ウェイラに襲われてから、実に二週間。先の修行からは一週間。
「あぎゃあああああ!?」
俺はまた襲われていた。
「グルァアア!!」
「グルァじゃねぇよタコチンが!!」
襲いかかってくるのは、コアラがそのまま巨大化したような謎生物。右手にはユーカリでなく丸太を握っている。
「コアラはかわいいって相場が決まってるだろ!?」
「サン、そんなことはない!! そんなことはないぞ!! この世界のコアラはこんな感じなんだ!! 主食は臓物!!」
「なんだそのコアラの
目が血走ってるし、全長は多分四メートルくらいある。デカい。殺戮コアラと名付けよう、今決めた。
「っ、またか畜生ッ!!」
ぶん投げてきた丸太を殴って砕いて、反撃。
「って、ドゥハバッ!?」
しようとしたのに。ヤツは土魔法で地面を持ち上げて、そのまま挟み込んでくる。
「サン!!」
「この程度ッ!!」
スゥッと息を吸って、吐き出す。すると、口から出てくるのはただの空気だけで。
「だぁ!! クソッ!!」
「何やってるのさ、もう!!」
ご主人が魔法の刃で岩壁を切り裂いて、なんとか潰されずに済んだ。は、いいものの。
「ルゥッ!!」
殺戮コアラの拳は目前。両手で鉄槌を下そうと、大きく振りかぶっていて。
「上等だよこのやろォ……!!」
身体強化魔法の出力を、上げる。
あったま来た。隙だらけだボケカスが。
「あ、ちょっ」
電撃魔法を拳に纏わせる。少しピリピリと痛むけど、この程度なんら問題にはならない。
「これでも食いやがれェッ!!」
そのまま振り抜いて、殺戮コアラの腹に思いっきりめり込ませた。
「ふぅっ……」
「ふぅっ。じゃないわ、たわけが」
「うげっ」
地獄耳め。今度こそバレてないと思ったのに。
「魔法で倒さんか魔法で!! それでは修行の意味がないだろう!!」
「俺は拳に魔法を纏わせた!! つまりこれは魔法ってことだ!! 拳魔法!!」
「ないわんなもん!! せめて無属性魔法を使え!!」
だってこれよくわっかんねぇし。
「ったく、魔法の才はあると言うに……なぜそれをもー少し活かせんのじゃ」
「だって殴った方がはえーんだもんよぉ」
「おヌシにはこの方法があっていなかったかのぉ……」
ソラに課せられた修行内容は、ただ一つ。ダンジョンの攻略。
ただし、魔法のみで。
「ぶっちゃけ飛ぶのも簡単になってきたし、ステゴロ鍛えた方がよくね?」
最近は戦闘中、常に数センチほど浮いている状態を維持している。割と集中が必要だったけど、今ではほとんど無意識。
俺は魔法より体を動かす方が向いているのかも。
「ま、本来ならそうなんじゃがな。時間がない。今だけはその才の全てを勝利に注がねば、あの小娘に勝つ手段はないぞ」
本来であれば体と、魔法の基礎を鍛える修行で二年。魔法の理論を学ぶのには三年。さらにそこから発展させるためには、膨大な時間を要する。とのこと。
「残り一月で一人前になれずとも良い。獅子を殺せるのは虎だけではないからのぉ」
「つまり?」
「僕たちは強くなれずとも、師匠に勝てさえすればいいってことだよ」
流石ご主人、わかりやすい。
「そのために必殺技を、ってのはわかるけどさぁ」
それに、ダンジョンの攻略。強力な攻撃の魔道具、あるいは姿隠しの魔道具。
とにかく、この状況を覆せる魔道具もついでに探している。それと、トラップがどうこうとか。
魔法を鍛えつつ、ダンジョンの攻略。それはまあ、理に適ってる。でも、求められる条件がなぁ。
「魔法の開発なんて、本当にできるもんなの?」
「当然じゃ。でなければ、なぜ世界にはこれほど魔法が存在する?」
「……そりゃ、そうだけど」
魔法を学ぶ。だけ、ではなくって。作れ、と。そう言われてしまった。
「ま、無論ゼロから作れとは言わんわ。一通り適性のある系統の魔法は教えただろう。それを組み合わせるのでも良い」
「それ、なんか意味あんの?」
「ある」
ソラは手のひらに、風の渦を作り出す。周りの葉が巻き上げられて、初めてそれを認識できる。
「魔法は便利だが、万人に向けて調整されたものじゃ。無論、それですら習得には長い年月を要するがのぉ」
それは少しずつ、規模を大きくして。
「真に自分の力を引き出すのなら、そこから発展が必要じゃ。理解し、批判し、加え、削ぎ、併せ」
徐々に風は、刃を持つ。その範囲が狭められて、掌中で一つの球体を成し。
「そして、名付けによってその身を結ぶ」
地面に叩きつけると、接地点を大きく切り裂いた。
「……《
「……かっこいい」
「え、そうかな?」
オトコノコのロマンがわからんやつめ、ご主人。
いいな、すごくいい。有名な忍者のアレみたいだ。俺もああいうの欲しい。
「無論、基礎体系を学ぶことも肝要じゃ。しかし、ヌシらのポテンシャルを最大限発揮するなら、これが必要だのぉ」
んー……言ってることはわかるような、わからないような?
