ! そのために修行と作戦を立てるぞ! イリオス、ヌシには色々情報を聞きたい!」
「はい。僕がわかる範囲でなら」
「うむ! それまではしばらく、ダンジョンに篭るぞ! 外に出たら殺されかねんからの!」
「怖いこと言うなよ……」
目標と方針は決まった。
縋るにはあまりにもか細い糸だが、それでも希望がゼロだった頃よりはマシ。
「でも、いいんですか? ソラさんがいなくなって、今頃大騒ぎなんじゃ……」
「妾が長くダンジョンに潜るのは珍しくもない。それに、レインは民への公表はしないだろう。連盟の一部は心配するじゃろうが、皆大人……それに、スノウなんかはアホみたいに図太いから大丈夫じゃろうしのぉ」
実際には全然そんなことはなかった。心配で飯が喉を通っていない。ぺしょぺしょである。
それがわかっているからレインもスノウには伏せていたのだが、彼女は小さな体であらゆるところに侵入する情報通だったのである。
「明日より修行に入る。今日は体を休めるが良い」
「はい!」
「お、押忍!」
そんな思いを露知らず。ソラはダンジョンに篭ることを決意したのだった。
◇
眠い。昨日は色々あって、結局よく寝れなかった。
「ふぁ……」
「サン、眠れなかったか?」
「うん。ご主人は?」
「僕は慣れてるから平気さ」
慣れとか、そういうんじゃないんだけどな。
……よく寝れるな、ご主人。今日にだって、殺されちゃってもおかしくないのに。
「……?」
「なんでも。朝ごはんは?」
「サラミとチーズ、あとパン。パンは痛みやすいから先に食べちゃおうか」
「う……」
つまりこのパンを食べたら、しばらくパンにはありつけない……チーズにも。
とても悲しい。味わって別れを告げるとしよう。
「さ、サン……? 泣きながら食べてる……」
「おいしい……」
口の中パサパサするけど、ご主人が付け合わせで作ってくれたスープが沁みる。あったかい。安心する。
「む、朝食……食ってしまったか……」
「あ、ソラ。おはよう」
「うむ、おはよう。しかし、伝え忘れていたのぉ……朝食は軽めにと言おうと思ったんじゃが」
もりもり食ってる俺を見て、ソラはしまった、と気まずげな表情をした。
ソラ、昨晩から見張りをしててくれたんだよな。大丈夫だって言われたけど、ちょっと申し訳ないや。
「なんで?」
「……んー……どうせ出ていくからというかのぉ」
「……?」
飯が出ていくって何さ。
まあ、どうせ言われてても食ったけどね。飯は心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ。
あと何回、朝飯が食えるかだってわかんないんだ。一日だって欠かさずに食ってやる。
「まあ、ヌシなら多分大丈夫か」
「……?」
「飯が終わったら外に来い。早速、修行に入るぞ」
「ふぁい」
肋は昨日の今日でくっついてる。ほとんどダメージは残ってない。化け物みたいだ、この体。
……そんなこと言ったら、あんだけ吹っ飛ばされて生きてるのも大概か。
「ぬ、来たな」
「来た」
「イリオスにはすでに昨夜、修行内容を伝えてある。ひとまず今日はヌシの方を見るとするかのぉ」
着いてこいと言うソラの背中を追って、歩いていく。
この森の中で、彼女の足取りは軽やかだった。
「サン。空は飛べるかの?」
「空を?」
その最中、ふとソラが話しかけてくる。
空かぁ。飛びたいけど、飛べないんだよな。翼を動かすことはできても、飛ぶことができない。
「滑空しか無理。なんかうまく飛べんの」
「やはりか。ヌシは確か、元は唯の人間じゃったのぉ」
「うん」
そう答えたところで、ソラは足を止めた。彼女はくるっと振り返って。
「そこがヌシの伸び代じゃ。魔法と竜人の肉体。そのどちらの潜在能力も、ヌシはほんの少ししか引き出せておらぬ」
「そりゃ……確かに、そうかも」
最初の頃に撃てた雷といい、機能しない翼といい……体を使いこなせてないって言われたら、その通りだと思う。
魔力量はご主人よりも多いらしいけど、魔法の威力は微妙だし。
「あの剣や装備を見た時点で違和感はあった」
剣と装備。どっちもウェイラにぶん殴られた時に壊れちゃったんだよな。せっかく貰ったのに。
「竜の翼は天を駆け、竜の甲殻は刃を砕き、竜の爪は黒曜石よりも鋭い。妾たち竜人にとって、武器や装備は不要。妾たち竜人は、五体そのものが武器なのじゃ」
「へぇー」
確かに、常々この体頑丈だとは思ってたけどさ。
「故に、剣は要らぬ。そもそもヌシは不器用そうじゃしの。素手で戦う。そのためにまず、竜人の肉体を使いこなす練習をする。心と体を一致させるのじゃ!」
「おお!」
なんかそれっぽい! それっぽくなってきた!
あれだよな、心・技・体全て揃っての武人みたいな!
「そのためにも、まずの!」
「うんうん、まず!?」
ソラは俺の両脇を掴んだ。そのまま飛んで森を抜けて、崖の方まで移動して。
「へ?」
「飛べ! 死にたくなければのぉ!!」
空中でクルクルと回転しながら、俺のことを思いっきりぶん投げた。
姿勢は制御できず、翼も空気も受け止めきれずに。
「へぶっ……!?」
俺はそのまま、潰れたカエルのように地面に叩きつけられた。
……絶対許さねぇあいつ。
明日は更新ができない可能性が大です。
申し訳ございません。