「ソラさんは相当難しいことを言っている。本来は長い期間をかけて基礎を学び、応用を学び、そして初めて踏み入る段階だ。焦る必要はないんだよ」
「って、できてるやつに言われてもなぁ」
そんだけ期待されてるってことかねぇ。
「うむ。だからこそ、基礎と応用も並行して習得しているわけじゃしの。とりあえず、妾が望む最大値はそこじゃ。だがそのためには、最低限魔法と頭を使え、阿呆」
「いてっ」
おでこを指でコンッと突かれた。
「その点、イリオスは順調じゃの。地盤は出来上がっておるし、それらを組み合わせて自ら応用する段階に入っておる」
「はは……恐縮です」
「やはり先例を知ることも重要だのぉ」
「むぅー……」
なんか悔しい……魔法の理論を学ぶとか頭痛くなってくるから嫌なんだけど。
「まあ、相性もあるかの。イリオスの小僧は水、土、火に。サン、おヌシは雷と火に。それぞれ適性があるからの」
「なんでご主人だけ三つもあるんだよ!」
「本来、二つでも珍しいけどね……それに、雷の適性はレアなんだよ?」
「ま、向き不向き程度の話じゃ。習得ができんわけでもない」
魔法には、適性がある。らしい。少なくとも、基本的な六種の属性については。
これは本人の魔力の動かし方の癖だとか、あとは魔力量とか、あと知能とか、性格……その他諸々……とにかく色々な要素が絡んでるらしいけど、俺は雷と火。
ご主人になんで教えてくれなかったんだよ、と、そう聞いたけど、普通はパッとわかるようなものではないらしい。
時間をかけた鍛錬の中で見抜いていくものなんだとか。
なんとなく使ってた雷……の、亜流の、電気に適性があるのは割と嬉しかったけど。
「水と土は応用が効きやすい。器用な小僧にあっておるのぉ」
「で、単純馬鹿の俺は全力ぶっぱでごぜぇやすか」
ご主人にかなり先を行かれて、焦る。というか、ちょっと腹立つ。
才能の差というよりも、魔法に触れてきた時間の差だ、とは何遍も言われてるけどさぁ。
「そういじけるな。その分習得すれば威力は高いしのぉ。おヌシの魔力量なら火力で制することも能うだろう」
「あい……」
「ま、単純な炎では当たらぬから、一工夫必要だのぉ」
雷は当たる。かつ、当たれば相当なダメージになる。そうお墨付きは得た。
ただ、十分な威力を持たせようとする場合、今の俺だと三発。イリオスは一発たりとも撃てないそうだ。
雷魔法の習得難易度が高く、亜流の電撃魔法が流行る理由。
空気中に発散させるほどの電気エネルギーを保つことが難しく、指向性も持たせづらいから。
一応、もう少し低い威力ならたくさん撃てるけど、それはどちらかというと電撃魔法の枠組み。
細分化すると、放電魔法に分類される。
「ピーキー過ぎねー?」
「そこらの魔物は雷魔法一発で死ぬしの。威力には見合っておる。今から作るのは文字通りの必殺技。雷魔法の威力は捨てたくないのぉ」
基本、戦闘は電撃魔法を主体に。必ず当たるタイミング、そして決定打になるタイミングで雷魔法を。
それでもって、未来予知があるから不可視、あるいは不可避にしないとダメで、かつできる限り威力と再現性のある、ぐぬぬぬぬ……!
「ぬがぁっ!!」
「お、爆ぜたのぉ。爆発魔法か?」
「ソラさん、あまりからかわないでやってください……」
「ダメだー!! わからん!!」
なんとなく、必殺技にするなら火よりも雷だとは思う。俺に合ってる。
でも、でもなぁ……俺が頭良ければ色々思いついたのかもだけど、全力ブッパくらいしか思いつかねぇよ。
「おら、御託は良い。さっさと次のダンジョンに向かわんか!」
「畜生!! ちょっとくらい休んだっていいだろ!!」
「おー、永遠の休みになってもいいならのぉ!!」
「くっそ! 鬼! 悪魔! 機械の心!」
焦りばかりが降り積もる。
「おーおー元気じゃのぉ小娘! その調子じゃ!」
「うっさい未婚! 未婚竜オールドミス!!」
「テメェの目ん玉穿り出してそこから脳漿啜ってやらぁクソガキィイイイイ!!」
「よしご主人、逃げよう」
「何やってるの!? 巻き込んだね思い切り!!」
ご主人を掴んで、空を飛ぶ。
もう少し考えないとなぁ。なんかこう、アグレッシブでファンタスティックな魔法を。
「どーしたもんかなぁ」
「《万象集え、掌中に》……!」
「サァン!! ソラさんなんか用意してるから!! 急げ!! 殺されるぞ!!」
ご主人を連れて、そのままダンジョンの外まで一気に逃げようとして。
「うげ」
現れたのは、鳥の魔物。
「めんどくせ」
「っ、サン!! 今すぐ横に避けろ!!」
「へ?」
指示に従って、横に逸れる。すると先程まで俺たちがいたそこを、鳥の魔法が豪速で過ぎ去って。
「……っ!?」
なんだ、今の速さ。
「なんでわかったの?」
「事前知識さ。あの魔物は、あらかじめ自分の通り道に風の魔法で加速路を作る。たとえ初速度が遅かろうと、油断してはいけないよ」
「……ふぅん」
通り道。加速路。初速度は、少なくていい。
「……《サンダーボルト》」
「へ?」
なるほど、なるほど。
「今夜は焼き鳥だな、ご主人」
「う、うん……そこまでやる必要あったかな……?」
いや、やっぱりこれじゃあな……でも、ヒントにはなったかもしれない。
「さっきの電撃パンチとかでよかったのに」
「あれは魔法じゃなくて、魔法を纏わせただけの拳、だ……し……」
魔法を纏わせた、拳。俺にはステゴロが向いてる。
体を鍛える。必殺技。
「……それだ」
「どうした?」
「ちょっと思いついたかも」
少なくとも、方針は見えた。
「おお! それじゃあ、治療が終わったら早速実践だな!」
「おう! ……って、治療?」
直後。視界の端に映ったのは、先ほどの鳥を遥かに超える速度で迫る刀。
「あ」
きっちりと刃を潰されたそれに体中を打たれ、地面に墜落させられるのであった。
◇
そうして、さらに二週間の時が過ぎ。
「……うむ!」
サンの開発した必殺技を見たソラは、満足げに頷く。
「なるほど、考えたのぉ! ヌシに似合わず、頭を使いそうな技じゃ!」
「え? そうなの?」
「……何も考えておらんかったのか」
自信満々に「うん!」と答えるサンを見て、ソラは眉間を押さえた。
素直に、これは素晴らしい魔法だと思う。何より、頭を使うという点を除けば、サンに適している。
だが、これが真価を発揮する瞬間を、恐らくサンは認識していないのだ。
「イリオス、頼んだぞ……」
「はい……サン、この技はね」
ソラはその点についての説明を、イリオスに放り投げた。
実戦での指揮は、サンに対してはイリオスが務めることになる。命令という手段があるからだ。
そのイリオスが説明した方が効果的だろう、という判断である。実際、それは正しかった。
「……ほへぇ。そんなことも……知らなかった」
「それも含めて、これはすごい技なんだ。誇るといい。君は見事、ソラさんの無茶振りを乗り越えたんだよ」
「言ってくれるのぉ」
実際ソラの指示は、無茶振りも無茶振り。本来魔法の開発は、才のあるものが時間を重ねて取り組むものだ。
正直な話をするならば、まあできなくても仕方がない、と、割り切るつもりでいた。
「ま、俺ってば中々すごいからな!」
しかし目の前のアホヅラは、見事それを実現してみせた。それも、ものの三週間で。
たとえ偶然だろうと、この状況を打ち破るのに充分有用な魔法を指し示してみせた。
「うむ! すばらしい!」
自身の想定を大幅に逸脱した、恐ろしいほどの成長スピード。
それは、イリオスも同じ。
「全く、若者の活力は羨ましいのぉ」
本来は一月半どころではない。一年、二年。常人なら五年はかかる。
サンに至っては、魔法という概念に触れてからわずか一、二ヶ月。彼女がここまでのものを成し遂げるに至った理由は、やはり。
「固有魔法、か……?」
「ん? なんか言った?」
「いいや、何もあらぬよ!」
「……」
ソラの言葉を聞き逃しつつ、何も知らないサンは一人舞い上がっていた。
与えられた無理難題の突破。今夜はきっとご馳走だぞと喜ぶ。
「っ……!!」
しかしそれも、「今夜が来れば」の話。
「この、音……」
「見つかったのぉ」
まっすぐと、こちらに向かう音。
竜人の聴覚でやっと届くほどの距離で聞こえるそれは、間違いなくウェイラのもの。
「どいつもこいつも、妾の想定を容易に上回ってくれる」
本来の予想時間は、二ヶ月と踏んでいた。
しかしウェイラがここを見つけるのにかかった時間はたったの一ヶ月。その半分である。
「……」
「サン」
思い出すのは、恐怖心。つい先日の出来事のように、殺されかけたことを思い出せる。
あの時の痛み。苦しみ。その全てに苛まれるサンに、イリオスは。
「祝勝会のメインディッシュは何がいい?」
「……!」
一片の憂いも、疑いもなく。
「肉!! あとこの前のアイス!!」
「仰せの通りに、お嬢様」
恐怖をなくすことはできない。だが、制することはできる。
一人では無理でも、三人でなら。
「……うむ。いい目じゃ」
焦りは消え、呼吸は落ち着き、瞳は平静を保つ。
この一ヶ月で、一端の探索者へと成長を遂げたらしい。
「全く、本当に予想外ばかりじゃのぉ」
確かに、ウェイラの襲来は予想の半分の時間。だがサンとイリオスは、倍以上の速度で成長してみせたのだ。
「サン。イリオス」
破壊音は、徐々に近づく。この場所に、ウェイラが迫っている。
「……勝つぞ!」
「はい!」
「おうよ!!」
作戦開始。その合図と共に、三人は配置につく。
直後、ダンジョンの天井が破られた。
「おォ、雁首揃えやがって。ここはビュッフェ形式なのか?」
彼女は耳元のピアスに触れる。
彼女の愛用する、収納の魔道具。ダンジョン産の魔道具に加工を加えた一品だ。
「ったく、ワクワクさせてくれやがるぜ」
二人揃って、一ヶ月前よりも強さの格が数段違う。一眼見てそうわかる。
何より、ソラ・シーカー。彼女に至っては、《輩殺しの刃》を突き立てて尚この圧力。肉体そのものが「強さ」の形を成している。
「ま、とりあえず」
そんな三人に、ウェイラが選択した武器は。
「小手調べだな」
直径一メートル、全長十メートル以上。ど真ん中に穴が空いた、巨大な鉄の塊。
「派手に打ち上げておこう」
世界最大規模の大砲。フレイム・ベース。
本来であれば大砲の使い道は必然、砲弾の発射。
しかしかつて彼女がイリオスにした説明は、全くの別物。
「なァ、馬鹿弟子」
「っ……!」
曰く、鈍器である。と。
すみません、完全に執筆を忘れていて更新が遅れました……なにやってんだろうという感じです。
正月で腑抜けまくってました。以後、気をつけます。